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“泡沫の夢・紡ぎし世界 Episode-03”





◇アースラ:医務室




「ほら、そこ!止血すんだら、隣りのベットに寝かして!あ?あんたは左手捻っただけだよ!死にゃあしない」

医療班主任、シーベル・レイノードの声が響く。
次から次へと運ばれる負傷者の手当てを行う医療班。
到底ベットが足りず、毛布を床にひいて対応せざるをえない。

アースラ搭乗員54名中、重傷者13名軽傷者25名。
エネルギー波によるアースラの損傷は、搭乗員の半数以上が負傷するという深刻な事態を招いた。
不幸中の幸いというべきか、艦内搭乗員に死者は出ていないものの、機関部のメンバーに重傷者が多く出ており、
復旧作業も侭ならないのが現状だ。

「ほらほら!治療終わって動ける奴はとっとと表に出な!仕事は腐るほどあるんだからね!」

シーベルの声におされ、慌てて持ち場に戻る局員。
彼女は溜息を吐くと、医務室の一番奥に視線をやる。

そこには、肢体を包帯に覆われ、意識を喪失した、八神はやてが横たわっていた。




◇45分前:クロノ・はやて・リインフォース 海面上空




闇が迫る

エイミィの絶叫に振り向いた先には

視界一杯に広がる黒い障壁


「!っ〔ラウンドシールド〕!」
「〔パンツァーシルト!〕」
〈ぱんつぁーしるとです!!〉


クロノとはやては、デュランダルとシュベルトクロイツを突き出しながら、咄嗟に防御魔法を唱えた。
蒼いサークルと白いトライアングルの魔方陣が、迫り来る闇を押し止めんと展開される。

強力な防御魔法の高速展開。一流の魔導士・魔道騎士たる面目躍如。

だが、それは今回においては裏目に出る


「何?!」
「何やて!?」
〈えええ!?〉


一瞬、拮抗したかと思われた≪闇≫と魔方陣。

しかし

≪闇≫は、無音で魔方陣を“飲み込み”、デュランダルとシュベルトクロイツに“触れた”

「ぐっ!」
「ぁう!」
〈ふぁ!?〉

突如として三人に襲い掛かる、強烈なショック。
それは、まるで電撃を受けたかのように、身体を貫いた。


【くっ!…な…んだ!?】


クロノは、衝撃に貫かれながら目を見開く。

彼の視界には、先端部を≪闇≫に飲み込まれてゆくデュランダルとシュベルトクロイツの姿が映る。

二基の表面を走る黒い雷。
≪闇≫の余剰エネルギーらしきその黒雷は、デバイス達を通し、クロノ達の身にも影響を与えていたのだ。

周囲が非常にゆっくりとした速度で動く。
クロノが見つめる先で、デバイス達は≪闇≫に半ばまで取り込まれ、黒雷の影響を受けるはやてがその身を苦しげに攀じる。


【まず…い……こ…のまま…じゃ】


迫る

迫る

デバイスを保持する腕に絡みつく黒雷を追い、≪闇≫が迫る


後10cm



後7cm



後5cm



後4cm



後3cm



後…


【う……うぁああああああ!」


クロノは、黒雷に囚われた腕を強引に動かし、デュランダルの柄を離すと、隣りのはやての肢体を抱え込み、左手のS2Uにラウンドシールドを展開しながら≪闇≫を殴りつける!

ホンの一瞬の抵抗。

そのままでは、ラウンドシールドは飲み込まれ、S2Uもデュランダルと同じ運命を辿っただろう。

だが、叩き付けた瞬間、僅かに身体が≪闇≫より離れる。
シールドが飲み込まれるまでの僅かな拮抗を利用して、間合いを広げたのだ。

僅か2mほどの間合い。
だが十分。


「〔ブリッツラッシュ〕!」


加速魔法展開。

義妹たるフェイトの得意魔法。

模擬戦にて自己流で使ったことは有るが、フェイトほどの習熟はしていない不完全なもの。

だが、今この場では有効なカード!

グンッ! と身体が強引に引っ張られる感覚。
目の前にあった≪闇≫が急速に遠ざかる。

10m

たったそれだけの距離を稼いだ時点で、加速は終わる。
再度迫り来る≪闇≫
しかし、その速度とクロノの飛翔速度では、僅かにクロノの方が疾い!たとえ、はやてを抱いていようが、だ!


「はやて!このままアースラに帰還するぞ!」
「…ぁ…ぅ」
「!?はやて?」
「く…くろの…くん」


力の無い声を上げるはやて
彼女を見たクロノの目が捕らえた光景

それは

黒雷を肢体に走らせ、苦悶の表情を浮かべるはやての姿だった。


「はやて!」
「っぁ……から…だ…よう……うごか…へん」
「っ!喋るな!アースラに急ぐぞ!」
「くぁああっ…いた……い」
〈ま…いす……たー〉
「リインフォース!?どうした!しっかりしろ!」
〈だ…め…です…まい…すたー…ゆにぞ……あうと…を…〉

押さえ切れない苦痛に肢体を震わせるはやて。彼女が他人に痛みを判らせるような様子を見せる時点で、
容易ならざる痛みと苦しみがその身を襲っているのが解る。

リインフォースが内から告げる

“ユニゾンを解け”と


「あ…かん……いま…解いたら…リイ…ン…だけ……で…耐えら…へん…よ」


はやては言う

“そんな事は出来ない”と


「くっ……うぅぅぅぁあああ!」
〈まい……す…た…〉
「はやて!」


クロノの腕の中、はやての肌を黒雷が貫き、血飛沫を上げる。
あっという間に血に塗れる肢体。
それでも はやては、リインフォースとの融合をし続ける。
リインフォースだけでは、この黒雷に抗えないと、はやては直感していた。
すでに、蒼天の書自体へと黒雷が絡みつき、ダメージを与えている。
この状態で、リインフォースとユニゾンアウトしたならば……

〈ま…い…すたー!〉
「だ…めや……これ…以上…かぞ…く……うしなう…ん…いやや!…」

だから耐える。
黒雷が消えるまで、耐えるのだ。


だから、リインフォースは融合を解く事を決意する
この身が主の身を蝕むなんて、もう“二度とあってはならない”のだから


〈…あどみ…らる……まい…すたーを…おねがい…しま…す…です〉
「り…いん?」
「リインフォース?」

〈ゆにぞん…あうと〜〜〜!〉
「リイン!駄目やーー!」


はやての叫びが響いた時には、既にリインフォースはユニゾンを解いていた。


ビシィ!


