記録ディスクにから表示される映像。そこには、楽しかった日々があった。
 手紙に記された文字。そこには、嬉しかった思い出がつまっていた。
 それらを次々と手に取っては笑顔を浮かべ、嬉しさに身を満たし。

  ―――そして、埋まらない心の穴に涙を流した。

 過去に浸り始めてからどれほどの時間が経ったのだろう?
 それは、高町なのはには分からない。
 ただただ歩んだ軌跡に舞い戻ってそこに浸り、そしてまた別の過去に戻って浸り。
 そうして過去ばかりを見ていたなのはには、今を考える必要なんてなかったから。

「このお手紙は、えーっと。私の誕生日にどうしても来られないからって、ユーノ君がお手紙を出してくれたんだよね」

 既に何度も何度も読み返したものを今日また読み返しているのか、保存状態に気をつけいるのにもかかわらずボロボロになった手紙を愛しそうに撫で、そして文面の一文字一文字を目で追っていった。

「ユーノ君って律儀だよね。来られないなら来られないでしょうがないのにね。だって、お仕事なんだもん」

 口ではそう言いつつも頬を緩めてにやけ顔を作るなのは。

「きっと忙しかったはずなのに、お手紙なんかに時間を割いちゃって。もう、ほんと……優しいんだからぁ……♪」

 おかしいところがあるとしれば、その瞳から涙を流し続けていることだった。

「このディスクは……ユーノ君の誕生日にプレゼントを上げて、それで、そのお返しの時のかな?」

 自身が涙を流していることを、高町なのはは気づいていた。
 何故なら涙が手紙や記録ディスクに落ちることのないように細心の注意を払っていたから。
 けれど、本人は知っていながら知らない振りをする。

