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“泡沫の夢・紡ぎし世界 Episode-05 side-A”




◇時空管理局・重巡航艦R級《アレイオン》



次元回廊内を進み往く船。
銀に輝く巨大な船体は、アースラよりも一回り大きく、中央部からせり出した巨大なフィールドブレードが
船体の威圧感をいや増していた。

艦の名は『アレイオン』
時空管理局が就航させた新艦艇の2蕃艦である。

本来は、各方面部隊の旗艦として配属されている艦艇なのだが、第8方面本部長・ヴィゼル=ガーランドが

「一番壊れそうに無いヤツで、アルカンシェルがくっ付いている奴をとっとと出発させる」

と強権を発動。自分の配下の艦艇を送り出した。

ヴィゼル=ガーランド47歳(妻子あり)、かなり無茶をする男である。



◇アレイオン・ブリッジ



「20時間後に第27次元 『スタニア』へ到着予定。スケジュール遅延、ありません」

「そうか」


オペレーターの報告に、艦長席の男が頷き、己の右に控える男性をチラリと見る。


「艦長、なにか?」

「いや、なんでもない。何時も通りのしかめっ面を眺めただけだ」

「…フン、顔うんぬんで、貴方にとやかく言われたくはありませんな」

「少なくともお前よりはマシな面だと思うがな」

「どこが」

「俺は妻に『告白された』お前は『告白した』。見ろ、これだけでも違いがわかるだろう」

「…士官学校時代の事を未だにグチグチ……そんなだから娘さんに『パパ嫌い』とかいわれr

「メイファぁぁぁぁ!パパが何かしたのかぁああああ(泣)」

「五月蝿い、叫ぶな」


ゴスッ


横に立つ男ー時空管理局執務官ファラフ=セフィートが放つ裏拳をまともに喰らい轟沈するアレイオン艦長ハンス=ラドクリフ。


「ふ…また つまらんものを殴ってしまった」

「じゃあ殴るんじゃねぇ!」


嫌そうに呟くファラフに、即座に復活したハンスが拳を繰り出すがスウェーで回避するファラフ。



士官学校が同期であったこの二人。
在学中、色々と問題を起こすハンスのフォロー(尻拭いともいう)をしつつ、更に事態を混迷化させるという秘儀を誇った
ファラフ。
彼らが在学していた当時の教官は、頭髪が5cmほど後退し、食事の変わりに胃薬を食べていたという。
そんな彼らの腐れ縁は、今だに現在進行形。
現場でかち合い、プライベートでもかち合う。

そして7年前、ハンスが艦長に就任した艦艇に配属された時、ファラフはこうのたまった。

『この世には神はいない。しかし、悪魔は居る。それを今痛感した』、と。

そしてハンスはこう返した。

『そっくりそのままお前に返す』、と。

その2秒後、お互いの顔面に拳を繰り出し、見事にクロスカウンター。
就任初日の艦長と執務官が始末書を書いたのは、後にも先にもこの二人だけだった。


で、現在は、というと…


「てめぇ、人を殴りつけておいて逃げるな!」

「何をいう、クルーの為に一肌脱いだ俺の優しさが解らんか?」

「どこがだ!」

「お前の大声で皆が迷惑する前に止めてやったんだ。感謝しろ」

「…殺す」

スウェーでヒョイヒョイかわすファラフを追い、更に拳を叩き込むハンスという『いつもの』構図が出来上がっていた。


「艦長。じゃれていないでとっとと座ってください。執務官もそこまでに」


そんな『バカ二人』に冷たく“凛”とした声が掛けられる。

アレイオン通信主任・セラ=ハルニア

彼女は睨むでもなく、ただジッと二人を見やる。

だが、見られているハンスは、背筋が凍るような『いつもの』プレッシャーを感じ、サッと拳を引き、ぎこちなく手を振る。
ファラフも、表面上はどうという事もなさげにしながら、定位置である艦長席の横へと戻った。


「…これから非常に危険な任地に向かうと言うのに、何故貴方方はこうも緊張感が無いんでしょうか」


純粋に疑問だ、といったように呟いたセラの言葉に『バカ二人』は


「「こいつがどうしようもないからだろう」」


と声をハモらせ、お互いを指差した。
そのまま視殺戦に移行する彼らに、セラはもう一度声をかけた。


「…メイファちゃん(ハンス/娘)とシスティナ(ファラフ/妻)に言うわよ?」

「「はい!すみませんもうやりませんゆるしてください」」


効果は抜群だった。




◇アレイオン:シミュレータールーム/シアン・エリス・マーシャ・グラン


ドシュ!


光弾が着弾し、地面を抉る!
一瞬前までその地点を飛翔していた男は、冷や汗を垂らしながら口笛を吹き、更に速度をあげた。
彼を追うように、上空から追撃の光弾が次々と放たれ、周囲の地面を穿つ。
男は、地面すれすれを飛翔しながら木々を盾にし、光弾を着実に回避してゆく。


「っあ〜〜もう、ちょこまかちょこまか!」


上空から苛立ちの篭った女性の声が響くと、更に光弾の数が増えた。

ドドドドドッ!

雨あられと降り注ぐ魔力弾が、木々を抉り、地を穿つ!

ビシュン!


「掠ったか」

「掠るんじゃなくて当たってよ〜〜〜!」

「ごめんこうむる」

「意地悪!」


5つのスフィアから放たれる群青の光弾。

飛翔する男性は、かなりの弾速をもつそれらを、遮蔽物を使用しながらとはいえ、余裕をもって回避していく。

と、一つのスフィアから放たれた光弾が、男性に回避された次の瞬間、空中に静止すると、飛翔してゆく男性の後を追うように
再加速し、背後から襲い掛かった。

「…」

背後から迫り来る誘導弾を“チラッ”と見た男性は、周囲へ打ち込まれてくる直射魔法が回避スペースを削っている事に
一瞬笑みを浮かべると、デバイスを持っていない腕を誘導弾に向け、ラウンドシールドを展開する。

ギシュン!

群青の光弾が、オレンジの盾に弾かれた。

シールドを消し、更に飛翔しようと正面に向き直った男性の視界が、不意に翳る。


「っらぇ〜〜〜!」


叫び声と共に魔力刃を展開したデバイスを叩きつけてくる女性!
先ほどの誘導操作弾に意識を裂いた刹那の隙に、上空から廻り込んで来たのか。

かわせるタイミングではない。回避する暇もない。自ら突っこんでいく形になった男性は、そのまま魔力刃の露と…

ならなかった。

ガシッ!

女性が振り下ろすデバイス。
それを握る女性の手に、男性のデバイスが横合いから叩きつけられ、魔力刃の軌道が反らされる。
そして、体勢が崩れた女性に飛翔そのままの速度で突っこんだ男性は、胸部に膝を叩き込む!


「っっっ!?」


自らの移動速度×男性の移動速度+カウンターな膝=悶絶


ドゴッッ!ズザザザザザザ〜〜〜〜

そのまま体勢を崩し、地面を削りながら転がっていく女性。
彼女が目を廻して動かなくなったと同時に、周りの風景が歪み、消え始めた。

《仮想空間 展開終了します お疲れ様でした》

電子音声が響くと、周囲が暗黒に染まる。

男性は『閉じていた瞳』をゆっくりと開け、ヘッドマウントディスプレイを取り外した。


「あ〜〜もう、また勝てなかったぁ!」


彼の横では、先ほど蹴り飛ばされた(?)女性が、不満げに顔を顰めてヘッドセットを外している。


「突っ込んでくるパターンが解りやすすぎる。『直射魔法の中に混ぜた誘導操作弾で体勢を崩させた所で、
一気に間合いを詰めて叩き伏せる』一見、必勝パターンっぽいが、間合いを詰める為の加速魔法との兼ね合いで、
操作弾の精度が低い。回避する瞬間に軌道変更させるくらいしてみせろ」


戦術分析を淡々と行い、内容を告げる男性に、げっそりとした表情を浮かべ俯く女性。


「それって、滅茶苦茶きびしいんだけど…」

「精進しろ」

「うううう(泣)」


せつない涙を流す女性ーマーシャ=ダーナッシュを呆れた表情で見る男性ーグラン=ダーナッシュ。
銀髪を揺らし立ち上がったグランの後を、マーシャは肩を落としながらトボトボとついて行く。

