文明が滅び、緑に喰われた世界。第九百管理世界とはそんな世界だった。 遠い昔に趨勢を誇ったこの世界は、しかし高度に発達しすぎた自らの文化によって滅びを招いてしまった。 今はただ、数百年を経ても形を残す建造物がゆっくりと緑に侵食されていくだけの世界である。 この世界に足を踏み入れるのは初めてだった。 資料では何度か見たことがある。しかし、肉眼で見ることは初めてだ。 ユーノは、持ち前の学者根性から生まれる好奇心でもって世界を見渡してみた。 「うーん。特にめぼしいものはないなぁ」 もっとも、この世界に存在する遺跡の解析は終了してしまっている。 そのこともあってか、彼の興味を引く特別な物は見当たらなかった。 「でも、空は綺麗だ」 ゆったりとした動作で見上げた天は雲一つなく、確かに綺麗と呼んでも差し障りない。 天井なくどこまでも高く。果てなく伸びるスカイブルー。 「なのははいつもこんな空を飛んでいるのかな」 青空を行く白い彼女の姿を思い浮かべてみる。 実際を見たのはもう随分と前のような気もするけれど、確信を持って“映える”と言い切れた。 『クロノだ。ユーノ、君に連絡がある』 空を見上げていると、無愛想な友人から念話が飛び込んできた。 ユーノは眉をひそめ、しかしすぐにキリリとした表情を作る。 察するに、今回の仕事の話だろう。だって、彼はそういう話以外をほとんどしない。 ユーモアが足りていない人間だと常々思っている。 『すまない、手違いがあった』 なのに突然謝られたものだから、ユーノの表情には動揺が浮かんだ。 ぎょっとして、クロノが続ける言葉に耳を傾ける。 『教導隊と無限書庫人員を三チームに分けただろ?』 ああ、そういえば、と。 周囲を見渡せば教導隊員がいるのに一番大事な姿が見えない。 にゃははと笑う茶髪の少女がどこにもいない。 『こちらの手違いで、君となのはは別チームになってしまった』 珍しくしゅんとするクロノ。 まったく、余計なお節介なんだよ。なんて思いながら、ユーノ返した。 『別に、任務が終わったら一緒に行動すればいいさ。仕事に私情を持ち込む気はないしね、ちょうど良いくらいだよ』 『……それじゃ、A班のことは君に任せた。あとのことはよろしく頼む』 『言われなくても』 用件を告げられると念話が切れた。 まったく、普段は憎まれ口ばっかり叩くくせに、よけいな時に気を回してくるから憎むに憎めない。 心の中でそんなことを呟きながら、ユーノは集まった教導隊員と無限書庫のメンバーを見渡した。 「スクライア司書、いつでもいけますよ」 無限書庫のメンバーは――肉体的には少々頼りないが――いつも通りの働きをしてくれるだろう。 そして教導隊員は、流石と言うべきか皆が皆精悍な顔つきをしていた。 次元世界の平和を預かる柱石は、その役目に負けぬ強さを全身から滲み出させている。 「よし。それじゃ、作戦開始時刻になったら行こうか」 彼らの存在を頼もしく思いながら。 「……なのは、変なトラップにでも引っかからないといいんだけど」 やっぱりここで会えなかったことは未練だったのか。 少しだけ、ほんの少しだけ……想う少女に心を馳せた。 一方その頃、なのはさん。 彼女が配属されたB班及びB地点にて、彼女はたった一人を探して歩き回っていた。 たった一人とはもちろんユーノ・スクライアである。 「任務が始まる前にお喋りしたいのになぁ……」 ずっと、ずっと会えなかった。 改めて気持ちを確かめ合った日から今日までずっと、会えなかった。 ようやく会えるから、少しくらいお話をしたかった。 「ユーノ君、どこにいるんだろ?」 もうこの地点は隅々まで探した。 なのに彼の姿はどこにも見えない。 もしかして、自分を驚かそうとどこかに隠れているのだろうか? いいや、彼はそんな子供じみたことはしない。 「あ、あのー……タカマチ教導官殿」 恋人の姿を探して視線をめぐらしていたなのはに、一人の少年が声を掛けた。 少年は金髪で、深い緑の瞳を持つ……スクライア一族の少年だった。 今回の任務でユーノが無限書庫から連れてきた一人だ。 「どうしたのかな?」 愛しい彼に似た色を持つ少年に、なのはの応対も自然と柔らかなものとなる。 