「私この時、ユーノ君に何をプレゼントしたんだっけ?」

 涙の理由を知れば、心が砕けて消えてしまうとわかっていたから。

「あ……」

 記録ディスクの中のユーノはまだ髪が短くて、その手には緑色のリボンを握っていた。
 そのリボンを見て彼は“ありがとう”という言葉をなのはに向けている。

「リボンだったんだ」

 彼の瞳と同じ翡翠の色をしたリボン。
 髪の短い彼に使い出があるはずなかったのだけど、その日から髪を伸ばし始めた彼はいつしか髪をリボンで留めるようになった。

「ユーノ君、私と同じリボンをつけてくれたんだよね」

 なのはが髪の結び目にそっと手を触れると、そこには彼に送ったものと同じ翡翠のリボンが確かにあった。

「リボンはね、特別な意味があるんだよ」

 ディスクの中にいる、映像記録でしかない少年に語りかける。
 その行為の虚しさからは自然と目を背けていた。

「リボンは、髪は纏めるものだけど。でも、リボンは繋がるものだから」

 彼女の言葉を聞く者は誰もいない。
 映像だけが彼女の相手をしている。

「ユーノ君とずっと繋がっていられたらいいなって思って、私はユーノ君にリボンを贈ったんだよ?」

 もしもこの場に彼女以外の誰かがいたらなんという思いを胸に抱いただろうか。
 リボンにまつわる思い出を大事そうに語るなのは。

「もしかしたら私、その時にはもうユーノ君のことが大好きだったのかもしれないね」

 彼女の手には、無残に引き裂かれたリボンが握られていた。
 それはユーノが自身で引き千切った、彼女が贈ったリボンに違いなかった。

「ふふふ」

 笑い声が部屋に響いた。

「にゃはははは」

 その声は涙のせいで震えていて、震えは心を揺さぶるのに充分すぎた。

「にゃはははは!」

 笑う当人の心を揺さぶり、そしていいかげん現実を認めろよと責め立てていた。

「やだよぅ」

 少なくとも、高町なのはにとってはそう思えた。

「どうしてリボンを引き千切ったの?」

 彼女の問いに答える誰かはここにはいない。
 映像のユーノだけが場違いな言葉を喋り続けるのみで、他には何もない。

「どうしてユーノ君は答えてくれないの?」

 記録ディスクに収められていた映像が終わったのだろう。
 最後に彼は手を振って、そしてユーノの映像すらも消えていた。

「あ、そっかぁ」

 誰の姿も無くなった部屋の中で。

「ユーノ君はもう消えちゃったんだっけ」

 高町なのはは、もう一度笑った。

「どこにもいないんだよね。ユーノ君はもういないんだよね? 私、ユーノ君に会えないんだよね」

 時折言葉を挟みながら、甲高い笑い声を上げて、高町なのはは悲しみを吐き出していた。

「だからリボンは引き千切られちゃった。私たちの繋がりも一緒に消えちゃったから」

 部屋の片隅に置いてあるくしゃくしゃになった小さな箱を引き寄せて、高町なのははそれに涙を零した。

「だからチョコレートも渡せなかったんだよね。私たちの好きって気持ちも消えちゃって、どこにも居場所を失くしちゃったから」

 白い箱を振りかぶる。
 もう役目を失い、あとは砕けるしかない中身を入れた箱を、高町なのはは床に叩きつけようと高く振りかぶる。

「なにもかも、なくしちゃったから」

 ……振りかぶる、だけだった。

「やだよぅ」

 チョコレートを、それに込めた想いを、砕くことなんてできず、高町なのはは崩れ落ちた。
 瞳から涙の雫を零し続け、わんわんと泣き続けた。

「お別れなんてやだよぅ。私は、なのはは、ユーノ君がいないとだめなのに。どうして私からユーノ君を奪っちゃうの?」

 涙は床に落ち、柔らかい絨毯を濡らしていった。
 このままなのはの悲しみが涙となって零れ落ち続けるのなら、やがて絨毯が吸いきれなくなった涙が溢れ出して湖でも作ってしまいそうだった。

「ひどいよ……ひどいよ……どうしてそんなことをするの?」

 いいや。ずっとこのままだったら、本当に涙の湖ができあがっていただろう。
 それを変えたのは、彼女の元に飛び込んだ一つの連絡だった。
 教導隊向けの秘匿回線を仕様した特殊な念話からは、教導隊長の声で次のような言葉が語られた。

『時空管理局では今回の多数の教導隊員が無残な負傷を与えられた件を重く見て、24時間後に選りすぐった教導隊員によるユーノ・スクライア捕縛任務を実行する』

 “ユーノ・スクライアの捕縛任務”。
 それは即ち、ユーノを捕まえる任務ということ。
 それはもしかしたら、ユーノが帰ってくるかもしれないということ……?
 希望を見出しかけたなのはは顔を上げ、念話の通信に聞き入った。

『ただし、相手は並の魔導師ではない。事件の発端からも分かる通り、教導隊員ですら歯が立っていない。よって、捕縛時の生死は問わないものとする』

 そして、再び崩れ落ちた。

『任務に赴く教導隊員のリストは作戦と共に追って伝える。各員、今は気を引き締めておけ』

 “生死を問わない”とは、事実上はこれが抹殺任務であるということだ。
 次元世界の司法を守る執務官を擁する時空管理局という組織故にそういった任務は滅多に無いが、それでも上層部が事件を重く見た際に起こりうる可能性はあった。
 それが今、発動されようとしている。

「ひどいよぅ……」

 崩れ落ちた高町なのはは、湖どころではなく海を作る勢いで涙を流した。
 このまま、涙が枯れ果てるのが先か。それとも、彼女の体力が尽きて命を失くしてしまうのが先か。
 そんな、心も身体も砕けて瀬戸際に立ったなのは。

「入るよ、なのは」

 彼女の下に、アルフが戻ってきた。
 アルフは部屋の中の状況を見渡し、そしてなのは自身の有様に額を打った。
 高町なのはは今、完全に砕けてしまっていた。

「説得、できるのかい?」

 正直に言えば、無理だろうと思った。
 恋愛騒動が起きている間のなのはは度々弱い姿を見せていたが、今回のは極めつけだ。
 それを励まして……英雄のような光を取り戻させることなんてできるのか?
 アルフは、無理だと思った。

《やります》

 なのにレイジングハートが変わらずに強い心を映して喋るものだから、あとは信じて任せることにした。
 部屋を出る前は弱気に泣き出しそうになっていたのに、いつの間にこんなに前向きになったのか。
 アルフは苦笑しながらレイジングハートをなのはの前に置き、事の成り行きを見守る。

