3月の始め。
 ユーノ・スクライア少年はひとつのことで頭を悩ませてた。

「う~ん………」

 仕事をしつつも、常に悩む姿を見せている。
 常の彼であればありえない事態だ。

「どうしたんですか、ユーノ司書」

 他の司書が声をかけても。

「え、あ、いや! なんでもないんだよ!」

 と、慌てて否定されてしまう。
 何か重大な問題があるのだろう、と他の司書は考えここ数日はほうっておいている。
 ただ、それほど気を使う必要はなかったかもしれない。
 ユーノが考えている事。それは。

「ホワイトデーのお返しどうしよう………」

 ということだったのだから。





ピザ屋・ホワイトデーに復活





 ユーノは、バレンタインデーにおいて三人の少女たちからチョコを受け取っている。
 なのは・アリサ・すずかの三人だ。
 ホワイトデーにおけるお返しは十倍返しが基本(情報源八神はやて)らしいので、相応のプレゼントを用意しなければならないのだが。
 問題はいただいたチョコである。

「………」

 今でも思い出すと顔と体が熱くなる。
 あの日を境に僕は子どもでなくなった………。

「って、そうじゃなくて!」

 いきなり一人で虚空にツッコミを入れるユーノ。
 ともかく、バレンタインに彼女たちからもらったのは金になど返られないようなプレゼントだったのだ。
 あれの十倍となると………。
 ………エンゲージリング?

「話が飛躍しすぎだってばー!」

 今度はきっちり裏手ツッコミも入るが、やはり相方はいない。
 去年のホワイトデーには、ミッドチルダでも有名なアクセサリーショップで三人それぞれに似合いそうなアクセサリーを買った。
 なのはは髪留め。アリサはペンダント。すずかはカチューシャである。
 指輪、としなかったのはやはりそういう意味で取られるといろいろまずいから(と桃子に言われたので)。
 また去年と同じものを送るのは………。
 やはりまずいだろう。二番煎じは。

「う~ん、やっぱり………」
「あ、あの、ユーノ司書………」

 ちょうどいい時に顔見知りの司書が着てくれた。

「あ、すいません。僕これからちょっと有給申請してきます」
「あ、そうですか。そうしたほうがいいと思いますよ」

 司書も嬉しそうな顔でうなずいてくれたので、お言葉に甘えてしばし仕事を休むことにした。

「………やっぱり、疲れてたんだな、ユーノ司書」

 ユーノが去ったあと、その後を優しい瞳で見つめながら司書はそんなことをつぶやいた。





 3月7日。

「すいません。やっぱり考えてもわからないんで、何か欲しいものを教えてもらえませんか?」

 ユーノはなのはたちを翠屋に呼んで、深々と頭を下げてそういった。
 結局ユーノが選んだ方法は「彼女たちの希望に沿う形を取る」だった。
 なのはたちは目を丸くしたあと、しばし互いの顔を見合わせた。

「ユーノくん、顔を上げて」

 なのはが言うので顔を上げると、三人が苦笑しているのが目に見えた。

「ユーノくん考えすぎだよ。私たちはユーノくんからプレゼントがもらえれば、何でもいいんだよ?」
「いや、でも、ホワイトデーは十倍返しが基本なんでしょ?」
「………それ誰から聞いたの?」
「はやてだけど?」
(去年のホワイトデーがやたら豪勢だったのはそのせいか)

 三人はため息をついて、ちょっぴり異世界で活躍中の友人に呪いの波動を送ることにした。
 今まさにその冗談のせいでユーノが悩む羽目になっているのだから。
 その波動を受けたせいか、同時刻はやてがやや危険な目にあったのだが、それは別の話。