黒雷が絡みついた剣十字のペンダント。
それに縦横へ亀裂が走り、雷が霧散した。


「り……いん……ふぉーす?」


呆然とした




はやての呼びかけに




答えは




無かった




「……っ…」
「はやて!」


呆然としていたはやてが意識を失うと、黒き六翼・スレイプニールが掻き消え、飛翔能力を喪失する。
クロノは、黒雷の影響なのか感覚が無くなってきた右腕だけでは無く、両の手で、
はやての血塗れの肢体をしっかりと抱きしめた。


「…すまない」


掠れた声で一言呟き、クロノはアースラへと飛翔する。

噛み締められた口元から、一筋の血を滴らせながら……






◇アースラ:ブリッジ



クロノが帰還した後、緊急発進したアースラは、探査プローブを放出した後に現場から退避した。

≪闇≫の膨張速度は、クロノとはやてが接触した時点で下降線を辿っていたらしく、現在は“遺跡”を中心とした
直径5kmの半円状を描いて停止している。


「現状報告を」

「はい。機関部の応急処置は完了。しかし次元跳躍機関へのダメージは深刻です。現在の修理状況では
通常空間内での航行能力を65%程度維持するのが精一杯かと」

「負傷人員で通常任務への復帰可能者は、既に持ち場に戻っておりますが、重傷者は治癒魔法による治療のみでは
復帰は困難です。輸血パック等、医療品で不足するであろう物も問題かと」

「探査プロープからの観測データでは、≪闇≫に動きはありません。現在直径5kmの状態を維持したままです」

「周辺海域のサーチでは、海底部分まで≪闇≫の外郭が展開されています。後、ヴォルケンリッター・ザフィーラの補足に成功。
エネルギー流に弾き飛ばされて漂流していた模様です。現在医療班で治療を受けておりますが…生きているのが不思議な状態
だと…。ヴォルケンリッター・シャマルの消息は不明。ですが、落下した海域が、≪闇≫の展開地域内ですので、おそらくは……」

「…そうか」

ブリッジ要員達の間にも重苦しい空気が流れる。

皆、大なり小なり怪我を負い、精神的にも打ちのめされた。

突然の事態に困惑している最中、次々と連絡を絶つエース達。フォローをするべき自分たちは、早々に艦ごと落とされる。
これからどうすればいいのだろうか……

クルーの目がクロノに集中する。

目を閉じていたクロノは、ゆっくりと目を見開き、静かに告げた。


「本艦は現時点において、作戦遂行能力をほぼ喪失している。よって、以後は≪闇≫の状態監視に専念し、
本局からの増援が到着次第、任務を引き継ぐ」


クロノの宣告をうけ、ほぼ予想通りの事態に力の抜けるクルー達。
無力感が辺りを包む。

そんな中で、シュミットはオズオズと手をあげ、クロノに問い掛けた。


「あの…高町教導官達の捜索は……」

「…先ほどの周辺索敵以上の事は出来ない。あの≪闇≫がどんなものかすらわかっていないんだ。…遺跡内部で
ハラオウン執務官が発見したデータを解析し、対策を練ってから再度検討する」

「……わかりました」


悔しげに俯いたシュミットの様子を、勤めて冷静に見つめ、クロノは再度宣言した。


「機関部の補修作業の進行に併せ、衛星軌道上へと展開後、本局との連絡を行う。負傷者の抜けた分、
皆の負担は増すが、どうか頑張って欲しい。以上だ」

『了解!』


敬礼し、各々の職務へと取り掛かるクルー達。

クロノは、ゆっくりと艦長席へと身を沈めて溜息を吐いた。


「クロノ君……」

「……エイミィ、さっきは済まなかった……艦長失格だな、僕は」


気忙しげに声をかけてきたエイミィに、自嘲気味に答えを返す。

そう、あの状況で艦を放り出していく艦長なんて、無責任にも程がある。
でも、それでも赴かなければならないと思った。
それはきっと………


「任務を引き継いで帰還したら、『提督位剥奪・謹慎・査問会』コースかもね」

「ふっ、違いない」


振り向かずに淡々と告げるエイミィに、苦笑を浮かべる。


「…でも、後悔はしてない?」

「……ああ、してない。するのは、なのは達を犠牲にしてしまった事だけだ」

「………」

「……僕の作戦ミスだ。言い訳も何も無い」


クロノはそう思っていた。
無人探査機を先行させていれば…
もっと時間を使って慎重に調査を行っていれば…

もちろんそれは、結果が出てから思えることだ
無人探査機では、その機構上、遺跡内部で調査は出来なかったし、小型の簡易プローブでは情報処理の面でも
緊急時の対応でも問題があった。もし、敵が居たらあっというまに壊されて終わりだ(3層へと至った段階で、結界の
出力に負けてコントロール出来なくなると試算されてもいた)

もっと時間をかけて行うにしても、未知の遺跡である為、どう展開させるべきかという『正解』はなかった。

それでも指揮官たるクロノが指示した上でのこの事態。


「…僕の責任だ」


モニターを見つめながら呟く


「…はぁ(溜息)」

「…エイミィ?」


エイミィは、溜息を一つ吐くと、おもむろに立ち上がり、つかつかとクロノの所まで移動した。


「…エイミィ?」

「…クロノ君」


怪訝そうに名を呼ぶクロノに、満面の笑みを返すエイミィ。


「…なんだ?」

「この、お馬鹿さ〜〜〜ん!」


ゴシュッ!


「ぐはっ!?」


訝しげに訪ねたクロノに、笑顔一転、こめかみに#を浮かべてアッパー一発ぶちかます、エイミィ・リミエッタ通信主任!