シュン

隣りの部屋に続く扉を潜ると、先ほどの模擬戦のデータを見ている、シアンとエリスの姿があった。


「お疲れ様でしたぁ」

「うっす、おつかれ」


メガネを押さえながら、明るく挨拶するエリスと、何時も通〜〜り、やる気なさげに片手を上げて挨拶をするシアン。


「ん〜〜、マーシャちゃんはあれだな『こうしたら勝てる!』ってパターンを考えすぎかな。発想に技術が追い付いて無い」

「が〜〜ん」


仮想空間での模擬戦のデータを見ながら、ぼへら〜っと告げるシアンに、“ショックです”と顔に書いて固まるマーシャ。
エリスは、そんな彼女の肩をポンポンと叩いて慰める。


「マーシャぁ、こんな人間のクズのいうことを気にしちゃ駄目ですぅ。マーシャが頑張っていることは、
お姉さんがよく解ってますからぁ」

「エリスさんや…何気に黒くありませぬか?」

「うるせ〜ですぅ」


メガネを“キュピーン”と光らせながら、口元を三日月に歪めるエリスに見つめられて、冷や汗をダラダラ流すシアン。
そんなクズを尻目に、マーシャは片手を上げながら、呟くようにエリスに問い掛けた。


「あの、エリス…私の方がお姉さんなんだけどなぁ」

「頭の出来ではかなわんからな、それでもよかろうよ」

「兄さん?!それって酷すぎない!?」

「事実だ」

「ううううう(泣)」


ディスプレイで戦闘の内容を確認していたグランに、振り向きもせずに一刀両断されたマーシャはダバダバと滂沱の涙を流す。

グラン=ダーナッシュ
マーシャ=ダーナッシュ

共に管理局武装隊に所属する魔導士で、二卵性の双子である。
兄妹でコンビを組み、様々な事件で優秀な成果を上げている事と、その見事な銀髪から『銀の双翼』の二つ銘を冠している。


「ん、んん。で、だ。そのデバイスはもう馴染んだん?」


三日月エリスから視線を外し、誤魔化しの咳払いを吐いたシアンは、グランに問い掛けた。
彼らが扱っているデバイス。それは大まかには管理局の正式採用デバイスでありながら、所々に違いが見受けられる物。

GTO-17C2

統合整備計画で開発局のチームが作り上げた、改良型ストレージデバイス。
それはコスト高になった為に、個人所有のカスタムを持っていない実力派魔導士を対象に配備された。
今回は、それに個人使用のブースターパックを装備した場合のデータを取っていたのだった。


「追加装備で操作は楽になった反面、こいつのようにそれに頼るようになるのは頂けないな」

「ううう、厳しいよ〜(泣)」

「あ〜、まぁ、そのへんは兎も角として、使用してて違和感は無かったん?」

「いや、シールド展開の際にも、特に問題は無かった」

「私も“スラッシャー”展開しやすかったし、威力も増したよ」

「当たらなければ無意味だがな」

「ぐぅうううう(号泣)」


容赦のない兄の言葉に又落ち込む妹。
そんな彼女を、何時の間にか三日月状態から通常に戻ったエリスが“よしよし”と頭をなでで慰めていた。


「じゃ、あとは微調整でOKだな」

「そうだな」

「ん、なら後はこっちでやっとくわ。明日には『スタニア』着くから、休んどき」

「2時間くらいでぇ、お部屋に持っていきますねぇ」

「了解だ」
「は〜い」


彼らは待機状態に戻したデバイスをシアンに預け、待機室に向かっていった。


「さてと、ちゃちゃっとやんぞ、エリス」

「りょ〜かいですぅ」


エリスとシアンは、併設されたメンテナンスルームに赴き、調整に入る。
デバイスの調整とは、彼らの命を預かったのと同意語。
完璧に仕上げるのが技術者としての誇りであり、義務である。




◇アレイオン:メンテナンスルーム・シアン・エリス



「じゃあ、届けてきますねぇ」

「ほい。よろしう〜」


デバイスを抱えて、グラン達の下に向かうエリスを見送り、シアンは先ほどの模擬戦のデータを分析し始める。
が、端末に、とある操作を行なうと、模擬戦のデータとは違うディスプレイが展開され、シミュレーションルームと他のリンクが
擬似的に切断される。

「さてと……」

シアンが展開したディスプレイの中には、艦内乗員の名簿があり、各種項目が様々な角度からチェックされていた。
家族構成
履歴
任務状況
etc,etc

“セントラル”から送られて来た情報
整備班として艦に乗り組む前に集めた情報
そして艦内で自分の目で見た対象者達

今日も兄妹に探りをいれたのだが…


「ふむ…ダーナッシュ兄妹は白か……ファラフ執務官とハンス艦長も大丈夫っと……と、なるとだ……残るは2名」


思案顔でディスプレイを見つめる。
彼が目星をつけた相手。それは『老人会』と揶揄した集団の手駒候補達。
手持ちの情報と、『観た』上での判断では、未接触の二名が怪しいが…


「まさか、暗示の類で潜伏して無ぇだろうな……救出作戦中に妙なことされたら洒落にならねぇんだが…」


出発前の会話を思い出す


◎3日前 開発局:シアン私室


例の端末を起動させ、各種情報を確認するシアン


「んで?バックアップは居ねぇの?」
『うむ』


イイ笑顔でのたまう画面の男に湧き上がる殺意。

【技術畑の人間に、ソロで工作活動をしろってか?】

「殺す気ですか?殺す気ですねこの野郎!』
『いや、居るにはいるんだがな……』
「『だがな…』じゃなくてよ…なんかあんのか?」

訝しげに尋ねるシアン

『本当は老人会の道楽阻止に集中して欲しかったのだが…』
「いいから言え」
『…アースラに工作される恐れがある』
「はい??」
『…第8方面本部長の貴下であるアースラが任務失敗、更に今回の増援で動くのも第8所属の部隊だ。これでアースラに
何事か起きてみろ。これ幸いと切り崩しに掛かる御仁がいるだろうが』
「…ぶっちゃけると、ミスを増やして上には汚点をプレゼント、現場の部隊はサヨウナラ♪ってわけ?」
『そうだ』
「で、そっちの牽制に別な手駒動かしてる、と?」
『まあ、そうなる』

縦線背負ってガックリするシアンに、生暖かい視線を送る画面の男。

『というわけでな、本局への工作とあわせると、そっちに送れる人員には限りがある』
「……ふっ」

どこか遠くを見つめながら黄昏るシアン

「泣いて良いか?」
『男が泣いても同情せんぞ』
「あ〜、そうですかい(溜息)……しゃ〜ねぇなぁ、っとに。んじゃ、その要員だけ教えてくれ。あっちで接触とるし」
『そうか。名前は……


◎現在 アレイオン艦内:シミュレータールーム



ガリガリと頭を掻き、溜息一つ。


「あっちはあっちでマークするのがいるから動けないって言われたしなぁ…やっぱり俺一人じゃねぇか」


どんよりしながら、改めてディスプレイを見る。

そこには

『第8方面武装隊・第52部隊所属・ゴードン=マーロウ』
『第8方面教導隊所属・ヘルマン=ベイラー』

この二名の情報が映し出されていた。


【さってと、どちらが相手になるのやら……両方ってオチは勘弁してくれよ】


先行きの厄介さに溜息一つ。

だが、それでも湧き上がる昂揚感。

この男、やはり相当壊れている。




◇アレイオン:艦内某所・???


それはどうしようも無い事だったのか

“娘が事故にあった”

その時、世界に罅が入った音を私は確かに聞いた

病院に駆けつけた私が見たものは、全身が機器と繋がれ、肌が蒼白に染まった娘の姿だった

“命が助かっただけでも奇跡のようなものです”
“意識が戻ることは恐らく……”

医者が何かを言っているが、私の耳には入ってこなかった

ふざけるな

ふざけるな

意識が戻らないだと?

なんだその哀れみに満ちた目は!

私の娘はまだ生きている!生きているんだ!

駆けずり回った

高名な治癒魔導士に伝を頼ってお願いした

“消えた精神を戻す術は無いのです。お気の毒ですが…”

匙を投げられた

探し続けた

“クローニング技術の粋を集めた成功例だ。ほら、この間、管理局の嘱託になったお嬢ちゃんだよ”

バカな!アレは違う!あの事件の内容を知らずに何をしたり顔で語るか!

あんな別物になるようなモノは要らない!要らないんだ!