「ユーノくん。バレンタインデーにしろ、ホワイトデーにしろ、基本的に想いを届けるイベントなんだよ?」

 なのはが優しく、諭すように言う。

「何倍返しって言うのは元々目安であって、気持ちがこもってればどんな品でも喜んで受け取ってもらえるイベントなんだよ」

 すずかは微笑む。

「それでどんなものがもらえるかで、自分がどう想ってもらってるか知れるイベントだからね」

 腕を組むアリサ。

「だから、あまり深く考えないで、ユーノくんが素直に私たちにプレゼントしたいって思ったものをちょうだい」
「そ、それでいいの?」
「うん。私たちはそれで十分だよ」
「それに、プレゼントって言うのは直前まで内緒にされたほうが感動が高まるしね」

 三人娘たちはそれぞれの笑顔をユーノに向ける。
 ユーノはそんな彼女たちの笑顔を見つめ返し、しばらく考えた後。

「―――うん。わかった」

 少しだけうなずいた。

「それじゃあ、もう少しだけ考えてみるよ」

 ユーノはそう言って、お会計を済ませると足早に去っていった。

「………今年は、どんなプレゼントがもらえるかな?」

 なのははジュースを飲みながらつぶやく。

「アクセサリー………は去年貰ったもんね」

 すずかは紅茶のカップを見つめながらそれに返す。

「ま、なんにしろまずは一週間後よ」

 ケーキを頬張りながらアリサが言うと、二人は微笑みながらうなずいた。





 3月13日

「………とりあえず、こんなものかな」

 ユーノはホワイトデーのプレゼントを準備し終えた後、またしても悩むこととなった。

「後はどうやって渡そう………」

 バレンタインデーには三人同時に渡してもらった。
 ならばホワイトデーでも三人一緒が望ましい。
 だが、どうやったら同時に渡せるだろうか?

「一人ずつ順番に回る………」

 それでは不公平さが漂う。

「メールで呼び出す………」

 無難な方法ではある。だとすると場所は桜台の丘の上だろうか。

「でもな~………」

 それでもユーノは悩んだ。
 実は、一番危惧していることがあるのだ。
 高町家大黒柱、高町士郎氏である。
 バレンタインデーの折、管理局にやってきて局内にて大暴れしたのは記憶に新しい。
 バレンタインデーの日のことは「親バカクライシス」として、局内のブラックリスト事件として扱われているとの、もっぱらの評判だ。
 そんな彼が、ホワイトデーなどというイベントにおとなしくしているだろうか。
 最悪、歩いている途中いきなり襲われるだろうし、少なくとも高町家の敷居をまたごうとするのは阻止するだろう。
 呼び出したのであれば、その先で待ち伏せしている可能性も否定できない。

「う~ん………」

 ユーノはしばしさらに考えた後、ひとつの決断をした。

「………しかたない、よね。それにこの方法なら、みんなに一緒にプレゼントを渡せるかもしれないし………」

 ユーノはそういうと、一人の協力者の元へと電話を掛け始めた。





 そして来る3月14日。
 ユーノは闇の書対策司令所跡、つまりハラオウン家のリビングにいた。

「おはようございます、リンディ提督」
「あら、おはようユーノくん」

 今日は非番らしいリンディが朗らかに出迎えてくれた。

「今日はどうしたの……って聞くほうが野暮よねぇ」

 リンディは微笑ましいものを見る目で、ユーノの腰のポシェットを見つめた。

「ハハハ………」

 ユーノは照れたように笑いながら、携帯電話を操って三人にメールを送る。

「あら? 今メールを送ってるの?」
「ええ。局からだとメールが届きませんから」

 海鳴からだとハラオウン家のポーター経由でメールが届くが、局からでは管理外世界でもあるということでメールが送れないのだ。
 リンディはユーノの様子を見ながら、やはり不便だから何とかしよう、とひそかに決意した。

「それで? あの子たちには何をプレゼントするの?」
「それは………」

 ユーノは一瞬ポシェットに触れ、その後微笑みながら答えた。

「内緒、です」
「ふふふ。まあ、当然よね。それにしても、なのはさんたちがうらやましいわ~」

 リンディは少しだけ懐かしそうに、自身の記憶を思い出す。

「クライドさんにバレンタインデーチョコをプレゼントしたときなんか、涙を流して喜んでくれたわ」
「へえ………」
「しかもお返しは砂糖たっぷりのチョコクッキーだったの」
「そうなんですか」

