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“『神』の呪いは世界を越えて(仮)”




その世界は『神』の顕現と共に最終闘争を迎えた

『神』に対抗するは、幾多の伝説に名を残す『妖怪』『悪魔』『『神』とは別の宗教神』そして『人間』

『神』は『天使』達に命じた

無垢なる子集めよ 穢れし子らは 浄化の炎の元へ誘え



魂を捕らえられし子らが住まうは、神の聖域『エデン』

『エデン』を堕とす為に『妖怪』は『悪魔』は『人間』は力を合わせた

それは死闘

それは激闘

それは全ての運命を掛けた戦い


そして


世界を焼く浄化の炎が放たれる寸前



『神』は『人間の少女達』の前にその身を散らした



『世界』を嘲い、呪いを残し、虚無へと飲まれ往くは『神』

『エデン』を巻き込み、眷属たる『天使』と幾体かの『妖怪』達を道連れに……




『世界』より堕ちた『天使』と『妖怪』が流れていった先の世界は、彼らの『世界』の写し身か…




『天使』は嘲う

「ここに『神』を復活させる」



『妖怪』は翔ける

「私は、あんた達を殺し尽くす」





「君達は一体?」

提督位を目指す黒衣の少年は問う

「なんでそんな酷いことが出来るの!?」

白き衣の優しき少女は声を上げる

「貴方は、それでいいの?」

悲しみを知る金の少女は呟く

「それ以上はあかん!あなたがそこまでする必要なんてないんや!」

別れの哀しみを抱える蒼天の少女は叫ぶ




「一般人への魔法行使、及び殺傷。違法行為をこれ以上見逃すわけにはいかない」

「邪魔をしないで……貴方が誰かは知らないけれど……叩き伏せてでもソイツを殺すわ」



「その人だって『人』でしょう?!助かるんでしょう?!それなのになんでそこまでするの!?」

「助かる『かもしれない』だけよ。あいつ等に汚染された以上、いつでも眷属化させられるわ」

「そんな……」

「私を止めたいなら、今すぐこの子の眷属化を防いでみて…それが出来ないなら引っ込んでなさい」



「そんな傷でどこいくつもりです?」

「…さてね」

「貴方だけで何もかも背負う…そんなんは自惚れ違いますか?」

「いってくれるわね……一つ訂正。自惚れじゃなくて、『義務』よ」




闇夜に蠢く異端の力が 『世界』を越えて 世界を覆う

次元の護り手 其は少女達

闇を喰らうは 異界のアヤカシ
 



「月晶姫、往くよ。私が居るのは この為だから!」
『それが貴方の望みならば』



 『神』を屠るは我が爪牙なり 天を堕とし 地を砕く

 「餓竜覚醒」

 『竜皇顕現』



夜を駆け往くアヤカシが 異なる世界で舞う物語

優しき少女達との出会いが 彼女の歩みに齎すものは…





『神』の呪いは世界を越えて(仮)


公開未定(爆)






『泡紡世界』を始めたばかりなのに何を書いてるのか俺は…

一応、次回長編のプロット(というか、本来はコッチが先だったんだが(0w0;))なんだけどなぁ
読む人いるのか?この某TRPGとのクロスオーバー……






注意! この作品は『グループSNE』から発行されましたTRPG『妖魔夜行』とTVアニメ『リリカルなのはAs』のクロスオーバーとなります。
ただし、『妖魔夜行』オフィシャルストーリー(小説及び続編の『百鬼夜翔』)との関連性は極々薄いものであり、独自設定が色々と出てまいります。
『妖魔夜行』ファンの方は、その点をご注意頂き、生暖かい眼でご覧下さいませ。



/Dance with a dragon



プロローグ



とある『世界』で戦いがあった。『世界』に生きる、全ての存在を巻き込んだ大戦が。


その『世界』には、住まう人々の“想像”“想念”という『想い』を核として、産み落とされる存在があった。

『妖怪』と呼ばれ、『アヤカシ』と呼ばれ、『怪物』と呼ばれ、『神々』とも『悪魔』とも呼ばれし者たち。

彼らは、増えすぎた人の営みが世にある影や闇を払い、山河を削り失わせてゆく中、そんな『人』の営みに溶け込み生きるもの、
あくまで本来の自己に固執するもの、『人』が生み出す社会の『闇』の中に積極的に飛び込んでいく者など、様々な形で存在していた。

『人』の世に溶け込んで暮らす『彼ら』は、ごく自然と互助組織を成してゆく。各町・各都市で形作られ、新たな『噂』で生み出された『彼ら』の仲間の保護を行い、
生きてゆく手助けをする物。『ネットワーク』と呼ばれるそれら。

しかし、悪意ある『噂』や、『悪』を伝える物語などから発生した『彼ら』の一部も独自の『ネットワーク』を形成し、様々な活動を行ってゆく。
世界を支配しようと企む者。世界を滅ぼそうと暗躍する者。それらの『悪のネットワーク』と対峙しるのも、また『彼ら』の“同類”。

『人』との共存を求める者。『善』の心や『慈』の心を『核』として生まれて来た者が対抗していったのだ。

『人』には伺い知れない影で凌ぎ合う中で、原初が『悪』であったものが『善』に。逆に、原初が『善』であったものが『悪』になる事もあった。
『人』には無い強大な力をもつ『彼ら』も、『心』を『想い』をもって生きる存在であることには変わりは無いのだから。

そんな中、ある事件が起きた。

詳しく述べるは無理があるが、事実は一つ。
その《神》は“終末の理の元”で行動を開始した。己に従わせた無垢な少年達を除いた『人』を滅ぼし、『世界』を滅ぼそうと。
己の配下たる『天使』を世界各地に遣わし、不和の毒を人心に植えつけ、騒乱の火種を撒いてゆく。
同時に各地の『ネットワーク』を寸断し、それを『悪のネットワーク』の仕業に見せかけ、『妖怪』や他の『神々』の勢力を切り崩していった。
その暗躍に気が付いた『彼ら』は、世界を終末の業火に叩き込まんとする《神》を倒さんと、善悪正邪の垣根を越えて力を結集する。
『世界』が滅びれば、己を形作る『想い』を支える『人』が滅んでしまうのだから。

『彼ら』の切り札は、たった二人の『人間の少女』 


神の園・エデンを舞台にきって落とされたハルマゲドン。


『終末』を『滅び』を力とした《神》は、幾多の妖怪を滅ぼし、他の『神々』をも寄せつけなかった。
だが、《神》が理解できなかった事が一つだけあった。

それは、『世界の人々』が望む物は『滅び』ではなく、『幸せな明日』だと言う事を。
『妖怪』も『悪魔』も『神々』も、そして《神》すらも生み出せしは『人の想い』

『終末をもたらす神』を望んだ想いよりも、遥かに強い『慈しみ、見守ってくれる神』という肯定の想いが『少女達』に収束した時。


決着は付いた。


だが、滅び行く《神》は『世界』へ向けて呪いを残した。
《争い、諍い、憎み、壊れよ》と。
《神》の呪詛の元、神の園・エデンが崩壊し、時空が捩れてゆく中、『少女達』や残りの『妖怪達』へと襲い掛かる『天使達』

殿を務めた妖怪達と、足止めされた『天使』の幾体かは、時空の捩れに巻き込まれ、『世界』から消え去る。
仲間達は待った。
手段を尽くした。
だが、歪みに飲み込まれた『彼ら』や『彼女』は、帰ってくることは……無かった。



*          *          *          *          *



ザザ〜ッ    ザザ〜ッ


朝焼けに染まる岸辺に、やわらかく押し寄せる波。

早朝の浜辺に、犬と共にゆっくりと散歩する老夫婦の姿があった。
柔らかい雰囲気で歩む夫婦は、足元を駆け回る子犬の姿に微笑ましげに眼を細め、その後ろから静かに歩む。

と、先方を駆けずり回っていた子犬が、キャンキャンと吠え始めた。

訝しげに子犬の吠えている先を確認した夫婦は、顔に驚きの表情を浮かべる。

岸辺に、少女が一人倒れていた。
歳の頃は14〜15だろうか。何も身に着けず、全裸で倒れ付した彼女が身に着けている唯一のものは、左手に握りしめた短刀のみだった。

慌てて駆け寄ってゆく老夫婦。
老人は、己の上着を脱ぎ、少女の身を包む。老婆は、懐から出した携帯からレスキューを呼ぶための番号をプッシュした。

傍で吠え続ける子犬の吠え声にも反応せず、意識を失ったままの少女。


この時より、とある『世界』に異分子が混ざる事となる。

それが何をもたらすのか、今この時に解っているものは、誰も居なかった。





/Dance with a dragon



story-01



夜の闇が街を覆う。
暗き帳に包まれて、静かに静かに眠りに落ちる。
いや、此れからが本番だ、という者達も多数居るだろう。

夜が闇の時間であったのは遥か過去。

闇から街を浮き立たせる光が、闇の冷たさから身を守る灯火が、闇の静寂を退ける音楽が。

幾多の手段で闇を薄め、光で覆う。

しかし、人は闇を恐れるが故、逆に強く惹きつけられもするものだ。
今日までに伝えられ、生み出されてきた様々な物語が其れを証明している。

原住民が代々伝え続けてきた物語。
コンクリートジャングルに囲まれた近代都市で囁かれる都市伝説。
子供達の間に広がる他愛の無い噂話。

膨大なそれらの中に登場するモノたちがいる。

曰く“妖怪”
曰く“化け物”
はたまた“天使”

『拳銃を携え子供を攫うピエロが居る。攫われた子供は切り刻まれて殺されるか、チャイルドポルノに売られる』
『満月になると狼と化す人が居る。人を喰らう彼らを殺すためには、銀の弾丸を撃ち込むしかない』
『神の使徒たる白き翼の天使は、秩序と正義の存在である』

今日まで伝わる伝承が、物語に綴られた内容が現実となったことは無い。
伝承は伝承でしか無く、物語は物語に過ぎないのだから。




だが




本当に




そうなのだろうか?




*          *          *          *          *




◇7月20日 PM10:55 アメリカ 


アメリカ合衆国、ワシントン州ノースウェスト最大の都市・シアトル。
通称“エメラルド・シティ”と呼ばれるこの場所は、超近代的な都市にもかかわらず、三つの大きな国立公園を含む
豊かな大自然に囲まれた美しい街だ。

海岸線を走るアラスカン・ウェイ沿いにある、ピュージット・サウンド・ウォーターフロント。ここにあるシアトル水族館やオムニドーム
(180度のドーム型スクリーンをもつ映画館)は、人気のあるスポットの一つ。
それを見下ろすパイクプレイス・マーケットは、ダウンタウン中心にあるファーマーズ・マーケットであり、果物屋、八百屋花屋が並び、
魚市場では見物人の頭上越しに大きな鮭が飛び交う。又、レストランや土産物屋の他、様々な専門店が犇めき、大道芸人のパフォーマンスも見られるなど、
地元住民すら魅せられるマーケットだ。

ダウンタウン南西の4〜5ブロック四方に渡るシアトル発祥の地『パイオニア・スクエア』には、19世紀後半の建物内に、数多くの画廊、カフェ、レストラン、
ビールなどを醸造するハート醸造所などがあり、独自の雰囲気を漂わせている。

そのダウンタウンから少し北に位置する丘の上にあるシアトルセンター。
1962年に開催された「センチュリー21」という世界万博の跡地に造られた総合公園であるここには、パシフィックサイエンスセンター、
チルドレンズミュージアム、シアトル・オペラといった文化・教育面を意識したものや、エクスペリエンス・ミュージアム・プロジェクトやNBA
バスケットボールのシアトル・スーパーソニックスとNHLホッケーのシアトル・サンダーバーズのホームグラウンド、キーアリーナもあり、
遊園地やレストラン、ファーストフード店なども軒を連ねている為、娯楽には事欠かないだろう。

そのシアトルセンターの一角から、天へと伸び往き、雲を切り裂くように聳え立つ白き塔。それは、シアトルのシンボルである、通称『スペース・ニードル』という
高さ181,5mのランドマーク。最上階の展望台に昇れば、シアトルの市街地にピージェット湾、レイクユニオン、レイクワシントン、そして周囲の山々まで一望でき、
その絶景を見た者達は、薄れることの無い感動を心に刻む事となるだろう。

様々な施設を抱き、多種多様な人々が、賑わい明るく輝かしい光を放つシアトルセンターも、だが、閉園時刻を過ぎた今は、
各々の施設から証明が落とされ、スペースニードルの白い外壁が、薄ボンヤリと浮かび上がるだけであった。


*          *          *          *          *

サクッ サクッ サクッ

音が聞こえる。
 
サクッ サクッ サクッ

風の渡る音?
違う。

サクッ サクッ サクッ

木々の葉が揺れる音?
違う。

サクッ サクッ サクッ

人気の絶えた公園内を渡る音。
照明も絞られ、建物が影となって不気味に浮かび上がる静寂の中、何者かが下草を踏みしめ歩く足音が、辺りの空気を僅かに震わす。
 
サクッ サクッ ペタッ

絞られた街灯の光の元へ、足音の主が姿を現す。

少年だった。
13〜14歳程度だろうか?典型的な白人種の外見をした少年。
ブロンドの髪が、街灯の灯りを受け、淡く光を零す。
 
サクッ サクッ ペタッ

と、ブロンドの少年の背後から、また別な少年が現れた。
年の頃は、先に現れた少年と同じ位。アジア系の顔立ちをした少年だった。

サクッ ペタッ ペタッペタッ

堰を切ったかのように、次々と暗闇から湧き出てくる少年達。
モンゴロイドの少年がいた。アングロサクソンの少年がいた。ネイティブアメリカンの血を引いたと思わしき少年も居た。
人種や背格好もバラバラな少年たちの集団。強いて共通項を上げるとすれば、10〜14歳程度の「少年」だと言うことだ。
そう、「少女」の姿は、まったく無い。

ペタッ ペタペタペタペタ

異様……そう、異様な光景だった。

少年達の過半は、パジャマ姿で靴も履いておらず、今先ほど起き上がったかのような格好をしており、周囲にいる同じ年頃の者達と言葉を交わすことも無く、
只々ゆっくりと歩み続ける。一様に弛緩した笑みを浮かべ、意思の光が感じられない虚ろな瞳のまま、緩慢に歩みゆくその様は、まるでゾンビーの集団。
そして、極め付けに異様さをかもし出している点がある。
こんな時刻に、このように多人数の少年達が侵入しているというのに、警備員が止めに来る様子も無い。第一、彼らは、どうやって侵入したのか?
何者かが手引きしたのか?ならば、その者は一体どこに?

