遺跡を進む教導隊と無限書庫チーム。
 アルファベータチャーリー,どのルートも目立ったトラブルもなく順調に進行している。
 戦闘能力のない無限書庫チームを庇いながらの戦闘も、流石戦技教導隊と言うべきか、難無くこなしていた。

「もう少しで最深部、かな?」

 この任務の真意を知る者としては少しくらいトラブルが起きてもいい気もする。が、まあ、無事なら無事で問題ないだろう。
 手元の地図と照合して現在位置を測りながら、ユーノは周囲にトラップ感知を行った。
 罠は見つからなかった。

「そのようですね、ユーノ司書。ベータが私達の目の前の隔壁を解除すれば最深部まで一直線のはずです」

 道を隔てる隔壁は残り一枚。
 地図上ではこの先はすぐ最深部で、他のチームが道を進むためにいくつかの機械を操作してトラップを解除すれば自分たちの役目は終わるはずだった。

「あ、解除されました」

 空気が抜ける音がして、隔壁が開かれる。
 開けた視界の先には、高い天井を持ったドーム状の空間が広がっていた。

「他ルートの隔壁を解放する装置は……おそらくあれですね。ユーノ司書、どうしますか?」

 ユーノは指示を下して人を動かす。
 彼の指示を受けた彼らはそれぞれ機械に取り付き操作を始めた。

「なんだか、あっけなかったな」

 遺跡探査のエキスパートと戦闘のエキスパートを組ませればどんなダンジョンアタックでもこんなものなのだろうか?
 幼少の時分より何度か遺跡発掘に携わってきたユーノだが、今回は群を抜いて難の無い進行だった。
 まあ、仕掛けられていたトラップはそれなりに考えられて配置されていたし、所々に配置されていたガーディアンも並の魔導師では歯が立たなかっただろう。

「結局、想定に対して過剰戦力すぎたのかな」

 ただ、今回集められたのはエキスパートだった。
 遺跡進行の容易さは、きっと教導隊の訓練という思惑からは外れてしまっただろう。

「計り間違えたんだろうなぁ、副局長」

 割りとしっかりしているのに、たまに抜けたところがある彼女。
 演習任務の結果を聞いて、ぴんと立ったクセッ毛を揺らして頭を抱える姿が目に浮かんだ。

「さって、と」

 まあ、彼女の八つ当たりの相手はクロノの役目なので後は任せることにする。
 ユーノはそう決めて、最深部に位置する部屋を見渡してみた。

「広いよね、ここ」

 だだっ広いドーム状の部屋には三つの出入り口がある。
 一つはユーノたちが入ってきたもので、残り二つはなのはやアルフ達がやってくるはずのものだ。
 ユーノたちが入ってきた出入り口以外は隔壁で閉じられており、そちらの解放は現在機械を操作中である。

「横が広ければ天井も高いから、ちょっとした戦闘くらいは問題無くできるんじゃないかな?」

 中央に障害物があるためそれだけは邪魔だが、それを差っ引けば限定戦闘空間としては充分なスペースである。
 もっとも、ここで戦闘を行うことはないと思われる、が。

「ここにはロストロギアがあるしね」

 中央に据えられた障害物――もとい、台座――は円柱の上に半球を乗せた形となっており、その高さはユーノの胸ほどもある。
 また、資料によるとその台座の中にロストロギアが納められているらしい。
 台座内部のロストロギアを持ち帰るのが今回の任務だった。