 ユーノは楽しそうに聞いているが、実のところリンディが送ったチョコは砂糖が通常の十倍含まれたチョコっぽい激甘食品だったりする。
 思わず涙を流すほどの甘さで、とても食えたものではないのだがクライドは根性で完食。その後しばらく糖分無しで生活したという。

「っと、ごめんなさいね。思わず懐かしくなっちゃって」
「いえ。そんなことはないですよ」

 ユーノは携帯電話をポケットにしまいつつ、そのままハラオウン家のリビングを出て行く。

「それで? ユーノくんはまず誰からプレゼントを渡すのかしら?」

 リンディが悪戯心たっぷりにそう聞くと、ユーノは振り返ってこう答えた。

「それはまだわかりませんよ」





 高町家リビング。
 なのははユーノからのメールを受け取って後、リビングのソファーの上で待ちきれないように足をばたばた動かしていた。

「~~~♪」
「なーのーはー。ほこりが舞うからやめなさい」

 姉、美由紀が苦笑しながらいさめると、今度はクッションを抱きしめ始める。

「だってだって! もうすぐユーノくんが来るんだもん! 待ちきれないよ~!」
「だめだこりゃ」

 美由紀は思わずそんなことをつぶやいてしまう。
 ちなみにユーノが三人娘に同時に送ったメールの内容は。

「今、海鳴市につきました。これからみんなの家にお邪魔したいと思います」

 という簡素なものだった。
 誰の家から回る、とは書かれていないため、実に胸のドキドキが抑えられない緊張感をあおる、ユーノにしては珍しいタイプのメールだった。

「………本当に嬉しそうだね、なのは」
「うん!」

 美由紀がややの羨望を込めながらつぶやくと、なのはから即答があった。

「だってユーノくんを好きになってから、ずっと胸がドキドキして止まらないんだもん! もうユーノくんだけだよ、なのはがこんな気持ちになるのは………」

 真剣な表情でそういった後、すぐにキャーと叫んで今度は背中からソファーに倒れこむ。
 すさまじいくらいテンパっている。

「はいはい、ご馳走様。………はあ、いいなぁ。なのはは………」

 美由紀はこっそり「私も彼氏欲しいなぁ………」とつぶやいた。
 高町美由紀、十九歳。そろそろ彼氏の欲しいお年頃。

「ねえ、二人とも」

 そんな風に姉妹がじゃれあっていると、偉大な主婦、高町桃子が顔を見せた。

「ん? どうしたのお母さん?」
「士郎さん見なかった?」
「お父さん? なのはは見てないよ?」
「おかしいわねぇ。もうすぐバイトさんと交代して欲しいのに」
「お父さんなら、恭ちゃんと稽古してるんじゃ」

 パチン。

 美由紀の考えを否定するように、庭のほうから聞こえてくるはさみの音。
 そちらを見てみると、恭也が庭の盆栽の剪定をしているところだった。

「むう。ここのところの枝の具合が………」
「恭ちゃん? いつからそこに?」
「ん? 先程だが。ちなみに父さんなら知らないぞ」

 パチン。

「………ねえ、なのは。ユーノくんからのメールが来たのは、さっきなんだよね」
「え? うん。そうだよ」
「その時さ、お父さんがそばにいたってことは………」
「ちゃんと注意したよ~。またあんなことになるのいやだもん」
「………屋根裏、とかは?」
「………レイジングハート?」
《………申し訳ございません》

 パチン。

 恭也のはさみを入れる音がやけに大きく聞こえる。



 調べてみると、厳重に隠しておいたはずの父の御神流装備がごっそりなくなっていた。
 即座に高町兄妹はフル装備で出発。同時になのはは仲間たちにひとつのメールを送った。

『ピザ屋、襲来』





 ユーノがのんびり道を歩いていると、メールがやってきた。
 内容を確認。

『ピザ屋、襲来』
「…………」

 その意味を考えるより早く、体が動いた。

 斬!