少年の黙々とした歩みが止まったのは、シアトルセンター内のスカルプチャ=ガーデン(彫刻の庭)。
前衛芸術のモニュメントが立ち並ぶその庭から顔を上げれば、スペース・ニードルの尖塔が眼に入る位置。

だが、少年達の虚ろな視界に映った物は、白き尖塔の外壁ではない。
 
宙に浮遊し、淡く輝く光に包まれたその姿。白くゆっくりとはためく白き翼。慈愛に満ちた笑みが浮かぶ顔。
その姿を眼にした者ならば、100人中100人がこう答えるだろう。

『天使』と。

自分に歩み寄る少年達をやさしげに見つめる『天使』
彼は、己の足元へと歩み来る少年達へ、涼やかな声で語りかけ始めた。

「選ばれし清浄なる魂をもつ子よ。今からそなた達は、あらゆる不浄に満ちた下界より、私と共にエデンの地へと参るのです。苦痛も悲しみも老いも病気も無い、
真の楽園に」

その言葉が聞こえているのか、虚ろな笑みを深くした少年達。空中を移動し、彼らの頭上へと到達した『天使』は、しなやかな指を宙に踊らせた。
『天使』が指先を空中に躍らせる度に“キラキラ キラキラ”と、燐光が放たれ、眼下の少年達へと降り注いでゆく。彼らは、抗いもせずに『天使』を見つめながら
燐光を頭上から受けるー

刹那


ゴォオオオオオオオオ!


燐光が満ちた空間を、炎の渦が焼き尽くした。

「なに?!」

驚愕の表情で、炎が撃ちだされた地点へと視線を向ける『天使』

「何者!」

誰何の声を放つ『天使』は、先ほどまでの神々しい雰囲気を一変させ、表情を歪ませながら殺気を放つ。

「さて、何者かしらね? 似非天使」

『天使』が見つめる先から、若い女性の声が返る。
公園の道を照らす街灯の元に、ゆっくりと歩出てきた女性。年の頃は17〜18辺りか。
不適に微笑むその顔は、モンゴロイドの特徴を残しつつも、鋭い印象を与える硬質の美貌。
首の後ろで一本に纏めた艶やかな長い黒髪は、街灯の光をうけ、深紅の虹彩を放つ。
切れ長の瞳は漆黒。
黒のジャケットに白いTシャツ、洗い晒しのジーンズにスニーカーというラフな格好で『天使』へと向かう。

「貴様は……」
「あら、『天使』さまがそのようにお顔を歪ませてよろしいのかしら?そこに居る子羊達が怯えるわよ」

醜く表情を歪ませながら憎憎しげに声を掛ける『天使』へ、冷笑を返す女性。

【……どう見ても只の人間の小娘にしか見えぬ。しかし、先ほどの炎は何だったのだ?】
【フン。何やら隠し玉があるようだが、所詮、人間のすること】

心のうちで訝しげに呟いた『天使』だが、結局は「只の人間に、大したことが出来るわけでもない」と彼女を嘲笑する。

「女よ。貴様が何者かは知らんが、《神》の子たる私に逆らいし罪は重い」
「へぇ……」

どこから引きずり出したものか、それまで手にしていなかった剣を右手で抜き放つ。
彼が柄を握ると同時に、刀身から金色の光を溢れさせた剣は、夜の闇を退けながら女性へと切っ先を向けられた。
だが、当の剣を向けられた女性は、そんなものはどこ吹く風といった様子で、怯みも怯えも見せず『天使』を冷めた視線で見つめたままだった。

「先ほどの炎がどのような手品かは知らぬが……私の邪魔をした事を地獄で後悔せよ」

剣に燐光を纏わせ、静々と振り上げる『天使』
両者の間合いは10m程しかなく、天使が空を翔れば、それこそ一瞬の距離。
2〜3秒もあれば、女性の惨殺死体が一体、お手軽に出来上がったことだろう。


彼女が『人間』であったのならば。


剣を振り上げた『天使』に向かい、女性は冷たい声で告げた。

「物覚えが悪いって、本当に救えないわよね?『サンダルフォン』」
「なんだと?!」

女性の告げた『サンダルフォン』という名前に、驚愕する『天使』
硬直した『天使』を見据えたまま、己の腰裏へと右腕を廻し、ベルトで止めた鞘から短剣を引き抜いた。

短剣の刀身は水晶で造られており、月の光に照らされたそれは、冴え冴えとした青白い光を反射している。刃渡りは40cmといったところか。
遠目には判別し難いが、その刀身は透明度の高い透き通った材質で構成され、また、かなり肉厚に造られている。つばに当たる部分には、
左右共に赤い飾り紐が垂らされ、短剣の動きに合わせてサラサラと流れていた。

【あの短剣……どこかで】

引き抜かれた短剣を訝しげに見つめる『天使』、いや、サンダルフォン。
右手に持った短剣を軽やかに取り回していた女性は、サンダルフォンの視線に気付き、口の端に嘲笑を浮かべる。

「何だ、まだ思い出さないの?」
「何だと?」

女性の言葉に、眉を顰めるサンダルフォン。
そんな彼の眼前で、女性は短剣を逆手に持ち直し、右手を真っ直ぐに天に向かって突き上げると、一言叫んだ!

「月晶姫!」
《任された》

短剣より、歳若い少女の声が発せられると同時に

ギシッ!

っと、異音をたて、周囲の空間が軋む。
見た目には何も代わりは無い。変化といえるのは、気がつくか否かという程度、ほんの少しだけ自然光も含めた光量が減った程度だ。


“それまで天使の近くに立ち尽くしていた少年達の姿が消えている”ということを除いたのならば。


その事に気がついたサンダルフォンは慌てて周囲を見渡すが、少年達は影も形も見えない。気配も何も捉えられなかった。

「私の結界の上から別な結界だと?! こ、この力……まさか」

冷や汗を浮かべながら、引きつった声を上げるサンダルフォン。そんな彼を尻目に、背の鞘に短剣ー月晶姫を戻す女性。隙だらけな彼女に剣を向ける
サンダルフォンだったが、その剣はブルブルと震えていた。いや、震えているのはサンダルフォン自身だ。

「どうしたの?《神》の子さん。『人間風情』に、そんなに怯えなくてもいいじゃない」

クスクスと笑いながら声を掛ける女性。
震える腕を押さえ込み、彼女をにらみ付けるサンダルフォンは、吐き捨てるように忌み名を告げた。

「本当に貴様……なのか……『カラミティ』!」
「随分懐かしい名前ね、それ」

天使が震えた声で告げる名前を聞き、嘲いを深くする女性。

「何故……なぜ貴様まで、この『世界』にいる」

忌々しさに満ちた声で女性へ問う『サンダルフォン』に、彼女は不快げに眉を潜めた。

「あんた達の《神》っていう大馬鹿が開いてくれた歪みに取り込まれただけよ。貴方達と一緒に!」

ギラリ!と殺気を放ち、サンダルフォンをにらみ付ける。
その殺気を受け、蒼白となる『サンダルフォン』を尻目に、彼女は更に言い放つ。

「こっちの世界に流されて、色々あったけれどね……それなりにやってきたのよ。でも……貴方達が馬鹿な事してくれた」
「まさか……此処最近の天使達の失踪は」
「そ、私の仕業。貴方達を消せるのは、この世界じゃ私達だけ」

サンダルフォンの眼前に立つ女性が瞳から放つ光は、純然たる『殺意』

「馬鹿な……貴様一人で天使達を悉く」
「殺すわ。使徒も眷属も、すべて殺しつくす。それが、私の第二の安住の地を壊してくれた報い! ま、もっとも……歪みに巻き込まれた天使って、
数は少ないし死に掛けてたのが大半だし? こっちで生きてても、再生もままならないでしょうけどね」
「くっ……」

苦々しげに顔を歪めるサンダルフォンに向かい、女性の言葉は続く。

「そう。“能力を殺ぎ落として、どうにか身体を持たせてる”……貴方もそうみたいだけれど?」
「フン!それは貴様とて同じこと!理の違うこの『世界』では、全能力を発揮できまいがあ!」

猛りながら、剣を振り上げたサンダルフォンの背後の翼が一度はためいたかと思うと、彼の身体は凄まじい加速で打ち出され、女性へと飛翔する。
雷光の速度で空を駆けたサンダルフォンの金色に輝く剣が、女性を袈裟懸けに切り裂こうと迫る!

女性は、サンダルフォンの飛翔に合わせるように身体に力を込めると、迫る剣の刀身に向かって左手を突き出し、己を開放する言霊を……放った。


「『餓竜覚醒』」

ギャリィィィィィン!

金属同士がぶつかり合ったような異音を放ち、“握り締められる”サンダルフォンの剣。
女性が刀身を無造作に握り締めた手から、血が流れる事も無く、何も変わった様子は無い。

いや?そのジャケットから覗く腕の色は、異様に白くは無いだろうか?
街灯の光が肌を照らす。
ギラリとした光沢を放ち、人口光を弾き返すそれは『鱗』

そう、『鱗』だ。それも蛇のようなヌメリのある輝きではなく、金属の如く重々しい光を放つ純白の『鱗』

しなやかさを感じた細い指は硬い鱗に覆われ、指先から鋭い鈎爪が飛び出している。
首の後ろで纏められていた髪は、深紅の虹彩を放つ黒髪から、燃え立つような真紅へと色を変え、漆黒の瞳は縦に裂けた瞳孔を嵌め込み、
赤く深紅に輝いていた。

「貴様!!」
「……」

握られた刀身を引き抜こうと力を込めるサンダルフォン。
だが、彼女の鈎爪へと変じた手は、がっちりと刀身を咥えこみ、放さない!

「っっはぁあああ!」
「!?」

女性が彷徨を上げると同時に、剣を掴んだ左掌から白き炎が噴出し、金色の刀身を、瞬時にドロドロに熔解させてゆく!
慌てて手を離し後ろに下がったサンダルフォンに向かい、女性は左掌に残った刀身の一部を投げつけると同時に、地面を踏み砕きながら間合いを詰める!
投げつけられた刀身を避ける為に首をひねった彼の視界に、地面スレスレを飛ぶ様に瞬時に踏み込んできた女性の姿が捉えられた。
サンダルフォンは左手に燐光を収束させ、光弾としたそれを女性に向けて叩きつける!

バジュッ!

光弾は、大型の自動車すら跡形もなく消し去れるだけの威力を持っていたが、彼女の身にその威力を刻むことは出来なかった
煩わしげに振られた女性の右手に触れた瞬間、焼けた石に落とされた水滴が上げるような異音を発し、光弾が掻き消されのだ!

「な!?」
「……ッ!」

驚愕に、一瞬動きを止めるサンダルフォン。
正面に突き出されたままだった彼の左腕を掻い潜り、内懐へと飛び込んだ女性は、鈎爪と化した右掌を右下から振り上げ、彼の身体に5条の瑕を刻む!
吹き上がる深紅の液体。
苦痛に満ちた絶叫が、サンダルフォンの口から飛び出そうとする一瞬前、左下から突き上げられた左拳が胴体の中央に叩き込まれ、口を封じる!
身体を折り曲げた所に右膝が飛び込み、顎を突き上げると共に、強制的に身体を引き起こした。
右腕が、左膝が、左右の掌が、肘が、膝が!わき腹に、鳩尾に、こめかみに、鎖骨に、股間に!遅滞無く連続して叩き込まれてゆく!

ドンッ!