膝を屈めて少年と視線を合わし、なのはは微笑んだ。 「あ、あの! えっと……っ!」 少年は顔を赤く染め、あたふたと身振り手振りを始める。 彼のそんな姿にくすくすと笑い、なのはは『大丈夫。落ち着いて』なんて声を掛ける。 まるで優しいお姉さんのようだった。 「は、はい。そ、それで……ええとですね?」 まだ顔は赤いままだったが、やや溜飲を下げたらしい少年が用件を告げる。 「ユーノ司書はA班に配属されたのでこちらにはいらっしゃりません」 もう顔は青くなってしまい、やや後退った少年は“心臓が握られる感覚”を初体験した。 「ふーん。そうなんだ。ユーノ君、ここにはいないんだぁ……?」 なのはは何も変わっていない。少年に目を合わせたままだし、微笑みも浮かべたままだ。 その姿を絵に描けば十人一色に『天使』と形容するであろう優しい姿だ。 の、はずだった。 姿は天使のはずなのに、どうしてか身に纏うオーラはそれの魔逆を突き進んでいる。 白は神聖で、神々しくて、慈愛に満ちた、柔らかな色のはずなのに。 「そっかぁ。私、またユーノ君に会えないんだね? ……引き剥がされちゃったんだね?」 そこにいるのは、どうしても 「ねえ、君。神様っていると思う? 私はいると思うんだけどね」 唐突な質問に、少年は泣き出しそうになりながらぶんぶんと首を縦に振った。 けれど、実は彼は神様がいるとは考えていない。 それでも首を縦に振ったのは、彼女と別の答えを出すと首から上が消えてしまいそうな気がしたからだった。 「そっか。そうだよね。神様、いるよね? じゃないと説明がつかないもの」 彼女に右手に杖が握られる。力強く握られたそれは、少年には心なしか悲鳴を上げているように思えた。 「神様はね、きっとユーノ君のことが好きなんだよ。それで、独占欲が強いの。だから私とユーノ君を引き離そうとするんだよ」 メキィッ、と。何かがひび割れた音が聞こえた――のは気のせいだと思いたい。 「でもね、私は神様なんかに負けないんだ。色々、あったけど。私ね、ユーノ君がいないとダメなんだ。寂しいとか、苦しいとか、切ないとか、それだけじゃ言い切れないくらいに胸が張り裂けそうになっちゃうんだ」 《Help Me!》なんて言葉が聞こえたのは気のせいにした。 「それでね? ユーノ君がいてくれるとすっごくあったかくなるんだ。心がね、ぽかぽかしてくるの。あぁ、もう、くらくらしちゃう」 ――― ―――な音が聞こえた。 それは、言葉では形容できない物質の裏側にあるような、魂の叫びだった。 「ユーノ君に、会いたいな。ねぇ、私さ、どうすればいいかな?」 微笑みを崩さぬ悪魔が生み出した惨状に声を殺されてしまった少年は、彼女の問いに答えることができなかった。 ただ、恐怖に震え顔を左右に揺らすのみである。 さめざめと流れる涙が飛び散った。 「ああ、そう」 彼の行動に白い悪魔は何かを感じ取ったようで、手に握っていた杖だったものを降ろしてポケットにしまった。 そして少年の頭の上に手を乗せる。 「私はもうユーノ君に会えないってことなのかな?」 柔らかな掌から、柔らかな指から、万力のような握力で頭を締め付けられる少年。 そろそろ誰かが止めに入るべきなのだが、みんな悪魔を恐れて近寄ろうとしない。 スターライトブレイカーの恐怖は確実に刷り込まれていた。 少年の脳裏に、なのはの手の中で姿を変えていったものの末路が過ぎった。 恐怖に唇が震え、喉が震え、背筋が震える。 「さーてー……」 なのはの瞳からハイライトが消えた。 「にゃは♪」 キレてしまい、止める者もいなくなったなのは。 しかし、流石に彼女の瞳から危険な色を感じ取った教導隊員が動き出そうとした時、 「―――ばっかじゃないの?」 少女の声が、なのはを襲った。 なのはは少年を離し、声の主をキッと睨む。 「ユー君に会えないからって年下に八つ当たり? 目で射殺さんばかりの殺気を放っていたなのはだったが、声の主を見て、毒気が抜かれてしまう。 そこにいたのは、先ほどまで恐怖に遭遇していた少年と同じスクライア一族の。 「……彼女なら、もっとユー君の彼女らしくしてよ」 ユーノに恋していた、ユーノの幼なじみがいた。 