ああ、プレシア=テスタロッサ。アンタの気持ちは痛いほどわかる

私たちは“自分の娘”が傍に居て欲しかったんだよ

そうだ。私はアンタに比べればまだ希望はあるんだな

私の娘は死んでいない。只、眠っているだけだ

だから駆けずり回った

だから探し続けた

そんな時だった

あの下種共が現れたのは

だが、その提案は魅力的だった

ロストロギア

古の秘法

その中で、私に必要なものが存在するのは確かだ

だが、管理局の封印庫に忍び入れるような実力は、私には無かった

しかし、奴らが入手した情報の中に、ソレを可能にするものがあるのだという

ギブ・アンド・テイク

私は、奴らの掌の上に乗った

だが、後悔はしていない

まっていてくれ

もう直ぐお前を蘇らせてやる

そして静かに暮らそう

なあ       よ




◇アースラ:艦内・クロノ・はやて 無限書庫:ユーノ


『クロノ、おはよう』


前回の通信よりきっかり三日後。

アースラに繋がれた通信。

それを受けたクロノは、目の前に現れた「ソレ」に、一瞬恐怖を覚えた。


「あ、ああ、おはよう……ユーノ、一言いいか?」

『ん?なんだい、クロノ』

「…鏡観て、顔洗って来い。頼む」


ユーノ=スクライア。

炯々と爛々と輝く落ち窪んだ双眸(注:完徹3日目)

ざんばらになり、ふわりと周囲に浮かぶ長髪(注:リボンを解いてる)

そして怪しくヒクつく口元(注:疲労により痙攣)

はっきりきっぱり“ホラー”だった。


5分後


『おまたせ、クロノ』

「いや、いい。何時ものフェレットモドキの姿に戻って、こちらも安心した」


心の底から安心したように告げるクロノを、やぶ睨むユーノ。


『随分とリラックスしていないか?前は落ち込んでいたくせに』

「そうか?君を信用しているから安心していただけなんだが?」

『うぇ?!』


サラリと告げたクロノに、ユーのは思い切り表情を引きつらせる。


『…何か悪いものでも食べたの?』

「失敬な。何時もと同じ自分でいるだけだ」

『そんな自分は捨てていいよ!』

「我儘な」

『あ〜〜〜もう!?』

「クロノくん。そないなこと言うてたら、いつまでたっても話進まんやんか」


クロノの背後から聞こえた声に、思わず固まるユーノ。
そこには四肢を包帯で包みつつ、両の脚で立つ八神はやての姿があった


『はやて!もう動いていいの?』

「あかんよ?まだ血〜足りんのか、フラフラや」

『え?』


あっけらかんと告げる はやてに、ぽか〜んとするユーノ。


「君からの報告を聞くって利かないんだ。ちゃんと僕から報告いれるから、医務室で休めと言っているんだが」


溜息を吐くクロノに、まぁまぁと言わんばかりに手を振るはやて。
クロノが横にずれ、シートをはやてに譲ると、目礼した後、彼女は画面のユーノの目を真っ直ぐ見つめる。


「寝とっても、報告の内容が気になってもうて…聞きたいんや、すぐ」

『…はやて』


己を見つめるはやての眼に、悲痛な光が見え隠れするのを感じたユーノは“コクリ”と頷くと、居住まいを正し
静かに語り始めた。


『先ず現時点での情報だけど、あの≪闇≫と同じものは記録上見つかっていない。ただ、外部からの観測データから
推察できる範囲で絞りこんだ中に、いくつか似たような現象を起こした物は見つかった』

「どんなんやの?」

『先ずは外部のフィールド部分。これは闇の書の防衛プログラムの“繭”に酷似している。これは見た目だけじゃ
無いんだ』

「どういうことだ?」

『あの時の闇の書の防衛プログラムは、起動時のデータから、展開時に敵が居るという判断を下してあの姿になって
出現した。この点は、はやてとリインフォースが分離する前の、なのは達との戦闘記録から判断したんだろうけど。
それでね、あの時のあの“繭“は、内部の防衛プログラムを『あの形に再構成』する為のフィールドなんだ」

「そやね。あの形が、あの子そのものいうのとはちがうもん」

『今回の≪闇≫のフィールドも同質の部分が感知されている。あれは、言ってしまえば“ゆりかご”なんだ』

「まってくれユーノ。では、あの内部にいる なのは達は」

『そう、多分別の状態になっていると思う…だからこそ解らない」


ユーノが繭を寄せ、顔を顰める


「ユーノ君?」

『もし、『内部に取り込んだものを書き換える』のなら、書き換えられたものはある意味別なものになる。だけど、あの≪闇≫に
囚われたはずのフェイトとアルフのリンクは切れていない。厳密には、精神感応は出来ないけど、“契約は切れていない”から
フェイト、という存在が消えていない事は確かなんだ』