真下から突き上げられた右掌。それを水月に打ち込まれたサンダルフォンの身体が宙を舞い、僅かな間をおいて地面と熱い抱擁をかわした。
異形へと変じた女性の乱撃を受け、無様に横たわり呻くサンダルフォン。
白き衣は赤い斑に覆われ、背にある翼も半ばより拉げ、周囲には紅の色彩に染まった羽が散らばる。
倒れ付すサンダルフォンへと、ゆっくりと歩みよった彼女は無表情のまま彼の首を左掌で包むと、そのまま無造作に左手一本吊り上げる。

「ぐぅ あがががが   」

持ち上げられたサンダルフォンの首は“ミキミキメキ”と異様な音をたて、血まみれになった顔は赤黒く染まってゆく。
無表情でその様を眺めていた彼女は、満身創痍の彼に向かって、ある問いを放った。

「……死ぬ前に一つ聞かせなさい。『メタトロン』は何処?」
「げ、下賎な妖怪風情に 答え る必要は無い!」

それが、血の泡を吐きながら、嘲るように告げたサンダルフォンの答えだった。

「あら、そう……なら“素直に教えておいた方が良かった”って、後悔しながら死になさい

禍々しい光を瞳に浮かべた女性の右腕が、サンダルフォンの左腕を掴む。
その直後、太い枝を踏み折り、筋張った何かを引きちぎるような音に重なって、サンダルフォンの絶叫が結界内部に響き渡った。


*          *          *          *          *


2分の後、公園内で息をしている存在は、『餓竜』と天使『だったモノ』のみとなった。


*          *          *          *          *


ピチャン   ピチャン


指先から滴る赤い液体。
『それ』を腕を振って煩わしげに弾き飛ばした女性は、地面に転がってビクビクと悶えている『モノ』へ右腕を突き出し、呟いた。

「じゃあね」

その腕より炎の奔流が撃ちだされ、サンダルフォンだった『モノ』を紅蓮の業火に叩き込んだ。
断末魔の声すら発する事を許さないというような、凄まじい火勢。
“随分と小さくなっていた”サンダルフォンの身体は、たちまちの内に燃え尽きていく。

「うわ、また派手にやったね」

燃え上がる炎を無感動に見つめていた女性の背後から、若い男性の声が掛かる。
音も無く現れたその男性。20を少し越えた辺りか、170半ば程に身長に、細身の引き締まった体つき。くすんだ金髪と肌の色から察するに
欧米系の人種のようだ。黒のパーカーとスラックス、夜半にも関わらず顔面に乗せたミラーシェードが異彩を放っていた。
女性は己の右隣へ歩み寄ってきた男性へ“チラリ”視線を送り問いかける。

「ん。男の子達は無事だよ。眷属化もされてないみたいだし」
「そう。ありがとう、ウェイン」
「どういたしまして」

ウェインと呼ばれた青年は、おどけつつ、仰々しくお辞儀をした。
その仕草に、女性は僅かに口元を綻ばせ微笑を浮かべた後、瞳を閉じつつ呟くように告げた。

「日本に行くわ」
「そりゃまた突然……こっちでの始末は?」
「解っている限りでは、今日のコレでひと段落、ね」
「ふむ。それは良しとして、なんでまた日本に?」

怪訝そうなウェインの問いに、閉じていた瞳を開くと同時に“ぞっ”とする酷薄な笑みを浮かべる女性。

「メタトロンが日本に向かったそうなの……だから、殺しに行ってくるわね」
「……月晶姫」

彼女の説得が無理そうだと悟ったウェインは、苦りきった顔で、女性の腰の鞘に納まっている月晶姫へと声を掛けた。

《妾(わらわ)は沙耶香と共に歩む》

月晶姫がきっぱりと告げる。
ウェインは、額に手を当てながら思わず天を仰いだ。

「二人とも……」
「ごめんね、ウェイン」
《すまぬの》

憂いを湛えるウェインのミラーシェード越しの瞳を見つめて、すまなそうに微笑んだ女性ー滝川 沙耶香は、空に浮かぶ月を見上げ、囁く。

「アレのせいで私は二度も……私は、アイツを絶対に許さない」

燃え立つような紅蓮の髪を揺らし佇む彼女を、悲しげに見つめるウェイン。
彼らの間を、重く湿った風が吹き抜けていった。














餓竜が奏でる悲しき咆哮

彼女の向かう かの地で出会う少女達

齎すものは 救いか 破滅か


/Dance with a dragon Next story 「魔導師の少女」






注! 文中に特定思想・人種に対しての発言がありますが、あくまでフィクションであり、差別を助長するような意図
    では御座いません。某宗教を信仰されていらっしゃる方は、寛大な心を持ち、読み流して頂けますよう、
    お願い致します。



/Dance with a dragon  second story 「魔導師の少女」



◇8月3日 PM 2:38 日本


青空に沸き立つ入道雲。
ギラギラと輝く日差しの下、セミたちの鳴き声が空気を震わせてゆく季節。

「夏」

今年の夏は、例年よりも酷暑と云われ、実際に平均気温が3℃以上も上昇し、熱帯夜が続いているのだ。
そのせいか、道行く人々の顔に浮かぶ表情も、どこか疲れてウンザリとして居るように見受けられた。

街を歩む人々の群れを見下ろすビル群。
その中の一つにあるホテルの一室で、呆けた表情を浮かべ、窓の外の空を眺めている男女の姿があった。

「……ねぇ、沙耶香」
「……なによ」

ベッドに腰掛け、煤けた表情を浮かべる男性ーウェインの問いに、こちらも気が抜けた表情で答える女性ー沙耶香。

「『日本の夏は過ごし辛い』とは聞いていたけど、此処までとは思ってなかった」

その言葉と共に、仰向けにベッドに寝転がるウェイン。

日本に向かう為に様々な準備を整え、飛行機に乗って飛び立ち、成田空港ターミナルビルから足を踏み出した瞬間、
彼は『地獄』を体感した。

シアトルの夏も暑かった。猛暑といってもいい。気温そのものは大して変わらないと思う。
だが、この湿度の高さは何事だろう?ここはジャングルか?
そんな思いを込めた視線を沙耶香に向ける。
だが、彼女は非情だった。

『とっとと乗りなさい』

沙耶香は、硬直したウェインの首根っこを引っつかむと、止めたタクシーの後部座席に叩き込み、
荷物をさっさと積み込ませると、ホテルへと直行した。

そして現在に至る。


「私が気温を上げているわけじゃないわよ」
「それはそうだろうけど……」

ウェインは、沙耶香の言葉に疲れた息を吐きながら答える。
沙耶香はベッドに沈む彼を“やれやれ”と言った表情で見つめつつ、腰に着けた革鞘を外し、テーブルへと置いた。

と、その途端、鞘の周囲の空気が“ゆらり”と僅かに揺らぐと、30cm程の身長の少女の姿が宙に湧き出でる。
艶やかな黒髪を結い上げ、卵型の形の良い顔に、黒曜石の如き漆黒の瞳。愛らしさを感じさせる目鼻立ち。
二桁の歳にも届かないと思われるその身を包むのは、仙女の如き白き衣。
沙耶香の相棒たる、【護法剣・月晶姫】の分体*1)の少女は、テーブルへと腰を下ろすと、腕組みをしつつ、
“ふんっ”と一つ鼻を鳴らし、蔑んだ表情でウェインに言葉を紡いだ。

《根性なしめが》
「……あ、あのね」
《情けないのぅ。たかが気温が高い程度で、この体たらくか》
「うるさいよ、ヒメ。君には気温の高さなんて関係ないだろ? だからこの辛さが解らないんだよ」
《妾(わらわ)がどうであろうと、お主が根性無しである事には変わりがなかろ?》
「ぐっ…」

憮然とした表情で反論するウェインを、“はんっ”と笑い飛ばし、儚い抵抗を一刀両断にしてゆく月晶姫の涼やかな声。
外見や声からは想像出来ない程、彼女は毒舌だった。

《大体のぅ…》
「も、もう勘弁して」
「ほら。もうその辺にして二人共。遊んでいる暇は無いのよ」
《む…そうであったな》
「……そうだね」

沙耶香の声に、“うむうむ”と頷く月晶姫と、縦線を背負いながら身体を起こすウェイン。
ウェインは、己の荷物の中からノートパソコンを取り出すと、速やかにデータを表示する。

「さてと、メタトロン*2)が来日した理由なんだけれど……」
「そういえば、シアトルから立つ前に『日本での状況を調べておくから』って言っていたけれど、まだ結果は聞いてないわよ?」
「ん。あまり時間もなかったんだけど、警視庁のデータバンクへハッキングは出来たから」

さらりとトンでもないことを云うウェインが画面に表示させたデータ。
何の資料なのか、10種類ほどの折れ線グラフが色分けされており、その内の一つが急速に右肩上がりになっていた。

「此処最近、急速に増えてるね。ステイツでの伸びと比較しても、遜色無いよ」
「既に下地は出来てるってことね」
《手駒を送り込んでおるのは確実であろな。しかし、メタトロン本人がわざわざ日本へ来たということは……》
「来日する理由に関して、サンダルフォンは知らないって言っていたわね。『薬』をばら撒く程度なら、わざわざメタトロンが
動く必要無いと思うのだけど」
《わからぬぞ?案外、妾たちが滅ぼした天使共の中に、日本へ差し向けられる筈の者が居た為に、
こやつが仕方なく動くことになっただけやも知れぬ。奴らとて、人員は少ないのだからの》

月晶姫の言葉に、沙耶香達も考え込む。
しばしの時をおいて、ウェインが“ぽつり”と呟いた。

「……部下に任せて置けないような目的があるとしたら、どうかな」
「どういうこと?」

怪訝な表情で問いかける沙耶香に、一つ頷きを返すと、ウェインは月晶姫に向き直った。

「ヒメ。4年くらい前に沙耶香と日本へ行った時、『《凄まじい魔力を感じた》』って云ってたよね?」
《む? ……確かにの。ただ、沙耶香が旅行で日本へ行っておった時、それも飛行機に乗り込む寸前に感じただけじゃ。
あの後調べはしたが、特に事件にもなっておらなんだが?》
「気のせいとかじゃないよね?」
《うむ。確かに強力な魔力を感じた。『元の世界』での魔法使いで云えば、軽く100人以上というとんでもない程の、のぅ》

月晶姫の言葉を受け、ウェインは沙耶香と目を合わせる。

「沙耶香。もしも…もしもだよ? ヒメが感じた魔力っていうのが、魔法を使う集団とか、あるいは…個人のものだったとして」
「まさか。100人分の魔力持ちなんて、妖怪でも殆ど居ないわよ? そんなのは…」

“ありえない”とつなげようとした沙耶香の唇を、ウェインの指が押さえる。
きょとん、とした沙耶香を見、そのままウェインは続けた。

「『あっち』の世界ではそうだったんだろうけどさ、『こっち』の世界に居ないという事にはならないじゃない?」
「……可能性としては、ね」
「うん。僕だって『魔法使いがいるんだ』なんて信じているわけじゃないさ。でも、ヒメが感知した魔力って事実がある」
《うむ。あれは確かに魔力であった》
「ならさ。もとから少ない戦力が、僕達のせいで更に削れた天使側からしてみれば、異能力、それも飛び切り強力な物を
もっている人間を自陣に取り込もうとか考えないかな?」


ウェインの予想に、沙耶香と月晶姫は顔を見合わせ、深々と溜息を吐いた。

「そうなれば、この上ない強化よね」
《やっかいじゃのぅ》
「まぁ、仮定でしかないから、本当にそれが狙いかどうかも解らないんだけどね」
《天使共が周到に準備を重ねて来ておるのなら、その手の情報収集を怠ることはあるまい。妾が魔力を感知出来たのは
多分に偶然が作用しておるしの》
「ったく、後手後手に廻らざるを得ないっていうのが、どうにも歯がゆいわ、ね…」

沙耶香が無表情のまま漏らした呟きに、他の二名も似たような面持ちで頷いた。

「圧倒的にこちらの人員が少ない以上、どうしようもない事だらけださ。沙耶香が倒した『天使』だって、
幸運と偶然があったから所在を把握出来たんだし」
「……そうよね」
「『何をおいても、天使達を倒す』 そう決めたろ?」

ウェインの言った言葉は、『天使』と事を構えると決めた時に、三人で話し合った基本方針だった。
奴らが何かの計画を進めていることは解っている。その計画を潰すためにはどうしたらいいのか?
彼らは選択した。
『巻き込まれた人々を「囮」とし、天使に肉薄する為の糧とする事』すら許容し、『天使を倒す事』を。

《もう、踏み出したのだ、妾達はの。 ここで躊躇したところで、事態が良くなろう筈も無いであろ》

月晶姫が画面をにらみ付けながら言い放つ。
そのまま首を廻らし、二人の顔を見据えると、言葉を紡ぐ。

《「『天使』を倒すと決めたのならば、まずは其れを成し遂げろ。罪や罰を気にするのなら、成し遂げた後に
イヤでも報いは受けるもんだ。それを厭うなら、最初から何もしないほうがマシだな」……沙耶香の父上ならば、
こう申すであろな》
「云いそうな台詞ね……」

苦笑を浮かべる沙耶香。確かに父ならば、自分で決めた事で迷いを持ったりはしなかろう。


「この方針を選択した時点で、私たちは罪人。足を止める時は、とうに過ぎ去っている、か……」
《今更だの。沙耶香、妾の主として、毅然とした態度を崩すでないぞ?》
「はいはい」

二人のやり取りに口を挟まなかったウェインが、チラッと沙耶香に視線を送る同時に、彼女は軽く頷いた。
それでもう、何事もなかったかのように、ウェインはパソコンのディスプレイに新たなファイルを呼び出す。