《ねえ、マスター》

 響く声。むせび泣く高町なのはは、当然のようにその声に耳を貸そうとはしない。
 それはレイジングハートもわかりきっているのか、静かな口調で続けていく。

《覚えていますか?》

 泣き続けるなのはと、喋り続けるレイジングハート。
 彼女たちに、意思の疎通なんてない。

《まだ小学生だった頃。貴女が貴女自身の意思で嘘をついた日のことを》

 まだ、無い。
 その証拠に、レイジングハートが言う過去のどこかがなのはにはどこを言っているのかわからなかった。

《あの日はまだ冬の姿が残る春でした。冷たい風に吹かれた貴女とユーノは、けれど二人でいるととても温かそうにしていました》

 冬、春、二人。その言葉がなのはの記憶のどこかに引っかかった。
 そういえばそんなことがあった気もする。遠い昔の、どこかの記憶。

《貴女とユーノはお団子屋さんまで行って。そして、ユーノはカキ氷を食べました》

 かち、かち、かち、と。記憶の歯車が回る。

《ユーノはカキ氷に絡めたセンスの無い冗談を言って、そして貴女は駆け出して行ってしまいました》

 かちり、と。歯車が上手い場所にはまる。
 そうすると溢れるように記憶が飛び出してきて、まるで昨日起こったことのように鮮明に、その日のことを思い出す。

《あの日、貴女は嘘をつきました。走って逃げた理由を“大笑いしそうになったことが恥ずかしかった”と言って。本当はどうしても笑えなかったから間を置きたかっただけなのに》

 そうだ。確かにそんなことがあった。
 嘘なんて嫌いなのに、嘘をついて。

《でも貴女は、その嘘を良しとした。そんなことがあったと、覚えていますか?》

 覚えている。しっかりと覚えている。
 その後は秘密の場所でデートをして、そして彼に膝枕をしてあげたはずだ。

《あの日に感じた心を、覚えていますか?》

 覚えていると、言いたかった。
 けれどそれはうすぼんやりとしていて、うまくおもいだせなかった。

《こんなことも、ありました》

 レイジングハートは語る。

《リンディ提督とエイミィが大喧嘩して、周りを巻き込んで部隊戦なんて迷惑なことをした時のことです》

 その事件は今でもよく覚えていた。
 よくあんな大それたことが当時の管理局で通ったなぁと思ったものだ。

《城門の前に盾として据えられたユーノを、貴女は撃ちました》

 ……思い出したくないものまで思い出してしまった。
 そうだ。確かに自分はあの時、彼に全力かつ全開の魔法を放っていた。
 今にしても思えばどうしてそんなことをしたのか、よくわからなかった。
 何か、答えを得るために大切なことを忘れている気がする。

《ユーノを撃って。それでも貴女は空を飛び、そして戦場で戦った。どうしてだったか、覚えていますか?》

 ……わからない。

《ユーノの恋人になってから。貴女は、メイド服を着て彼に迫ったことがありましたよね》

 恥ずかしい思い出だけど、覚えてる。

《どうしてそんなことをしたか、覚えています?》

 ……けれど、理由だけは覚えていなかった。

《ねえ、マスター》

 レイジングハートは語りかける。
 己が主のために、優しい声をして、語りかける。

《私は貴女と六年を共に過ごしてきました》

 想いの丈の全てを詰め込んで、言葉を一つ一つ丁寧に、レイジングハートは語りかける。

《ずっと、ずぅっと私は貴女を見てきました。だから、気づいたんです》

 主にもう一度立ち上がってもらうための言葉を捜して。

《貴女の心は、いつのまにかユーノを想うこと、ユーノのことを考えることが、その割合の多くを占めていました》

 レイジングハートは語りかける。

《だからこうして泣いている。貴女はユーノが大切だから。だから、泣いている》

 もしも彼女に人の手があったなら、主の涙を拭うためにその手は伸ばされていたかもしれない。

《知っていますか、マスター? 私にとってもユーノは大切なんです。彼が私の元の主だからは、その理由ではありません》

 もしも彼女に人の腕があれば、主を抱き締めるためにその腕は伸ばされていたかもしれない。

《私はその原型をロストロギアに持つ……レプリカです。私の原型を発掘したのはスクライア一族の夫婦で、その方たちはユーノの両親でした》

 もしも彼女に人の指があれば、ぴくりと動いた主の耳を撫ででもしていたかもしれない。

《私をこの世に生み出してくれたのもユーノの両親です。彼らはロストロギアを研究し、解析した結果の一部を用いて私を作りました。だから私は、ユーノの兄弟みたいなものなんです》

