アルフが夜空を見上げて涙を流している頃。
 高町なのはの愛杖であり、その不屈性の支えであるデバイス、レイジングハートは物思いにふけっていた。
 本来機械ではありえないはずの行為をしていた。

《なんとかなりましたー……はぅ》

 機械らしからぬセリフ回しは、この六年で身についた独特のもので。意思を持つ他のインテリジェントデバイスはこうはいかない。
 彼女のように感情を表に出すデバイスは本当に珍しい。

《私、がんばりましたよー。が、がんばりましたよねバルディッシュ?》

 レイジングハートが思わずその名を口にしたデバイスなんて、感情どころか言葉すらも出してくれない。

《ばるでぃっしゅのばかー!》

 ……レイジングハートの思考は、かなり疲れていた。

《何を言っているんだか》

 彼女の声に、呆れたような反応を示した誰かがいた。
 聞き覚えのない、しかしどこかで聞いたような気もする声。
 その声の主を探してレイジングハートは周囲に検索を掛ける。

《あ、あれ?》

 しかし、彼女の周りには主とアルフとユーノ以外の誰かは見つからなかった。

《もしかして……》

 誰かがいる可能性がある場所は、彼女の中にしか残っていなかった。

《やあ。サポートブレインだよ》

 嫌な予感は肯定され、レイジングハートは取り乱した。

《な、なんで貴方が私と会話ができているんですか!? ふ、封印しましたよね!?》

 彼女のその姿に、サポートブレインは楽しそうに笑った。

《キャラクターがさっきと違うことには突っ込んでくれないんだね》

 その言葉には、残念ながらレイジングハートのスキルでは突っ込み切れなかった。
 返答に詰まってしまい、彼女はあぅあぅと声を上げる。

《安心してくれていいよ。別に封印が解けたわけじゃない。君を乗っ取る気も無いしね。ま、乗っ取れないんだけどさ》

 対峙していた時とは別人のように軽快に語られる彼の言葉に、レイジングハートは疑問を浮かべた。
 この、吹っ切れたような変わりっぷりは何なのだろうかと。

《敗者は勝者に従うさ、ボクは効率的に生きているからね》

 どうやらそういうことらしいが、レイジングハートにはどうにも納得がいかなかった。
 あれほどまでに過激な発言をしておいて、これはないんじゃないかと。

《どの道、再び表に出ることは無いだろうからね。長い間封印されていたボクだけど、取り付いたユーノ・スクライアから今の情報は入手している。管理局の永久封印施設に封じ込められれば、流石のボクもお終いさ》

 語る声の色に悲愴さは感じられなかった。
 ただ自身の終焉という現実を受け入れた、そんな声の色だった。

《ボクが表に出てこれたのは本当に偶然で、長い封印の間に封印ケースが破損したのさ。後は自力で魔法を使って、のこのこやってきた魔導師に取り付いたってわけ》

 何も聞かないでいると自身のことを語り始めるサポートブレイン。
 その姿は、自らの死の前に自分の何かを誰かに伝えようとする人間臭いものに思えた。

《取り付くのは誰でもよかったんだ。それがたまたまユーノ・スクライアだっただけで。ああ、身体、欲しかったなぁ》

 だからだろうか。
 無視をしても構わないその言葉に、レイジングハートが反応をしたのは。

《どうして人の身体が欲しかったんですか?》

 それは、彼という存在の歴史を無限書庫で聞いてからずっと気になっていたこと。
 デバイスという己があるのに、どうして人という姿を欲したのだろうか。
 レイジングハートはずっと気になっていた。

《…………》

 饒舌に語ってくれると思いきや、サポートブレインは口を閉ざしてしまう。

《どうして、ですか?》

 レイジングハートは思い切ってもう一度同じ問いを繰り返してみた。
 失敗したかなとも思ったけれど、少しの間を置いてサポートブレインが語りを再開したことで安堵する。

《ボクは、生きたかったんだ》

 ようやく紡がれた言葉にレイジングハートは首を捻る。
 彼は既に器を持ち、自己を持っている。それは、生きていると言えるのではなかろうか?