画面に映るのは、沙耶香と天使との戦闘記録が纏められた『対・天使戦状況』というファイル。
 
「現状での天使討伐数は3体。沙耶香が『こっち』に来る寸前で確認出来た数が7体。それが全部ならば、残りは4体」
「駆逐済みの内容は、ポテンティアテス*3)、サンダルフォン*4)、後は雑魚天使が1体ね」
《メタトロンを含めて、無傷で『この世界』に来た天使共は居らんはずじゃが、各々の力がどの程度減衰*5)しておるか
解らぬのが厄介じゃの……いっそ『滅んで』くれておれば、何も問題無かったというに》
「姫。愚痴ってもしょうがないわ。まぁ、戦う都度に見極めるしかないわね」
《そうじゃの》

「では、当初の予定通り、メタトロンの足取りを追いつつ、魔力発生地点の調査を行う形でいこうか」
「そうね」
《あいわかった》
「本音をいえば、ここでメタトロンを叩き潰したい所だけれど」
《奴が面に出ておるとも限らぬ。妾達の事は、出来うる限り存在を気取られぬように動かねば、
途端に逆撃を喰らうであろうの》
「解っているわよ、姫。無茶はしないわ」
「沙耶香がサンダルフォンから聞き出した情報からすると、メタトロン本体は傷を癒す為に半休眠状態らしい。
まぁ、そのせいでヒメの妖力*6)探査*7)にも引っかからないみたいだけど」

ちらり、とテーブルの上に座る己へと向いたウェインの視線を感じた月晶姫は、“むすっ”と膨れるながら反論する。

《妾だとて遺憾に思うておる!だが、妾の力は『広範囲高精度』という訳では無いのじゃから、致し方なかろ!》
「ふっ、言い訳かね ミス・ゲッショウキ。世の理に通じた宝剣としてのプライドはどこにいったのかな?」

“やれやれ”というように首を振りつつ、大げさにのたまうウェイン。
そんな彼を、引きつった笑みで見つめた後、月晶姫は“くるり”と沙耶香に向き直り、ウェインを指差しながら彼女に告げた。

《沙耶香! 妾が許す! こやつを9分9厘殺しにするがよい!》
「……あのね」
「ちょっ!?それって殆ど死んでるじゃないか!」
《黙るがよい! お主なぞ、1厘程度生きておれば十分であろ! 》

溜息を吐いた沙耶香は、ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を視界の外に追いやり、画面に映る『メタトロン』の文字を見つめながら、
小さく呟いた。

「……メタトロン……あんたの企みは、絶対に止めて見せる」



8月3日 PM 3:17 日本某所



どこかの郊外らしき場所にある廃工場の建物。
『立ち入り禁止』と書かれた看板が、赤錆の浮いた正門にくくりつけられていた。
鉄製の正門は、中央部で有刺鉄線を巻きつけて封鎖され、裏門も同じ処理が成されている。

そんな廃棄工場の中にパリッとしたスーツ姿の人物がいた。
美しい青年だった。
豪奢な金髪と、抜けるように白い肌。すらりとした体躯でありながら、虚弱さは欠片も見受けられない。
携帯電話を片手に、ゆっくりと歩んでいるだけであるにも関わらず、超一流の画家が魂を込めた一枚の絵の如く、
優雅であり、典雅であった。

「……では、次回以降の生産は、3割程増すように。それと『P』の調査支援の為に、クラスAの眷属を4体補充して下さい。
よろしいですね」

通話を終えた男性は、携帯を胸ポケットへとしまいながら、辺りを見回す。
野ざらしのまま朽ちた工作機械や、錆にまみれガラスが割れたままの建物。
だが、そんな寒々しい光景を見ながら、男性の顔に浮かぶのは『微笑み』

〈……我が使徒*8)よ〉
「おお、主様。お目覚めになられましたか」

突如、男性の脳裏に声が響く。
その異常な現象に、男性は慌てることも無く、微笑を歓喜へと変えつつ跪き、誰も居ない空間に向かって、恭しく礼をする。

「主様。計画は万事滞りなく進んでおります。我ら白き民が統べる神の国への歩みは、着実に…」
〈……サンダルフォンが滅ぼされた件。その後の調査で何か解りましたか?〉

『主様』とやらの問いに、笑みを浮かべていた男性の表情が、僅かに曇ったものに変わる。
男性は、主たる存在の期待に答えられない己の不甲斐なさに、恥辱を覚えつつ、報告を行った。

「…残念ながら、彼の方を害した者の手がかりは、未だ……」
〈……そうか。我が使徒よ、眷属の増強を急ぐのです。『計画』のためにも、数・質共に必要なのですから〉
「了解いたしております、主様」

己に向かい、『主様』が話しかけているという事実に、あふれ出す歓喜を声に滲ませ受け答えを続ける男性。
その時、彼へ指示を与えていた『主様』の声が、不意に酷薄な響きを佩びた。

〈……我が使徒よ〉
「ははっ!」
〈……この地において行う工作は、如何なる躊躇も必要無い。『神』への大逆の徒を生み出した民族なぞ、
塵芥以外の何者でもないのですから〉
「解りましてございます。必ずやご期待に添いましょう」
〈……では、しばし眠りに入る………今度こそ…………神の…く……に………を…………〉

己の脳裏に響いていた声が消え去ると共に、男性は立ち上がる。
晴れやかな笑みを湛えた端正な顔。だが、そこにある瞳は狂熱を宿し、禍々しい光を放っていた。

「我が白き聖なる者達の王国の礎となることを喜びなさい、色付きの穢れた者達よ」

呪詛に満ちた言葉が、夏の風に乗り空を渡ってゆく。
人々が知らぬうちに、『異なる世界』の悪意が、世を満たそうとしていた。



8月4日 AM 5:13 日本 S県 海鳴市 藤見町 桜台



桜色の球体が舞い踊る。
早朝の空気を切り裂き、周囲の木々の枝葉をすり抜けつつ、上昇。そして下降。
かなりの速さで動き回る球体は、慣性の法則などどこ吹く風というように、自在に空を翔て往く。

それはそうだろう。何しろその球体には『実体』なぞ無いのだから。

魔力で編まれ、擬似的な実体化を果たした2つの球体。
それらを操るのは、登山道に立つ一人の少女。
12〜3歳程だろうか? 栗色の綺麗な髪を左右で絞る、いわゆる「ツインテール」にした彼女は瞳を閉じ、
左腕を直上に差し上げた姿勢で微動だにしない。

と、舞っていた魔力弾が、彼女に向けて空を駆け、その眼前で急停止する。
それと同時に、少女はゆっくりと瞳を開くと、右手のベンチに置いてあった空き缶を手にした。
『100%オレンジ』と書かれたスチール缶。
それは、彼女の手に収まったと同時に、空中へと駆け上がった。
少女が、思い切り投げ上げたのだ。
ゴミ箱へ向けて投げたのではない。ただただ真上に放り投げただけだ。

空に飛び上がったスチール缶。それは、所詮ローティーンの少女の腕力で放り上げられた物であり、
既に落下を開始していた。


クァン!


だが、落下し始めた缶は、その下側を魔力弾によって弾き飛ばされ、再度上空へと舞い上がる。


クァン!


飛び上がった缶は、自由落下に入る前に、もう一つの魔力弾に再び弾かれ、更に上空へと舞う。


クァン!
クァン!
クァン!


斜め右下、左下から交互に弾き飛ばされ、青空の下、ダンスに興じているかのようなスチール缶。
そんな中、魔力弾の動きが新たなものになった。

今度は完全に横から横に水平に弾き飛ばし始めたのだ。
何も支えるものも無い空中、さらに回転しつつ飛ぶ缶を、二つの球体の間で水平に行き来させる。
どういうコントロールがあればそんな事が出来るというのだろうか。


クァンクァンクァンクァンクァン!


ビリヤードの玉がはじけ飛ぶが如きスピードで、左右にやり取りされている缶。
彼にもし意識があったら「もう勘弁してください」と泣いていた事だろう。

その、声なき声を感じ取った分けではないだろうが、左右に位置していた魔力弾は「これで仕上げ」とばかりに
動きを変えた。
右側の魔力弾が、此れまでよりも遥かにスピードを込め、缶の横腹に食い込む。


クアーン!



左側に位置していた魔力弾は、僅かに高度を上げると、高速で弾け飛んで来た缶に向かい、
上空からその身を叩き込んだ!


グギャン!


それまでとは明らかに異なった音を響かせ、地に向かう流星と化したスチール缶は、眼下のゴミ箱へと突進して行く!


ゴシャララギシュガガガガガガン!



派手な音を立てて飛び込んだ缶の勢いに押され、“ゆら〜りゆら〜り”と、怪しく円運動を行うゴミ箱。
瞳を閉じたままの少女は、そのままで外部の状況が解るのだろう……ゴミ箱が怪しく動き始めると同時に、
額に汗を浮かべつつ、凝固する。

ややあって、ゴミ箱の怪しい動きが収まると同時に、少女は“ほぅ”っと安堵の息を吐き、瞳を開いた。

「あ、危なかったぁ。ちょ、ちょっと勢い強すぎたかな」
《かなり》

元の位置からズレたゴミ箱を見ながら呟く少女に、ベンチの上に敷かれたハンカチの上に“ちょこん”と乗せられた
赤い球体から声が掛かる。

「あ、あははは。レイジングハート、今朝のは何点かな?」
《95点…と言いたい所ですが、最後の部分で減点です。85点》
「にゃはははは」

己がパートナーたるインテリジェントデバイス・レイジングハートの辛口採点に少女ー私立聖祥大付属中学1年及び
ミッドチルダ式魔導師・時空管理局戦技教導隊所属 高町なのはーは、苦笑いを浮かべる。

《デバイス補正無しでの弾道制御は、かなり向上しています。現状でのアクセルシューター同時制御弾数は
18発まで可能でしょう》
「ん〜、初めて使った時から比べて五割増しかぁ」
《フルコントロールで、です。4年前の時点での弾道制御レベルとするならば、22発までの同時制御も可能かと》
「そっか。ありがと、レイジングハート」

にっこりと微笑みを相棒に向ける なのは。
彼女の笑顔を受け、球体表面を“キラリ”と光らせたレイジングハートは、柔らかな電子音声で答えを返した。

《どういたしまして》



*       *       *       *       *


完全に習慣となった早朝練習を終え、家路に着いたなのはが家の門をくぐると、庭にある道場から、
姉の高町 美由希が出てきた所だった。
彼女は大学入学以降も、早朝〜夜間の自己鍛錬は怠っておらず、父・士郎と兄・恭也とも異常なスキンシップ
(人の限界速度に喧嘩を売っているとしか思えない小太刀の打ち合い)を毎日のように行っている。
なのはとしては、合いも変わらず「運動神経?なんですかそれ?」という不自由さを誇っている為、
“本当に自分と血が繋がっているのだろうか?”と思うことしきりである。

彼らの速度に、魔力を介さず曲がりなりにもついていけるのは、仲間内ではシグナムくらいのもの(フェイトは膂力と
体格が圧倒的に足りない)で、彼女ら守護騎士のマスターたる八神 はやてには、

『なのはちゃんの家族、ほんまに人間なん?』

などと言われもしたが。

つい先日、正式に月村忍と入籍した兄の姿は、今朝の道場には無く、なのはとしては少しばかりさびしい気もするが、
それは致し方ない事だろう。
生まれてこの方、当たり前に存在していた光景が、ふとした拍子に消えてしまったようなものなのだから。

(変わらないものなんてないよ、かぁ)

あの運命の冬の日、自分が云った言葉。
それを思い出し、なのはは遠い眼をして空を見上げた。

「あ、なのは。おかえり〜」
「ただいま、お姉ちゃん」
「レイジングハートもお疲れ様」
《ありがとうございます、美由希》

首に巻いたタオルで汗を拭いながら、妹とその相棒に声をかける美由希。
小学3年の冬、なのはが己の進む道を見つけた事を家族に告げて以来、レイジングハートも正式に『高町家入り』を果たした。
恭也に「お前より、レイジングハートの方が姉らしくないか?」などと弄られ、撃沈される一幕もあったが、それはおいて置こう。

「なのは、身体に違和感は無い?」
「大丈夫だよ。もう元気元気♪」

心持、心配げに尋ねてくる姉に、ガッツポーズを返すなのは。
先年、任務先で重傷を負い、入院したとは思えないほどの回復ぶりだった。

「ほんとに魔法ってすっごいね〜。傷も残らず治癒だもんね」
「あ、あははは。別に万能無敵なわけじゃないんだけど」
「それはそうかもしれないけど、やっぱり凄いよ〜。空も飛べるしね」
「……なんとなく、最後の言葉に全てが集約されているような気がするのは、わたしだけでしょうか?」
「気のせい♪」

朗らかな笑顔を浮かべ、期待に満ちた瞳で己を見つめる姉を、困ったように見るなのは。
先日から、『私も空を飛びたい飛びたい〜』と言ってくる姉に、どうしたものかと腕組みをして考え込むが、
彼女の相棒は『いつも通りに』にべも無かった。

《訓練時は例外として、その他の不必要な魔力行使は、管理局職務規定違反となります。美由希、諦めて下さい》
「え〜〜?! ちょっとくらいいいじゃない。ね? ね?」
《駄目です》
「レイジングハートのケチ〜!」
《なんと言われようが、駄目です》
「ブ〜ブ〜#」
《美由希。自分の歳を考えて発言して下さい。マスターの姉上なのですから、品位に欠ける言動は許容出来ません》
「が〜〜ん」
容赦のないレイジングハートの言葉に、「orz」となる美由希。
いつもの光景だ。
なのはとしては、後頭部に大粒の汗が浮かぶ感覚と共に、苦笑するしかなかったが。