 レイジングハートの口から語られる初めて聞いた真実に、なのはは目を丸くした。

《私の方が先に生まれたから、お姉さんになるのでしょうか? ユーノの両親が不慮の事故で亡くなられた後、彼らが最後に研究していた物である私は魔法学院の研究施設へと送られることになりました》

 そんな話は、ユーノからもレイジングハートからも聞いたことがない。
 そう考えて、そういえば彼らは身の上話をほとんどしてくれなかったことに、ようやく気づいた。
 自分は、彼らのことを何も知らないと、気づいた。

《少し、研究することが残っていたんです。でもそれも終わって。そして私は、少々取り扱いが難しいデバイスとして魔法学院百期生の主席卒業者に贈られることになったのです》

 ユーノが魔法学院を出ていたことは知っていた。
 けれど、そんな背景は知らなかった。

《私の研究が終わり、そういった取り決めがなされたのは九十六期生が卒業した後でした。その話を両親の繋がりで研究室の教授に聞いたユーノは、その日から魔法の猛勉を始めました》

 ユーノが学院に入った理由なんて聞いたこともなかった。
 本当に自分は何も知らないんだって、なのはは寂しく思った。
 ようやく、悲しみ以外の感情を胸に抱いた。

《睡眠時間を削り、言葉通りに血反吐を吐き、文字通りに血の滲む努力を続けた結果。ユーノは、百期生の主席となり私を手にしました。彼にとって、両親との繋がりを感じられるものは私くらいしかなかったのでしょう》

 それは鬼気迫るような、誰もが主席を納得する勉強っぷりでした、と。
 なのは、自分の知らないユーノのことを感慨深く語れるレイジングハートが、少し羨ましくなった。

《私は彼にとって両親との最後の繋がり。きっと顔も覚えていない彼の両親と自身を繋ぐ、細い細い糸のような繋がりなんです》

 あれ? と思った。
 それなら、どうして。

《でもマスター。私は今、貴女を主としています》

 そう、どうして。
 どうして彼はそんな大事なものを自分に渡してしまったのだろうか?

《それが彼の意思だからです》

 きっぱりと言い放たれた言葉に、ぐらりと揺れた。
 そんなこと、ユーノは一言もなのはに言ってくれてはいなかった。

《……私にとってもユーノは大切です。彼は、弟のようなものですから》

 どうして教えてくれなかったのだろうか?

《そしてね、マスター。私は、貴女のことも大切です》

 そーゆー大事なことをどうして彼は自分に話してくれなかったのかと、なのはの中に小さな怒りがふつふつと湧き起こり始めていた。
 大事なことは全部教えて欲しかった。言葉にして、しっかりと伝えて欲しかった。
 何も、何にも包み隠して欲しくなかった。
 愛してるなら教えてよユーノ君! 全部をっ!

《だからマスター……マ、マスター……?》

 ふ、ふふふ、ふふふ、と。高町なのはは低く笑い、そしてレイジングハートを引っつかんだ。
 成り行きを見守っていたアルフが驚き慌てる中で、なのははしっかりとレイジングハートの紐を自らの首に掛けて彼女をいつもの位置に置いた。