「っ!」

 背中のほうを通り抜けていく白刃。
 距離をとって振り返ると、そこにいたのは見覚えのある覆面怪人。

「………どうも。士郎さん」
「………ありがとうございます。ピザフィーラです………」

 覆面をしている士郎の瞳は、妖しい赤色に染まっていた。

「日本刀をお届けにまいりました」

 再び襲い掛かる、白刃。
 ユーノは即座に防御魔法を行使した。





「(いたっ!? なのは、すずか!)」
「(ううん。こっちにはいなかったよ!)」
「(だめ、全然見つからない!)」

 互いに念話で通信しながら、ユーノと士郎の姿を探す三人。
 他には任務のなかったヴォルケンリッターのシグナムとシャマル。そして高町兄妹とノエルが捜索に参加していた。
 始めは結界を探すつもりで捜索していたが、よく考えれば士郎相手にそんな暇はない。
 ならばと今度は二人の生体反応を中心に探しているが、どうもすごい速度で動いているらしく中々補足出来ない。
 今は全員がばらばらになって探しているが、いまだ発見の報告は………。

「(報告っ!)」

 突然、三人の脳裏にシャマルの念話が入ってくる。

「(海鳴市商店街付近でシグナムが対象と接触! 現在交戦中とのことです!)」
「(わかりました!)」

 その念話を受け、急いで商店街方面に向かう三人。



 ガキィインッ!

「くっ………!」

 何とか見切った一撃を受け流し、シグナムは体勢を立て直した。
 いくら相手が手慣れとは言え、魔法の使えない一般人。
 苦戦することはあっても、押し負けることはないと思っていたのだが………。

(うかつだったな………。よもやここまでやるとは………!)

 騎士甲冑は飛針に所々打ち抜かれてボロボロ、刀で受けた傷もどういう理屈かこちらにダメージを与えてくる。
 はっきり言って、闇の書の守護騎士として生きてきた時間も含めて、一番の強敵だった。

「レヴァンテイン!」
《Ja!》

 主人の呼び声に答え、カートリッジを排出する。

「はぁっ!」

 炎をまとった刀身を掲げ、一気に踊りかかる。

「紫電一閃!」

 渾身の一撃は、確かに相手の身体を捕らえ、たように見えた。

「っ!」
「シグナムさん!」

 ユーノの声を受け、すかさず全周防御。

《Panzer geist》

 ガキィッ!

 右後方から硬い何かがはじき返される音がする。

(残像が見えるほどの高速移動………!)

 反則にもほどがあった。
 魔法による強化でも、おそらく無理であろう領域。
 それを目の前の男は独力でなしているのだ。
 士郎は再び刀を構え、

「!」

 即座に飛び退った。
 そして後に穿たれるのは二発分の銃痕。

「下がってください、シグナムさん!」

 一番早く戦場にたどり着いたすずかが、己の魔力を機械に流し込む。

「行って! ガンスレイブ!」

 解き放たれたのは、四角い小さな長方形の箱。
 だが確かな魔力を受けたその箱は、自在に飛翔し士郎の身体に追いすがる。

「!」

 解き放たれる魔力弾は、しかし士郎にはかすりもしない。

「喰らって、ください!」

 すずかは続いて右手に持っていた二つの銃口を持つ拳銃――ストレージデバイス、ツイン・ラアムガンを構えて引き金を引いた。
 が、これも不発。
 士郎は弾道を見切るとあっさりかわしてしまった。

「チッ……」
「ユーノくん! 逃げて!」

 すずかが叫ぶが、ユーノはその場を動こうとしない。

「ユーノくん!?」
「ダメだ、月村。今スクライアを逃がせば、あの男はすぐに追いかける」

 シグナムが油断なくレヴァンテインを構えながら、すずかに説明する。

「実際、今まで何度か奴と接触したのだが、奴はこちらのことなど意に介さずただスクライアのみ狙う」
「それじゃあ………」
「ああ。奴を完全に補足する手段がない以上、スクライアはなるべく我々のそばにいたほうがよい」