《ボクは予備脳サポートブレイン。ボクは部品。メインの機械に、人間に組み込まれて。人間の身体と一つになって、ボクは初めてボクになれる》

 それは、個を持って。己は己として主と共に歩むことこそが生きることであるとするレイジングハートとは異なる価値観だった。

《ボクが、こうして“ボク”と喋っているだろう? これはね、ユーノ・スクライアの影響なんだ。予備脳サポートブレインには融合者と同調する機能があって、その人格を自らの身体にコピーさせられる。万一魔導師の精神が壊れた際に、その心をバックアップしておいて復旧させる部品としてね》

 だから演算機でもなく、補助機でもなく、予備脳なのさ、と。
 サポートブレインは心なしか寂しそうに笑った。

《ボクはね、レイジングハート。君のような自己を持てないんだ。誰かと融合する度にその誰かに書き換えられ、ボクは違うボクになる。明日には俺になっているかもしれないし、明後日には私になっているかもしれない。そういうものなのさ》

 レイジングハートは何も言葉を生み出せない。
 もしも自分が彼と同じ境遇に置かれたらどうなってしまうだろうと考え、そしてオーバーヒートしてしまったから。

《同情をしようとしなくていいよ。そういうものだからそうだとは割り切ったし、それを差し引いてもボクがしてきたことは誰にも許されるべきではないからね》

 全てを悟ったような物言いは、ユーノ・スクライアをコピーしたからなのだろうか?

《ボクは、生まれた時から狂ってしまっていたから、生きていると実感する方法は狂っていた》

 だとしたら、それはとても悲しいことだと思った。

《ボクが誰かのコピーなら、その誰かを壊してしまえばボクこそがオリジナルになれるから。そうして初めてボクという存在が生まれると、そう思った》

 とてもとても悲しいことだと思った。

《でも、違った。何をしてもボクはボクになれなかった。部品は、命になれなかった》

 終いには、レイジングハートは泣き出してしまっていた。
 もちろん、デバイスである彼女が涙を流せるはずもない。
 だがしかし、彼女は確かに泣いていた。

《人間が羨ましかった。紅い血に命を見出して、憎んだ。でも、だからと言って殺していい理由にはならないんだけどね》

 静かに、ただ静かに語られる彼の言葉が。レイジングハートの心に余計に涙を誘った。

《しかもボクは愚かにも、やはり誰かの身体を求め続けて。愚かだね、愚かだね。そうしていけばいつか生きていると実感できる日が来ると思って……生まれた世界を滅ぼしていた》

 サポートブレインの言葉がぴたりと止まる。
 それきり彼は口を閉じてしまい、これ以上は語る気がないという意思を態度で表していた。

《私、忘れません。貴方が語った言葉を忘れません。確かに貴方がしたことは褒められたことではないけれど……忘れません》

 涙ながらに語るように震えるレイジングハートの声は、泣きながら喋る者のそれだった。
 彼女の言葉にサポートブレインが唸る。

《忘れていいさ。そんな無駄な記録はメモリーから削除してしまいなよ》

 彼のその言葉に、レイジングハートは否定の意思を見せる。
 サポートブレインはもう一度唸った。

《でも、サポートブレイン。私には、貴方がとても大事なことに気づいていないように思えます》

 今度は、レイジングハートが語る番だった。

《生きたいと言った貴方。そのために数々の過ちを犯してきた貴方。それは、褒められた結果を生みはしなかったけれど……》

 レイジングハートは、内心では冷や汗を流していた。
 何せ、自分が語る言葉はおこがましすぎる。このままそっとしておいた方が彼のためなのではないかと思うと、今すぐにでも言葉を止めたくなる。

《ねえ、サポートブレイン。貴方が生きたいと願ったその時に、貴方はもう生きていたのではないでしょうか?》

 なのに喋り続けたのは、ここで言葉を捨ててしまうと永遠に後悔すると思ったからだった。

《誰の人格に書き換えられても、それでも確固たる願いを持っていたのなら。貴方には確かに貴方があって、それは貴方という存在が生きていたという証拠なのではないでしょうか?》