「私、ちょっとユーノ君のところに行ってくる」

 その口調はさっきまでの無様な姿とはまるで違って。
 いつもの、とは言えないかもしれないけれど。
 ある種の覇気に満ちた勇ましい姿だった。

「それで、お話をね? たくさん。たっくさん聞かせてもらうんだ」

 ってゆーか、怒ってた。

「ユーノ君を乗っ取った子もね。ちょっと、お話を聞かせてもらうスターライトブレイカーね。私とユーノ君の幸せを邪魔をするなら、誰だって許さないよ?」

 途中までは予定通りだったはずなのに、予定していた道とはまた別の道に入って立ち直った主。
 何が彼女の精神を揺り動かしたのか、いや、見たところ怒りだが。
 怒りよりも別の何かが、彼女の心に火を灯したような気がする。
 なんて言うか、予想外だ。
 けれど、まあ、いいかぁ……とも思ってしまう。

「全力っ、全開で! 吹っ飛ばしちゃうっ!」

 この予想外な主こそが、もしかしたら過去の歴史では成せなかったことをもひょっこりやってのけてしまいそうな気がしたから。

「あ、でも、どうやってユーノ君がいる所に行けばいいのかな? 居場所、分からないよ」

 でも、こう。肝心な所で抜けているのは少し危ういかもしれない。

「まーったく」

 どうしようかと考えあぐねているところに、新たな声が飛び込んできた。
 声の主は―――もしかしたら扉の裏でずっと待機していたのかもしれない―――呆れていた。
 その少女はユーノと同じスクライア一族の少女。
 彼を想い続けた、彼の幼なじみ。

「まだうじうじしているようだったら出ていって引っぱたこうと思ったけど、それはしなくていいみたいね。残念よ」

 泣いた顔や悲しみにくれた顔ばっかりを見ていたせいで知らなかったが、本来は今浮かべているような顔が本来なのかもしれない。

「ま、いいわ。ユー君の居場所ね、わかるから。ユー君が逃げる時に追尾の魔法を貼り付けておいたの」

 アルフの脳裏に、ユーノに命中せども彼を撃墜するまではいかなかった魔法が過ぎった。
 あれは威力が足りなかったのではなく、最初から追跡のために放っていたのかと、今になって納得した。

「ユー君は第九百世界の中の……ここ。ここから一歩も動いてない」

 彼女は地図を広げ、そしてある一点を指差す。
 そこは草木も生えぬ荒野になっていて、古に大規模魔法が行使された爪痕であるらしい。
 もしかしたらそこはサポートブレインにとって因縁がある場所なのかもしれない。

「そっか。ありがとう」

 素直ななのはの言葉に、ユーノの幼なじみは照れたようにそっぽを向いた。

「勘違いしないでよ。貴女のためじゃなくて、ユー君のためにやったんだから」

 顔を真っ赤にしてそう言う彼女を可愛らしく思い、なのははくすくすと笑った。

「わ、笑わないでよっ! もう。……それより、も」

 ふいに真面目になった少女は、突然なのはの頬を叩いた。
 高い音が部屋に響く。平手は、叩いた方にも、叩かれた方にも痛みを生んでいた。

「やっぱり、叩く。自分の悲しみだけ考えてユー君のことを忘れてた貴女だから、叩く」

 きっ、となのはを睨み。そしてすぐに泣き出した。

「ユー君を助けられるのは貴女しかいないんだから。馬鹿なことしてないでとっとと行動を起こしなさいよ、ほんとにもう……」

 なのはは、叩かれた頬がじんじんと痛む中で、遺跡の中で彼女に言われた言葉を思い出していた。
 “何があっても、ユー君を見捨てないであげてね?”という、その言葉を。
 そして、その言葉を告げた時の彼女の心情を思って……。

「ごめんね」

 ばちん! と。平手を打ち返した。

「やっぱり、一発は一発。これでオアイコだよ、にゃはは」

 朗らかに笑うなのはを、ユーノの幼なじみは咎めようとはしなかった。
 その代わり、彼女はなのはの瞳を真っ直ぐに見て。

「ユー君を、助けて」

 自らの願いを高町なのはに託した。

「うん。約束するよ! ユーノ君は絶対に助け出して連れ戻してくるって」

 そしてなのはは廊下を踏み出す。
 その足取りは、さきほどまで泣きはらしていたのが嘘のように力強かった。
 その瞳は、さきほどまで過去に浸っていたのが嘘のように前だけを見つめていた。

「絶対、助けるんだから」

 時間は、掛かったけれど。
 高町なのはは立ち上がって、未来を得るために歩き出していた。






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