「つまり…どゆことなん?」


はやての問いに、一瞬、間をおき


『現状で何かの要因で≪闇≫を消せても、なのはやフェイトがどういう状態なのか確信が持てない。ただ、
“生きている”のは確実ってことさ』


ユーノは確信をもって言い切った。
彼の“断言“を聞いたはやては、唇を震わせながら、懸命に聞き返した。


「…じゃ……じゃあ…シグナム…たち…も?」

『うん、大丈夫のはずだよ』


微笑みながら答えたユーノ。
その言葉を聞いた途端、はやては俯き、肩を震わせながら、ハラハラと涙を零す。


「ちょぅ…ごめ……あた…し…うれしく…て……うれし…くて」

「…はやて」

『はやて…』


クロノとユーノが優しく見守る中、しばし、はやての嗚咽が部屋を流れていた。




ややあって、顔を上げたはやては、ハンカチで涙を拭いながら、笑みを浮かべた


「はぁ……えらいみっともないとこみせたわ…」

「気にするな」

『だね』

「ううう、はずかしわ」


まだ少し赤い目をして、頬を染めるはやて

そんな彼女を微笑ましくみやりながら、クロノはユーノへと確認を行なう。


「ユーノ。現状では “フェイト達は生存している だが状態がどうなっているのか解らない”ということなんだな?」

『うん。あの≪闇≫そのものの解析を行なえないと、流石に手の打ち様が…』

「増援の艦艇は《アレイオン》 最新式の装備を備えた艦艇だ。あれなら≪闇≫の解析も、かなりスムーズに行なえるだろう」

『そう期待するしかないね。その間は僕も、もう少し近似な資料を当たってみるよ』

「ああ、頼んだ」

『じゃあ、また後で』


通信が終了し、画面の中で手を振ったユーノの画像が途切れる。


「……クロノくん」

「なんだ?はやて」

「ユーノ君て、強いんやね」

「…そうだな」


はやては映像の消えた通信ウィンドウを眺める。

ユーノの顔を映していた所を見ながら、感心するような、悔しいそうな、嬉しそうな、そんな複雑な表情でポツリと言葉を漏らす。


「自分かて、なのはちゃんが消えてしもうて、不安で不安で仕方ないはずやのに、それも見せんと頑張ってる。
……かなわんなぁ」

「…あいつはそういうやつだ。自分の不安や何かは絶対漏らさない。少なくてもこういう時には」

「…なんや、ようわかっとんのやね。ユーノ君のこと」

「…もう、付き合いも長いからな」

「…そかぁ…」


眩しげにほほえみながらクロノをみるはやて。
その視線に照れくささを覚えたクロノは、咳払いをして誤魔化す


「ん、ん!……さ、はやては医務室に戻るんだ。増援の艦が到着するまでに、少しでも身体を回復させるのが
今の君の仕事だ」

「は〜い♪……ん〜、クロノくん」

「なんだ?」

「一つ頼んでもええか?」

「?なにをだ」


はやてが唇に指をあてて、上目遣いにクロノを見つめる

可愛い…可愛いが、クロノの脳裏には、なぜかリーゼ達の姿がフラッシュバックする。


「んと、抱っk「さあ!急ぐぞはやて!」きゃ、ちょ、ちょおまって!これ、怪我人に対する態度違う〜〜」

「何も聞こえないぞ、はやて」

「やり直しをよ〜きゅ〜する〜〜」

「聞こえない、何も聞こえない!」


はやてが『要求』を言い切る前に、彼女の身体を左腕で荷物のように抱えて走り出すクロノ

そして肩の上で文句をいうはやてをガン無視し、医務室まで疾走するのだった。


【そんな場面をエイミィあたりに見られたら……考えただけで恐ろしい(汗)】


クロノの内心はそんな思いで一杯だった。

人が見たらこの体勢も十分アブナイという思考は働いていないようである。





◇アレイオン:『スタニア』到着


空がよじれる

青空の一点に黒点が生まれ、そして刹那の間をおいて、アレイオンの巨体が出現する。


「通常空間に復帰。該当次元『スタニア』と確認」

「よし、アースラと通信をつなげ」

「はい」


ハンス提督の指示に従い、セラ通信主任の指がコンソールを踊る。

僅かの間をおいて、正面スクリーンに、クロノの姿が映し出された。


「よう、久しぶりだな。クロ坊主」

『お久しぶりです、ハンス提督』

「しかし、意外だったぞ。お前のアースラが下手を打つとは…」

『…返す言葉もありません』

「おいおい、そんなに落ち込むな。こっちだって別にその事を責めに来たわけじゃない」


苦笑するハンスの横で、“やれやれ”、と言うように首を振るファラフ


「…なにか言いたそうだな、ファラフ執務官」

「いえ別に…とっとと合流してからたっぷり話せ なんて思ってもいません」

「思いっきり言っているじゃねえか」

「おや、聞こえましたか。これは意外」

「手前ぇなぁ…」

「……そこのバカ二人。それ以上恥を晒すようなら、この星に置いていきますが?」

「「はい、すみません」」


掛け合いを始めた二人を、絶対零度のセラの声が止めた。


『そちらも相変わらずですね』


苦笑を浮かべながら、そう言うしかないクロノ


「クロノ提督、当艦との合流ポイントはN3927で変更ありませんね?」

『ええ。此方は満足に動く事もままなりませんので、お手数ですが…』

「お気になさらず。では後ほど」

「あ、こらセラ!なんでお前が仕切って…」

「なら、きっちり仕事をなさってください……」


クロノとの通信を終えながら、冷たい声でハンスをばっさり一刀両断にするセラ女史。
セラ=ハルニア。別名:アレイオンの母






Next side-B






“泡沫の夢・紡ぎし世界 Episode-05 side-B”




◇Interlide/





ズキン!


「ッ! ……う……くぁっ!」

クロノとの通信を終え、ウィンドウを閉じた瞬間、ユーノは強烈な頭痛に襲われた。
僅かにうめくと共に、右手で額を覆い、両のこめかみを強く押さえつける。

「ユーノ!? しっかりおしよ!」

少し離れていた場所で本の整理を手伝っていたアルフが、慌てた様子で近づいてきた。
彼女の声に答える余裕も無いのか、俯いたまま頭痛を堪えるユーノ。
額にはびっしりと脂汗が浮かび、噛み締められた唇からは苦痛を押し殺すうめき声だけが漏れる。

「ユーノ! アンタ、やっぱり無茶しすぎだよ! あんな量の資料や文献を一気に検索するなんてさ!」

彼の背に手を添えながら、チラリと後方を見て叫ぶアルフ。
彼女が視線を向けた先には、膨大な数の書籍・資料の束が淡い光に包まれて浮遊していた。
その数、100冊以上。
検索中なのか、球形のフィールド内に浮遊している書籍の数だけでも30冊を軽く超えている。

「ッ……まだ……余裕はあるよ、大丈夫」
「どこがさ! この3日間、ロクに休憩もしないでぶっ続けで調査しててさぁ!」
「ほんとに大丈夫さ。こんなところで倒れていられないし……ね」
「ユーノ…」

まだ続いているのだろう、強烈な頭痛に苛まれながらも、アルフの頭を優しく撫でつつ笑みを浮かべるユーノ。
アルフは、そんな彼を、涙を堪えながら見上げるしかなかった。

ユーノ=スクライアの検索魔法。
これ自体は、元々在ったスクライアの術式を自己流にアレンジして組上げたものであり、彼にしか使えないわけではない。
しかし、通常の司書ならば一度に3〜4冊が限度であり、その状態を長時間維持する場合は
相当の消耗を覚悟しなければならなかった。

少し想像してみて欲しい。
例えば5冊の文庫本を目の前に開いたとする。そして徐に

《全部を視界にいれて同時に読み出しつつ、必要な部分は抜き出して纏めていく》

という作業を行なう。
これが出来る人間は居るかもしれないが、極々少数だろう。

そのあたりの処理を行なうのが検索魔法であるのだ。
ただ、通常では行なえない処理を行なう為に、術者の疲労はかなりのものになる。
だがユーノは、普段から20冊近い書籍の同時検索を行なうという、非常識かつ化け物じみた検索能力を誇る。
己が組上げた術式であるのだから、卓越しているのも頷けるが、はっきりいって『異常』だろう。

戦闘能力や魔力量・魔力発揮値などは、彼の身の回りにいる天才たちには及ぶべくも無い。
しかし、こと、調査能力に置いて、彼に敵うものは居ないのだ。
ユーノ=スクライアは紛れもなく天才……いや、天才を超えた『異才』と言えた。

そんな彼が此処までの疲労を見せる……どれだけの無茶をしたのだろうか。

悲痛なアルフの眼差しを受け、苦笑を浮かべたユーノは、汗を張り付けた顔を上げる。

「まだまだ調べる事は山ほどあるんだ」

アルフは、強い意思の光を放つ彼の瞳に見つめられ、言葉を飲み込んだ。
どう言おうが彼は止まらない。
ここが彼の戦場なのだから。

それが解ってしまうのが悔しい。
友人の助けになれない己が不甲斐ない。

涙を浮かべるアルフの頭を、もう一度撫でたユーノは、再び検索を開始する為に術式を起動させる。

「大丈夫だよ、アルフ。倒れるなんて無様は晒さないよ。そんな事になったら本末転倒だしね」

笑みを浮かべながら、淡い緑色のフィールドに包まれるユーノ。
周囲を本が取り巻き、ゆっくりと渦を成す。
パラパラと捲られゆくページの音が、静かに無限書庫に響いていく。


【なのは、フェイト、ヴォルケンリッターの皆。待っていて……必ず助けるから!】


彼の強い意志の元、本達の舞踏は静かに続いていった。






◇Interlude out/







◇???


ジジッ

           ジジジッ



ノイズが走る



                   ザッ ザザザザッーー


アカいのか

                      クラいのか


      

           ヤミなのか



                              ヒカりなノか


ミエルようで



                                ナにモみえナい






意識という小船が




荒れ狂うノイズの海を




翻弄されながら




渡ってゆく



幾度目の目覚めなのか解らない



全て知っているようで




何も知らない




わたしは


だれ?


わたしって


なに?



なにも



わからない



わからない



わからない





ジッ
   ジジジジッ
                      ザザーーーーーーー





◇聖祥大附属女子寮:???


ピピピ ピピピ ピピピ 


窓から差し込む朝日。
カーテン越しの光に、薄っすらと照らし出された部屋で、鳴り響着続ける目覚まし。
ベットから“にゅ〜”っと伸ばされた腕が、それを止めようと、ぽふぽふと枕元辺りを力無く叩く。

ピピピ ピピ(バシッ

5回目のチャレンジでようやく止められたソレを、ベットに引きずり込み、そのままモソモソと蠢く布団。
ややあって、布団を捲り、むっくりと起き上がったのは小柄な少女であった。

寝癖が付き捲り、爆発したようになっている銀の髪。
未だに眠たげに眼をこする手は、抜けるように白い。
あくびをし、とろ〜んとしたまま僅かに開いた瞳は深い赤。

しっかり身支度を整えれば、未成長とはいえ、かなりの美少女といって良いその外見を、見るも無残に
崩しまくり、あくびを繰り返す。

「うゅ〜〜……眠いも……」

気合のかけらもないダレ切った台詞を吐く。
ぼけっと周囲を見渡せば、同室の娘は未だ布団の中。

「なんか……へんな夢見てた気が……ふに??」

呆けた表情のまま、首を傾げて暫らく悩む。
だが、夢の内容は思い出せなかった。

「……ま、いいや」

少女は、だるそ〜にベットから這い出し、窓へとフラフラ移動すると、カーテンを思い切りよく“シャッ”と広げ、窓を開ける。
彼女は、開けられた窓から吹き込む朝の空気を、伸びをしながら思い切り吸い込んだ。
視線を下に向けると、部活の朝錬へと向かうのであろう学生達が、寮から出て行く。

「ん〜〜っと。さて、わたしも着替えないとだも♪」

少女はくるりと振り向くと、着替える為にベットへと戻っていった。



◇海鳴市:マンション・レクセルシティ


テッテッテッテッテッ♪

制服に着替え、寮からマンションへ向かって走る少女。
小柄な肢体は『制服を着ている』というより、『制服に着られている』という面持ちだ。
スクールバックを背負っているが、妙に薄いその鞄を見ると、中身は入っていないように思える。

