事件は終わった。一時は多くの人の心に暗雲をかけたサポートブレインも封印され、後には傷つきながらも笑顔を見せるなのはとユーノ、そして心なしか嬉しそうにその身を輝かせているレイジングハートが残っていた。
 最も酷い見た目をしているのがなのはで、バリアジャケットの所々は裂けて、その色はほとんど紅に染まっていた。
 直接ダメージを受けていないレイジングハートは見た目には平気そうだが、それでも内部に相当の熱が篭っていたのか、熱にやられてぐったりとしている気もする。
 そして、中身を最も傷つけられたのがユーノだろう。戦闘前はサポートブレインの幻影に精神を蝕まれ、戦闘中は精神ダメージになる非殺傷非対物設定のなのはの砲撃を何度も何度も受けていた。外見の外傷は自分が殴ったくらいだからさほど酷くはないが、それでも中身の疲労に引きずられるのかその身はボロボロに見える。

「ま、それでもさ」

 そんな傷ついた三人を傍目に見ながら、少女の姿に戻ったアルフは呟いた。

「みんな生きてて良かったよ」

 ユーノがいる、なのはがいる、レイジングハートがいる。誰も欠けなかった。誰も命を落すことがなかった。
 その結果が、彼女の心に満たす物を運んでくる。

「一時はどうなることかと思ったけどねぇ」

 遺跡でサポートブレインに支配されたユーノと対峙した時の恐怖を思い出すと、小さな身体がぶるりと震えた。
 管理局に戻ってから、ユーノを助けるための手立てを探している頃。その手段は存在しないと知った時を思い出すと、冷たい悪寒が背筋を襲った。
 恐怖は、悪寒は、全てを解決した今でも忘れてはいない。

「ほんと、良かったよ」

 もしも遺跡でユーノがサポートブレインから肉体の支配権を取り戻すことがなかったら、自分はこうしてこの世に生き残ってはいなかっただろう。
 もしも知った真実に心の望みを絶たれて、そのまま砕けてしまっていたら、ユーノがこの世にいなかっただろう。
 もしもユーノが死んでしまったら、なのはも心を病んだままだったかもしれない。
 それらはもう可能性の中にあった世界であるが、そうなっていた可能性の方が確率的には高かったのではないだろうかと考えると、どうしても震えが止まらない。
 もしかしたら、自分がこの瞳で見ている光景は夢なのかもしれないなぁと、そんなことをアルフは思った。

「いーや、いまさらか」

 思って、笑った。

「やっとユーノ君が帰ってきたー!」
「わっ!? な、なのは苦しいよ!」
「にゃうにゃうにゃうにゃうにゃう〜!」
「うわっぷ!? ぁぅっ!? な、なのは、くるじぃ……」
「え? あ、ユーノ君!? だ、大丈夫!?」
「がくり」
「ゆーのくーん!?」

 なのは達が繰り広げる光景に、そんな過ぎ去った不安に心を囚われることはもったいないと言外に語られたからかもしれない。
 可能性が、確率がどうだったであれ、手に入れた今の形は変わらないのだから。だから、それを精一杯受け止めようと。過去を恐れるよりも、今を楽しもうと。
 そんな言葉を語られたような気がして、アルフは朗らかに笑い声を上げた。

「にゃー! アルフさんも笑ってないで、ユーノ君を助けてよーっ!」

 困り声を上げて助けを求めるなのは。青い顔をしたユーノに流石のレイジングハートも冷静さを欠いていて、何事かを叫びながら取り乱している。
 気が抜けると主従共々抜けてしまう二人の姿にアルフの心は楽しみを与えられてしまい、結果としてアルフは笑うことを止められない。

「うー! あーるーふーさーんー!」

 止められるはずがなかった。一度は諦めかけてしまった幸せという言葉で語られる光景が目の前にあるのだから。
 笑い声を止めろと言われたら、アルフにはもうたった一つの選択肢しか残っていない。

「え? あ、アルフさん?」

 なのはがポカンと口を開けた。レイジングハートが喚くのを止め、止まった。
 彼女達の視線がアルフに集まる。

「なんだよ? ……別に、いいだろ」

 アルフは掌で自らの頬を、目元を、拭う。
 しかし、目的のものはあとからあとから溢れ出てきて、掌では到底拭い切れそうにはなかった。

「うん、そうだね」

 ぐしゅぐしゅと鼻まで鳴らし、とうとう嗚咽まで漏らし始めて。
 アルフは、涙を流していた。

「アルフさん。これ、使って?」

 なのはがアルフに歩み寄り、ポケットから真っ白なハンカチを取り出す。
 アルフはハンカチを受け取って、溢れる涙でその布を濡らした。

「ありがとう。ありがとう、なのは」

 ハンカチで涙を拭い、鼻をすすり、てへへと笑うアルフ。
 まだぐずる鼻を抑え、流れ続ける涙を拭いながら、彼女は空を見上げた。

「ほんっと、よかったよねぇ」

 空には闇が掛かっていた。けれどそれは、恐怖でも悪寒でもない、美しい闇だった。
 何故なら、その闇は無数の光に照らされていて、そしてその光の一つ一つがとても美しいものだから。
 星と呼ばれる闇を照らす光は、世界が暗闇に覆われても光が失われることはないと語りかけてくれていた。

「あんたも星だね」

 アルフは空から視線を落とし、自らの傍らにいる地上の星に視線を送った。
 その星は彼女の言葉の意図がわからず首を傾げたが、すぐに笑顔になって頷いてくれた。

「あー、もー、ほんと」

 再びアルフは空を見上げ、夜に広がる星々に見入る。
 涙で滲んだその一つ一つの輝きが、アルフにとってとても大切なもののように思えた。

「今夜の星はさ。綺麗だよねぇ」

 そう言うアルフの瞳こそ。夜空に浮かぶ星のように輝いていた。






あとがき

  エンディングフェイズです!

 最初はアルフのエンディングです。
 彼女は、この物語中で誰よりも前に向こうとしていました。
 なのはも、レイジングハートも、そしてユーノも。誰しもががんばっていましたが、一番がんばったのはアルフなんじゃないかなぁって思います。
 全てが終わって、そうして得た結果を見て涙を流したというのは、きっと彼女が精一杯以上にがんばっていた証なんじゃないかな、とか。

  一回だけ、一回だけ折れちゃいましたけどね。

 でも、だからこそ。絶望した分だけ、希望の向こうにある日々は温かいものです。
 多分、この次の日は。普段通りの生活をしながらも、その普段こそがいつもよりもなんだか楽しいものに感じられているんじゃないかなぁと、思います。

  アルフにとっての、この話は。

 最初から嫌な予感がした、焦燥感と心配を持って始まったお話でした。
 彼女が抱えていた不安は現実の、いいや不安以上のものが現実となり、恐ろしい困難として立ちはだかってきました。
 それを乗り越えようとしたのが、アルフにとってのこの話だったんじゃないかなぁ。

  さてはって。

 エンディングはオープニングと逆の順番で、次はレイハさんのエンディングです。
 それではみなさま、次の話でお会いしましょう。





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