「あ〜〜すっきりした」

晴れ晴れとした笑顔を浮かべるエイミィを、恨みがましく睨むクロノ。


「え、エイミィ……いきなりなにをする」

「クロノ君があんまり馬鹿な事いうからでしょう!」

「ば、馬鹿な事って」

「君の指揮でうんぬんかんぬんなんて、自惚れだって言ってるの!」


指をビシッ!と突きつけて、声高に継げるエイミィを、呆然と見つめるクロノ。


「…エイミィ」

「第一何?『なのは達を犠牲にしてしまった』?いつ死んだって決まったの?」

「…あの状況で、無事なわけがないだろう」

「ええ、そうね。でもね、だから『死んだ』の?ちがうでしょ?もしかしたら無事で居るかもしれないでしょう?」

「希望的観測でしかないぞ…」

「『希望的観測』大いに結構じゃない。だめだだめだ言ってるより、よっぽど良いわ」

「……エイミィ」

「無力を嘆いたってしょうがない、後悔したって始まらない、だったら希望を持っていこうよ」

「……」

クロノは、にっこりと笑顔を浮かべるエイミィを、眩しそうに見た。


「クロノ君の座右の銘は何だった?」

「…『この世は こんなはずじゃないことばっかりだ』」

「そう。だったらそうならないように全力を尽くそうよ、ね?」

「……そうだな」


苦笑いを浮かべるクロノを、『しょうがないな〜』といった表情で見返すエイミィ。


「………さん」

「ん?何か言った?」

「いや、何にも。そろそろ席に戻れエイミィ。やる事は山済みだろうが」

「へいへい、頑張りますよエイミィさんは。あ、それはそうとクロノ君。ちゃんと医務室にも行って来なよ?
頬の傷から血が滲んでるよ」

「たいしたことは無いさ」

「へ〜〜、じゃ、右腕も大したことないんだ?」


じ〜〜〜っと己の右腕を見つめるエイミィに、バツの悪そうな表情を浮かべるクロノ


「…気付いていたのか」

「気が付かないわけないっしょ、ブリッジに戻ってきてから、右腕を全然動かそうともしないじゃない」

「…良く見てるな」

「褒めてもなんにも出ませんよ〜。ほら、今のうちにサッサと医務室にいってきなさい」

「しかしだな」

「しかしも案山子も無いの!状況が変わる前にキチンと治療受けてきなっていってるの!今はアースラ動けないんだから、
チャンスでしょうが!」

「エイミィ…そこでチャンスという言い方はどうかと思うが…」

「あ〜〜も〜〜〜!四の五の言わないでとっとと往きなさ〜〜い!」

「わ、判った、判ったから落ち着けエイミィ」


ブリッジの入入り口を指差し吼えるエイミィに、たじたじとなりながら医務室に向かうクロノ

エイミィは、その後姿がドアの向こうに消えてから、己の席に戻る。


「全く、どこまでも不器用なんだから…」


コンソールを叩きながら、ふと、先ほどクロノが呟いた言葉を思い出す。


「『ありがとう、姉さん』か…ふふふ」


エイミィは、嬉しいような寂しいような笑みを唇に浮かべつつ、コンソールの操作に集中していった。





◇アースラ医務室


プシュン


医務室の扉が開き、黒尽くめの青年が入ってくる。
シーベルは横目でチラリとそれを見ると、そのまま声をかけた


「艦長さん。ちとまっておくれね。この子の状態チェックをしてからそっちいくから」

「構わない、ゆっくりやってくれ」

「はいよ」


【脈拍安定、全身の裂傷は治癒魔法併用で治療済み、リンカーコアへかなり負担が掛かった模様、
回復まで魔力行使は極力控える必要あり】


計器を操作し、はやての状態をざっと確認したシーベルは、肌蹴させたシーツを直しクロノの元へと向かう。


「や、艦長。お姫様は無事だよ」

「…シーベル、余り虐めないでくれ」

「ははは、すまないね」


あまり済まなそうに思ってないシーベルの言葉に、憮然となるクロノ

確かに医務室はやてを連れてきた時は、所謂『お姫様抱っこ』な状態だったが…

クスクスと笑う彼女に、ジト目を送るクロノ。
そんな彼に肩を竦めるシーベル。

医務室主任であるシーベルに、執務官時代から世話になっているクロノは、正直頭が上がらない。
睨もうが怒ろうが、何処吹く風と流されてしまうのだ。


「で、こんなに早く医務室に顔を出したのは何でだい?あたしゃ、てっきり本局の増援がくるまで
足を向けないもんだと思ってたんだけどね?」

「……さあ、気まぐれということにしておいてくれ」

「はいはい。んじゃ、さっそく腕見せな」

「ああ」


袖をまくり、腕を露出する。

クロノの右腕は、赤黒く腫れ上がり、熱をもっていた。


「腱から何からブッちぎれる寸前だね、こりゃ。ま、筋肉のいくつかはブッツリいってるし、神経も…やられてるね」

「そうか」

「また過剰魔力を腕に通したのかい?」

「いや、そんなつもりは無かったんだが…なにしろ必死だったからね」

「そ〜かい…治癒魔法込みで3週間は絶対安静なんだが……どのみち聞きゃあしないんだろうね、お前さんは」

「……」


やれやれといった表情のシーベルに、苦笑を浮かべるしかないクロノだった。


「ま、今、お前さんにぶっ倒れられるわけにはいかないからね。誤魔化し程度動かせるようにはしておいてやるけど…
帰ったら、きっちり入院すんだよ?いいね?」

「ああ、わかった」

「お前さんの『わかった』ってほど、信用出来ない言葉も無いけどね」

「すまないな」

「あ〜、もう慣れたよ」


クロノは、てきぱきと治療を始めるシーベルに、心の中で、頭を下げた。



「はい、これで終わり」

「ありがとう」


20分ほどして、右腕全体を包帯で覆い、所々にセンサーらしきものを貼り付けられたクロノが完成した。
センサーらしきものは、低レベルの治癒魔法を継続的に掛けるユニットであり、クロノは計5個も貼り付けられていた。


「……クロノ、暫くお姫さんのとこについててやんな」


貼り付けたセンサーの具合を確かめていたシーベルが、不意にクロノに そう告げる


「…何故だ」

「あたしにそれを言わせる気かい?」

「……」

「もうすぐ目を覚ますよ。お姫様に、今の状態をしっかり告げられるのはアンタだけさ。ちがうかい?」

「厳しいな、相変わらず」

「そうかい?」

苦笑いするクロノに、飄々と答えるシーベル。


その時、はやてのベットに付けられたセンサーが“ピピッ”と音を立てた。



◇???:はやて


暗い

暗い

真っ暗や

ここはどこやろ?