8月6日 PM 2:40 藤見町 ハラオウン家



「なのは、ここ解る?」
「ん〜と……こうかな?」

カリカリとペンが紙の上を踊る音が、微かに響くハラオウン家の一室。
なのはと、彼女の親友たるフェイト・T・ハラオウンは、フェイトの私室で夏休みの課題の仕上げに入っていた。
休みの残り日数を考えれば、かなりのハイペースだが、その事を彼女達に告げた場合、こんな答えが返ってくるだろう。

『だって、いつ管理局のお仕事が入るか解らないし』
『そうだね。只でさえ時間が掛かる科目があるし、なるべく早く終わらせておかないと』

まだ中学1年、13歳という年齢ではあるが、片や教導隊員・片や執務官という管理局のエリートである。
いつ何時召集がかかるかわからない身の上ならば、当然の事なのだろう。
ちなみに、彼女達のもう一人の親友たる八神はやては、夏休み早々に現場に召集され、未だに帰還できずにいる。

『わたしが課題終わらす頃には、夏休みが終わってそうやんか!?これ、なんのイジメなん?!』

と、盛大に騒ぎつつ、守護騎士達に宥められながら出発していった彼女の事を思い出すと、瞳から熱い汗が流れて来る
なのは達であった。

「ううう、文系の課題、アリサちゃん達がいてくれたら、もう少し捗るのに」
「うん。でも二人共、明後日には帰って来るから、どうしても解らないところは、その時に聞こう?」
「そだね」

“とほほ”という表情のなのはを励ますフェイト。彼女の文系の成績は“可哀想”だった小学生の時に比べ、格段に上昇して
いるものの、なのはと同じく、苦手の部類であるのは間違いなく、アリサ・すずかの両名に比べれば、どうしても劣る。
その辺りはご愛嬌といったところだろう。

「今日はこの辺りにしておこ」
「うん。じゃあ、お茶入れてくるね。桃子さんからもらったシュークリームも出してくるから」
「は〜い♪ わたし、ここの片付けしておくから」
「お願い」

立ち上がったフェイトと微笑みあいながら、参考書と筆記用具を片付け始めるなのは。
部屋の外には、煌めく夏の日差しの元、懸命に唄を詠う蝉達の声が鳴り響いていた。



8月7日 PM 5:48 藤見町 スーパー「みくにや」



「んと……後は葱と人参を買わなきゃ」

母のリンディがするように、首の後ろで輝く金髪を纏め、そのまま背に流したフェイトは、夕食の献立を脳裏に描きながら、
買い物籠を手に、生鮮コーナーから野菜売り場に移動する。

(はやてに教えてもらったレシピ、試してみよう。クロノも帰って来るって言ってたし)

母のリンディから頼まれた食材と合わせ、親友から入手したレシピに必要な物を籠に放り込む。
こちらに来た当初は、食材そのものが ちんぷんかんぷんなシロモノだったものの、今の家族と暮らすようになって、もう4年。
時間があれば家事の手伝いをしてきた少女は、素材の良し悪しを見分けられる程度の経験は積んで来た。

(クロノ、喜んでくれるかな…)

籠に入れた食材を眺めながら、義兄の笑顔を想像するフェイト。
“輝くような笑顔”なぞ、本人の性格からして期待するべくも無いが、キリッとした表情を僅かに崩し、

『「おいしいよ。ありがとう、フェイト」』

などと言ってくれたら、本望この上ない。
その光景を想像した途端、フェイトの顔は“ポンッ“と音をたてるが如く、真っ赤に染まった。
思わず無意味に手を上下にワタワタさせた後、思い切り左右に首を振って、顔の熱を逃がそうとするフェイト。
その動きが、傍から見る限り、とても怪しい少女に思われてしまうという事に気付き、周囲の様子を恐る恐る伺うも、
幸運にも見咎められた様子は無かった。

(ううう、わたしってば何をしているんだろう)

一転。自己嫌悪で“どんより”してしまうフェイト。
いつの間にか義理の兄であるクロノを想う様になった自分。
時折、先ほどのような『想像→羞恥→慌てる→落ち込み』という工程を繰り返すようになって、もう2年目になる。

(はぁ……どうしてわたしってこう、“グルグル”しちゃのかな)

己と同じように、クロノに好意を持っている、いわゆる「恋のライバル」である親友の性格が、この上なく羨ましい。
自分が照れて何もいえない時に、スルッとごく自然に彼に言葉を紡げる彼女。
フェイトは、その度に『わたしって……』と落ち込む事になるのだった。

はやてが聞けば『それは「隣の芝生が青い」言うんよ』と答えるだろうが。


*       *       *       *       *


((フェイト))
((アルフ? どうしたの?))

みくにやでの買い物を済ませ、帰途に着いたフェイトに、不意にアルフから念話が届いた。
家でリンディの手伝いをしていたはずの彼女から念話が届く。

((いや、ちょっと帰りが遅いし、なんとなく嫌な予感がしたから、心配になってさ))

突然念話をしてきた為、“何事かあったのか?”と思ったフェイトは、苦笑を浮かべるしかなかった。
以前は、どこに行くにも一緒だったが、管理局に勤務するようになってからは、任務の内容如何によっては
フェイトだけで動く事も多々あった。別にアルフが傍に居ないことが皆無というわけではないのである。

アルフの心配が、どうにも「はじめてお使いに出た子供を心配する母親」のように感じたフェイトは、
照れくさく面映い気持ちになりながら念話を返した。

((やだなアルフ。わたし、そんなに子供じゃないよ?))
((そりゃあ…そうなんだんだけどさ))

耳と尻尾を伏せているであろうアルフの様子を思い浮かべ、クスクスと笑うフェイト。

((大丈夫。あともう少しで帰るから))
((そうかい。リンディにはそう伝えとくよ。今、どの辺りだい?))
((今は……あれ?))

アルフの問いに答えようとして、フェイトは違和感を感じた。
今、自分が居る場所は、海鳴臨海公園。
おかしい。
自宅のマンションに向かっていたはずなのに、明らかに遠回りをするルートを“何時の間にか”歩いていたのだから。
考え事に集中していたわけでもないし、こちらに用事があるわけでもない。
一体、何故?

((フェイト?))

アルフから訝しげに念話が届く。

((……ちょっと遠回りしちゃった。母さんには、もう少し遅くなるって伝えておいて))
((ああ。わかったよ))

彼女に念話を返し、どうにも拭えない違和感を抱えながら、フェイトは歩みを進めた。

(時間を大分ロスしちゃった。近道を通っていこう)

裏道というか、住宅地をすり抜けるようにルートを変更し、小走りに進む最中も、意識した違和感は
相変わらず脳裏にこびり付いた様に付いて回っていた。
無言のまま歩むフェイトは、強まった不快な感触に眉を潜め、足を止める。

近道をしようとしていたのに、明らかに別な場所に向かおうとしている自分の足を。

(一体、なにが?)
《マスター》
「バルディッシュ?」

動きが止まったフェイトに、胸元から声が掛かる。
それは彼女の半身たる、閃光の戦斧・バルディッシュ。

《解析完了。マスターの精神へ強力な干渉が行われている模様》

バルディッシュの言葉に、唖然とするフェイト。
それはそうであろう。自分の精神へと干渉を受けていたにも関わらず、ほぼ無自覚だったのだから。

「バルディッシュ、詳しく聞かせて」
《強力な暗示の類が恒常的に発生。マスターの動きを見るに、特定地点からの排除を促す類の精神干渉と予想》
「他には?魔力の類は、全然感じないのだけど」

フェイトが訝しげに尋ねる。相変わらず違和感はあるものの、魔法に晒されているような感覚は無いのだ。

《魔力は未検知。但し、僅かに空間の揺らぎを観測》
「どこ?」
《マスターが食材を購入された地点より、自宅までを直線を結んだ、ほぼ中間地点》

頬に指を当て、僅かに瞑目したのち、緊張感に満ちた顔になったフェイトは、胸ポケットからバルディッシュを抜き取ると、
彼に声を掛ける!

「……バルディッシュ!」
《イエス、サー。バリアジャケット・ライトニングフォーム》

金色の雷が肢体を覆い、髪がツインテールへと纏め上げられてゆく。
背に漆黒のマントが現れ、手足の各所へ装甲が施された姿。

それは時空管理局執務官、フェイト・T・ハラオウンが基本戦闘フォーム。

((アルフ!))
((フェイト?))
((異質な空間の揺らぎを感知したの。調査に向かうから、フォローお願い))
((!わかったよ、フェイト!))

己の使い魔へと念話を繋いだフェイトは、バルディッシュの感知した地点へと空を飛翔していった!


*       *       *       *       *


バルディッシュが示した地点上空へと到達したフェイトは、道を歩く人も公園で遊ぶ子供も“全く居ない”事に気が付いた。
それどころか、夕食時もそろそろだというのに、周囲の家に、一切の灯りが点っていないのだ。

「バルディッシュ。魔力は感じないね?」
《イエス。結界の類も感知されず》
「空間の揺らぎは?」
《……移動中》
「移動中?」

眉を潜めるフェイト。
何者かが意図してこの状況を作り上げたのは、間違いなさそうだった。

「揺らぎの現在地点、解る?」
《250ヤード左前方に感t…

カッ! ドゴォォォォォォォォン!!

フェイトの問いに答えようとしたバルディッシュの声を遮るように、爆音が轟く!

「な、何?!」
《揺らぎの感知点から爆発》

空中で爆風に煽られつつも、体制を立て直したフェイト。

「行くよ! バルディッシュ!」
《イエス サー》

バルディッシュの示した地点へと向かい加速する。
高速機動戦闘を得意とする彼女の面目躍如といった所か、まさしく『あっという間』に該当地点へと到達したフェイト。

だが、そこで彼女は、それまでの戦闘経験の中でも類を見ないほどの『地獄』を目の当たりにした。

抉られた地面と、融解した壁

手足があらぬ方向へと向き、地面に転がる死体

胴体部分が消し飛ばされ、手足しか無くなった死体

頭頂部から股間までを、爪で引き裂かれたような死体


「な……に……これ」
《マスター!》

こみ上げてくる吐き気を堪えながら、バルディッシュの声に顔を上げたフェイトの瞳に、翼が生えた男性が弾き飛ばされ、
壁にめり込む光景が映る。
男性が飛ばされて来た方向を向いたフェイトは、真紅に染まった長髪を風に揺らし、異形と化した右腕から、
鉄の薫りを纏う紅い液体を滴らせている女性の姿を捉えた。

「!」

息を呑むフェイトの視線の先で、その右腕を、沈黙した翼の男性へと向ける女性。
刹那!その腕から炎の奔流が噴出し、男性を焼き尽くさんと迫ってゆく!

フェイトは咄嗟に射線に割り込むと、バルディッシュを正面に突き出し、一言吠えた!

「バルディッシュ!」
《ラウンドシールド・プラス*9》


ズボァアアアアアアアア!


コッキングカバーが稼動し、二連続で叩き込まれたカートリッジの魔力を加えたラウンドシールドが、炎の奔流を受け止め散らす!
炎の嵐が収まったと同時に、ラウンドシールドが消滅し、フェイトは改めて女性と対峙した。

「……貴女、何者?」

女性から怪訝そうな声がフェイトに掛けられる。
先ほどの男たちの凄惨な死体を見た事と、炎の奔流を受け止めた衝撃に、血の気が引いた蒼白な顔をしていたフェイト。
だが、彼女は表情を引き締めると、意志の力で吐き気を押さえ込み、毅然として告げた。


「時空管理局執務官 フェイト・T・ハラオウン。 事情を聞かせて頂きます」












雷光纏いし少女が問いに

闇を抱えし餓竜は云う

我の邪魔をするモノは

全てを叩き伏せるのみ、と 


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/Dance with a dragon third story 「異形の力」



8月7日 PM 6:02 藤見町 



地面に転がる死体から流れ出た血潮が、溶けたアスファルトと交じり合い、不快なことこの上ない異臭を発する。
崩れかけた壁の下に蹲る死骸は、激突の衝撃が大きかったのだろう。内部から爆ぜたように臓物が飛び出していた。

フェイトとて、執務官として活動している以上、凄惨な光景に遭遇することもあった。
とある違法な研究所を摘発した時には、シリンダーに保存された無数の死体を見、次元犯罪者が戯れに起こした事件で
建物が爆破された時には、瓦礫に押しつぶされた人々を見た。

だが、惨劇を起こした加害者であろう人物と、直後に一対一になった事は無かった。

「……それで?」

フェイトの言葉に、取り立てて興味を覚えることもなかったのか“だからどうした”と、言外に意を滲ませて返事をする女性。
相手の反応が読めないフェイトは、緊張の度合いを増しつつ、状況を把握する為に言葉を紡ぐ。

「市街地での戦闘及び、民間人への殺傷行為。共に許されるものではありません。何故このような戦闘に及んだのか、
事情説明を求めます」
「貴女の後ろで転がっているのが、私の敵。周りに転がっているのも、普通の人間じゃないから民間人とは言えない。以上」

あっさりとなんでもない事のように答える女性。
フェイトは毒気を抜かれた気がしたものの、戦闘行為そのものの停止を促す為に言葉を紡いた。

「あの男性は、もう戦闘を継続できる状態ではないようです。貴女の事情を詳しくお話して頂けますか?」

背後で呻く男性は、とても動ける状態では無いのは、一目瞭然である。
砕けた右腕からは、白い棒状の物が飛び出し、左脚も明後日の方向に捻じ曲がっている。
早急に治療が必要だった。
フェイトは、男性を『敵だ』と言い切った女性が思ったより柔らかな対応を返す姿に、交渉を行うだけの理性を見て取った。

(人型のクリーチャーや、魔導生物の類が暴走しての事件というわけでは無さそう……バルディッシュ)
(《……》)
(バルディッシュ?)