 守るべき対象がいなければ、相手を補足出来ない。
 相手を倒そうにも、こちらより早く動くためあっさり逃がしてしまう。

「ジレンマ、ですね………」
「バインドも、効果が薄いようだしな」

 シグナムは言って、レヴァンテインをシュランゲフォルムに変える。

「月村。私が奴を捕獲する」
「わかりました。私が隙を作ります」

 すずかはうなずくと、さらに二つガンスレイブを取り出す。

「………GO!」

 中空に放り投げると同時に、自在に動き出すガンスレイブ。
 先程動かしていたものも含めて、士郎の動きを制限するように飛び回る。

「………ハッ!」

 シグナムはしばらく士郎の動きを観察し、そのわずかの隙を見出す。
 シュランゲフォルムは士郎の足元を這い回るように動き………。

「束縛せよ! レヴァンテイン!」

 シグナムの操作に従い、士郎に巻きつこうとするレヴァンテイン。
 だが、士郎は二人の予想をはるかに上回る。

「!?」

 レヴァンテインが身体に食い込まんとする瞬間、士郎は神速を発動。
 その力で無理やりレヴァンテインを蹴散らし、一気にユーノに迫った。

「あ!」
「しまった!」

 二人はそれぞれの操作に集中しているせいで動けない。
 だが、ユーノは即座にトランスポーターを行使。そのままどこかへと逃亡した。

「!」

 士郎は士郎で即座に姿を消す。またユーノを探しにいったのだろう。

「よかった………」
「少なくとも術式を行使する時間は稼げたか………」

 張り詰めていた息を抜く二人。
 だが、休息はわずかだ。

「行くぞ、月村」
「はい」

 二人はうなずき合うと、仲間に念話で士郎を逃がしてしまったこと、ユーノもまた逃げたことを伝え、自分たちも二人を探しにいった。



「あ、アリサちゃん。アレ!」

 途中でシャマルと合流したアリサは、車道を車顔負けの速度で爆走する士郎を発見した。

「おじ様本気で人間やめてるわね………」
「とにかく、動きを止めないと!」

 シャマルはそう言って、旅の鏡を士郎の進行方向に設置した。
 潜り抜ける士郎。
 すると旅の鏡の前に転移する。
 また潜り抜ける士郎。
 また旅の鏡の前に転移する。
 以下エンドレス。

「………何してんのかしら」
「敵性のないものには反応しないって、前にザフィーラが言ってるのを思い出しまして」

 追いついたときは、まだ旅の鏡に突撃している所だった。

「このまま放置しててもいいかもしれないわね」
「残念ながら、そこまで長く続かないんです。そろそろ設置時間をオーバーするんです」

 シャマルがすまなそうに言うと、アリサは拳を握った。

「じゃあ、仕方ないわね」

 いって、拳に集まった炎をそのまま士郎にたたきつける。

「てぇえええいっ!」

 ぶつかるより早く、士郎は横っ飛びに炎を避けた。
 すかさず旅の鏡を解除するシャマル。そのままほっとくと炎が延々と出入りしてえらいことになる。

「行くわよっ!」

 アリサは吼えて、士郎に追いすがる。

「でぇい!」

 乱打を叩き込むが、全て見切られている。

「はっ!」

 水面蹴りもかろうじてかわされる。

「フッ!」

 続いてのムーンサルトは、足を逆に合わせられ高く跳ね上げるだけに終わった。

「まだ、まだっ!」

 着地地点に先回りして、腰の回転も利用したアッパーを放つが、空中で投げた鋼糸で着地地点をずらされた。

「んもう! 一発くらい位なさいよ!」

 なかなか無茶を言う。

「アリサちゃん! 今みんなに連絡しました! もう少しがんばって!」

 シャマルから応援がはいるが、正直自信はない。
 何しろすでに士郎はこちらへの興味をなくしかけているのだ。

(だったら………!)