「先に着いたチームがロストロギアを確保していいんだったかな」

 一応、念話にてクロノに打診をする。
 返事はすぐに返ってきた。

『いいぞ。勝手にしてくれ』

 やや疲れた声をしたクロノは非常に投げやりだった。

『さっそく副局長の八つ当たりを受けてるの? ご苦労様』
『う、うるさい!』

 そんな会話を繰り広げながら。
 ユーノは台座に手を掛け、半球状のパーツを展開させる。
 中には、一枚のチップが安置されていた。

『クロノ。ここにあるロストロギアって素手で触れていいの?』

 演習のために用意したと言っても、ロストロギアである。
 素手で触れると何か不都合があるかもしれず、そういうものは遺跡によくあるため、ユーノは少々の警戒をする。

『ああ、大丈夫だ。任務用に用意したダミーだからな。そこにあるのは、ロストロギアですらない』

 その言葉を聞いて安堵したユーノは、台座にあるチップへと手を伸ばす。
 きらん、と。露出した金属部品が、まるで不敵に笑ったように輝いた気がした。

『副局長が少々茶目ッ気を発揮してな。ダンジョンの奥にあるからって―――』

 触れる直前、背筋に走った灼熱感に引かれて手を引っ込めた。
 訝しげに思って後ろを向くが、そこには機械の操作を終え他ルートに設置されたトラップを解除した仲間や、することがなく暇している教導隊員がいるだけだ。

『―――“ご褒美と言うか、景品みたいな感じでさ!”と言ってロストロギアの形を―――』

 気のせいだろうと思い、再びチップに手を伸ばす。
 クロノが語る言葉はどうでもいいことと思い、右から左へ抜けさせていた。

  ……思えば、それが間違いだったのかもしれない。

 もしもユーノが、彼の話に少しでも耳を傾けていたら。
 もしもユーノが、彼の話に少しでも乗っていたら。
 もしもがあれば、事件は起こらなかったかもしれない。

  けれど、もしもは起こらなかった。

 ユーノはチップに手を触れる。
 それが全く無害の、ロストロギアですらないものだと思って。

  しかし、彼がチップに触れると同時に。

 クロノは、告げる。
 そこに置かれていたはずの物を。

『―――蒼い宝玉、、、、にしたんだ』










 300秒。それが、ユーノのチームと連絡が取れなくなってから経過した時間だった。
 最後の通信で聞こえてきた助けを求める声と悲鳴、そして何かを押し潰すような音がアルフの胸を焦燥で焼く。
 駆け足で遺跡の奥へ進む度にぴりぴりとした痛い空気が肌を刺して、早く現場に辿り着けと心を焦らせる。

「何だって、いうんだよ」

 つい五分ほど前までは、油断はできないにしても余裕のある任務だった。
 適度な緊張感を保ちつつも決して危機は無く、冷静になって慎重に事を進めれば確実にこなしていけるはずだった。

「悪い予感が当たっちまったって言うのかい……?」

 地を駆ける足により力を込め、大きく地面を蹴った。
 ぐんっとついた加速に表情をしかめさせながらも、走ることは止めない。
 嫌な予感が彼女を急かしていた。
 そんな感覚から逃れたくて、現実を見て安心したかった。

「スクライア一族は最深部に突入せずその前で待機していてくれ。もしもの時のためにオレたちに回復魔法を掛ける準備を頼む」

 アルフの隣を飛ぶ教導隊員が指示を飛ばしていた。
 戦闘のエキスパートたちに遺跡突入前の緩んだ表情はない。
 突然訪れた事態に対処すべく対策を練る、戦士の顔になっていた。

アルファとも連絡が取れなくなった。通信妨害の可能性がある。おかげで二チームでタイミングを合わせの突入は無理だ。中で何があったかは分からないから……」

 アルフたちチャーリーには4人の教導隊員がいた。
 その全ては空戦魔導師であり、一人が近接戦闘クロスレンジ型、二人が高速射撃戦闘ミドルレンジ型、そして最後の一人が長距離射撃戦闘ロングレンジ型である。
 長距離射撃戦闘型の一人が司令塔となり、二人の高速射撃戦闘型が近接戦闘型をサポートしながら高速突撃を行う。彼らは、電撃戦・奇襲戦を得意とする四人組であった。

「アルフ司書補佐。確か君は戦闘ができるんだったよな?」

 “突撃愚連隊Attack Force”の通り名で呼ばれる彼らは、その名にちなんで“AF”のコールサインを持つ。
 アルフに問うた長距離射撃戦闘型がリーダーのAF01。
 高速射撃戦闘型であり、特に複数射撃魔法の展開と高速運用を得意とするサブリーダーがAF02。
 近接戦闘型で、両手に握った二本の短剣型デバイスを振るって素早く動くAF03。
 そして、射撃距離から近接距離・近接距離から射撃距離への戦場切り替えを天性の戦闘バランス感覚で誰よりも巧みにこなしてみせる高速射撃戦闘型の最年少がAF04。