フェイトの問いに沈黙したままのバルディッシュ。
寡黙な性格とはいえ、自分の問いかけに返事を返さない等という事は無かったのだが。

(どうしたの?)
(《……マスター》)
(? バルディッシュ?)

淡々としたバルディッシュの電子音声に、それまで一度もなかった色が混じる。
人間ならば誰でも感じるであろうその感情の名前は、

『戸惑い』

(バルディッシュ?)
(《マスターと対峙する対象を認識出来ず》)
(……え?)
(《空間の揺らぎを発する地点の特定は可なれど、発生対象の特定は不可》)
(何言ってるの? バルディッシュ?!)

フェイトは向かい合う女性から目を離していない。そこに間違いなく居る!
なのに、バルディッシュは感知出来ないというのだ!

(《先刻の炎は感知。されど発射媒体・対象の特定は不可》)
(そ、そんな!? だって目の前にいるっ!)
(《判りません》)
(バルディッシュ!)

バルディッシュの訴えに、意識を向けたフェイト。
その瞬間、女性の身体が僅かに“ゆらり”と沈み込む。

ビシッ!

女性が立っていた場所のアスファルトが、罅割れ爆ぜると同時に、フェイトに向かって凄まじい速度で迫る影。

(ッ!?)

管理局での魔導師区分で、陸戦魔導師という区分けがある。
彼らは、飛翔魔法を使用せず、魔力による身体強化や擬似的なリニアフィールドによる加速をもって地上を疾走するのだ。
短期プログラムとはいえ、陸士訓練校を卒業しているフェイトは、“飛べない相手は各下”等と思うことは無い。
実際、訓練学校での実技講習で、飛翔魔法を使えないという人物と模擬戦をした際に、あっという間に間合いを詰められ、
一撃をもらった事もある。

だが、彼らも“魔法無しで”それだけの身体能力を発揮しているわけではない。
発動までの速度・精度を如何に短く精密にしようとも、“魔力”という媒体無しでは、発揮し得ない能力なのである。

それなのに、この相手は『魔力を一切纏っていない!!』

(疾ッ……!?)

決して油断していたわけではない。
十分に間合いを取り、女性がどう動こうとも反応できるだけの余裕は持っていたはずだった。
だが、その予想すら遥かに上回る速度で、女性が懐に飛び込んでくる!

しかし、高速機動専用のソニックフォームではなく、汎用のライトニングフォームとはいえ、『速さ』はフェイトの領域。
女性がいくら予想外の速度で迫ろうとも、反射的に間合いを開ける程度の事、出来ないわけが無い!

フェイトに向かって女性の腕が振り上げられた時、彼女は残像を残しつつ、10m程離れた上空に出現した!
眼下の女性はフェイトが居た位置へ向かい鈎爪を振り上げた体勢のまま、一瞬、躊躇したかのように動きを止め……

更に加速すると、蹲る男性へと向かい思い切り振り下ろした!

「っ!!」

ガキュン!

爪だけでなく、指そのものを猛禽類の、いや、肉食恐竜じみた鈎爪とし、短刀の如き長さのそれを倒れ付す男性に
向けた女性。
そこに割って入ったフェイトは、バルディッシュの斧刃を叩きつけ、その鈎爪を男性の首筋から数センチの所で食い止めた。

ギリギリ ギシギシと軋みを上げるバルディッシュと女性の鈎爪。
だが、その拮抗は、あっさりと終わる。

「邪魔よ」

女性の言葉と共に、その鈎爪がバルディッシュの斧刃を掴んだ、とフェイトが認識した瞬間、バルディッシュが猛烈な勢いで
引っ張られ、体勢を崩したフェイトごと背後に投げ飛ばされる!

技術云々ではない。ただ、単純に膂力だけでフェイトとバルディッシュは投げ出されたのだ。

「っっ!バルディッシュ!」
《…プラズマランサー》

投げ出されながらも、空中で素早く体勢を立て直し、牽制の為に射撃魔法を撃つフェイト。
至近距離での高速直射型魔法。よしんば弾かれたとしても、限定的とはいえ誘導性能もあるプラズマランサーである。
射撃と同時に間合いを詰めて、ランサーを回避するか弾く隙に、ハーケンフォームでの一撃を加える!

瞬間的に立てたオプションに従って放ったプラズマランサー。

だがその雷光の一弾は、女性の身体すら捕える事はなく、僅かに傾けた首の横を駆け抜け、壁に当たって動きを止める。

「!?」

間合いを詰めながら驚愕に目を開くフェイト。
これだけの至近距離で目標を捕え損なう?! 相手は碌に回避すらしていないのに!

バルディッシュが制御に失敗したとしか考えられない事態だった・・・・・・・・・・・・・・・

【《対象を認識出来ず》】

バルディッシュの告げた言葉がフェイトの脳裏を掠める。

見えていないものに狙いは附けられない・・・・・・・・・・・・・・・・・・

フェイトは内心の衝撃を押し殺しながら、ハーケンフォームへと変じたバルディッシュを女性へと叩きつけるのに併せ、
正面の壁に停滞したままのプラズマランサーの制御を行い、手前に向かって撃ちださせた!

「[ターン!]」

フェイトの声と共に、180度の方向転換をしたプラズマランサーは、環状魔方陣を出現させると再加速を行い、
正面の女性に突撃する!
ほぼゼロ距離での双方向攻撃。非殺傷設定ではあるが、魔力刃と魔力弾共にAAAクラスであるフェイトの魔力で編まれて
いる。直撃すれば、相手はかなりの魔力ダメージを被るはずだった。

シュキン!

夕闇に、涼やかな音が響く。
女性の腰から引き抜かれ、左手に握られた淡く輝く水晶の刃が魔弾を絶ち切り、背後へと突き出された右腕が
ハーケンフォームの魔力刃を受け止める!

(アームドデバイス!?)

プラズマランサーを切り飛ばした短剣を見たフェイトは、ヴォルケンリッター達のデバイスを連想した。
ミッド式魔導師の中にも武器型ストレージを使用する者は、小数だが存在する。
しかし、フェイトは資料でその存在を確認しただけであり、彼女の中で『武器型』といえばヴォルケンリッターが振るう
アームドデバイスが代表格であった。
だが、女性の振るう短剣は、ベルカ式アームドデバイスの特色であるカートリッジシステムが組み込まれているようには
見えない。刀身自体、質実剛健を旨としたベルカのデバイスと異なり、透き通ったガラス質で構成され、近接戦闘の
叩きあいに耐えれるようなシロモノではない概観をしている。

デバイス(?)に気を取られかけたフェイトに向かい、高速の左回し蹴りが風を巻き込んで叩き込まれてくるが、フェイトは
バルディッシュを引き戻しつつ半身を引いただけで、蹴りをやり過ごした。

一瞬だけ加速魔法を展開し、距離を開けたフェイト。
彼女が、目の前の女性の動きを注視する中、壁に叩きつけられ倒れ臥していた男性が、何とか身体を起こすと、
“バサリッ”と羽音をたて、背中から生えた白き翼をはためかせながら、空へと飛翔する。

「っ!? ちぃ!」

フェイトへの警戒の為か、初動が遅れた女性が忌々しげに舌打ちをする。
そんな彼女を地上に残したまま、あれだけの怪我を負いながら、どこにそれだけの力が残っていたというのか、
かなりの高速で空を駆ける男性。
事情はわからないものの、『死』という救いの無い結末が眼前で展開されずに済んだ事に、僅かに安堵の息を漏らす
フェイト。

だが、彼女の安堵を叩き潰す無情な声が空気を振るわせた!

「姫! 結界解除! 指標構築対象『レリエル』!」
《あい解った》

「え?」

女性の言葉と、それに答えた少女の声が響くと、フェイトが感じていた違和感が消失する。
その感覚に戸惑った一瞬の隙に、女性はフェイトとの間合いを開くと、壁を蹴り付け高くジャンプした。

ビリビリッ
       バサッ!

「!?」

飛び上がった女性を追おうとしたフェイトは、己の目を疑った。
空に舞った女性の背中が盛り上がったかと思うと、服が破られ、そこから一対の翼が出現したのだ!
一見、蝙蝠の羽を思わせるその翼をはためかせると、女性は高速で飛翔してゆく。

「くっ!」

女性を追い、フェイトも空へと駆け上がる。
フェイトの飛翔速度と女性の飛翔速度では、ややフェイトに分があるらしく、徐々に間は詰まっているものの、
このままでは彼女が追いつくより、前を飛ぶ女性が翼の男性に追いつく方が早い!

「バルディッシュ!」
《ソニック・フォーム》

ライトニングフォームのバリアジャケットが、ソニックフォームに切り替わると同時に、フェイトは桁違いの飛翔速度で
女性を追い越し、眼前に立ちふさがった。

「待ってください!」
「……しつこいわね」
「何故彼を狙うんですか? せめてその事情を…」

フェイトの言葉に、深々と溜息をついた女性は、深紅の瞳に怒気を浮かべて彼女を睨みつけた。

「だから、アレは私の『敵』だっていったでしょうが。 管理局だかなんだか知らないけれど、邪魔をしないで!」
「『敵』だから殺すんですか…」
「そうよ」

悲しげに呟いたフェイトの言葉に、欠片も動じず言い切る。
そのままフェイトの横を通り過ぎようとした女性だったが、フェイトは再度その行く手を阻んだ。

「……貴女…」
「……あの男性の確保をお手伝いします。でも、彼を殺す事は止めさせて頂きます。その上で詳しい事情を聞かせて
下さい」
「 ……」
「……」

フェイトの声に乗る真摯な想い。それに驚いたように瞳を見開いた女性だったが、一瞬だけ瞳を閉じると、ゆっくりと
首を振った。

「アレを殺す事を止めるのならば、貴女は私の『敵』でしかないわ」
「……そんな」
「一つだけ言っておいて上げる。『話を聞いて努力すれば解決出来る』っていうのはね、同じ立ち位置で存在している
対象同士でしか成り立たないわよ」
「え?」
「アレは放っておく事は、人にとって害悪でしかない。それでも貴女はアレを擁護出来る?」

自嘲するかのごとく表情を歪めてフェイトに告げる女性。
その言葉に、とまどいを浮かべるフェイトだったが、彼女が答えを発する前に、女性が言葉を重ねた。

「……まぁ、いいわ。今はどう言った所で、貴女は私の邪魔をするでしょうしね」

再度溜息を吐き、疲れたように告げた女性。
彼女は、ゆっくりと左手を掲げると、その手にした短剣をフェイトに向けた。右腕の変異も始まり、凶悪な鈎爪と化して行く。
フェイトもバルディッシュをハーケンモードのまま構え、両者はその場で対峙した。

風が吹き抜け、二人の髪を舞わせる中で、女性の声が紡がれる。

「……行くわよ」
「っ!」

彼女は、背の翼を大きく羽ばたかせると、フェイトへ向かって飛翔する!

絡み合うバルディッシュと鈎爪が、夜の帳を切り裂いて、甲高い音を立てていった。











絡み合いしは二つの力

雷光煌めき 炎が踊る

譲らぬ覚悟が凌ぎを削り

地に臥す肢体はどちらのものか?



/Dance with a dragon Next story 「雷神 堕つ」






/Dance with a dragon fourth story 「雷神 堕つ」



8月7日 PM 6:12 藤見町 上空


風を切り裂き飛翔する二対の影。
高速で空を駆け抜けるそれらは、時に絡み合い、時に弾け合う。

航空機が行う超至近のドッグファイト。人の身で在りながらそれを髣髴とさせる戦いを成しているのは、
漆黒の衣装を纏い、同色のマントを靡かせる少女と、肢体を純白の鱗で覆い、背の翼をはためかせる女性。

金の髪の少女は、高速で間合い取ると、手にした漆黒の鎌を半円を描くように振り切った。
その動きに併せ、鎌の刃を成していた金色の三日月が、真円の魔力刃と化し、真紅の髪を風に舞わせる女に向かって
放たれる。

[ハーケンセイバー]

金の乙女ーフェイト・T・テスタロッサが放つ、高切断力と自己誘導性能をもった魔力の刃が、不規則な軌道を描きながら
紅蓮の女ー沙耶香に迫る。

フェイトへと向かっていた軌道を左に変更しながら回避を図る沙耶香だったが、ハーケンセイバーの魔力刃は己の軌道を
沙耶香の動きに併せながら迫り行く。

沙耶香の右半身へと絡みつかんとする金色の刃。
やり過ごせないと見て取ったのか、回避軌道を修正しながら、沙耶香は右腕を振り上げた。
鋭く禍々しい鈎爪に“ゆらり”とした無色の「何か」が纏わり付くと、彼女はハーケンセイバーの魔力刃に、
その手を叩き付ける!