あたしは一人で真っ暗な道を歩いとった

面妖な〜?さっきまで誰かと一緒やった気がするんやけど…


困惑しつつ、とにかく歩き続ける はやて

どのくらい歩いたのだろうか

不意にはやての視界の正面が揺らぎ、リインフォースIIの姿が映った


あ、リイン。そないなとこにおったんか

ここ、だれも居ないから、さびしかったんやよ〜

いま、そっちくな〜


はやては、小走りでリインフォースIIの元に歩み寄った

いや、歩み寄ろうとした

だが


あれ?なんでや?なんでちっとも近づかれへんのや?


一生懸命に脚を動かす。既に自由に動くようになった両の脚に力をこめて走る 走る

それなのに、リインフォースIIの元に、一向に近づけない

そうこうしている内に、後ろを向いたリインフォースの姿が段々と離れていく


ま、まってや!リインフォース!まって!どこいくんや!?


更に脚に力をこめて走り出す

なのに、距離は開くばかりで…


どうなっとるの?!なんで!なんであの子のところに行けへんの?!


何時の間にか溢れた涙が周囲にキラキラと舞う

途端、離れていくばかりだったリインフォースIIが止まった


リイン!……って……え…?


はやてが声を掛けた時、いや、リインフォースIIの動きが止まった時、瞬き一つの間に彼女の姿が変わった


リ…イン?


そう、あの冬の日に天に帰った筈の、夜天の書が管制人格・リインフォースに。


主はやて、泣き虫はお友達に笑われますよ


そう、その声も姿もあの時のままで…


リイン!

私もこの子も、やさしい貴女を護る為に誇りをもって生きました。どうかご自分を責める事はお止め下さい

リイン?何…何いうとるの?


不安

そう、不安だ

聞いてはいけない

この言葉は聞いてはいけないものだ

耳を塞ぎたいのに、身体が動かない


主はやて
マイスターはやて


何時の間にか、リインフォースの横に、リインフォースIIの姿が現れていた

二人とも、優しげな笑みを浮かべてはやてを見つめて…



まいすたー

どうか
お幸せに


闇に溶けていった


あ……あ………あ…あ…ああああああ!いやや!そんなんいややよ!リイン!リンフォースゥゥゥゥゥゥ!!




◇アースラ医務室:はやて・クロノ


「いややーーーーーー!」

「はやて!」


覚醒した瞬間、絶叫を上げるはやての肩を押さえるクロノ。


「はやて!落ち着け!」

「!っ…くろ…の…くん?」

「そうだ、僕だ」

「…ここ、どこや?」

「アースラの医務室だよ」

「あ…そか……あたし、どないしたんや?」

「はやて……」


どこか呆然としながら問うはやてに、クロノはゆっくりと告げた。


「あの≪闇≫から離脱した後、意識を失った君を医務室に運び込んだ。それから6時間といったところか」

「そか……あ、クロノくん、その右腕、大丈夫なんか?」

「問題無い。治療もしっかりした」

「意外や……『僕は大丈夫だ』とかいって、治療拒否しそなのにな〜」

「君までそういうことを…」

「あははは」


何時ものやり取り。

はやては無意識に胸元を探り、剣十字のペンダントに触れて……


「あれ?」

「…どうした?」

「おかしな〜?リインのネックレス、どこやったんやろか?」

「……はやて」

「どこやろ?…ん?なんや、クロノくん」


枕の下を漁り、シーツを引っ張り、探すはやては、何かを堪えるように声を掛けたクロノへ、顔を向けた。


「落ち着いて聞いてくれ……リインフォースは……今、整備室に行っている」

「はぁ…」

「……破損状況は深刻で…再起動は無理かもしれないと」

「!」


クロノの言葉が終わるか終わらない内に、ベットから飛び起き走り出そうとしたはやて。

彼女は、床に脚をつけた瞬間、ガクっと体勢を崩した。

その身体を咄嗟に支えるクロノ。


「はやて!無茶をするな!」

「離して!クロノくん!リインのとこにいくんや!」

「今、君が行っても何も出来ない!」

「そんな…そないなことない!」

「待機状態を維持するだけでも精一杯なんだ!そこに下手に魔力を通してみろ!それが自壊の引き金になる可能性すらあるんだ!」

「ッ!」


必死に呼びかけるクロノの声に、身体の動きを止めるはやて。


「……夢…みたんや」

「……」

「真っ暗な中でな…あの子とリインがあたしにさよなら言うんや……そんなん、いややのに…」

「…はやて」

「…クロノくん……リイン、死んでしもうたら、どないしよう……どないしよ……」


床にペタンと座り込み、ボロボロと涙を零すはやて。

クロノは、そんな彼女の背中を、そっと支えることしか出来なかった。







to be continued






“泡沫の夢・紡ぎし世界 Episode-04”




