無限書庫に、珍しい人物が訪れていた。
 それは、管理局内だというのに律儀にバリアジャケットを着込んだ、常に不測の事態に対する心構えを持った生真面目な青年。
 彼の名はクロノ・ハラオウン。時空管理局の提督である。
 彼が来たことで驚きの顔を見せた局員の間を潜り抜け、クロノは無限書庫の奥にある司書長の執務室に向かっていた。
 扉をノックするとすぐに返事があり、彼はあまり広いとは言えない部屋に通される。

「こんばんわ、クロノ提督」

 迎えてくれた司書長の礼にクロノも返礼をし、促されるままに席へと座る。
 彼の前にはすぐにお茶が用意された。

「どうぞ」

 給仕をした少女はクロノも見覚えがあった。
 今年の、ユーノとなのはの恋愛騒動の折にやってきたユーノの幼なじみだ。

「ありがとう」

 飲んだお茶は、甘かった。

「貴方も甘い人だ」

 クロノに出された茶と同じものを飲んで司書長はにこりと笑った。
 それと対照的に、クロノはなんとも言えない表情を浮かべた。

「アルフとレイジングハートさん。それに、高町なのはさんが作戦を無視して飛び出していくのを見逃しましたね」

 クロノは湯飲みを置き、頷く。
 確かに自分は、彼女たちをあえて見逃していた。

「元々、そうなることを望んでいましたからね」

 それは自分も、そして目の前の男もそうだろう。
 自分たちは彼女たちに全てを託したかったのだから。

「ご自分は行かれなくてもよろしいのですか?」

 その問いに、クロノは気難しそうに唸った。

「そうしたいのはやまやまなのですが、僕は僕でしなければならないことがあります。それに、もしも彼女たちが失敗してしまえばその時こそは僕の手で……」

 ぎりっと奥歯を噛み締めたクロノの表情には苦渋が浮かんでいた。

「きっと大丈夫です。彼らなら、やってくれます」

 それとは対照的に穏やかな表情を浮かべている司書長の姿に、クロノは何だか毒気を抜かれた気分になった。
 そうして、喉が渇いてお茶に口を付ける。やっぱり甘くて、苦い顔をした。

「そうだといいんだが」

 結果がどうなるかは、まだわからない。
 その“わからない”がどうしようもなく不安で心を揺さぶった。

「そうです」

 揺れる心を大きく打つ言葉があった。
 それはさきほど給仕をしてくれた、ユーノの幼なじみ。
 彼女は意思の強さに瞳を光らせ、口にした言葉を確信していると言葉以上に雄弁に語っていた。

「何を根拠に?」

 クロノは、知りたくなった。
 それほどに彼女を支える確固たる理由を知りたくなった。
 知を求めて問われたクロノの問いに、少女は自信を込めてしっかりと答えた。

「高町なのはが、約束してくれたから」

 約束とは、何をだろう?

「ユー君を絶対に助けてくれるって、約束したから。私はあの人に思う所がたくさんあるけど……けど、あの人は約束を破りませんよね?」

 なるほど、と。
 納得させられたクロノは頷いた。
 高町なのはが約束をしたのなら、それならきっと大丈夫だ。

「そうだな。あの子は約束を破らない。仮にどんなことがあったとしても破らない。絶対に、だ」

 それがどんな無茶だって、それをしたのが彼女なら、それを果たしてくれる。
 数々の無理を引っくり返した彼女の姿を知るからこそ、クロノは深く頷いた。

「だからユー君は大丈夫です。絶対に戻ってきてくれます。あの人が取り戻してきてくれます。私はそう信じるから―――信じて、待つんです」

 その言葉に、クロノはもう一度首を縦に振った。
 そして三度目に茶に口を付けると、甘さにも慣れたのかどうにか飲むことができた。

「あの三人と、そして、ユーノを信じましょう。きっと彼らは帰ってきてくれます。私達はそれを信じて、待ちましょう」

 司書長の言葉にも同意を示し、そしてクロノは退席の意を示した。
 ここにはこっそりと出てきたので、そろそろ戻らないと今回の件で忙殺されている副局長の八つ当たりを受けそうで怖かった。
 部屋を立ち去るクロノを、司書長とユーノの幼なじみは見送ってくれた。

「では、また」

 一礼をして部屋を出て、無限書庫を出る。
 廊下を歩くとそこには窓があり、次元世界を繋ぐ海が見えていた。

「……信じる、か」

 ふと立ち止まり、クロノは海を見つめる。

「頼んだぞ、なのは、アルフ、レイジングハート」

 いや、クロノはその向こうにあるどこかの世界を見つめていた。

「小生意気なボクの親友を必ず連れ戻してきてくれよ」

 クロノに、念話が飛び込む。
 どうやら仕事を抜け出してたことが判明したようで、副局長がご立腹らしい。

「これ以上怒らせない内に戻るか」

 窓から視線を離し、クロノは早足に自らの執務室に向けて急いで行く。
 廊下に彼の靴音が響く。その、最中で。
 クロノはポツリと零した。

「負けるなよ、ユーノ」

 彼の早足は走りとなってその場を去り、言葉をそこに置いていく。
 彼は振り返ろうとはしないし、置いた言葉を取り戻そうともしない。
 自らがしなければならないことに目を向け、そしてそのために思考の全てを使っていた。

  ―――信じる。

 後を、任せたから。
 青年は、己がすべきことをするために走っていた。






あとがき

 これにてラストバレンタインのミドルフェイズ終了です。
 次回、トリガーフェイズを挟んだ後に最終戦闘シーンクライマックスフェイズへと移行します。

  まだ、どうすればいいかはわかっていないけど。

 立ち直ったなのはが、レイジングハートが、アルフが、ユーノを助けるために戦います。
 そしてユーノもまた、彼女達を助けるために…………。

  …………。

 あ、はい。お次の話しも早めに出せるようがんばりますよっ。
 そろそろ? いや、最初から? キャラクターが原作から3ヤード以上ずれてる気がとてもするけど多分無害です。いや、きっと、多分、そうだと信じたい!
 でわでわ、またーっ。






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