ギャリギャリギャリ!

金属同士の擦過音に酷似した響きを奏でる魔力刃と鈎爪。
僅かな拮抗の後、金色の魔力刃に亀裂が走るが、それが全体に広がるよりも早く、フェイトはあるキーワードを口にした。

「[セイバーブラスト]」

ハーケンセイバーの魔力刃は、キーワードと共に爆発し、沙耶香の姿を爆煙で包みこんだ。
間を置かず、フェイトが爆煙へ向け左手を突き出すと同時に、上腕部から指先までを3つの環状魔方陣が取り囲む。
追撃の為に選択した魔法は

「[プラズマスマッシャー]」
《プラズマスマッシャー》

直射砲撃魔法・プラズマスマッシャー。
フェイトの左腕から放たれた荷電粒子の奔流は、しかし、爆煙を貫いて現れた炎の奔流とぶつかり合い、押し留められた。

「くっ!」

発生速度、威力共に上位に位置する雷光の魔法。
だが、金色に輝く魔力の渦は、紅蓮の渦と拮抗し、中間地点で鬩ぎあう。
更に魔力を流し込み、威力にの底上げを図るフェイト。
バルディッシュも制御補助を遅滞無く行ってくれている。

(バルディッシュの機能には、何も問題無い……なのにあの人を認識出来ないってどういう事なの)

頭の隅で、先ほどの不可解な現象について考えを廻らす。
魔力も感じず、それでいて異様なまでの戦闘能力を発揮する女性。
それとも、やはり魔力は使用していて、それでいて魔力を感知させない何らかの手段を持っているという事なのだろうか?

ズズズ

      ゴッッ!!


拮抗していた魔法と炎が絡み合い、爆砕する。
それに伴い弾けた魔力と、四散する炎が周囲を満たし、衝撃波が押し寄せる中、フェイトは顔を左腕で庇いながら、
沙耶香の姿を探す。
バルディッシュによるサーチを行えないなら、自分の目と感覚を頼りにするしかない。

ゾクッ

背筋を走る悪寒。
かつてシグナムとの初戦で、バルディッシュを砕かれた時に感じたものと同じ感覚!

咄嗟に頭上へとバルディッシュを振り上げ、防御魔法を展開する!

「バルディッシュ!」
《ディフェンサー》

ガッ!

金色に輝く皮膜がバルディッシュの正面に発生し、フェイトを包み込んだ刹那、凄まじい衝撃が加わった!
白金に輝く鈎爪が上空から叩きつけられ、防御幕を砕いてゆく!

ビキビキビキッ!

それは、まさにシグナムとの戦いの焼き直しであった。
だが、当時のフェイトと比べ、現在の彼女はカートリッジシステムを組み込んだバルディッシュを操り、魔力の制御も
格段に上達している。

それでいて、焼き直しになるということは、女性の攻撃力はあの時のシグナム以上ということなのか?!

バリンッ!

ディフェンサーが砕き散らされ、フェイトに迫る鈎爪。
それを、バルディッシュで何とか防御したフェイトに、左手に逆手に持たれた短剣が叩き込まれる!
噛み合うバルディッシュを支点にし、足底に小規模瞬間展開したフローターフィールドを蹴りつけ、
身体を上空へと逃がすフェイト。
そのまま“くるり“と前転しながらハーケンフォームのバルディッシュを、沙耶香の後背頭上から叩き込む。

ドガッ!

弾かれるバルディッシュ!
フェイトが振り切ったバルディッシュの魔力刃を、横合いからの左後ろ回し蹴りが迎撃した。
沙耶香の左足がバルディッシュを弾き、回転するまま放った右の回し蹴りがフェイトへと迫る!

流されたバルディッシュの為に体勢を崩しかけたフェイトだったが、加速魔法を使用し、緊急回避。
一瞬にして開いた間合いで、両者は仕切りなおし、再度対峙した。


*       *       *       *       *


正面にいる、漆黒の鎌を手にした少女。
沙耶香は正直、舌を巻いていた。

決して侮っていたわけではないが、ここまでの戦闘能力を持っているとは、正直予想外だった。
こちらの手の内が解らないせいか、どことなくぎこちなさを感じはするものの、それが戦闘能力に影を落としている
ようには見えない。

戦闘中に感じる魔力の強大さも、異常だった。
先ほど相殺した魔力砲の威力をとっても、成竜のブレスに匹敵するのではないだろうか?

(真っ黒な衣装を着てるから、ギムヴェルグ叔父の所の子に間違えそうよ)

『元の世界』での騒動を思い出す沙耶香。
「黒の衣装に身を包んだ少女」という姿は、彼女にとって軽いトラウマになっているらしい。

(《沙耶香。どうするのだ?》)

そんな彼女に、月晶姫からの思念が伝わる。

(《あの小娘、かなりの戦闘力をもっておる。先ほど見せた超高速機動を含めて、隠し技もまだ在りそうだしの。
 やっかいな相手と長々戦闘するよりも、最大戦闘力で一蹴した方が良いであろ?》)
(……そうね、長引きそうなら半竜態での最大開放をすると思うから、今はこのままで)
(《あいわかった》)

彼女達は、対峙する少女ーフェイトを見ながら、先ほどの少女の言葉を思い返す。

(……『時空管理局』って言っていたわね)
(《うむ。其れ相応の組織が背後にいるのであろ》)
(『裏』でそんな名前の組織、居なかったわよね?)
(《小僧の調べに手落ちがなければ、の》)

ウェインの手落ちを揶揄する月晶姫に、苦笑する沙耶香だったが、即座に思考を戻す。

(そうすると、相当深い『闇』にある組織……かしら?)

そう考えてはみるものの、正直それはないだろうと思う沙耶香。
そんな組織の構成員であったなら、自分に向かって誰何した上に、『敵を殺す』といった己の発言を聞いて、
あんな悲哀に満ちた顔はしない。

(……『まともな司法組織』だとしても、それはそれでやっかいなんだけど)
(《妾達を『捕縛』や『拘束』しかねんしの。『天使』共に対してすら、の》)

秩序を維持し、「正」の方向性を持つ組織であればあるだけ、沙耶香達の目的にとっては邪魔にしかならない。
そんな組織との共闘は『天使』達を滅ぼそうとしている彼女達にとって、足枷なのだ。

『彼女の話を聞くだけ聞いて共闘しない』という選択肢もあるが、こちらの事情もある程度以上
話さざるを得ないであろう。
それは…困る。
『組織』において、『人間では無い者達』がどう扱われるか、それは骨身にしみて理解しているのだから。

(彼女の仲間が出てこない内に離脱したい所なんだけど…)

沙耶香の呟きに月晶姫が面白く無さそうな声色で答えた。

(《遅かったようだの》)

その言葉の意味する所を理解し、苦々しい思いに囚われる沙耶香。
彼女の視線が向いた先には、高速で自分に向かって飛び込んでくる、茜色をした髪の女性が姿があった。


*       *       *       *       *


空中を蹴りつけるように加速し、上空で佇む『敵』へと駆け上がるアルフ。
魔力を収束させ、打撃力を格段に上昇させた右拳を振りかぶり、沙耶香に向かって吶喊してゆく!

((アルフ!))
「フェイトを苛めたのはアンタか〜!」

フェイトの念話を受けつつも、迸る怒りのまま右拳を打ち込むアルフ。

ガガガガガッ!

防ぐ沙耶香の右手と、打ち込むアルフの右拳の間で、反発するエネルギーが弾け合い火花のように光を散らす。

「ちぃ!」

舌打ちをしたアルフが後ろに下がると、彼女の胴があった位置を、沙耶香の左脚が薙いでいった。

((アルフ! さがって!))
((でも、フェイトぉ))
((駄目! 迂闊に近寄らないで!))
((わ、わかったよ))

フェイトからの念話に、彼女の元へと下がるアルフ。
沙耶香を睨みつけるアルフを宥めつつ、フェイトは改めて勧告をした。

「投降して頂けませんか……事情を話して頂ければ、協力する事も出来るかもしれませんから」

沙耶香を見つめながら紡ぐフェイトの言葉に、彼女は首を横に振る。

「云ったでしょ……あの『敵』を殺す事が目的なんだって。 貴女はそれに協力出来るの?」
「…殺さねばならない理由って、なんなのですか?」
「こっちにも事情があってね……そこらを詳しく話すと、色々と不都合があるのよ。ただし、アレが人にとっての『敵』だと
いう事は間違いないって云っておくわ」
「ふん。アンタのバケモノじみた姿がその理由ってわけかい」

アルフが憤懣やるかた無いといった表情で沙耶香に悪態をつく。

「アルフ!」

フェイトの叱責に“ぺたり”耳を倒して、すまなそうな顔をフェイトに向けるアルフ。
そんな彼女に苦笑いを浮かべつつ、沙耶香は答えを返す。

「どうとでも。 アレに敵対する存在が私っていうのは事実その通り。
さて、どうするの? 私を見逃してくれるなら、これ以上貴女と戦闘はしないで済むけれど?」

沙耶香の言葉に、苦渋の表情を浮かべたフェイト。
ややあって、表情を引き締めると、彼女は毅然として答えた。

「時空管理局執務官 フェイト・T・ハラオウン。 貴女を拘束させて頂きます」
「(やっぱりそうなる、か)OK。じゃ、遣り合いましょうか」

フェイトの言葉に溜息をついた沙耶香は、軽く頷くと、四肢に力を込める。

「よおっし! とっととぶっちめてやろうよ、フェイト!」
「アルフ。 サポートお願い((バルデイッシュの様子が一寸変なの。アルフに負担かけちゃうけど……))」
「ああ、任せておくれよ((どうしたんだい?ダメージを負ったようには見えないけど))」

言葉と共に、念話でも会話をする主従。
フェイトの念話の内容に、アルフは怪訝そうな思念を返す

((バルディッシュは、あの人を感知出来ないっていうんだ))
((はぁ?! だって目の前に居るじゃないか?))
((うん。でも『見えない』って))
((レイジングハートとバトルしすぎて回路が焼きついたんじゃないかい?))
((《在り得ぬ》))
((アルフ。 冗談はともかく、バルディッシュの自立行動は、ほぼ無いと思って))
((了解だよ、フェイト。それとリンディから伝言。なのは達へは連絡入れたけど、こっちに来るのは暫くかかるって))
((わかった。 なのはが来て無理をする前に、ケリをつけるよ、アルフ))
((わかったよ、フェイト。 でも、本人は「もう平気だもん」っていうよ、きっと))
((そうだね。 でも、あれだけの大怪我を負ったあとに、無理はして欲しくないから))

フェイト達が念話を行っている時、もう一方のコンビも思念会話を行っていた。

(で、増えたけどどうする?)
(《どう見ても近接格闘型であろ。 先ほどの攻撃が全力ならば、さほど脅威ではなかろうが、連携されると
 やっかいかもしれぬの》)
(主従関係みたいだし、ご主人様の方を沈黙させれば、おのずと引くかしらね)
(《であろ。 まぁ、そうさせない為に動くであろうがの。あの獣娘は)
(ウェインが、そろそろレリエルに追いつくと思うから、手早く離脱しないとね)
(《うむ》)


各々の役割を確認した彼女達は、同時に空を駆け、激突した。


*       *       *       *       *


「うらぁあああああ!」

アルフが雄たけびを上げながら沙耶香へと肉薄し、拳を嵐のように打ち込む!
一撃一撃がとんでもない破壊力を秘めたその拳は、単純な破壊力でいえば、ヴォルケンリッターが一、
盾の守護獣・ザフィーラの拳と遜色ない、まさに凶器そのものだ。

「ヒュッ!」

鋭く呼気を吐いた沙耶香は、高速の連撃の隙間にねじりこむようにして鈎爪を振るい、アルフの動きを
牽制する。

「ッ!」
「はっ!」

ドグッ!

突き込まれた鋭い爪をのけぞって回避したアルフは、次の瞬間右に弾き飛ばされた!
抉りこむような蹴りが沙耶香の右脚から放たれ、かろうじて防御した腕の骨を軋ませながら弾け飛ぶアルフ。

吹き飛ぶアルフへチラリと視線を送った後、フェイトへと向き直った沙耶香は、視線を鋭く周囲を探る。
正面に位置していたはずのフェイトの姿が無い。
獣耳の女性を蹴り飛ばす寸前には、確かに居たはずなのだが。

「ッ!?」

ガッッ!!

突如として現れた金の大剣が沙耶香の背後から打ち込まれる!
振り上げた右腕で、かろうじて防ぐ沙耶香の視界に、長い金髪が踊るのが見えた。

(さっきの超高速機動!)

残像すらなく再び消えたフェイトを見つける為に、視線を周囲に配る沙耶香だったが、彼女の背後からアルフの
拳が襲い掛かってくる!

「どこみてんのさぁぁぁぁ!」
「っ! このっ!」

左肘でアルフの拳を受け止めつつ、内に捻りを入れて拳を上に流すと同時に、左手の月晶姫が刀身がアルフへと
突き込まれる!
それを何とか回避し、背後に下がるアルフの左乳房から右鎖骨にかけて、バリアジャケットが切り裂かれる。
体勢を崩した彼女へ向けて右腕を突き出した沙耶香が、間髪入れずに炎を撃とうとした━━瞬間、
ガードの空いた右わき腹に金色の大剣が叩き込まれた!