◇アースラ医務室 はやて・クロノ



ピッ ピッ ピッ ピッ ピッ


全身に取り付けられたセンサー類
サイドウィンドウに、バイタルが逐一表示されてゆく。

ヴォルケンリッターが一騎、盾の守護獣・ザフィーラは、全身を覆った包帯を遍く朱に染め、横たわっていた。


「ザフィーラ……ごめんな…こないな傷だらけになってもうて…」


はやては、彼の手をそっと包み、涙の跡が残る顔を歪めながら呟く。


「……はやて…ザフィーラは自分の遣るべき事を全力でやっただけだ……君が己を責める事を、彼は望まないだろう」

「…わかっとるんやけどね……それは」


背中を支えて佇むクロノがかけた言葉に、悲しげな笑みを浮かべて返す。


「……ふぅ…誰しも他人のことは良く見えるっていうけどね」


クロノの背中に、電子カルテへ記載を行いながら放った、シーベルの声がぶつかる。

「…シーベル」

「ま、エイミィに張り飛ばされた時に、似たような事言われて来たんだろ?」

「…なんで知っている」

「お前さんは阿呆か?顎に青痣こさえて来ている時点でバレバレだ」

「むっ…」


シーベルが心底呆れたように言うが、それに何も反論出来なかったクロノは押し黙る。


「ま、いいさ。ほら、そろそろお姫様は横になんな。クロノはブリッジに戻ってやる事やって来い」


クロノは、“パンパン”と手を叩いて行動を促すシーベルに、ひとつ頷きを返した。


「そうだ…な」

「…クロノ…くん」

「はやて。君は先ず、傷の治療に専念してくれ。どのみちこの後、嫌でも動いてもらう事になるだろうからな」

「…了解や」

「……リインフォースの事も、本局に帰還したら必ず補修させる…辛いだろうが……」

「…ん……あたしな、リインも戦っとる思うんよ…あないな夢みたからって、落ち込んでたらあの子に笑われてまう」

「………」

「大丈夫やて。死んだわけやない、怪我しとるだけや…そうやろ?」

「…ああ」


クロノを見つめ、笑顔を浮かべて告げる はやては、明らかに強がり、無理をしている。

だが、そんな彼女であろうとも、今、この事態を解決させる為には必要なコマの一つである。

クロノは、己の冷静な部分が告げる事実に、押さえ切れない不快感を覚えつつ、それを欠片も表に出さずに
全て飲み込んだ。

告げるのは一言のみ


「すまない」

「謝る事やないよ。『艦長さん』を、頑張ってきや」

「ああ」


はやては、そのことを解っているのか、それ以上は何もいわず、クロノを送り出す。

彼女の肢体を支えつつ、ベットに横にさせた後、クロノはブリッジへ向かい踵を返した。


「シーベル、負傷者の皆を頼む」

「私としては、お前さんもベットに縛り付けて置きたいってのが本音なんだがね?」

「勘弁してくれ」


苦笑を浮かべつつ、ドアの向こうに消えるクロノ。

それを見送ると、ゆっくりと瞳を閉じてゆく はやて。


「……あたしも……はよ…うご…ける……な……ん………」


力無く呟きながら、はやての意識は急速に遠退いていく。

無理も無い。全身に裂傷を負い、魂を分けた『娘』とも『妹』ともいえるデバイスは、再起動すら怪しいほどのダメージ。
唯一回収された家族の一人も、意識不明の重態。

これだけの肉体的・精神的な負荷を受けたのだから。


「…やれやれ、動くのも侭ならない怪我してるってのに、何だってこう無茶なことする子ばっかりなんだかね」


溜息を吐きながら、眠った はやての状態をチェックするシーベル。

彼女は苦笑を浮かべつつ、医務室で横たわる怪我人達を診察してゆく。

医療班が休める時は、まだまだ当分先になりそうだった。





◇アースラ:ブリッジ




ブリッジへと戻ったクロノは、最終報告を受けていた。



「『スタニア』を覆っていたフィールドが弱まった?」

「はい。この星全体を覆っていた特殊なフィールドですが、≪闇≫の展開にあわせるようにして弱体化しています」
「現状ならば、軌道上まで上がらなくとも、最寄の定点観測所を経由して本局への連絡も可能かと」

「≪闇≫への索敵は?」

「そっちは無理ですね。センサー類が壊滅状態の今では、周辺探査が精一杯です」

「と、すると、やはり増援待ちか」


瞳を閉じ、黙考するクロノを見つめるクルー。

ややあって、考えを纏めたクロノは皆に告げた。


「本局への連絡を第一に。その後は増援が来るまで現状把握に勤めと同時に、“遺跡”の資料を再検討する」

「再検討、ですか?」


訝しげに聞くアレックスへ、一つ頷くクロノ。


「ああ、フェイトが回収した資料に何か解決の糸口があるかもしれない。勿論、本局への増援要請の際には、
そのデータも添えて提出するが、現場でも手を打っておきたい」

「解りました。何人かでチームを編成させて当たらせます」

「頼む。では皆、今言ったとおりだ。暫く厳しい状況のままではあるが、頑張ってくれ」

『了解!』


クルーへと答礼を返し、クロノは艦長席へと戻る。

本局への報告書を纏めるエイミィは、コンソールを叩きながら、小声で話し掛けた。


「…はやてちゃん、どうだった?」

「…かなり無理はしている。だが、現状では彼女の全回復をまつ余裕は無い」

「…そか……つらいね、皆」

「…そうも言っていられないさ。辛かろうが苦しかろうが、頑張るしかない。さっきそう言ったのはエイミィだろう?」

「あ?覚えてた?」

「エイミィ…(溜息)」


あっけらかんと答えるエイミィに、溜息を吐くクロノ。

そこには何時ものアースラのやり取りがあった。

そんな彼らを横目にし、クルーの雰囲気がわずかに軽くなる。


『こんなはずじゃないことばjかり』にしない為の、彼らの戦いは、これからが本番だった。




◇時空管理局本局:S-5区画・上級会議室



アースラからの緊急報告が入った本局では、上へ下への大騒ぎ…にはなって居なかった。

即座に情報管制がひかれ、報告内容は上層部にて検討されていたのだ。

有名なエース達を大量投入しての任務失敗、更には彼女達を失った、なという情報が流れれば、
他の部隊にも動揺が広がらないとも限らないとの判断からだった。

武勲艦アースラ、そして、管理局の勝利の鍵といわれていた彼女達の人気は大きく、本局上層部としても
今回の件の対応に、慎重にならざるを得なかった。



本局内部でも、もっとも奥まった区画であるS-5。

その一角にある会議室の円卓を囲み、管理局の上層部は検討を重ねていた。

本来ならば、定例会議の為に集った彼らの議題は、『スタニア』での事件への対応に変わってしまった。


「まさか、あの部隊でこのような事態が起こるとは…」

「それだけ件のロストロギアが強大だったということか」

「報告書を見る限り、ほぼ不意打ち状態だったようだがな…」

「対峙するまえに、一気呵成な攻めを受けたようなものじゃの。これではどうしようもあるまいて」


此処最近のアースラが対応した事件の厄介さ(闇の書事件など)を考えた場合、まさか、
初撃で任務遂行に重大な支障を来たす程のダメージを負うとは……。

提督たちの声にも、どこか信じられないという色が混じる。


だが、《これこそロストロギア》、という思いも、彼らの胸中に去来していた。


人の手には余る代物。

次元世界を滅ぼしうる、過去の遺産。

破滅への道標。


それこそがロストロギアであるのだ。

陰鬱な空気が支配する会議場。

その時、覇気に満ちた声が、鬱な空気を切り裂き響き渡る。


「それはそれとしまして、お歴々の皆様。『スタニア』の特殊性から考えましても、これ以上の損耗は避けたいのが
実情。よって、私は“遺跡”を含む地点にアルカンシェルを使用を具申いたします」


