―――なら、どの言葉が嘘なら嬉しいですか?



 ミッドチルダは長い歴史を持つ世界だ。だから当然と言うべきか、積み重ねた年月に相当する多数の神事があった。
 一年の無事を願うもの、豊作を祈るもの、災厄を鎮めるもの、死者を慰めるもの、など。 数え上げれば限りこそあろうが声は尽きない。
 千年、百年単位で受け継がれてきた神事はもちろん存在する。特に聖王教会関係の神事はそれが始まった頃から変わらぬ様式と厳粛さが守られている。今でこそ広く一般に流布させるために簡略かされた日々のお祈りですら、ほんの百年前までは日に一時間も掛かったらしい。
 さておき。
 時の経過によって多くの神事は地域と結び付き厳格さを失いながら形骸化していった。今では単なる「祭り」 として人々に親しまれている神事は多々ある。ミッドチルダ首都クラナガンで毎年開催される「夏祭り」もまた、そういった神事の一つだ。

「毎年思うんですけど、この夏祭りって何を祀っているんでしょうね」
「えーっと、昔聞いた気がするぞ。……なんだっけ?」

 淡い桜色の浴衣に身を包んだヴィータが小首を傾げた。その可愛らしい仕草にエリオはくすりと笑い声を零してしまった。
 ―――から、小突かれた。

「笑うな。似合わない格好してるってーのは、あたしが一番分かってんだよ」
「いや、そういう意味じゃなかったんですけど……。それに、似合ってますよ? 可愛らしくってヴィータさんにぴったりです」

 ぽかん。エリオは再び小突かれた。
 見ればヴィータはそっぽを向いてしまっている。―――が、真っ赤に染まった耳たぶが微笑ましい。
 エリオは弛みそうになる頬を必死に引き締めながら、言った。

「手を繋ぎませんか? きっと人込みがすごいでしょいから離れないようにしましょうよ」

 「はぐれる」ではなく「離れる」と言ったのは恋人心に因る悪戯である。エリオが手を差し出すと照れ隠しに明後日の方向を向いていたヴィータの視線が戻ってきた。
 彼女は、逡巡していた。今日はエリオのペースに巻き込まれっぱなしで悔しい。―――が、手は繋ぎたい。
 ややあって、ヴィータは頷いた。

「いいぞ。でも、この手は絶対に離さないでくれよ……?」

 どうやら本人は素直に祭りを楽しむことにしたようだ。小さな掌を――最近、少し大きくなった――エリオの掌に重ねた。彼の手を握るとしっかりと握り返してくれた。あたたかい。
 胸の真ん中に灯りの灯りを感じ、ヴィータは自然と微笑んでいた。

「あ……。えっと」
「うん? どうした?」

 困ってしまうのはエリオの方だ。無防備なヴィータの笑みに当てられ頬に朱が差す。
 繋いだ手が妙に熱い。

「い、いや。……僕ってヴィータさんのことが大好きなんだなって改めて理解してただけです」
「なんでだ?」
「あはは、どうしてでしょうね」

 的を射ない答えに首を捻るヴィータ。エリオとしては説明のしようもないので困ってしまう。

「変なエリオ。でも、あたしもおまえのこと大好きだぞ」

 結局、そんな台詞を言い合いながら――顔を真っ赤にして――お祭り会場へ向かったのだった。





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