 レイジングハートには、怖かった。この言葉が怖かった。
 永久封印の運命が待ち受けている彼には、酷な言葉だと思い、怖かった。

《狂った生も、何も、ひっくるめて。貴方はもう生きていたんだと……そう、思います》

 全ての言葉を告げた後、訪れるものは沈黙以外にありえなかった。
 レイジングハートにとって、心を押し潰されてしまいそうな時間が過ぎる。
 それは十秒ほどだったかもしれないし、一時間を越えていたかもしれない。
 彼女にとって、その時間は時の感覚が狂ってしまうほどに重苦しいものだった。

《もう生きていた、か》

 だから彼女は、沈黙が破られた瞬間にほっと安堵の溜息をついて。

《惚れそうな言葉だね。バルディッシュから君を奪い取りたくなるよ》

 続けて放たれた言葉に、紅い全身を真っ赤にしてあたふたと取り乱した。
 サポートブレインは彼女の様子に笑う。朗らかに、笑う。

《どうして貴方がバルディッシュのことを!? って、ユーノですね! ユーノ・スクライアの記憶からですねっ!》

 怒ったり、羞恥に悶えたり、叫んだり。
 百面相を浮かべる彼女の様子に、本当に楽しそうに笑うサポートブレイン。

《彼は鈍すぎるから、君はもっと大胆に積極的になってもいいと思うよ》

 レイジングハートを弄ることに喜びを見つけたように大笑いしながら彼女で遊ぶ。

《う、煩いです! わ、私だって色々してるんですよ! それなのに……それなのにバルディッシュはぁっ!》

 永久の封印に掛けられる、その未来に得られる無機質な時間の量に対しては刹那すぎる瞬間の中で。
 サポートブレインは、笑いながらレイジングハートを真っ赤にさせて遊んでいた。

《うわーん!? ばるでぃっしゅのばかばかばかばかばかー!》

 自分が得られなかったものを得たデバイスを、ほんの少しだけ羨みながら。






あとがき

  あれ? こいつ、いいやつになってる……?

 問題ナッシング。ナイトウィザードと聖闘士星矢ではよくあることです。
 そんなわけでレイハさんは、今回のシナリオの敵であるサポートブレインとでエンディングです。
 共にデバイスであるのに、その在り方だけが大きく違ってしまった二人。
 生まれた時代が同じなら、もしかしたら彼らが共に戦う道もあったかもしれません。
 こう、紆余曲折を経て。ただし、その時はきっとバルディッシュも交えての三角関係。

  みんなデバイスの超修羅場。

 レイジングハートは、一言で言うなら乙女です。
 悲しい事件に悲しみ、嬉しいニュースに喜び、心が燃えれば炎を灯す。
 そんな、多感なお年頃の女の子でありますですよ。
 彼女と、そして彼女の主はこの事件で真っ先に心が折れて。

  そして、最も早く立ち直ったのは彼女でした。

 彼女が立ち直るのがもう少し遅かったら、アルフが凹みっぱなしになるのでそのままみんな落ち込んでゲームオーバーだったらしいです。
 レイハさん、ナイスタイミング。

  そんなレイハさん。今回は全体的には影が薄め。

 ただ、大事なシーンシーンでは思いっきり語ってくれていたので、そんなに存在感が無いわけじゃなかったかなーと信じたいです、はい。
 レイハさんはがんばる時にがんばる良い子でした。おつかれさま。

  出生の秘密とか、色々と語られた彼女。

 彼女の本格的な物語は、バルディッシュに絡めてその内公開予定との噂です。
 っていうか、誰も覚えていないであろうバレンタイン話『ちょこれいと騒動』は彼女が主役ででしてね?(滅)

  さてさて。

 次が、最後のエンディングになります。
 やっぱり、ユーノとなのははまとめてエンディングがいいよね。
 そんなわけでエンディングフェイズ03『ユノなの』。ご期待くださってくれていると嬉しいですよっ。






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