確信をもって告げられる言葉に、発言者へと注目が集まる。

その彼ー第5方面本部長・ゲオルグ=ラインシュタットーは、注がれる視線を気にもせず、言葉を紡ぐ。


「今回の事態、すでに対処の方法が限られてしまっていると思われます。あの『闇の書』が暴走した時と同じです。
このまま座して事態を静観したところで、悪くなる事はあっても、良くなることはないのでは?」

「う、うむ……そうかもしれんが…」

「第一、今は情報管制で事態が漏れるのを防いでいますが、そんなものは付け焼刃のようなものです。
隠しきれるわけがありません。いざ、事が漏れた時に『エース達を巻き込んでアルカンシェルで吹き飛ばせ』などと
指示が出せますか?今ならば、暴走を止める為に止む終えなかったという事に出来ます」

「またれよ、ゲオルグ殿。そなたは何故現時点でのアルカンシェル使用に固執される?かの“遺跡”のデータ解析は
始まったばかりだ。それが終了した時点でも、遅くは無いのではないか?」


強硬論を唱えるゲオルグに待ったをかける声が上がる。

第8方面本部長・ヴィゼル=ガーランド。管理局上層部でも穏健派として知られる人物である。
彼の担当区域に展開する部隊の一つがアースラであり、手持ちの戦力を無為に失いかねないアルカンシェルの使用は、
認められる事ではなかった。


「これは異な事を。私は事態の悪化に歯止めを掛けたいと申し上げているだけです」

「それは解る。だが、現時点で『闇の書』クラスと同一視するには、余りにも情報が少なすぎるのではないか?」

「ヴィゼル殿、それは余りにも楽観的ではありますまいか?」

「その言葉、そっくり返そう。貴殿は悲観的に過ぎる!」

「双方落ち着け…ゲオルグ殿、貴殿の危惧は至極もっとも。そしてヴィゼル殿、そなたの意見ももっともじゃ」


ヒートアップしそうな両者の間に、呟くような声が割って入る。
声は大きくはなくとも、不思議と場に響くその声の主は、管理局総本部長・アファード=バルクラム。
齢70を超えつつ、管理局を仕切るその手腕には、些かの衰えもない。
真白く染まった髪を揺らしながら、皺の深いその顔に好々爺の笑みを浮かべつつ、双方に語りかける。


「こういうのはどうじゃ?ゲオルグ殿。貴殿の危惧は、暴走時に後手に廻る事であろう?ならば、即応できるように
増援の艦艇を送る際に、アルカンシェルを装備させて置けばよい。そしてヴィゼル殿、貴殿の管轄において“遺跡”の
分析を進めよ。無限書庫へも通達を出しておく。分析の期限は2週間。その時点で何も成果が上がらなければ
アルカンシェルの使用を行う。これでどうかの?」

「…解りました」


アファード老の提案に、一瞬考え込みつつ了解の意を示すゲオルグ。

一方のヴィゼルは憤りを隠せなかった。


【二週間だと!?…少なすぎる…だが……結果を出せなければ同じ事か…くそっ】


「ヴィゼル殿は不満かの?」


ヴィゼルは、己を捕らえたアファード老の瞳に、言葉を飲み込む。

凄まじく深く暗い瞳に気圧された。

『管理局の大妖』の二つ銘を冠する老人は、とてもではないが、一筋縄ではいかない相手であった


「……いえ、解りました【この、化け物じじい……本当に80近いのか?】」


ヴィゼルは、背中に滴る冷たい汗の感触を味わいながら、着席する。


「さて、お歴々には、他にご意見は無いかの?………では、次の議題に移ろうかの」


アファード老が促すと同時に、何事もなかったかのように会議は進行してゆく。彼らが処理しなければならない
事柄は、それこそ無数にあるのだから。




◇無限書庫:ユーノ・アルフ



「そんな……う、うそですよね?」

『残念ながら事実だよ。ユーノ司書長。アースラ艦長・クロノ=ハラオウン提督からの報告にある通りだ」

「……ふぇいと……ざふぃーら…」


秘匿通信で繋がれたウィンドウに現れた男ーヴィゼル本部長ーが告げる内容に呆然とするユーノ。

隣りでは、子供形態のアルフが力無く座り込んでいた。


『ユーノ司書長、君は転送されてきた資料と無限書庫の検索をあわせ、事態の打開策を模索するのだ。期限は2週間』

「2しゅ…?!」

『この期間内に、何らかの打開策を見出せなければ……アルカンシェルの使用にて事態を終息させる事が決定している』

「そ、そんな!?」


無茶苦茶な内容に絶句するユーノを尻目に、ヴィゼルは淡々と告げてゆく。


『厳しい事を言っているのは解っている。だが、この2週間というのは、最大限の譲歩だ』

「………」

『こちらでも、もう少し期間を延ばせないか調整にはいるが、期待はしないでほしい』

「……わかり…ました」

『…………ユーノ=スクライア!』

「は、ははははい!?」


ヴィゼルに大声で名前を呼ばれたユーノは、思わず敬礼する。

アルフも隣りで尻尾を逆立てて固まっていた。


『高町なのは教導官を好いているか?』

「え、えええ?!」


行き成りトンデモナイ事を聞かれ、瞬時に沸騰するユーノの顔面。


『答えろ!』

「す、好きです!」

『ならば助け出せ!彼女を救える鍵を見つけられるかは、お前の頑張り次第。その想いを伝えられずに、
彼女を失ってもいいのか?』

「嫌です!」

『ならば死ぬ気で取り組め!自分なら出来ると信じろ!』

「はい!!」


ウィンドウ内の強面が、不意に緩み、僅かに笑みを浮かべる。


『……すこしはマシな顔になったな。では吉報を待つぞ』


にやりと笑い、通信を終了するヴィゼル本部長。


「……相変わらず強引というかなんというか…」


閉じられたウィンドウを見つめながら、ユーノは呆然と呟いた。


「……ユーノ、どうするんだい?」

「…やるしかないさ。後でクロノとも才策を練らないといけないしね」

「…出来るのかな……本当に」


ユーノは、不安を瞳に湛え、耳と尻尾もペタンと伏せたままで問い掛けてくるアルフの頭を、優しく撫でる。


「…ゆーの?」

「大丈夫だよ、アルフ。皆、きっと無事だよ」

「…だけどさ…あたし、フェイトの事、何も感じられないんだよ…無事なんて……」

「僕もさっきは動転しちゃって、暗くなっちゃったけどね。アルフ、君はフェイトの何?」

「あたしは…フェイトの使い魔で家族……あ」


“ある事”に気付き、声を上げるアルフ


「そう。『主の命が尽きたのならば、使い魔もその生を終える』はずだよね?もしフェイトの身に万が一があったのなら、
アルフ。君が無事なわけが無い。フェイトのことを感知できないのが何故なのかは解らないけれど、少なくとも、
フェイトが死んでいないことは確実さ」

ユーノの言に、ぱぁ〜 っと明るい表情になっていくアルフ。


「やった〜〜!ゆ〜の、えらい〜〜!」

「あ、あははは……そうさ、皆きっと生きてる…アルカンシェルなんて、使わせるもんか」


ユーノは、彼の首筋にしがみ付き、ぶら下がるアルフの頭を撫ででやりながら、真剣な声で呟いた。




◇???