三チームに分けられた教導隊と無限書庫チーム。 北から遺跡中心部へ南下していくAルートにはユーノたちが、西から遺跡中心部へ東進するBルートにはなのはたちが配属されていた。 「さって。がんばらないとね」 そして、東から西進していくCルートには茜毛の狼アルフがいた。 任務を前にして身体をほぐそうと腕や足をぐるぐると回している。 「どうにも不安なんだけど……なんとかなってくれるといいねぇ」 ふと。ふさふさの尻尾を垂れ下げて、溜め息を付いた。 不安の主な理由は任務前に襲った焦燥感だったが、現地に赴いてそれ以外にもいくつか生まれてしまった。 「なのはの方から流れてくる不穏なオーラはおいといて」 大方、ユーノと別の場所に配属された不満が爆発しているのだろう。 少々心配ではあるが、放っておいても問題あるまい。と言うか、放っておくしかない。 もしかしたらユーノの幼なじみと喧嘩しているかもしれないが、そうなっていたとしても今は自分は何かをしようがない。 懸念事項ではないと言えば、嘘にはなるが。 「気になるのはこの遺跡のことだねぇ」 この遺跡の調査に向かうと告げられてから、無い時間を使って遺跡の資料を探して調べてみた。 するとそこには“調査終了”の文字が記されており、この遺跡は解析済みということになっていた。 「なんでわざわざ調査が終わった遺跡にスクライア一族や教導隊なんか呼ぶんだか」 明らかに異様で、そして過剰戦力過ぎる。 そのことが彼女の不安を駆り立てていた。 「まったく、ねえ?」 真実は教導隊に対しての抜き打ち訓練なのだが、そのことを知るのはユーノや一部の上層部のみなので当然彼女が知る由はない。 ただ、解の分からぬ問いに自らの不安を増大させることしかできなかった。 「注意だけしっかりとしとかないと」 その分、不意な事態が発生しても対処しようという心構えはできるのだが。 「一緒に行く教導隊の連中が“アレ”だしねぇ……」 もう一度溜め息を付き、アルフは入り口前で談笑している教導隊員たちへ視線を向けた。 彼らはそれぞれ専用のデバイスを持ち、一般局員とは異なるバリアジャケットを羽織っている。 それは彼らの戦闘能力を十二分に生かすスタイルであり、同時に彼らが“特別な魔導師”である証だった。 すなわち、戦場においては持てる技術を駆使して友軍の勇者となり、平時にあっては魔導師を教え導く魔導師である証明。 「戦技教導隊、ね」 全ての戦闘魔導師から畏怖と尊敬の念を込め呼ばれる名を持つ彼ら。 時空管理局において最強、次元世界の平和維持の柱石となる彼ら。 そんな、英雄な彼らなのだが。 彼らの談笑の内容を聞いているとどーにも頭が痛くなってくる。 「オレたちは教導隊の中でもさらに精鋭!」 「ダンジョンなんざは敵じゃねぇっ!」 「任せな! どんなトラップだって魔法で打ち抜いてやんよ!」 「オレさ、この任務が終わったら彼女と結婚するんだ。へへへ」 アルフは三度目の溜め息をついて頭を抱えた。 こいつら、ダンジョンアタックを舐めきっている。 「ふ、不安だぁ……」 こいつらをどうフォローしていこうか。 作戦開始までの間、アルフはそのことについて延々と悩み続けることになるのだった。 あとがき はい。そんなわけで、ユーノの幼なじみ再登場! しかしこの子、連載が高速ペースで進んでいた時ならいざ知らず、今となっては何人が覚えていてくれているのだろうか(ry 軽く説明すると、ユーノのことが好きだったけど、ユーノがなのはのことを好いてるって知って彼の背中を蹴飛ばした負けヒロインです。軽いけど濃いね! ……orz 彼女はちょこちょこっと立ち回るみたいです。 そんな彼女は、つまり情報の繋ぎ手。 そして次はダンジョン突入シーン。 ユーノチームの教導隊員はベテラン手前の手馴れた人達が配属されております。 なのはチームの教導隊員は新人が集まっております。まだほどよい緊張感を持っている頃。 そしてアルフチームには、 あとはもう、なにがあるかわかるよね……?(死) さてさて。まだ事件は始まりませんが、物語の歯車はゆっくりと回っております。 それではっ。 次回をお楽しみにしていてくださると嬉しいですっ。 でわでわっ。 |