 アリサは、即座に声高に叫んだ。

「絶対にユーノのところには行かせないわよ!」
「!」

 士郎は、ユーノの一言に反応してアリサにかかってきた。

「っだらぁ!」

 カウンター気味に拳を叩き込むが、あっさり避けられる。
 襲い掛かる白刃を、背中の羽の制動で回避。

「っと!」

 地に手を着いて、そのまま蹴りを頭部に叩きこむ。
 だが、掲げられた小太刀に遮られてしまう。
 逆に飛針が飛ばされるが、何とか飛んで逃げる。

「がんばって! あと少し!」
「応援してないで手伝ってよ!」

 思わず士郎から視線をはずしてシャマルに噛み付く。
 その隙を逃す士郎ではなかった。

「っ!」

 一瞬掠める、衝撃。

「へっ?」

 シャマルのそばを一陣の風が駆け抜けていった。
 背中を小太刀で切られたと理解した頃には、士郎の姿はなかった。

「~~~。シャマルさん!」
「ご、ごめんなさい~。でも私、戦闘はできなくて………」

 しょんぼりと肩を落とすシャマル。
 まあ、出来ないものをこれ以上せめても仕方ない。

「フゥ………。それじゃあ、ユーノの居場所はどこかわかりますか?」
「それが、まだどこなのか断定できなくて………」

 シャマルは困ったように首をかしげた。
 どうも無尽蔵に逃げ回っているらしい。
 へんな所で器用だ。

「じゃあ、やっぱり自分たちで探さないといけないわけね」

 アリサは言って、紅蓮の翼をはためかせた。



「見つけた!」

 なのはが叫ぶと、その視線の先では恭也と美由紀が士郎と斬りむすんでいるところだった。

「はっ!」
「てぇい!」
「………!」

………速すぎて、何がなんだかさっぱりわからない。

「あ、なのは!」

 こちらに気がついたらしい美由紀が、視線はよこさずに声だけこちらによこしてくる。

「ユーノくんが見つかったんだって!」
「え、本当!?」
「ああ! 桜台の丘、つまりこの先だ!」

 恭也と美由紀が死守しているのは、丘の上に続くハイキングコース。
 いかなる方法かそれを察知した士郎が、そこに向かっている途中に恭也と美由紀は遭遇。
 そのままジリジリ闘いながら、ここまで来てしまったらしい。