『まったく、ゲオルグの奴がアルカンシェルなんぞ使おうと言い出したときには、肝が冷えたわい』
『奴の潔癖症は昔からだがのう。PT事件の娘や闇の書の人形どもが、よほど気に入らんと見える』
『ま、アファードが取り成した御蔭で、しばらくは時間が稼げそうだがの』


暗闇の中、幾人かのしわがれた声が響く。

部屋には、開かれたウィンドウの光を受け佇む一人の姿がある。

管理局武装隊のジャケットを身に纏ったその人物は、身じろぎ一つせず、ウィンドウを見つめていた。


「それでは私は…」

『そうじゃ、増援部隊に潜り込み、例の物を入手せよ。≪闇≫の見極めもあわせて、の』


ウィンドウからの指示に頷き、深々と礼をする。


「解りました。では、編成される部隊への組み込みはお願い致します」

『うむ。くれぐれも尻尾を掴まれないようにの。『アスガルド』の艦長のようにはなりたくあるまい?』

「…重々承知」

『吉報を待つ。それではの』


ウィンドウが閉じられ、暗闇に満たされた部屋の中で佇む男。


「下種共が…」


忌々しげな舌打ちが、闇に響いた。






◇本局開発局:?・シアン・エリス






「…たりぃ」


ソファーに寝転がり、ダレまくっている粗大ゴミ(注:人間)。

開発局の一角にある、通称『マッドの巣』

その中でも危険度SSといわれるのが、この粗大ゴミが転がっている部屋である。


「ふぁ〜〜あ……はやいとこシグナムの姉ちゃん帰ってこんかな…完成品の試験したいんだがなぁ」


やる気なさそ〜な声と、ぼけ〜っとした表情で男ーシアンーがテーブルの上を見つめる。

そこには、以前取り組んだシグナムの【鞘】の完成品が待機状態で乗せられていた。


「あ〜あ、量産型弄くるのも一段落ついちまったしなぁ……さて、なにすんべ」


シアンが、つまらなそうな声で呟いたその時、端末の一つが“Pi”っと鳴った。


「!」


其れまでの気だるさを吹き飛ばすと、端末の前に進み、右手を小さく展開されたウィンドウに当てて呟く。


「アクセス!69483982341832」
『アストラルパターン・DNAパターン クリアされました』


電子音声が響くと、シアンの正面に別のウィンドウがPopする。


「…げっ」
『「げっ」とはなんだ「げっ」とは』


Popしたウィンドウに映る男の顔を見た瞬間、シアンはあからさまに顔を引きつらせた。


「いや、極正直な気持ち…」
『その点を問い正したい気持ちで一杯だが、今は置いておこう』
「へいへい…んで?“セントラル”から何の用事が?」
『まだそちらには届いていないか…『スタニア』に展開していたアースラチームが下手を打ってな』


溜息を吐きつつ男がのたまったその内容に、意外そうな顔をするシアン。


「へぇ…悪魔嬢やヴォルケンズも込みで下手打ったってか?…何があった?」
『資料を送る』


端末にクロノの報告書が映し出された。

管理局上層部が差し止めている情報を入手する……画面に映る男は一体どのような手を使ったのか?


「…なるほど、“飲まれた”わけね」
『「ソレ」に対して、二週間以内に対策を講じなければアルカンシェルの登場だそうだ』
「容赦ないねぇ」


“感心する”といった表情で口笛を吹くシアン


「んで、俺に何をしろと?」
『アースラに関しては、ヴィゼル本部長が手を廻しているがな、問題はご老人方の方でなぁ』
「あ〜〜?あの『老人会』、ま〜たちょっかい出してんのかよ」


シアンは画面内の男と一緒に溜息を吐く。


「んじゃなにか?『爺共に玩具を渡すな』っつ〜こと?」
『そうなるな』
「んで、『出来れば“セントラル”に廻せ』って続くんか?」
『ご明察』


げっそりとした表情で画面の男を見やるシアン


「無茶苦茶言いやがるな。現物を欲しがるんじゃねぇって、あれほど言ってんのに」
『そう腐るな。管理局にロストロギアが集中しすぎるのが脅威なんだろうさ。“セントラル”としてもな』
「わかんなくもないけどよ……俺が技術者だってこと、忘れてねぇ?ガチバトルの只中に突っ込ませるのは
勘弁してくんね?」
『波風立てずに現場にいける手駒はお前くらいなもんなんでな』
「うあ、この野郎言い切りましたよ?!それ、上役としてどうよ?」
『上役を敬わないような奴が何をほざく』
「歳食ってるから頭下げなきゃいけないなんて決まりも無いんじゃね?」
『世の中のサラリーマン諸君に聞かせてやりたい台詞だな』
「知らんわ、んなもん」


お決まりのやり取り。そして、お互いに居住まいを正す(約一名はやる気無さげに)