「おはよ〜ございま〜す♪」

入り口の前で掃除をしている男性へ挨拶をすると、そのままマンションの中に入っていく。
ホール奥のエレベーターへと突入すると、『7F』のボタンを押した。

海岸沿いに立つこのマンションは、採光に凝っており、エレベーター内部も強化ガラスで作られている為、
外の景色を一望できるようになっている。

上昇するエレベーターからは、日差しに輝く海が見える。
キラキラと朝日を反射し、綺麗な光粒が踊っていた。

ピン

7Fに到着したエレベーターから降りる。
目指すは712号室。

テテテテッと小走りに進み、《712》と書かれた扉の前で急停止。
そのまま呼び鈴を押すかと思いきや、徐に出した鍵を使い、扉を開けて中に侵入する。

ガチャ バタン

「デュラっち〜〜、あ〜さだよ〜〜」

人の名前を呼びながら、リビングを抜け、奥の部屋へと向かう。
いかにも『勝手知ったる他人の家』といった面持ちだ。

やけに小奇麗な台所や、整えられたクッションなどを見た所、この部屋の住人は、けっこう几帳面な性格をしている
様子。新聞もキチンと一纏め、雑誌のラックも月毎に順番通り。中々の整理整頓振りだった。

奥の部屋へと到達した少女が、躊躇なく扉を開けると、遮光カーテンが引かれ、薄暗い部屋の中、
中央に配置された大き目のベッドの上で、寝息を立てている男性の姿が現れる。

そのままズンズンと、部屋の奥に進んだ少女が、カーテンに手を掛け、思い切り曳き開けた。

シャアアアッ

「デュラっち〜!朝だってば〜〜!」

カーテンを開け切り、朝日を部屋に取り込んだ少女が、再度声を上げる。
ベットで横になっている男性に声を掛けているようだ。

「……zzZ」
「(ムカッ!)」

ボスッ!

「デュラっち〜〜!起きないと遅刻するも〜〜!」

寝息で返す男性に、少女は頬を膨らませながらベットに近づくと、彼の上に飛び乗り、“ユサユサ”と揺さぶり始めた。

「ち〜こ〜く〜す〜る〜も〜!!」
「……ぅるせぇなぁ……今日は、休みだ休み……睡眠は大切……」
「み!駄目だってばぁ!」
「……zzZ」
「みぃぃぃ!?寝〜ちゃ〜だ〜め〜!」

僅かに目を開き、馬乗りになり揺さぶる少女を煩わしそうに見つめた後、“ボソリ”と呟き、再び目を閉じる男性。
その態度に、少女の頬は益々膨らみ、揺さぶる手も横では無く縦に振られる。
つまり、揺するのでは無く『叩く』

バシバシバシバシ

「お〜〜き〜〜て〜〜!」

少女の拳が軽いのか、布団の上からでは効果が薄いのか、はたまたその双方か。
叩かれつつも、一向に堪えた様子も無く、惰眠を貪る男性。
叩きつかれたのか、肩で息をする少女は、キッ!と男性を睨むと、リビングに取って返した。

タタタタタ……(ガシャ)(ガラガラ)「冷たっ!」(ガチャ)…タタタタタ!

少女は、リビングで何やらガシャガシャと弄くると、その手に何かを握って部屋に戻って来た。
そのまま、眠こけ続ける男性の背中側に陣取ると、禍々しい笑みを浮かべ、男性に語りかける。

「デュラっち〜〜?起きないんだも?……」
「……zzZ」
「……起きないデュラっちが悪いんだも」

相変わらず寝息で返事をする男性に、唇を引きつらせると、足元からゴソゴソと布団に侵入する少女。
僅かな間をおいて、彼女の動きが止まった次の瞬間

「うおぁあああぁあああああ?!」
「うみゃ?!(ボスッ)」


タオルケットを弾き飛ばし、背中を思い切り海老反らせながら飛び起きる男性。
彼のその勢いに弾き飛ばされ、タオルケットに包まりながらベットの下に落っこちる少女。

「つっめてぇな畜生?! シュベルツ! 手前ぇ、なんてことしやがる!」

パジャマをたくし上げ、背中に詰め込まれた氷を排除しつつ、少女へ文句をいう男性。
肌蹴た上着の間から見える体は、無駄な肉が無く、しなやかに引き締まった筋肉に覆われており、
寝起き&アイスアタックによって引きつってはいるものの、顔の造作は整っており、落ち着いた時に顔をあわせれば、
結構な二枚目だと思われた。
切れ長な眼に蒼い瞳。女性が羨む様な、きめ細かい黒髪は無造作に背に流され、首をめぐらす度にサラサラと揺れる。

そんな彼の目下の標的は、冷凍攻撃をかました少女。
しかし、視界内に少女の姿は無い。
キョロキョロとする男性は、訝しげに声を上げた。

「ん?どこ行きやがった?!」
「みぃぃ、ここ〜〜」
「んぁ?」

横合いからくぐもった声が聞こえた。
彼ーデュランダル=コールドウェルがそこを覗くと、タオルケットに器用に包まった少女ーシュベルツ=クロイツェルが、
何とか抜き出した右腕を持ち上げているのが見えた。

「……何してんだ、お前は」
「うみぃぃ、デュラっちに吹き飛ばされたんだも〜〜!」
「……阿呆だろ、お前」
「み!? 起きないデュラっちが悪いんだも!」

呆れたように呟くデュランの言葉に、ようやくタオルケットから這い出してきたシュベルツが食って掛かるが、彼は、
そんなものは何処吹く風、とでもいうように、あっさり受け流す。

「…めんどい」
「み! こ〜んな、か〜いい子が起こしてるんだから、チャッチャと起きればいいんだも〜!」

拳を振り上げて文句をいうシュベルツを、呆れた顔で見やるデュラン

「自分で可愛いとかほざくな、馬鹿」
「み!?」
「大体な、なんでこんな馬鹿早い時間に不法侵入かましてやがんだ、お前は?」
「早くないも! 急がないと遅刻だも!」

両手をブンブンと振り回すシュベルツ。
デュランダルは、そんな彼女の背後にある時計を視界に納めた。

AM 8:10

朝飯を食べていれば完璧遅刻な時間だった。

「……サボろか」
「みぅ!?」

時計を見た瞬間、ポツリと呟いたデュランダル。
本気っぽいその言葉に、シュベルツの、堪忍袋の緒が切れた。

「デュラっち〜〜〜〜〜!」
「だってよぉ」
「だってもなにも無いんだも〜〜! さっさと支度する〜〜!」

キャイキャイと喚きながら、デュランダルをダイニングに引っ張ろうとするシュベルツ。
一生懸命に満身の力を込めるも……悲しいかな、その身は少女12歳。高校3年(男)を引っ張るには
力が足り無すぎた。

真っ赤になって、ウンウン唸りながら腕を引っ張るシュベルツをニヤニヤしながら見つめるデュランダル。
こいつは、どんな時でも、彼女をイジることを優先する男だった。

とはいえ、流石に時間が押している。
デュランダルは、仕方がなさそうに溜息を吐くと、まだ頑張っているシュベルツに一声掛けた。

「へいへい、ちゃっちゃと支度するから、一寸まってろ」

その声と共に、左手で彼女の腰を抱きかかえ、荷物のように横に抱えるデュランダル。

「ふみぃ?」

一瞬で体勢が変わったシュベルツが、キョトンとしている内に、リビングへと移動したデュランダルは、
彼女の肢体を、ソファーに放り投げた。

空中で手足をわたわたさせたシュベルツが、ボフン とソファに落下した時、デュランダルは既に踵を返し、
部屋に戻っていくところだった。

「みぃぃぃ!? なんてことするの、デュラっち〜〜!?」
「着替えんだから、そこでおとなしくしてろ」
「うみぃぃぃぃ……」

部屋から聞こえるデュランダルの答えに、不満顔で唸るシュベルツ。
それから2分もしないうちに、制服に袖を通しながら出てくるデュランダル。

「さて、いくか」
「み!」

デュランダルの言葉に頷きながら、ソファーから飛び起きるシュベルツ。
さっきまでの不機嫌顔は何処へやら、タタタッと玄関に駆け出していく彼女を見やり、デュランダルは苦笑する。

