第九百管理世界の遺跡、Bルート。
 スクライア一族の奮闘で順調に進む中、一人だけ不満顔をしている少女がいた。
 彼女は頬をぷくりと膨らませ、小さく短くうーうーと唸っている。
 どうやら、不満を抱えながらも炸裂させる方法が見当たらないようで。

アルファより報告。ガーディアンを撃破した先にAMFで守られた隔壁を発見。こちらでは対処できない。どーぞ」
ベータより応答。こちらではそれに関連したものは見つけられない。どーぞ」
「こちらチャーリー。小型の制御装置を発見。おそらくはアルファのAMFで守られた隔壁の操作装置だと思われる。これより操作を試みる、どーぞ」
ベータの健闘を祈る」

 たまに通信で彼の声が聞こえるが、聞こえるだけでお話ができないせいでよけいに不満が溜まってしまう。
 欲求不満の少女――高町なのは――は、低く唸った。

「ひぃっ!?」

 唸りに怯えた彼女の前を歩くスクライア一族の少年が、刺さった恐怖に背筋を震わせる。
 高町なのはは今、ぶっちゃけ怖かった。悪魔すげぇ怖かった。

「ふん。たった二ヵ月半待っただけで何よ」

 そんななのはの態度に噛み付く少女が、一人。
 もちろん、そんなことができるのはユーノの幼なじみだけである。
 彼女が先行して遺跡にトラップがないか探知魔法を掛け調べているせいでなのはから彼女の表情を窺い知ることはできなかったが、もしも正面にいたならば不機嫌を見て取れただろう。

「みっともないわよ、高町なのは」
「に、二ヶ月半ってすごく長いんだよ! な、長いんだから……っ!」

 そして、顔を見ずとも彼女が怒っていることは誰もが理解できた。
 痛いところを突かれて破裂し思わず反論を口走った高町なのは以外は、だが。

「ふんっ」

 周囲の探知を終えるといくつかのトラップを発見したようで、全体に向けて“止まれ”の手振りをするユーノの幼なじみ。
 彼女はトラップ解除用の魔法を発動させ、光を飛ばして道の安全を確保していく。
 その傍らで、言った。

「待つだけでユー君が帰ってきてくれるんだからいいじゃない」

 光は壁に触れると小さく発光し、軽い音を立てて消えていった。
 全ての光が消えると、ユーノの幼なじみは全体に合図を送る。進めの合図だ。

「私は六年待ったけど、もうユー君は私の所には帰ってきてくれないんだから」

 彼女が歩き出すと周囲もそれに呼応して歩き出した。
 それほど広くもない通路に彼らの靴音が響く。
 足並みを揃え、深い遺跡の奥へと消えていく。

「……それに、よりにもよってレイジングハートまで持っているくせに」

 その呟きは、なのはには届かなかった。
 なのはは告げられた言葉に顔を俯かせ、その場に足を縫い付けられたかのように立ちつくしてしまっていたから。

「ごめんね」

 その言葉はユーノの幼なじみには届かない。
 彼女は通路の暗闇の向こうにいて、なのはの言葉が届く距離ではとうていなかった。

「ごめんね」

 それでも、謝罪の言葉を繰り返した。
 今日の行動を思い返し、自分が彼女に対してとても酷いことをしていたと気づいてしまったから。
 浮かれすぎていて周りがまったく見えていなかった。

「そうだよね。待っていれば、ユーノ君は私の所に帰ってきてくれるんだよね……」

 右往左往したくさんの人に迷惑を掛けながらも、自分とユーノは恋人になることができた。
 泣き出してしまいそうに悲しいことや叫びたいほど苦しいこともあったけれど、それでも嬉しいと言える時間を得ることができた。

「私は、ユーノ君に帰ってきてもらえるんだ」

 その影に、彼に恋していた少女を隠して。

「今日の私、はしゃぎすぎてたよね。スクライア一族の子にも怖い思いさせちゃったし、それに」

 ユーノの幼なじみが自分に掛けた言葉。その一つ一つに込められていた想いを思って、胸を押さえた。
 心に刃をぐさりと突き立てられたような気がした。

「だめだね、私。きっとあの子を傷つけてた。謝らないと」

 高町なのはは前を向く。
 みんなは遺跡の奥に行ってしまい、その姿は見えなくなっていた。

「急がないとね。ちょっと走ろっか」

 “にゃはは”と口癖を呟いて。
 高町なのはは、遺跡の奥へと駆け出した。










 走る主の揺れるポケットの中でレイジングハートは、思った。

《胃が痛いです……》

 もちろんデバイスである彼女に胃という臓器は存在しないのだが、感じたことを表す的確な言葉は何かと問われればこれだとしか答えようがなかった。

《きっと、幼い少女の頃のマスターなら今日みたいなことはなかったんでしょうね》

 彼女は恋愛以外の人の想いに敏感で、そしてよく気を回すことができる。
 誰かを泣かしてしまったり、悲しませてしまったり……傷つけてしまうことは、絶対に言わない。
 それ以前に、他人に迷惑を掛ける言葉も言わなければそのような行動もしない。