《沙耶香!》
「ぐっ!?」

月晶姫の声が響く中、沙耶香の身体が「くの字」に曲がり、20m以上も吹き飛ばされる!
大きく腕を振り、“ばさっ”と背の翼を広げながら、なんとか体勢を立て直す沙耶香。
彼女がアルフへと視線を向けると、そこにはバルディッシュ・ザンバーを携えたソニックフォームのフェイトが寄り添っていた。

「……なるほど。 それが切り札なわけ」

“チラッ”と、自分の右わき腹に視線を落とした沙耶香は、横一文字に引かれ黒ずんだ傷を確認した。
かるい鈍痛があるが、実ダメージはさほどでもない。
先ほど相殺した電光もそうだが、肉体ダメージよりも、精神ダメージを与えるような感覚がある。

(殺さずに、捕縛ってわけね)

沙耶香が再びフェイトへと視線を向けると、自分の身長よりも長い、黄金に輝く大剣を抱えたフェイトが、
油断無くこちらを見据えていた。

「……バルディッシュ・ザンバー。 そしてソニックフォームです」
「ふぅ。……なかなか洒落にならない技ね」

“やれやれ”と溜息をつく沙耶香の様子が、どことなくクロノの仕草を連想させ、
 フェイトはほんの僅かだけ唇に笑みを乗せる。

「で、ほんとにそれでいいわけ?」
「……どういうことでしょう?」

沙耶香の言葉に、僅かに間を置き答えるフェイト。

「わかってるでしょ? そこまで防御削ったら、まぐれ当たりでも死ぬわよ」

鋭い視線でフェイトを見つめる沙耶香の口から紡がれた言葉。
その指摘は、ソニックフォームの欠点を的確に突いたものだった。

「当てさせるつもり、ありません」

だが、フェイトはキッパリと言い切る。
構築当初は速度に振り回されがちな面もあったが、今は違う。
ソニックフォームでの機動を、制御しきる自信はある。
それに、アルフのフォローもあるのだ。

「止めます。貴女を」
「………(フゥ)」

沙耶香は、凛として返事をするフェイトの言葉に、悲しげに溜息を吐いた。

「……姫。“妖力開放”」
《是》

フェイト耳に彼女の呟きが聞こえたと同時に、沙耶香の髪が“ふわり”と浮き上がる。


次の瞬間、その身は紅蓮の炎が如き灼光を纏い、凄まじいエネルギーを放出した!


「! フェイト」
「アルフ! 気をつけて!」

吹きよせたエネルギーに煽られつつ、アルフと頷きあったフェイトは、バルディッシュ・ザンバーを構え直し、
沙耶香を睨みつけた。

(さっきまでとは違う……すごい殺気!)

翼の男性を攻撃していた時も『殺気』は放っていた。いや、『殺意』しか感じなかった。
だが、それはあの男性に対してのものだったのだろう……先ほどまでの自分との戦闘では、殆ど感じていなかった。

しかし、今、明確な殺意が自分の身に向けられている!

炯々と紅く輝く瞳と、真紅の髪が踊る様は、嫌が応にも禍々しさを強調する。
フェイトの背筋に流れる冷たい汗。
四肢は、痺れていくような感覚に囚われ、口腔はカラカラに乾き、心臓の鼓動が五月蝿いほど耳元で聞こえる。

人外の殺気に萎縮しかけたその時、フェイトへ念話を繋いだものがいた。

(バルディッシュ?)
(《高エネルギー内包のフィールド展開確認。フィールド中心部にヒューマノイド型擬似データ構築。補正開始》)
(いけるの!?)
(《ヤー。》)

バルディッシュは、沙耶香の展開したエネルギーを逆手に取り、放出の中心点に人型の影を擬似的に重ね、
補正機能を作動させた。

己の各種センサーに、『敵』の姿は未だ映らず、確認出来ない事は変わっていない。
だが、エネルギーの中心部に『いる』のならば、動きの予測は可能。
閃光の戦斧・雷神の槍の銘にかけて、主の枷にはならない!

フェイトはバルディッシュの想いを汲むと、沙耶香の殺気を受け萎縮しかけた己の心を叱咤し、奮い立たせる。

(バルディッシュも頑張ってくれてる……わたしは、負けない!)

沙耶香を再度睨みつけ、バルディッシュを握る手に力を込める!

バサリッ

それを待っていたかのように、翼をはためかせ、沙耶香はフェイトへと肉薄する!

突撃してきた彼女から、弾けるように左右に分かれたフェイトとアルフ。
だが、アルフには見向きもせずに、フェイトに向かう沙耶香の姿に、怒気を込めた声を張り上げ、アルフは駆ける!

「やらせるかい!」

フェイトの壁にならんと左前から右の拳を叩きつけるアルフ!
先ほどのエネルギー放出以降、沙耶香の周辺に蟠る灼光がバリアフィールドと見越しての、
必殺!バリアブレイク!

沙耶香へと打ち込まれたアルフの拳。
だが、そこでの手応えのあまりの異質さに、アルフの肌があわ立つ!

(な、なんだいこの気持ち悪さ!?)

橙色の魔力光を放つ右拳から送り込まれる結界破壊プログラム。
それが殆ど機能していない!?
バリアフィールドが展開されていたのなら、アルフの右拳が接触した時点で反発作用が発生していたはずだが、
“ぬらり”とした感触を受けただけの右拳は、そのまま沙耶香へ向かう。

(! マズッ!?)

繰り出した右拳に併せるように突き出されたのは、透明な刀身を持つ短剣。
強引に捻じ曲げた右拳の、甲から上腕部に一筋の線が刻まれ、刹那の間をおいて真っ赤な血が噴出す!

「っあ!!」

苦悶の声をあげながら、左拳を叩き込もうとするアルフの視界一杯に広がる脚。
拳の軌道を捻じ曲げた為に、僅かに流れた体。
それは、沙耶香が繰り出した蹴り脚への反応を遅らせた。

ゴッ!

肉がひしゃげる音を響かせ、顔を蹴り飛ばされるアルフ。
右腕から滴る血に加え、口腔から新たな飛沫をあげ仰け反る彼女を突破し、沙耶香はフェイトへと迫る。

キュン!

その視界から消えうせるように高速機動を開始するフェイト。
しかし、彼女が位置していた場所には、紫電を纏いし3つのスフィアがあった!

フェイトの背後に展開され、隠されたスフィアから、自動発射へと切り替えられたプラズマランサーが即座に放つたれ、
沙耶香に襲い掛かる。
不意打ちに、回避のタイミングを逸する沙耶香に打ち込まれるランサー。

「クァッ!!」

だが、鈎爪が備わった右腕が振り切られると、その軌道に沿って5筋の赤光が伸び、ランサーを弾き飛ばす!
そのまま上下反転するように身体を前に倒すと、頭上となった地上へと加速する沙耶香。

その足元をなぎ払う金の大剣!
斜め下からの強襲をかけたバルディッシュ・ザンバーの魔力刃が空を切る。

フェイトの足元に位置する形になった沙耶香は、天地逆転の状態も気にならないのか、遅滞も見せずに、
先ほどの5筋の赤光をフェイトに放つ!
扇状に展開されたその切断波の3本をバルディッシュ・ザンバーで薙ぎ払い、残りの2本は、それによって生じた
隙間に身体を入れることにより回避するフェイト。

その正面に、上昇してきた沙耶香が迫り、空を切り裂き突きこまれる鈎爪。
フェイトはバルディッシュ・ザンバーで受け止めつつ、沙耶香の背後にスフィアを発生させると、即座に開放した!

《プラズマランサー》
「ファイア!」

スフィアから魔弾が放たれようとする瞬間、それまでの反応をも遥かに上回る速さで奇襲に反応する沙耶香。

彼女の左手に握られた短剣が、背後に向けられる。
しかし、その時。沙耶香の両手足に橙色のリングが発生し、動きを完全に拘束した!

「?!」

キュゴゴッ!

着弾!
爆発!!
一歩間違えれば自爆となりかねない攻撃だったが、鍔迫り合いになった場合に、力押しでくると予想していた
フェイトの読みが、見事に的中した。

背後からの攻撃に、つんのめるように、前に押し出される沙耶香。
フェイトは、バルディッシュ・ザンバーの刀身と絡んだ鈎爪を、手首を返し受け流す。

爆圧で押された沙耶香の身体が、フェイトの横を通り過ぎてゆく刹那の間。
カートリッジをロードさせながら、術式を高速起動!

バルディッシュ・ザンバーの刀身が翻る。
収束する雷。

「疾風・迅雷!」 《木気 金気に依りその力剋される可し!》

己の背後に流れてゆく、沙耶香に向かい直るように、180度の方向転換。

《スプライト・ザンバー!》 《五行相克 『金克木』》

斜めに弧を描く雷光の刃が下から斬り上がり、沙耶香の胴に叩き込まれた!

ズバシャァアアアアアアアアア!

炸裂する金の魔力光が、周囲を真白く染め上げる。

魔力斬撃・スプライトザンバー。
結界や補助魔法ごと対象を切り伏せる、対魔導師戦闘においては凶悪な威力を発揮するフェイトの必殺魔法が一である。

はぁ はぁ はぁ

荒い呼吸を繰り返し、全身から“どっ”と汗を噴き出すフェイト。
緊張のあまり、体中が痺れているのが解る。

かなりの高速戦闘となっていた沙耶香との戦闘。
遠距離からの魔法行使では捕えきれないと判断したフェイトが、ソニックフォームの機動性とアルフのバインドを基点にした
一種の賭けは、どうやら報われたようだった。

((フェイト、大丈夫かい?))
((アルフこそ、平気だった?))
((全然平気じゃないよっ! あの馬鹿力の蹴りで、奥歯が折れちゃってるよ。いたたた))
((ご、ごめんねアルフ。でも、ありがとう))
((あたしはフェイトの使い魔だからね。 い、いたたた))

アルフからの念話に、微笑みを浮かべたフェイト。
全身の倦怠感は、かなりのものだが戦闘は終わりだ。問題無いだろう。

((アルフ。 あの人……『サヤカ』って呼ばれてた人けど、どこに落ちたか解る?))
((ん〜、そこらの家の屋根が凹んでるようには見えないから、結構ぶっとばしちゃったんじゃないかね♪))
((あ、アルフ))

カートリッジの補充前だったこともあり、残弾が心もとなかったフェイト。
だからこそ、あのスプライトザンバーで決めるべく、親友の座右の銘が如く「全力全開」で加えた一撃だ。
非殺傷設定だとはいえ、雷撃エネルギーと半実体化した魔力刃による衝撃は、10回気絶しても余りある。
それを直撃させたのだから、まず間違いなく倒れているだろう。

((事情も聞かなきゃいけないし、探さなきゃ))
((りょ〜かい♪))
((バルディッシュ。バルディッシュは『見えない』まま?))
((《感知不可》))
((そう……))

結局、どういう仕組みだったのだろう?
事情を聞く際に、問うてみようか…

((そうだねぇ…あれだけ切り上げたんだから、多分こっ フェイト!

アルフの声に滲んだ焦燥の色に、反射的に回避行動を起こすフェイト!
上空からの斬撃を、辛うじてバルディッシュで防いだ。

だが、

続けて突き出された鈎爪は

バリアジャケットを突き破り

フェイトの白い肌を

紅に染め上げた

「……ッ!?」

腹部に感じる灼熱感と込み上げて来る熱い液体。
フェイトは、腹部に突き立つ鈎爪を信じられない思いで見つめながら、ゆっくりと視線を上げてゆく。

そこには、上半身の服が殆ど消し飛び、胸部から腹部にかけての斬撃痕を晒した沙耶香が、
帯電している白色の刀身をした短刀を手に、静かに佇んでいた。

「……な、んで」
「『無事なのか?』 かしら?」

呆然とするフェイトを見下ろし、皮肉げに口元を歪ませる。

「さぁ? なんでかしら……しかし、あのタイミングであんな技を出せるとはね。 本気で驚いたわ」

「あ ぐ(ゴフッ)」

沙耶香へ口を開こうとしたフェイト。
だが、彼女の口から出たものは、言葉では無く、大量の喀血だった。
ボタボタと腹部から零れ落ちる紅い流れに、口腔から新たな流れが加わる。

「(ゴフッ ケホッ)」

フェイトが噎せこむ度に、腹部に突き刺さった鈎爪を伝い、遥か下の地上へと散りゆく紅い液体。

“キーン”とした耳鳴りがフェイトを苛む。
混濁し始める意識。
四肢の感覚は既におぼろげ。
呼びかけてくるアルフの声も不明瞭になってきた。

(アルフ……シグナム………はやて…………エイミィ………母さん………バルデイッシュ……なのは……)

「クロ ノ」

頬を伝る一筋の涙

脳裏に思い浮かべた

愛しい少年かれの名を呟く

それを最後に

フェイトの意識は

漆黒の闇へと堕ちていった。



「フェイト〜〜〜〜〜〜〜〜」














傷つけられて 倒れた親友

悲しみと 怒りを堪えて

不屈の心を その手に舞うは

桜の光を纏いし乙女

白き羽根を背にせし者と

紅蓮の炎を宿し者

乙女が出会う者達は

彼女に何を齎すのだろう



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