時は流れるもので、同じ場所で停滞することはない。 暗闇も、絶望も、いつかは射す日に照らされて消えてしまう。 変わらないものは何もない。不変のものは何もない。 だから、恋心だって永遠じゃない。 そそくさと逃げるユーノの背を見送りながら、アルフはそんなことを思っていた。 『まあ、恋ってのは若さの象徴だね。それが身を焦がすようなものならなおさら、さ』なんて一人ごちながら、視線は一人の少女を探していた。 「ま、恋心ってやつはさ。暗闇とか、絶望とか、心傷とか、そういうのよりもよっぽど尾を引くこともあるんだけどさ」 アルフの視線の先には、可愛らしい少女がいた。 伸びかけの金髪を赤いリボンで結んだ、まだ幼さが顔に残る少女だ。 彼女の容姿はユーノ・スクライアに似ていて、けれど彼女は完全に少女だった。 「あの子は多分大丈夫。だろうけど、さ」 彼女はユーノ・スクライアと同じ部族の出身で、ユーノのいわゆる幼馴染みというやつだ。そして、長年ユーノのことを想っていた少女だ。 そして、ユーノの背中を蹴り飛ばして高町なのはに告白させた少女だ。 「心配になるのは、姉心みたいなもんかねぇ」 ぽりぽりと後ろ頭を掻いた。エネルギー節約のため少女のような体躯になっているアルフなのに、その仕草は妙に大人びている。どうやら、ここ最近の恋愛騒動で“姉御”という姿が板に付いてしまったようだ。 苦笑すると、なんの気なしに天井を見上げた。 「ふー……」 高い、高い天井がある。そして、天井まで届く本棚には当然のことながら本がびっちりと収まっている。 この本棚は六割が整理を終えていて、残りの四割はまだ分類途中だった。 自分たちの仕事はこの本棚から必要な書物を捜索することと、書物の整理を行うこと。 「仕事だけやる場所ならまだ気楽なんだけどねぇ」 視線を落として、再び少女を見つめた。 スクライア一族として検索魔法と情報処理魔法を駆使する彼女からは、暗い影は見つけられない。 てきぱきはきはきと周囲に指示を飛ばし、精力的に働いている。 「やっぱり、あたしの心配しすぎなのかね」 まあ、よく考えれば、だ。 彼女が失恋してから半年以上の時間が経っている。 クリスマスの騒動からだって二ヶ月半も経過したし、いい加減気持ちの整理もついたのかもしれない。 「泣き顔に弱いんだろうなぁ、あたし」 思い浮かぶのは、幼かった頃の主の顔。 母の願いのために動き、いつも張り詰めた表情をしていた。 そんな彼女を助けてあげたくて、でも傍にいる以上のことができなくて。 ずっと、心の中で泣き続けていた。 ような、気がする。今となっては語ることでもない。 過去はどうであれ、自分としては今は幸せだし。 自分の大好きな主も幸せだから、概ね良好。 「まあ、あとは」 身近にいる子が笑っていられるようになってくれれば万々歳、だね。 「うーん。笑うのはまだ難しいかなー」 恋を病と呼ぶことがある。それは言い得て妙だと思う。 恋は、している間に本人を蝕んで。 恋は、終わってしまっても元に戻るまで時間が掛かってしまう。 「ま、こればっかりはあたしから言えることは何もないんだけどね」 そーゆーものだから仕方ない。 時間を掛けてゆっくり治していけばいいし、焦ってしまっては傷口を広げてしまう。 なんだけど。 「やっぱり心配になっちまう。いい加減ループしてるんだから止めればいいのに、あたしも」 ぽりぽりと後頭部を掻いて、大きな溜息をついた。 “一度身についちまった心配性はそう簡単には消えてくれないのかね”なんて呟きながら仕事に戻ろうとして、 「うん?」 違和感に、気づいた。 「なんなんだい?」 周囲を見渡しても、何ら目立ったところはない。 精々ユーノが仕事を持ち込んできたクロノと口論しているくらいだが、それは日常茶飯事だ。 「あたしの気のせい?」 そうは口に出せども、一度鼻についた違和感は拭えない。 匂いを嗅いでも違和感は無く、目を凝らして辺りを見渡してもおかしい場所は無いのに。 「勘ってやつなのかな」 狼のような野生動物を素体に持つ自分。 身体能力や感覚系は人間よりも遥かに優れているという自負はある。 また、動物故の直感から人が気づけないものに気づけることもある。 「どうも嫌な感じだけしかしないんだけどねぇ」 鼻につくのは、焦げ付くような嫌な感じ。 鼻孔を突き刺すのは、寒気のような鋭い空気。 相反する2つの嫌悪感が身を襲い、小さな身体を震わせた。 「何があるのか、ね」 もしかしたら、ユーノやなのはの関連でまた何かがあるのかもしれない。 確証も手がかりも何も無い予想だけど、思ってみるとそれが正解のように感じた。 だから、もう一度身体をぶるりと震わせた。 