「本当に元気の良いこって」

彼女を追い、歩みを進めるデュランダル。
ややあって、玄関より施錠の音が聞こえてくる。






彼らの『いつもの』日常は、こうしてスタートしていった。







『幾度目かの日常』が













to be continued









泡沫の世界を生きる者達の日常

そして彼らを取り巻く世界の異常

内に抱える泡沫を知らず

外なる世界の元達は 仲間を助けんと奔走する



次回 泡沫の夢・紡ぎし世界 Episode-06 お楽しみに






泡沫の夢・紡ぎし世界 Episode-06 side-A



◇アレイオン&アースラ:ハンス・ファラフ


『スタニア』の空に浮くアレイオン。
合流ポイントに到着し、スクリーンに映し出されたアースラの姿を見たアレイオンのブリッジクルー達から、声にならない呻き声が上がる。
アースラは左のフィールドブレードが半ばから吹き飛び、船体各所には黒く穿たれた破孔がそのまま残され、その有様はまさしく
『満身創痍』
という言葉の見本と化していた。

「こりゃ……ひでぇな」
「……報告書で理解はしていたが、実際に見ると」
「ああ、よくこれで死人がでなかったもんだ」

スクリーンに映るアースラの状態を見やり、ハンスとファラフが苦々しく呟く。

「クロ坊主が提督になった時に、後期改修を受けていなかったら確実に死人の嵐だったな」
「リンディ提督が艦長を務められていた時だったら、20人程度は余分に人員が配置されていたからな」
「自動化様々ってとこだな」

ため息を吐くハンス。
船体寿命延長の一環として、各種機器の自動化率向上を図った改修を受けていたアースラ(注:L級全艦艇が同改修の対象となっているわけでは無い)は
艦内維持要員の削減をしており、今回はそのおかげで、人的被害が軽微で済んでいたのだ。
反面、機器が損傷を負った場合のダメージコントロール要員も削られている為、ある一定以上の損傷を被った際には致命的な事態に成りかねない。

【長所と短所が両方出やがったか】

ハンスが心のうちで呟くと同時に、アースラとの回線がつながり、クロノの顔が艦長席の画面に映し出された。

「よう。到着したぜ」
『お手数をお掛けします』

片手を挙げて告げるハンスに、目礼を返すクロノ。

「んじゃ、さっそくだが方針を決めたいが」
『はい』
「セラ。情報連結を」
「すでに行っています」
『あははは(汗)』

ハンスの言葉に振り向きもせず、エイミィと情報連結を行うセラ。
画面に映るエイミィの顔には、引きつった笑みが浮かぶ。

「……テギワガヨロシイノデスネ」

カクカクと怪しい動きをするハンスは、藪を突付いて蛇を出さないように、クロノとの会話に戻った。

「≪闇≫の観測はアレイオンが引き継ぐが、アースラの方も動けるようにはして置きたいんでな。こっちから修復班を送る」
『はい、よろしくお願いします。それと……』
「ああ、そっちの負傷者で、『寝かせておけば平気』くらいの連中は、こっちで引き取る」
『助かります』
「こわ〜いお姉さんの職責を犯したりはしないからな。その点はきっちり言い含めておいてくれよ?」
『解りました』

アースラ艦医・シーベルに対してなのか、らしくない配慮をするハンスに苦笑を浮かべるクロノ。
なにやら旧知の仲らしい、とは知っているものの、詳しい事情は解らない彼にも、ハンスが彼女を苦手としているのは読み取れた。

「それと回収したロストロギアの移管も併せて行う。救出計画策定の顔合わせのついでに持ってきてくれや」
『了解です』
「じゃ、また後でな」
『はい』

敬礼するクロノが映っていたウィンドウが閉じられたのと同時に、艦長席の傍に控えていたファラフが、ハンスに念話をつないだ。

[ハンス]
[なんだ、ファラフ]

ハンスは、何やら他人には聞かれたくない内容なのか、と心持真剣な表情でファラフの念話に答えた。

[ロストロギアの移管までする必要はあったのか?]
[ん、必須]
[理由は]

こともなげに告げるハンス。
ファラフはピクリと眉を動かし答えを待つ。

[アースラの状態を考えれば移管しておくに越したこと無い]
[別にアースラに保管して置いても]
[「アースラが沈む」なんて事態になったらどうする?」

ファラフの問う視線を受け止め、ハンスは僅かに頷く。

[どういうことだ]
[今回の事で、アースラの失点をこれ以上指摘されるような事態は避けたい]
[おい、ロストロギアの移管に関しての答えになっていないぞ]

訝しげに問うファラフに、溜息を吐くハンス

[俺が心配してるのはな、今回の事態を解決したとしても、アースラが本来担当していた“ロストロギア回収”って任務が不首尾に終わるって場合だ]
[何?]
[あの≪闇≫から高町教導官達を救い出せたとしても『その代償としてアースラが沈みました』じゃ、お偉いさん方は納得しないだろうが]
[確かにな]
[せっかく回収したロストロギアごと沈んだ場合、叩かれるぞ〜?]

肩を竦めて“やれやれ”というポーズをとるハンスを見、僅かに考え込んだファラフは、ふと、あることを思いつく。

[……アースラが沈む懸念があるのか?]

ハンスの眼をじっと見つめるファラフに、僅かに頷くハンス

[こういう状況で、そういう工作をしてくるのが大好きなお方がいらっしゃるだろうが]

ハンスの懸念に思い当たる節のあるファラフは、その事態を思い浮かべて眉を顰めた。
今回の派遣に際し、強権を振るったヴィゼル提督。
彼への風当たりは強くなる。
もし、結果が出せなければ、当然なことだが対抗勢力へ付け入る隙を与えてしまう。
特に、ライバルともいえるゲオルグ提督が押した強硬論との折衷案である、2週間というタイムリミット。
≪闇≫の解析を済ませて、囚われた人員を回収できれば良しだが、それも出来ずにアルカンシェルを使用する事態になると、
色々と問題が噴出する事になるのが眼に見えている。

[やっかいだな]
[ああ、やっかいだ。多分、息の掛かった人員の一人や二人くらいは潜り込ませてるだろうしな]
[緊急で乗り込ませた工作班や武装隊のチェックは一通り済ませてあるが]

ファラフの答えに、ハンスはゆっくりと頭を振る。

[そんなチェックに引っかかるようなのを送ってくるとは思えんがな]
[確かに]

ファラフは、ハンスに念話を返しながら、唇を僅かに歪ませる。
冷笑。
そんなファラフの表情をチラリとみて、ハンスは小さくため息を吐く。

[ま、怪しいといえばこれ以上無く怪しい奴も、この艦に乗ってるけどな]
[あの男の怪しさは、ちと意味が違うんじゃないか?]
[そうだがな。あいつの氏素性もなぁ……]
[どうする?監視させるか?]
[片手間の監視で尻尾を掴ませてくれるような奴なら楽なんだがな。あのマッド]

ため息を吐きつつ、疲れたように告げるハンスの肩に“ポンッ”と手を置くファラフ。
怪訝そうな顔で彼を見るハンスに、ファラフは満面の『イイ』笑顔でサムズアップを返す。

「頑張れ」
「何をだよ!」
「色々だ」
「お前も動けよ!」
「え?」
「なんで意外そうな顔すんだ!?」
「さぁ?」
「『さぁ?』じゃねぇ!」

艦長席での『いつもの』やり取り。
だが、

「艦長」

絶対零度の涼やかな声が二人の聴覚に届く。

「……セラさん、何事でございましょう?」
「…………」

すでに腰の引けた状態のハンスを矢面に立たせ“スススッ”と、ごく自然に艦長席から距離をとるファラフ。

「クロノ提督が到着なさいました。ブリッジにご案内して宜しいのでしょうか?」
「いえ、わたくしの私室にお通ししてくださいませんでしょうか(汗)」
「了解しました、ではその通りに」

振り向きすらせずに答えを返すセラ女史。
だが、その後姿が雄弁に告げている。

『恥を晒したらコロします』

と。



◇アレイオン:シアン私室


ピピピピピピ

部屋にコンソールを叩く音が静かに響く。
端末のモニターに高速で流れるプログラム。

ピピッ 

と、指先を躍らせていた男ーシアンが、動きを止め、思い切り伸びをした。

「よし、終了っと」

肩をグキグキと廻しながら、己の組んだ内容をチェックする。
画面の中で踊る数値。
しばしの間、じっとそれを見つめていたシアンは、一つ頷くと、端末を閉じた。

【さて、これで監視機構を誤魔化す準備はOKっと。とっとと面倒な事は済ませますか】



◇アレイオン:ロストロギア保管庫前


コツ コツ コツ


保管庫へと至る通路に響く足音。
その足音の主であるシアンは、保管庫手前の通路にて、しばしの間視線を周囲に彷徨わせたのち、、
左腕に装着した、ダイバーウオッチの様なゴツイ機械のパネルを弄る。
“チチチッ チチチッ”と、極々小さな音を立てながら稼動するデバイス。