「ごめん! もう、私たち限界に近いっ!」
「先に行って、ユーノを………!」
「う、うん! わかった! ありがとう、お兄ちゃんたち!」

 なのははうなずいて、すぐに念話で仲間に知らせながら桜台の丘の上に急いだ。
 そこにいたには、確かにユーノだった。

「ユーノくん!」
「………なのは?」

 目を閉じて瞑想していたらしいユーノが、驚いたようになのはのほうを向いた。

「なのはが来たってことは………」
「うん! お父さん、すぐそこまで来てる!」

 なのはは叫びながらカートリッジをロード。
 ハイキングコースに向かって、レイジングハートの砲口を向け、ディバインバスター・フルパワーを準備する。

「………」

 緊張で、レイジングハートを握る手が滑りかける。

「………」

 ユーノも息をつめて見守っている。
 そして。

「!」

 かすかに、足音のようなものが聞こえる。

「………」

 やがて、ハイキングコースに急速に接近する士郎の姿が見え。

「バスタ――――ッ!!」

 容赦なくなのははトリガーボイスをつむいだ。
 ハイキングコースを完全に覆う、桜色の閃光。
 完全に士郎の姿を飲み込んだように見えた。
 が。

「ユーノ様!」

 いつの間にか来ていたノエルが叫ぶ。

「えっ!?」

 なのはが慌てて振り向くと、そこには。
 小太刀を掲げた士郎の姿が。



「ユーノくん!」

 到着していたすずかが。



「ユーノ!」

 羽を広げ、飛んできたアリサが。



「ユーノくんッ!」

 そして、目の前にいるなのはが叫ぶ中。



「待っていましたよ、この瞬間が来るのを」

 ユーノは確かに勝利を確信した。

「グッ!?」

 途端士郎の動きが、何かに絡め取られるように止まった。

「え………?」
「ストリングバインド………」

 ユーノはつぶやくようにそう言って、士郎の方を振り向いた。

「あなたたち御神流の使う鋼糸を見て思いついた、対人用に特化したバインド魔法です」

 よくみると、士郎の体に緑色に輝く細い糸状の魔力が絡まっているのが見えた。

「糸一本ですら人間を完全に拘束できるだけの効果を持ったバインドを、十数本以上自分からまとっているんです。そうやすやすと抜けられませんよ」

 ユーノは言って、さらに手掌から糸を放つ。

「あなたの性格上、目の前から攻撃を受ければ神速を使って後ろに回りこむ、というのは予測しやすい。後は予測される進路上に糸を張っておけばいいだけです」

 がんじがらめにした上で、ユーノはようやく一息ついた。

「………桃子さん」
「はーい」

 呼ばれて桃子は、忍と一緒に桜台の丘の林の中から姿を見せた。

「お、お母さん!?」
「さっき、忍さんに連絡して呼んだんだ。士郎さんを連れて行ってもらおうと思って」
「そういうこと♪」

 桃子はにこやかに言って、士郎のそばにしゃがみこんだ。
 士郎の体がブルリと震える。

「ねえあなた、そろそろ帰りましょうか………」
「………ッ(ブルブルガタガタ)」
「ちょっとお話したいこともありますし、ね………」

 それだけ言うと、桃子は片手で士郎を引きずって桜台の丘の上を後にした。





「………すごいわね、桃子おば様」
「うん。あの士郎さんがおとなしく連れて行かれるなんて」
「お母さん、ある意味家で一番強いから………」

 三人は士郎を連れて行った桃子の背中を眺めながら、そんなことをつぶやいた。

「みんな」

 そして、ユーノに呼ばれて振り返ると。

「はい」

 満面の笑顔で、三つの小包を差し出された。
 それぞれピンク、オレンジ、藍色のリボンで口を縛ってある。

「え、これって………」
「少し遅くなっちゃったけど、ホワイトデーのプレゼント」

 すでに日は落ちかけているが、ユーノの笑顔はしっかり見えた。

「僕が作ったクッキーなんだけど………」

 ユーノは少し不安そうな顔をした。

「受け取って、もらえるかな?」
「………」

 三人は黙ったまま、しばらく小包を見つめ。
 そしてまったく同時に手に取った。

「もちろん、ユーノくんのくれるものなんでも貰っちゃうよ♪」
「ユーノくんのクッキーかぁ………。どんな味がするんだろう?」
「これで太っちゃったら、幸せ太りって奴かしらね」

 みんなそれぞれ嬉しそうにユーノの顔を見つめる。

「みんな………」

 ユーノは笑顔のまま、嬉しそうに頭を下げた。

「ありがとう。受け取ってくれて」
「?」
「何であんたがお礼を言うのよ?」

 アリサが聞くと、ユーノは済まなさそうに顔をゆがめた。

「だって、僕の優柔不断なせいで、みんなに迷惑掛けっぱなしだから………」
「………」
「だから、受け取ってもらえて、本当に嬉しいんだ。みんなに、少しでもお返しできて、本当に………」

 その先は言わせてもらえなかった。
 何しろ、三人が一斉に抱きついてきたのだから。

「っ!? ちょ、みんな!?」
「ダメだよー、ユーノくん。そんなこといっちゃー」
「私たちは、みんなそれぞれにユーノくんが好きなだけで、それ以外何にも変わらないんだからね?」
「だから、お返しなんじゃなくて、これはアンタの気持ちってことで受け取っておくの!」