「ああ。バインドなんかの戦闘補助魔法。それに、バリアブレイクなんかの攻撃補助魔法を持ってるよ」

 彼らは性格的なものや部隊運用上の立ち位置から言って、癖が非常に強い。

「アタックサポーターか。そういえば君は高速戦闘で勇名をはせるフェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官の使い魔だったな。それなら、うちの突撃頭と組んで戦闘に当たってもらえるか?」

 だが、こと速さを要される戦闘において。
 また、突破力を要される戦闘において。

「任せときな! あんたらこそ、しっかり頼むよ」

 彼ら以上の精鋭は―――存在しない。

「ふっ。オレたちを誰だと思っている?」

 リーダーの長距離砲撃型が口角を歪め、不敵な笑みを形作る。
 そこには自らの、そして仲間たちの実力と過酷な訓練に裏打ちされた自信と誇りが満ちていた。

「時空管理局において武装隊の頂点、教導隊にあって」

 近接戦闘型の魔導師が、高速機動をしながら手の中の短剣型デバイスをくるくると弄ぶ。
 その手つきに危なっかしいものはなく、むしろ見惚れるほどの芸術だった。

「その突破力は、全ての壁を打ち砕き」

 AF04――最年少――の少年が、自らのデバイスを掲げる。
 ライフル銃と短剣が合体ようなこの魔導具こそが彼の実力を十二分に発揮するための器だった。
 銃床を肩に押し付け、銃身を遺跡の最深部に向ける。

「その速度は、音を抜く」

 サブリーダーの魔導師が緋色に染まった杖を振るった。
 一見、一般の武装局員と何ら変わりのないその杖は、彼が魔導師を志してから今まで欠かさず彼自身で整備と改造を行ってきた唯一無二の相棒だった。
 彼が杖を振るうと、彼の相棒は彼の意思の昂りを示してまばゆく輝く。

「我ら無敵の魔導隊―――その道に、障害は無い!」

 最後に、リーダーの魔導師が宝玉を取り出した。
 半面を白、半面を黒で塗り分けられたそれは彼のデバイスの待機状態。
 それ単体では“魔導師の杖”となって長距離射撃戦闘よりも高速射撃戦闘を助ける形となる。

「そうだろう? AF02」
「そうだとも!」

 彼は左腕の袖をまくる。左手首に、中心を半球状にぽっかりと空けたブレスレットが巻かれていた。

「気合は充分か、AF03?」
「それは愚問だぜ。いつでも俺はビンビンさ!」

 待機状態のデバイスを穴に嵌めると、紅光が一瞬だけ道を照らし出した。

「彼女との仲は良好か、AF04?」
「この任務が終わったら結婚式だぜ!」

 そして、彼の左腕は巨大な砲と化す。
 装着型砲撃戦用デバイス試作機イクィップ・PCストレージと呼ばれる、砲戦に特化した特別性のデバイスへと。

「OK―――」

 PCプロトタイプ・キャノン故にまだ問題は多い。出力調整に難があり、並の魔導師では扱い切れず悪戯に魔力を吸い取られてしまう。
 しかし、このデバイスを扱う彼は並の魔導師ではない。

「―――Burst Shot―――」

 驚異的な視力によって、遺跡の奥先に、教導隊員の胸倉を掴んで投げ飛ばし嘲笑った敵の姿を捉えたAF01。
 デバイスに魔力を注ぎ、常なる魔導師ならば振り回されるばかりの魔力の奔流を捻じ伏せるように練りこんで、

「―――Fire!」

 解き放つ!