同時にシアンの私室の端末に灯が点り、スクリーンに数字が乱舞すると、アレイオン艦内の監視カメラ・魔力感知機構・クルー所在シグナルへの
ハッキングが開始され、シアンの居る位置に対して迷彩が施される。

【……障壁展開終了。あとは】

部屋の端末からの“展開終了”の合図と共に、保管庫の扉前に移動したシアンは、シャツの胸ポケットから取り出した黒い飾り気の無いロザリオを、
左腕に装着しているデバイスの中央の窪みに嵌め込み、一言呟いた。

「『ブラックスミス』」
《Standing by》

電子音声が通路に響くと、シアンの左腕の肘までと腰周りを蒼い光が覆う。
光が収まると、シアンの左手はツヤを消した黒色の篭手に覆われ、右腰には何かのホルダーが装着されていた。
篭手は、手甲部分に緑色の円状になったレンズが取り付けられ、内手首から内肘までの部分には1本のスリットが走る。
前腕部を覆う部分は、飾り気がほとんど無く、3本の赤いラインが手首から肘まで引かれているだけという、非常に地味な外見。


シアンの左腕を覆った〈ブラックスミス〉
これはシアンのもつカスタムストレージであり、『高速演算機能』の1点を突き詰めた、魔法発動媒体としての機能は極端なほど削られているが、
《機械》としての性能は、ある意味反則な程突き抜けている代物だった。


シアンは右腰につけたホルダーからカード状の何かを4枚取り出し、右手の指間に一枚ずつカードを挟みこむ。
草が絡みつくような模様で縁取ったそのカードは、両面が無地白色で、縁取り模様以外には何も書かれておらず、
一見して出来損ないのトランプのように見えた。
指に挟んだそのカードを、ごく自然な動きで〈ブラックスミス〉のスロットに走らせるシアン。

《set up》

カードをスロットに走らせる度に、〈ブラックスミス〉の電子音が通路に響く。
スロットを通したカードは、無地白色だった両面に蒼い魔力光を放つ魔方陣が刻まれていた。
4枚続けて同じ動作を行ったシアンは、指先に挟んだカードをゆっくりと振り上げる。

「ディメンジョン=ウォール」
《Dimension=Wall》

コマンドワードを唱え、振り切られた腕から放たれたカード達は、廊下の上下左右へと突き刺さり、そのまま壁に沈み込んでゆく。
時間にして4〜5秒程度の間に、すっかりと壁の中に潜り込んだカード達。
その箇所には傷跡一つ存在せず、初めからその光景を見ていた者がいたとしても、本当にカードが沈み込んだのか己の目を疑うのではないだろうか。


〈ブラックスミス〉それ単体では、高性能のノート型パソコンのようなものでしかない。
しかし、腰につけられたホルダー内に収められたカード状の発動体に「スロットを通す」という工程を踏ませることにより、術式を起動させる事が出来る。
総魔力値も、瞬間魔力発揮値も低いシアンが、高度な術式を運用する事を踏まえ、構築したオリジナルのデバイス。
それが〈ブラックスミス〉だった。


【エンジンルームと保管庫はこれでOK】

己の仕掛けをチェックするシアン。
やる気のなさそうな表情の中、瞳だけが油断の無い色を湛えていた。

「……さて、とっとと退散しますかね」

一言呟き、左腕の〈ブラックスミス〉に触れると、先ほどと同じように“チチチッ”と稼動音が漏れた後、蒼い光に包まれ、
黒いロザリオとダイバーウォッチに分離する。
“ピンッ”と音を立てて中に浮いたロザリオを、指先で挟み込み、胸ポケットへと戻したシアンは溜息を付きながら己の部屋に向かって歩き出した。

【保険は打てるだけ打っておくが……正直“コレ“を使うような事態は勘弁してほしいんだけどな】

先行きの不透明さに頭痛を感じつつ、通路を進む。

【残り二名のチェックも未だ済んじゃいないし……あの娘の方でマークしてるのは工作班の連中だし、こっちのフォロー頼めるような状態じゃ無ぇし】
「あ〜、やっかいだ」

ぶつぶつと呟きながら、通路を進み、己の私室に到着する。

「……次はアースラか」
「そ〜ですぅ……いまさら何を言ってやがりますかぁ?」

やれやれ、といった感じで吐いた台詞へ、おどろおどろしい声色の返事が返る。
ビクリッ!と肩を強張らせたシアンは“ギギギギギギギ”という音を上げながら背後を振り返る。
そこには、眼鏡を怪しく光らせて、真っ赤に裂けた三日月を顔に張りつかせた女性の姿があった。

「……やぁ。エリスさん、お久しゅう。お元気そうで何よりですな。あっはっはっはっ♪」
「シアンさん。言い残す事はそれだけですかぁ?廊下の隅でガタガタ震えながら命乞いする準備はオッケ〜?」

“ひっひっひっひっ”と声にならない笑い声を上げるエリスに、冷や汗をダラダラ流しながら引きつった笑みを浮かべるシアン。

「じゃ、じゃすとあも〜めんつ!?あなた様は何ゆえそのようにお怒りなのでせうか?」
「わかりませんかぁ?ほんと〜に解りませんかぁ?」

瘴気を噴出さんばかりの雰囲気で、ゆっくりとにじり寄るエリス。

「【危険が危ない!?】え〜と、とんと覚えが無いのですが……」
「へぇ〜〜……『アースラの補修に降りる工作班と一緒にいくから、それまでにデバイス補修に関してのデータを纏めて置いて』って、
私に押し付けたのを忘れましたかそうですかぁ……うふふふふふふふふふふふ」
「あ」

エリスの言葉に“忘れてました”と思い切り表情で語るシアン。

「結論。『死刑』ですぅ」
「うぇ!?」

その後、湿ったモノを幾度も殴打する音が響いた後、重いものを引きずる“ズルズル”といった音が遠ざかっていったという。



◇アレイオン艦内:クロノ


「では、よろしくお願いします」

回収したロストロギアのシールトランクを移譲し、アレイオン内のハンスの私室より退出するクロノ。
そのままトランスポーターへと移動しながら、先ほどの会話を思い出す。

『救出のタイムリミットは後9日。一両日中には解析結果がでるとは思うが……最悪の場合、即アルカンシェル発動という事もありえる』
『その覚悟だけはしておいてくれ』
『……はい』

ファラフとハンスから告げられた内容に、改めて、状況の厳しさを思い知らされた。

【頷くしかなかった……くそっ!】

ガンッ!

左腕を通路の壁に叩きつける。
その拳は、押し殺しきれない激情に震えていた。

傷ついたアースラのセンサーではデータ解析をしようにも、あの≪闇≫の最外縁部を突破する為の出力を得られず、
それならばと、フェイトが入手した資料の解析に全力を注ぐも、それも遅々として進まない。

頼みの綱としたユーノからは、その後の連絡は無く、チリチリとした焦燥感だけが胸を焦がす。

焦りがある

焦りがある

そして、脳裏にフラッシュバックする光景がある


≪遺跡≫に進入していく際の、シグナムとヴィータの笑顔が

≪遺跡≫からの撤退を告げた言葉に、泣きそうな顔をしていたフェイトと なのはの表情が

≪雷(いかずち)≫に弾き飛ばされてゆくザフィーラの姿が

≪雷≫に打たれ、海へと落ちゆくシャマルの姿が

≪黒雷(こくらい)≫に身を侵され、全身を朱に染めた はやてが

≪黒雷≫から はやてを護る為に、その身を晒したリインフォースが


そして、≪闇≫に囚われた皆が、未だ生きていると希望をもった はやての泣き顔が


ゴンッ!