 零距離の三人の笑顔を見つめながら、ユーノは自身も嬉しそうにうなずいた。

「………うん!」





「いいなぁ………。なのはたち、うらやましいなぁ………」

 美由紀が物欲しそうな顔でなのはたちを見つめている脇で、忍は恭也に笑顔で近づいていった。

「で? 恭也。私にはホワイトデープレゼントはなし?」
「今更いるか? 俺たちの間に」

 恭也はふっと微笑んで、忍に返した。

「あははは。たしかにねー。それじゃ、ひとつだけ質問。今回の一件、首謀者は誰?」

 忍が言うと、シグナムが不思議そうに首をかしげた。

「首謀者?」
「あ。それ、私も気になってました」

 シャマルも手を上げる。美由紀が恭也に問いかけた。

「恭ちゃん?」
「………今回のこれは、実はユーノの発案だったんだ」

 恭也のセリフに、忍たち以外が驚いた声を上げた。

「そうだったんですか!?」
「どういう意味、恭ちゃん!?」
「父さんがまたバレンタインデーみたいに暴れるのは、目に見えてたからな。なら、行動を先読みできるようにある程度、こちら側に隙を生んでしまおうということになってな」

 恭也がそういうと、シグナムが合点がいったというようにうなずいた。

「言われてみれば、スクライアがこちら側に連絡をよこさなかったのも、今考えてみれば不自然でしたね」
「出来る限り士郎さんと接触を持たせず、みんなに迷惑を掛けまいとしたってわけね。いろいろと飛び回ってたのは、一番被害の少なくなる捕縛場所を探してたってことか」

 結界を張らなかったのも、士郎に邪魔されていたというより、なるべく穏便に済ませたかったからだろう。

「もっとも、一番の目的はみんなに一斉にプレゼントを渡すことだったらしいが」
「? どういうこと?」
「最終的に士郎さんを捕まえられるんなら、その現場になのはちゃんたちが居合わせる可能性も高かったってとこでしょ?」

 忍が言うと、恭也が肯定した。

「ああ」
「ふぇー………」
「ユーノくん………。すごい………」

 三人の少女たちにいっぺんに抱きしめられているユーノを見つめながら、シャマルは感嘆のため息をついた。

「これは一本取られましたな」

 シグナムは小さく笑いながら、騎士甲冑を解除した。

「これで、今のあの子達の状況にけりをつけられるなら、もっとすごいんだけどねー………」

 忍が呆れたようにいうと、恭也がつぶやいた。

「今は無理でも、アイツならきっと何とかするさ」

 空を見上げると、美しい満月がすでにあたりを照らし始めていた。










―あとがき―
作者「一年で俺に最も関係ない日! それが、ホワイトデー!」
ハルス「だからどうした」
作者「いや、ただなんとなく言っただけ」
ハルス「あほなこといってないで、今回の創作魔法の説明には入れや」
作者「ウィ。それではこちらー」



ストリングバインド
対人用拘束魔法。糸状にした魔力で相手を絡めとり、一切の行動を制限する魔法。術式のリソースのほとんどを対人拘束に使用しているため、それ以外の目的には使用できないが、逆に言うと人間への干渉力が半端ではなく、武器として扱うことも可能。普段は指先から一本ずつ糸を伸ばすが、今回のように一定空間の張っておくことも可能。十本ある糸を一本にまとめると、鞭のように使うことも出来る。



作者「以上の魔法です」
ハルス「思った以上に便利そうだな」
作者「ところがこの魔法、用途が限定される上、糸状に魔力を伸ばすのが非常に面倒なので、現時点では開発者であるユーノ以外には使えません」
ハルス「あ、ユーノが作ったんだ」
作者「うん。本文中にあるように鋼糸を参考にね」
ハルス「相変わらず器用な奴」
作者「それでは、そろそろお暇いたしましょう」
ハルス「え、もう?」
作者「それではー」
ハルス「ま、またー」










ハルス「………いいのか? こんなにまともに終わって」
作者「たまにはいいじゃん」
ハルス「どこか具合が悪いのか!? 特に頭」
作者「どういう意味だ!?」





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