ユーノと一緒にすずかの家へと遊びに行った帰り道。
 高町なのはの胸の内はもやもやとした感情に侵食されていた。
 それの原因は全て傍らを歩くユーノ・スクライアだ。

(見てたよね、じーっと)

 何をと言えば、ファリンさん。
 そりゃあ彼女が可愛らしい人だというのは同性の自分だって分かる。
 澄んだ色をし、流れるようにさらさらのロングヘアーは羨ましいと思わないでもない。
 水仕事だってしてるだろうに、それでもキメの細かい肌や柔らかそうな掌。
 最近、ちょーっっっと筋力がついてきてる自分からすれば、とても羨ましい。
 魔導師としての能力が向上するのは嬉しいけれど、乙女としては複雑な所。

(でも……でも……)

 やっぱりこう、複雑な心境である。
 彼が自分以外の女性をじーっと見ていたことが。
 だって自分達は……その。
 恋人、なのだから。

(ううぅ…………)

 さて、どうしようか?
 打倒すべきドジッ娘メイドの姿を脳裏に浮かべつつ、高町なのはは考えを巡らせることとなる。
 常日頃の彼女なら決して取りえないであるこの行動。
 世間一般では、嫉妬、と呼ばれる現象に掛かるものである。









 数日間、なのは脳内会議は凄まじい荒れ模様を見せた。
 如何なる惨劇が繰り広げられたのかはここでは割愛するが、SLBは飛び交った。
 彼女の脳内に住む無数の彼女達は多くの犠牲を生み出しながらもとある1つの結論に行き着いた。
 そう、それは単純にして明快、男心をくすぐる夢の証!

「……ど、どうかな?」

 ……いざやってみると、羞恥心が頬を染める。
 くるぶしまでを覆った紺のロングスカートと。
 その上から白いひらひらのレースを着込めば、そう。

「い……1回転してみて」

 ふわりと、スカートの裾が舞い上がった。
 くるりと器用に回ったなのはは、スカートの裾をちょこんとつまんでお辞儀をする。
 その姿はまさに、そう。

「か……可愛いよ、なのは」

 ユーノの言葉を受けてはにかんだように微笑むなのは。
 彼女からは、花の蜜のような甘い香りがした。

  ……ような、気がした。

 何はともあれ、そう。
 休日になのはの家にお呼ばれしたユーノが眼にしたのは1人のメイドさんだった。
 紺のロングスカートに白いエプロン、そしてカチューシャ。
 男の浪漫とか、あれやこれやをくすぐるメイドさんがそこにはいた。

「えへへ……。隣、いい?」

 是非も無く頷くユーノ。
 傍らにちょこんと座り込んだ彼女の体温が肩越しに伝わってくる。
 今、どこに腰掛けているかって?
 そんなもの決まってる。
 彼女の部屋にある腰掛けられるスペースはベットの上だけだ。
 2人分の体重を受けてベットの柔らかい布団が大きく沈み込む。
 身じろぎすればお互いの服が触れ合う音がし、距離の近さを感じて気恥ずかしい。
 それは2人ともが感じているようで、頬に差す朱色はだんだんと赤みを増していっていた。

「ゆ……ユーノ君!」

 耳まで真っ赤にしたなのはが、意を決したようにユーノへと振り返る。
 あのね、と。必死に口を動かして言葉を紡ぐ様は一生懸命だ。

「私と……」

 なのはと?
 一体なんだろう?
 この状況で言われることは……。
 そもそもこの状況とは如何に?
 恭也さんは忍さんの家で暮らしている。
 桃子さんと士郎さんは美由希さんを連れてどこかへ出かけてしまった。
 つまり、現在この家にいるのは自分となのはのみ。
 そして、なのはの部屋でメイド服を着た彼女と2人っきり。
 で、自分達は恋人同士である。
 ここから導き出される結論は……。

  ……えっち?