「シアン=グリフィス、任務了解しましたっと」


崩れた敬礼をするシアン


『また連絡は入れる』


此方はキッチリと敬礼を返す、画面の男。

双方の礼が終わると、ウィンドウが閉じられた。
そして何事もなかったかのように、気だるげな雰囲気のまま、ソファーに寝転がる。


【…本気で面倒くさいことになりやがった……さてはて、どの程度の手札を切ってくるかな、『老人会』の皆さんよ】


気だるそうにしながらも、これからの事態を楽しもうとしている自分がいる事に苦笑する。


「まったく…我ながら悪癖だな」


事態が混迷すればするほど、それを楽しむという悪癖。特に渦中にいればいるほどその傾向が強いという、
まさにロクデナシな男だった。


パタパタパタパタ


「ん?」


そんな粗大ゴミが転がる部屋に、パタパタと足音が近づいてくる。


パタパタパタパタ シュン


「シ〜〜ア〜〜ン〜〜さ〜〜ん!」


慌てて駆け込んできたのは、エリス=ヴィクセン。

そして彼女は


ガツッ

「ひゃぁ?!」

コケッ

「あうう!?」


ドサドサドサ

「みぎゃぅぅぅ?!」


部屋に駆け込む→躓く→こける→落ちてきた書類に埋まる という黄金パターンを、余すところなくやり遂げた。


パチパチパチパチ


ソファーの上で胡座をかきながら拍手するシアン。その顔は、エリスのコンボに本気で感心していた。


「いや、毎度の事ながら、よくもまぁ其処まで出来るもんだな。素直にすげぇと思うわ」


書類に埋もれながら、恨みがましい目でシアンの顔を見るエリス。


「もうちょっとぉ、片付けてくださいってぇ、毎回言っているじゃないですかぁ(泣)」

「ん、めんどい」

「そんなこといっているから、重要書類無くすんですぅ!」

「いや、別に困らんし」

「私が困るんですぅ!」

「じゃ、いいや」

「うううう、なんでこんな人の下にぃ(泣)」

「慣れろ。んで、慌ててどうした?」


シアンはさめざめと泣くエリスに、無情な言葉をかけつつ、用件を尋ねた。


「【殺意!?この想いは紛れもなく殺意ですぅ!】ううう…私の友達から聞いたんですけどぉ、アースラの皆さんが
任務で事故にあったって…」

「…友達って、誰?」

「通信科のシャティですけどぉ?」

「【おいおい、多少捻じ曲がってるようだが、もう噂になってんのか?情報統制はどうなってやがる】…エリス、その友達に
言っとけ。余り物騒な噂広めるなってな」

「ふぇ?」

「…あ〜、ま、いいか。それよりちっとばっかし忙しくなりそうだから、手伝え」

「ええええ?!」


ガシッと肩をつかまれ、シアンに引きずられていくエリス


>「し、しししシアンさん?!私、まだお仕事終わってないですぅ!」

>「諦めろ。こっちの方が重要」

>「うなぁぁぁ?!来週までに仕上げないと、またお小言もらっちゃうんですぅ!」

>「そうか、頑張れ」

>「は〜〜な〜〜し〜〜て〜〜〜〜〜(泣)」

>「はっはっはっ♪やなこった」

>「うぇ〜〜〜〜〜〜ん」


滂沱の涙を流しつつ、シアンに引き摺られていくエリス。

その姿を見た職員たちは、全員心の中で手を合わせていたという。





◇『スタニア』 アースラ:クロノ 無限書庫:ユーノ



超空間通信が繋がり、ユーノから連絡を受けたクロノ。

そこで、彼から受け取った情報は、クロノの心を駆け巡った。


「それじゃあ…」

『うん。フェイトは間違いなく生きてる。だから、なのはもシグナムさん達も大丈夫』

「…そうか」


ユーノの答えに、僅かに俯くクロノ。良く見れば、彼の肩が僅かに震えているのがわかっただろう。

暫しの時をおいて、顔をあげたクロノの瞳には、先ほどよりも強い光が灯っていた。


「ありがとう、ユーノ」

『…君が素直に礼を言ってくるとは、正直意外…』

「ほほぅ…人の行為をそう茶化すか……なのはを救出したら、君のその現状をしっかりと報告してやろう」

『ちょっ!?勘弁してよ!』

「だったら離れればいいだろう……アルフと」


ジト目で睨むクロノに、冷や汗を滲ませるユーノ。

背後から抱きついた子供Verアルフを背負いながら通信しているのだから、何を言っても無駄だった。


『いや、その、フェイトが生きてるって確信したし、ザフィーラも生きてるってわかったら、ハイテンションになっちゃって』

「てっきり宗旨替えでもしたのかと思ったぞ…」

『ぼ、僕は なのは一筋だ!』

「なら、とっとと告白しろ…見ててイライラする」

『君にだけにはそういう事をいわれる筋合いない!』

「……そうか…それからな、ユーノ」

『なにさ!』

「この通信、エイミィの管轄下で通信しているからな」


クロノが真面目な顔をして告げた言葉に、真っ青になるユーノ。

というか、アースラの通信主任が彼女なのだから、今更でしかないだろうが。

パクパクと口を開いた後、ガックリと肩を落とすユーノを痛ましげに見つめるクロノ。


「まぁ……頑張れ」

『何をどうがんばれと……とほほ』


魂が抜けそうなユーノを、呆れた表情で見つめた後、表情を引き締めてクロノは告げた。


「…冗談はこの辺りにして、だ。ユーノ。あの≪闇≫が何なのかが解れば対策も打てる。君たちが頼りだ。
頑張ってくれ」


クロノの声に、こちらも表情を引き締めて頷くユーノ。


『アースラへの増援が出発するのは3日後。それまでに少しでも纏まったデータを渡せるように頑張ってみるよ』

「そうか。今回はこう言おう。『無茶も無理もしてくれ』」

『初めからそのつもりさ。じゃあね』


片手を上げたユーノの映像を最後にウィンドウが閉じられる。


【あの≪闇≫の中で、彼女達が生きているのは間違いない。ならば、助け出すだけだ】


クロノはメインスクリーンに映る≪闇≫を鋭い目で睨みつける。



彼にとっての真の戦いは、今、この時より始まったのかもしれない。






◇Interlude/





様々な思惑踊りし百鬼夜行。


父を失いし提督は、囚われし少女達を解放せんと決意を新たにし、
優しき司書は己が想いを寄せる少女と、友人達の為に奮闘する。


組織の内にある軋轢と、世にある思惑が絡み合い、
蠢く暗闇どこまでも深く。




夢を見ましょう





永遠にたゆたう夢を





在った過去の泡沫の夢





記憶が紡ぐ新たな世界






夢幻が無限に広がりて






「それら」は幾度目かの産声を上げる






あらゆる可能性が詰まった玩具箱






さあ、今度の踊りは如何なる舞いか








◇Interlude out











様々な思惑を抱えた増援部隊の到着

起こるは現実と希望との対立


そんな中≪闇≫でたゆたう者達が見る夢は…



次回 泡沫の夢・紡ぎし世界 Episode-05 お楽しみに 





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