「各員突撃! いつも通りやれよ。アルフ司書補佐はAF03の動きにだけ注意してくれ。後はこちらで合わせる」

 AF01が放った砲撃に呼応して突撃していく魔導師たち。
 彼らは最深部に突入しすると、リーダーが放った砲撃を咄嗟に防御して足を止めていた敵を囲って魔法を放った。
 防御魔法と砲撃魔法の激突に強烈な発光が生まれ、敵の全貌を視認することができない。
 だが、この戦場において敵そのものの正体は無関係だった。
 倒してしまえば、そんな情報は無意味になる。
 足が止まったままの標的に対し、まずAF02が多数の射撃魔法を展開。中空に数え切れないほどの光弾が出現し、すぐさま解き放たれる。

「AF03、行け!」
「言われなくても!」

 射撃が着弾した直後、間髪入れずに自慢の短剣を回してAF03急接近する。
 右の剣でまず一度、鋭い突きを繰り出す。だが、張ったプロテクションが思うより硬い。
 瞬間的に、AF03はこのままでは突破に時間が掛かりすぎてしまうと判断した。

「AF04!」

 AF03が身を引きそう叫ぶのと、AF04が自慢のライフル銃型デバイスから弾丸を放つのはまったくの同時だった。
 ライフルの銃口に刻まれた螺旋と完成されたコンビネーションに乗って放たれた弾丸は二度の射撃と一度の近接攻撃に耐えた障壁を食い破る。
 硝子の破砕音に似た甲高い音が響いた。

「そら穿ったぞ! 今度こそやれよAF03!」

 短剣使いの青年は、言葉ではなく行動で応える。
 障壁が消えた瞬間には敵の懐深くまで潜り込み、まず左手の剣の柄で顎を打ち上げた。
 そして引き伸ばしていた右腕を、弓のようにぎりぎりと引き絞り―――

「―――斬る―――」

 ―――強靱な下半身から生み出す腰の捻転を加え、刃を振るう。

「!?」

 その、最中で。

「何をしているんだAF03!」

 突如、無理矢理に身体を逆方向に捻って弾かれたように身体を投げ出すAF03。
 その表情には驚愕が浮かんでおり、そしてすぐに敵から飛来した魔力弾に意識を奪われ、表情が無念に切り替わった。

「っち、AF03が倒された! AF02とAF04で中距離で囲め! AF01から支援砲撃を掛ける。射撃と砲撃で制圧するぞ!」

 AF03が取った不可解な行動。その埋め合わせをすべく動く魔導師たち。
 彼らは持てる最大の速さと威力を持つ魔法を瞬時に展開し、標的に叩き込む。
 誰もがかわりゆく戦況への対処に考えを巡らせていた。
 ただ、その中で。アルフだけが別の事を考えていた。
 AF03の行動を凝視していた彼女だけが気づけたことに、思考の全てを注ぎ込んでいた。
 あの時、AF03は何かを見て動きを変えた。

  それは、敵の顔だったように思う。

 どうして敵の顔を見て動きを止めたのか?
 その悩みと、そしてふと巡らした視線に映ったものから解を得て。

「え、嘘だろ……?」

 一瞬。一瞬だけ逸らしていた目を戻して捉えた映像に、呆然となって立ち尽くした。

「なんだ、こんなもんなんだ」

 アルフの目前には、戦っていた敵が佇んでいる。
 そして彼の周囲には――半瞬前まで戦っていた――打ち倒された戦技教導隊員たちが倒れ伏していた。
 全ては瞬時の出来事で、その結果だけが目の前にあった。

「戦技教導隊も弱いんだね。それとも、この時代の魔導師の質が悪いのかな?」

 敵と戦っていた戦技教導隊員。
 彼らは時空管理局における最強戦力であり、次元世界の平和の柱石。

「期待外れだよ、面白くもない。あーあ、せっかく相手してやったのに、損した気分だなぁ」

 その彼らが、アルフが考えを巡らしていたほんの一瞬で片付けられてしまった。

「あ、でもさ。まだ、面白そうな相手が残っているんだよね」

 打ち倒した者はアルフの目の前にいる。
 その者、明るい金の髪を持ち、優しい翡翠を瞳に浮かべる青年。

「彼女はもうちょっとしたら来るかな。それまで退屈だし、君たちボクと遊んでよ?」

 “彼”が振り向いた。
 アルフや、そして彼の視線の先にいるスクライア一族の背筋に氷刃が滑り落ちたような悪寒が走る。
 本来の彼ならば視線と威圧感だけでそんな感覚を与えることはできない。
 けれど、目の前にいる彼は現実に自分たちに氷刃という―――恐怖を与えている。

「高町なのはが来るまでは、さ」

 口角を釣り上げ、不敵な笑みを形作った青年。
 彼の名は―――ユーノ・スクライア。






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