クロノは、拳の代わりに頭を壁に叩き付けた。
僅かに額が切れ、血が一筋だけ顎へと伝う。

【……くっ、愚にもつかない事を……駄目だと決まったわけじゃないんだ!】
【こんなことじゃ、またエイミィに気合を入れられるな】

僅かに唇を歪ませ、『姉』の姿を思い浮かべる

【『クロノ君?君、馬鹿でしょ?そんなネガティブ思考をしている暇があるなら、とっとと動く!反省なんかは後で好きなだけしなさい!
壁とお友達になっている姿は、私がしっかりと記録しておいて上げるから♪』】

腰に左手を添え、右手でクロノを指差しながら、呆れかえった表情で告げて、最後に弄ることも忘れないエイミィの言動。
己の思考の中においても、元気よく発破をかけてくる『姉』のその姿に、クロノは苦笑を浮かべるしかなかった。

「……はいはい。頼りない『弟』なりに頑張るさ。もう一度、顎にイイのを喰らいたくはないからな」

小声で呟きながら“グイッ”っと額の血を拭い、背筋を伸ばしつつ通路を進みゆくクロノ。

その後ろ姿には、先ほどまで澱んでいた焦燥感の影は見えなかった。



◇アースラ艦内整備室:はやて・シアン・エリス・マーシャ


整備室の中央にある、円筒状のユニット。
ガラス質の強化テクタイトに覆われたその内部で、ヒビだらけのリインフォース(待機状態)が淡い光に包まれながら浮遊している。

ピピピピピピピ

整備室に備え付けられたコンソールと、繋いだ端末の双方を踊る二対の腕。
それらが行うキータッチの速度は、既に人外の域に達し、なかまかの動体視力では追い切れない程になっていた。

「……あかん。全然見えへん……マーシャさんは見えます?」
「あはははは……無理(汗)」

その様子を見守る はやてとマーシャは、お互いの頭に張り付いた大粒の汗を確認しあっていた。


          *          *          *          *          *          *          *


アレイオンから、アースラの補修に降りてきた整備班は、大半はエンジンルームとフィールドジェネレーターの補修に取り掛かった。
その中で、アースラ所属魔導師達のデバイスを補修する為に降りてきたのがこの二人、シアンとエリスである(マーシャは……兄のシゴキから逃げてきた)

クロノへの挨拶もそこそこに、さっそく補修作業に取り掛かった二人に、はやては同席を望んだ。
“自分の妹とも娘ともいえる家族の状況を、しっかりと知りたい”と。
彼女のその望みに

『いいけど、見てても面白いかな?』
『面白いとかじゃね〜ですぅ。少しは人の心の機微に気を配りやがれですぅ……特にわたしの〜!』
『は?なんで?』
『……死にやがれですぅ!』
『ちょ、ヴボァァァ!?』

……と、残虐シーン込みでOKした二人。
シアンが〈ブラックスミス〉を起動し、コンソールに繋ぐ。
エリスが持ち込んだ端末とコンソールを接続する。

そして神速のフィンガーダンスが開始された。


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タタタタタタタッ
チチチチチチッ

キーが叩かれ、〈ブラックスミス〉が光を放つ。

そんな指先の舞踏が始まって20分程経過した時、シアンとエリスの動きが“ピタリ”と止まった。

「……なるほど」
「これは……」

ディスプレイに映るデータを見ながら呟くシアン達。
はやては、そんな彼らに恐る恐る声を掛けた。

「……あの……リイン、どうです?」

眉間に皺を寄せる二人に、はやての不安はいや増していく。

「……酷いんですか……?」

尋ねてくる はやてをチラリと見た後、溜息を吐くシアン。

「ん〜とな、酷いっちゃ酷い。特に外装の部分は劣化が凄い。内部のプログラムに関しても、基幹部分の一部以外、今すぐ如何こうは無理だ」
「……そですか」

シアンが告げた内容に、俯き、膝の上で両手を“ギュッ”と握りしめる はやて。

そんな彼女の頭に、“ポン”と手が置かれる。

顔を上げた はやては、シアンの右手が己の頭に乗っているのを見て“キョトン”とした表情になる。

「……シアンさん、なんですか、これ?」
「ん〜とな、はやて嬢。よく聞いてくれ」
「?はい」

はやての頭を“ポンポン”と叩きながらシアンは告げる。

「『デバイスとしての蒼天の書復旧』は目途が立たないが、『リインフォースの蘇生』なら大丈夫」
「……ぇ?」

はやての表情は“何を言われたのか良くわからない”と言っていた為、更に詳しく告げようとしたシアン。
その肩に“ぺタン”と手が添えられた。

「ん?」

振り向くシアンの視界に映るは イイ笑顔したエリスさん19歳のお姿が。

「そこのセクハラ野郎、どけですぅ」
「せ、せくはらやろうって(汗)……」
「うるせ〜ですぅ。年下の女の子に触れて喜んでいる人は、セクハラ野郎で十分ですぅ」
「……酷ぇ(泣)」

整備室の隅でさめざめと泣くシアンをガン無視し、エリスは はやてにリインフォースの状態を告げた。

「リインフォースさんの『デバイスとしての機能』はぁ、リプログラム必要ですけどぉ、基幹プログラムの人格部分はぁ、凍結状態になっているのでぇ、
傷は殆ど負っていないみたいですぅ」
「……じゃ、じゃあ、リインは」
「はい、リインフォースさんのままで『生きて』いますぅ。今は、お眠しているだけですからぁ」
「あ、ありがとうございます〜!」

はやては、にっこりと笑って告げるエリスの両手を握り、ブンブンと上下にふる。
泣き笑いのまま、傍にいるマーシャとも抱き合って喜ぶはやて。

「……いいさ、俺ってこういうキャラだし」

隅で『のノ字』を書いていたシアンの事が思い出されるのは、それから5分程たってからだった。


          *          *          *          *          *          *          *


立ち直ったシアンは『蒼天の書』の状態を はやてに行っていた。

「『蒼天の書』としての機能は、そうだな、10リットルしか入らないボトルに12リットルの水を入れて、更に凍らしたような状態、
といえば少しはイメージ湧くか?」
「……なんとなく」
「……わかんないです(泣)」

提示した例えに、ぼんやりと理解を示した はやてと、解りそうで解らないマーシャ。
エリスがマーシャの頭を“ナデナデ”し、更に落ち込ませているのを横目に、はやては疑問を感じた部分を問う。

「シアンさん。『ボトルに許容量以上の水が入った』て言うてましたけど、この場合の水って……」
「……はやて嬢」
「はい?」
「リインフォースと融合していた時に、黒い色した電撃を喰らったよな?」
「喰らいました」

はやての脳裏を、あのときの映像が過ぎる。
身体の芯を突き抜けていく苦痛と、弾け飛びそうになる衝撃。
細胞の一つ一つまで壊されるような≪黒雷≫だった。

「まだ、確実には言えないんだけどな、アレって走査術式みたいなもんじゃないかと思えるんだわ」
「走査…術式ですか?」

走査術式=サーチスペルとは、効果領域内を文字通り「走査」するものであり、効果対象(例:魔力をもつ・人型等)を術式に組み込んで、一定空間内を
調べる時に使用するものである。

「リインフォースさんのデータに割り込む形でぇ、異質なプログラムが走っているのが確認されていますしぃ、彼女の術式データがコピーされているのもぉ、
今さっき確認しましたぁ」

マーシャの頭を撫でながら告げるエリス。

「つまりなんですか、リインの中にごっつい別のプログラムが入ってしもうたから『蒼天の書』がまともに動かへん、と?」
「そんな感じかな」
「でもですよ。あたしがこんなにボロボロにされてもうたのが走査術式やった〜いわれても、ピンとこないんですけど」

はやては、腕を組んで“う〜ん”と唸る。

「まぁ、そう思うだろうけどね。『解析と取り込み』の為の術式も同時展開されていたみたいだし、その圧縮比率が尋常じゃなかったのかもしれない」
「『かもしれない』ばっかりでぇ、役に立てなくて御免なさいですぅ」
「いや、謝らんで下さい。エリスさん達には、リインの事見てもらえて感謝してますから」

すまなそうに頭を下げるエリスに、慌てて面を上げてもらおうとするはやて。
そんな様子を苦笑しながら見ていたシアンは、〈ブラックスミス〉を待機状態に戻しながらエリスに声を掛けた。

「さて、エリス。俺はクロノ艦長のデバイスを受け取りに行くから、リインフォースのコアプログラムの保護はよろしく」
「ああぁあ!?またそういう厄介なのを押し付けてぇ!」
「がんばれ〜」
「『がんばれ〜』じゃないですぅ!」
「あわわわわ、え、エリスさん落ち着いてや〜」

激昂するエリスを宥めるはやて。
シアンは背後の喧騒に振り向きもせず、手をヒラヒラと振ると、整備室を後にする。

シュンッ

扉が閉まると同時に、務めてゆっくりと通路を歩き出す。

【……ここまでは問題無しか。エンジンのメンテが済むのを見計らって、あの娘にコンタクトをとらないと】

シアンは、この後のスケジュールを思い描きながら、アースラの艦橋へと歩を進めていった。







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