 いやいやいや、待て待て待て。
 そんなメイドさんでご奉仕だなんて嬉しいことが起こるはずがないっ。
 本人には絶対言わないが、親友と思っているアイツの言葉
 “世界はいつだってこんなはずじゃないことばっかりだ”
 に現れているように、理不尽なことこそあれど幸せシチュエーションには絶対裏があるはずだっ。
 ここここうなれば……。
 大人しく、彼女の言葉を待とう。
 この結論に至るまで、約3秒。
 即ち、3秒間ずっとなのはは顔を赤くしたまま口をもごもごさせていたのである。

「……私と!」

 今度こそ言う決心をつけたのだろう。
 ずいっ、とユーノに迫るなのは。
 近くに寄れば、先ほど感じた花の蜜のような甘い香りをもう一度感じた。
 そうか、あれは勘違いなんかじゃなかったんだ。

「私とね。…………どっちが、可愛い?」

 なのはの言葉の意図が分からず、口を開いて固まるユーノ。
 彼女は言葉を続けた。

「私と……ファリンさん。どっちが可愛い…………?」

 とさり、と。
 ベッドの上に背中が落ちる。
 見上げた彼女の前髪が鼻先をくすぐった。

「なのはに決まってるじゃないか」

 彼女は一体何を言っているのだろう?
 メイド服を着ているのは、もしかしてファリンさんに対抗したのだろうか。
 ユーノは、分からない。
 彼がファリンのことをじっと見てたことになのはが嫉妬しているなど、とは。

「本当に……?」

  なくようにか細い声が響いた。

「うん」

 彼女の頬に手を添える。
 掌を通して彼女の体温が伝わってくる彼女の体温は熱く、頬は朱に染まったまま。

「それならどうして……」

  頬の手に自らの手を添えるなのは。

「この前、すずかちゃんの家でずっとファリンさんを見てたの……?」

 どうして、と。
 もう一度付け加えて……そして、なのははただユーノを見つめる。
 彼女の真摯な瞳に射抜かれたユーノは、ばつが悪そうに頬をぽりぽりと指先で掻いた。

「え〜っと……そ、それはだね」

 じっ、とユーノを見つめるなのは。
 嘘や冗談を言えば、きっと色々なモノを失ってしまう。
 それ故に後が怖い。
 だからユーノは正直に話した。

「ファリンさんって足取りが凄く危なっかしいから……それで、気になって」

 あまり表に出る性格ではないユーノ。
 代わりにフォローに入ることが多く、よく気も回った。
 そんな彼だから、いつ転ぶか分からないファリンのことが心配になって仕方なかったのだ。

「……それだけ?」

 なのははじっと、ただじっとユーノのことを見つめ続けている。
 きっと、後ろめたいことを言えばここで取り乱していたんだろうなぁ。
 そんなことを思いながら、ユーノは肯定の意を示すべく頷くように首を縦に振る。

「ボクが好きなのは、なのはだからね」

  後に、そう付け加えれば、見る間になのはの顔が赤く、赤く染まってゆく。

「あぅ……恥ずかしいよ、ユーノ君」

 自分を支えていた腕の力を抜いて、顔を隠すように彼の胸の中に倒れこむ。
 そんな彼女の後頭部に掌を寄せ、ゆっくりと、優しく……撫でる。

「そうだね。そんな格好までしちゃって」
「……ぁぅ」

  空いてる片手で眼鏡を外して、ベット横の机の上に置いた。

「でも、ホント。可愛いよ、なのは?」
「うう……ううぅ……」

 嬉しいのか恥ずかしいのか、胸の中でじたばたともがくなのは。
 きっと、両方だろう。
 そんな彼女を愛しく思いながら、もう一言。

「―――食べちゃいたい、くらいにね」

 ユーノの言葉の意図が読めず最初は硬直していたなのは。
 しかし、数秒の間を置いて気づいてしまったのだろう。
 顔を真っ赤にしながらも、ゆっくりと面を上げた。

「いい?」

 微かな逡巡の後、彼女は小さく頷いた。












 P,S やっぱりご奉仕は欠かさなかった





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