薄ら寒い何かが背筋を這い上がってくる。 脳髄に警鐘を鳴らす、危険な予感が恐ろしい。 「無限書庫にいる限りは何もないと思うんだけど」 そう、口に出してから。直感が胸に何かを告げ、アルフをユーノがいる方へと振り向かせた。 彼はクロノとの会話を終えると、何かしらを周囲へ指示し始める。 「君と君。それから、君と君。それに、君と君と君と君かな。明後日、第九百管理世界にボクと一緒に赴いて欲しいんだけど、いいかな?」 外に出向くべく指示を飛ばし始めるユーノ。 そんな彼の姿が一瞬揺らいで、ぐにゃりと捻じ曲がる姿を幻視した。 肝が冷える。そんな感覚が、小さな身を襲う。 「ユーノ!」 考えるよりも先に身体が動いていた。 言い知れぬ不安を振り払うように駆け出し、ユーノの下へと走り寄る。 アルフの急な行動に少々の困惑顔を見せたユーノだけど、持ち前の柔らかな人当たりスキルですぐに応対を始めた。 「そんなに慌ててどうしたのさアルフ。あ、君には留守番を頼みたいんだけど」 喋る口に人差し指を突き刺して閉じさせ、有無を言わせぬ勢いでアルフが捲くし立てる。 「そんなの他の奴に任せるっ! あたしも、あたしも行くっ!」 アルフの宣言に目をぱちくりさせて呆けるユーノ。 申し出が予想外だったのか、たっぷり数秒考え込んだ。 茜色の尻尾が不安に揺れた、奇妙に長く微妙に短い空白の後。ユーノからの返答がなされた。 「まあ、かまわないって言えばかまわないんだけど……どうして?」 アルフは何も答えられなかった。 跳ねるように勢いで行動したのはいいけれど、得体の知れない不安に突き動かされただなんて言うのは腰が引けてしまう。 思い違いかもしれないからよけいな心配を掛けたくないし、仮に真実だとしても今は何かをしようがない。 「ま、いっか」 ユーノがぽつんとそう言った。 返答に困っていたアルフに助け舟を出すように、気楽に気軽に。 「ご、ごめんね急に変なこと言っちゃってさ!」 アルフもそれに乗るように言葉を重ねる。 「いいって。実際、アルフが居てくれれば心強いだろうし」 ユーノは視線をみんなに巡らすと任務の説明に入る。 「第九百管理世界には、教導隊の補助のために向かいます。詳しいことは資料をまとめて後で説明するね。あんまり長い任務にはならないと思うけど、一応着替えとかは一週間分くらいは用意しておいて」 教導隊というとなのはたちだろうか、と思った。 しかし、どうして戦闘のエース部隊教導隊に無限書庫の人員が必要になるのだろうか? 「じゃ、三十分くらいしたら説明するから。それまで適当にくつろいでて」 書庫の奥にある執務室に消えるユーノ。 その背を目で追いながら、アルフの胸には腑に落ちないものが引っかかっていた。 「(なんだってんだい、まったく)」 不可解な任務に、得体の知れない焦燥感。 ユーノは軽い調子で話していたけれど、非常に嫌な予感がする。 「これが全部あたしの心配性から生まれたもの……なら、いいんだけどね」 それで終わってくれそうもない気がする。 予知めいた感情をもてあまし、ユーノが戻ってくる三十分を落ち着かずに過ごすアルフだった。 あとがき ラストバレンタイン最後のオープニングはアルフです。 野生の嗅覚で一足先に先の展開にちょっとだけ気づいた彼女は、心配担当。 っというか、今回の話において“大人”な対応や立ち回り担当とゆー。 実は登場人物中最年少なんだけどね! それでもそーゆー立ち位置になったのは、ここに来るまでの経験があれやこれや。 そんなこんなで、A'sの頃からまた随分と落ち着きを得たキャラになっちゃってます。ちなみに改めて年代を言うと、A'sから7年後くらいが現在。 やったらめったら恋愛騒動とかに巻き込まれた後のが今の彼女で(ry 現在の彼女は、失恋した子を気にかけ中。 シーン中にアルフに心配されてた子は、当然とゆーか何とゆーか、『模擬戦をしよう! 〜第一カード〜』とクリスマス話に出てきた負けヒロインことユーノ幼馴染み。彼女は彼女で、サブキャラクター的に大事な役割があるとかないとか。 いやだってほら、失恋した幼馴染みって立ち位置としてとても美味しいじゃないですか!(滅) さてはって、そろそろ話を閉じまして。 登場メインキャラクター紹介のオープニングフェイズは終了。 次回からは本編突入となるミドルフェイズです。 ミドルフェイズではメインキャラクターが合流したり、遺跡を探検してみたり、ちょこっと騒動が起こってみたり。 そして、事件が起こります。 はい。そんなわけで、ようやくスタートいたします『ラストバレンタイン』。 飽きずにお付き合いしていただければ幸いですー! でわでわ、お次はミドルフェイズ1でお会いしましょう。 |