《昔のマスターなら、だだっ子のようなことはしなかった》

 それこそ、幼少の時分から大人顔負けのしっかりとしか考え方を持っていた主。
 彼女の幼くして成熟した精神は多くの人を救う力となり、そして人々を救ってきた。
 “白い悪魔”なんて恐ろしげな通り名はあるが、彼女は間違いなく英雄である。
 “Ace of Ace”の二つ名に恥じぬ魔導師である。

《マスターは、身体ばかり成長して精神は退行してしまったのでしょうか?》

 “Ace of Ace”の名に恥じぬ魔導師“だった”と言うべきかもしれない。
 それほどまでに近年の、特にユーノ・スクライアと結ばれてからの主は安定を欠いていた。
 完全無欠で不屈の精神を持った少女ではなく、好きな人のたった一言にも心を揺らしてしまう年相応の女の子になってしまっていた。

  あるいはこれは、喜ばしいことなのかもしれない。

 浮世離れした人外存在である英雄よりも、人として周囲と同じくを持つただの少女である方が。
 その方が、彼女が生きやすいかもしれない。

《どうなんでしょうね》

 真実がどうかは分からない。
 憶測は立てられても、実際を計算して弾き出すことはできない。

《私にはどうすれば最良を得られるかは分かりません》

 それでも、分かることはいくつかある。
 走っていた主が先に行った仲間たちに追いついたようで、彼女が発する謝罪の言葉を聞きながら、思う。

《でもマスター。ユーノ・スクライアと想いが通じた時の貴女は、今までで一番の笑顔を浮かべていました》

 分かることの中で、このことが最も大事なことだと思った。
 どこに主の幸せがあるのか、それが自分にとって何よりも考えなければならないこと。

「ごめんね。私、酷いことしてたよね。えっと」

 今の彼女の在り方が正しいものなのか、このままいけば未来がどうなるかは、分からない。

「別にいいわよ。私だって言いすぎちゃってたし……さ」

 もしかしたら今のような人間らしさを横に置いた“英雄”こそ彼女がなるべき在り方かもしれない。
 そうすることで何人もを救うことができるかもしれない。

「だから謝らなくていいわ。けど、その代わり約束して欲しいの」

 それこそが“Ace of Ace”の生き方だと思わなくもない。

「うん、約束する。何だって約束しちゃうよ! ―――ユーノ君と別れろ、だけは守れないけど」

 けれど。

「そんな約束頼むわけないじゃない。むしろ逆よ、逆」

 今、こうして。
 喧嘩をしてしまい、謝り、仲直りをし合うような。

「ユー君はね。もう、貴女無しじゃ生きられないから」

 そんな、普通の女の子の生活が。

「ユー君のこと、何があっても二度と見捨てないであげて。それが、私が貴女にして欲しい―――約束」

 他愛ない、ありきたりの風景が。

「それはもちろん! クリスマスの時は色々あったけど……ううん。だからこそ、私はもうユーノ君と離れないよ」

 英雄が守るはずの日常に身を置く主の姿が。

「絶対、離れないよ」

 嘘であるなんて、言えない。
 どんな場所であっても、どんな姿であっても、そこにいるのは確かに“高町なのは”のはずだから。

「そっか。ありがとう……ユー君のこと、お願い」

 だから、思う。

「うん! 任せて!!」

 自分はインテリジェントデバイス。彼女の魔導の助けとなり、彼女が行く道を全力で補佐する者。
 その使命は主に付き従うことであり、時に彼女のために主を諌めることである。

《マスター》

 そんな自分がすべきこと。それは使命を果たすこと。

「うん? どうしたの、レイジングハート?」

 そんな自分が求めること。それは、主が幸せになること。

《いえ……すみません。何でもありません》

 だから自分は、彼女の望みを支える杖でありたいと願う。

「ふぇ? 変なレイジングハート」

 だから自分は、主が希望を失った時に光で照らす杖でありたいと……思う。

「ま、いっか。このまま最深部目指してれっつごー!」

 色々思うことはある。色々考えてしまうことはある。
 それでも、心の真ん中に立てた思いと願いを裏切りたくない。

「そうね。最深部まで辿り着ければユー君にも会えるでしょうしね。だって、みんなそっちを目指しているんだから」

 ユーノ・スクライアから高町なのはに託された勇気の心レイジングハートとして。

「そ、そうだね……っ!? 最深部まで辿り着ければユーノ君に会えるんだ……っ! よーし、全力全開で突き進むよ! あ、ガーディアンさん邪魔だよディバインバスターッ!」

 この、大切な主を守りたいと。
 そう、思う。

《って、まままますたー!? 出力! 出力強いです! ちょ、ちょっと辛いんですが私っ!? ま、ますたー! ますたー……ぁああああああっ!?》

 お、思う!






あとがき

 レイハさんは基本的にさんざんだよ!(挨拶)

 でもがんばって生きてます。大切な主のために。
 けどその主のレイハさんへの扱いがあれなので、おーじんじとか考えなくもなく。
 そんなこんなでラストバレンタイン、遺跡突入Aパートをお送りしました。
 次回がBパートとなり、そして事件の開幕です。

  さーてでわお楽しみをばっ。

 がんばるよっ。





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