第九百管理世界。名を失ったこの世界こそが、今回の事件の全ての発端だった。
 古の昔にロストロギアを生み出し、そしてそのロストロギアに滅ぼされた世界。
 滅んだ街並みはすっかり緑に侵食され、所々は崩れ掛かっている。

「多分、こっちだよ」

 空を翔るなのはとアルフは、改めてこの世界を見渡してみた。

「もうすぐ、かな?」

 注意して見ればよく分かる。この世界の建造物は悉くが戦闘痕を残しており、世界全域に渡って激しい戦いが繰り広げられていたのだと。
 それを長い間、続けていたのだと。

「多分、ね」

 だんだんと建物が消えていく。
 二人が向かう場所は荒野。歴史上、そこでサポートブレインが敗北した場所。

《見えてきました、あそこです》

 街を抜け、建物が消える。
 視界いっぱいに広がったのは、紅の砂に覆われただだっ広い平野だった。

「? ……止まって!?」

 荒野を前にしてアルフが急制止を掛け、慌ててなのはもそれに習う。
 目的の場所はもう目の前だというのに、一体どうしたのだろうか?
 なのはがいぶかしんで目を凝らすと、その理由はすぐにわかった。

「結界魔法?」

 荒野は、それを包む巨大な結界魔法によって守られていた。

《少々、厄介ですね》

 結界の種類を調べていたレイジングハートが憎々しげに呟く。
 彼女の口から眼前に広がる結界についての報告がなされた。

《三層からなる結界です。最奥と中部の結界は類似データーが見つからないので分かりません。どうやら、言語からして独特のもので構築されているようです。表面は外敵の侵入を防ぐための防御結界です。突破できなくはありませんが、苦労すると思われます》

 敵、サポートブレインはわざわざここに陣を構えて待っていたというわけだ。

「待ち伏せされてるってことに……なるのかな?」

 なのはの問いにアルフが首を縦に振る。
 そうした後で別の可能性についてを喋り始めた。

「あいつの目的がユーノの身体を乗っ取ることなら、それが終わるまで自分を結界の中に置いて守っているってことがあるかもしれないよ」

 道すがらでサポートブレインの特性についてはなのはにも話してある。
 彼女は苦い顔をして行く手を阻む結界を睨んだ。

「結界魔法なんだよね? それなら、スターライトブレイカー+で壊しちゃおうか。あれなら結界破壊の効果もあるし……」

 なのはの提案は首を横に振ったアルフに却下される。
 既にレイジングハートを構えようとしていたなのはの腕を掴み、その動きを制した。

「乗っ取られたユーノは強い。本気になった、全然消耗してなかった教導隊員だって敵わなかったんだ。スターライトブレイカーなんて撃って消耗しちまったら、それこそ勝てるわけはないよ」

 ならどうすればいいのと、なのはは頬を膨らませてむくれた。
 一秒が経過するごとにサポートブレインがユーノの精神を責め立てていることをなのはは聞かされた。
 だからこそ、過激な手段に訴えてでも一秒でも早く彼の下に辿り着き、救い出したかった。

「あたしに任せなって! ちょっと難しいけど……防御突破バリアブレイクは十八番だよ!」

 声を朗らかに弾ませて小さな胸を叩くアルフ。
 彼女は自信たっぷりに言い放ち、その証拠に耳と尻尾もぴんと元気良く立っていた。

「そっか、そうだね。フェイトちゃんを助けるためにアルフさんが作って、たくさん練習した魔法があったね。それじゃ、任せてもいいかな?」

 アルフは力強く首を縦に振る。

「信じても……いいかな?」

 アルフはもう一度力強く、頷いた。

「それじゃ、結界を抉じ開けるよ。穴が空いたらすぐに突入しておくれ。あたしも後から飛び込むからさっ!」

 結界の前に正対し、アルフは深く浅くの呼吸を繰り返した。
 自身に流れる魔力を操作し、それを外界にて扱うに相応しい形へと変換していく。

「打ち抜いて――………ッ!」

 硬く握った拳を引き絞り、その周囲に茜の円環を纏わせて紅に輝かせる。
 空気が、変わった。なのはそう感じた。

「……―――みせるよっ!」

 ゴゥッ! と。拳に打ち抜かれた大気が悲鳴を上げた。

「でりゃ――………ぁああああああああっ!」

 大気を食い破りながら結界に喰らいついた拳は、その身に纏う魔力を刺して前進を阻む分厚い壁を切り崩すべく行動を開始する。
 防御結界に仕組まれたロジックという名の無数の氷壁を一枚一枚圧し砕き、秒間に数マイクロメートルであるが前進を続けた。
 留められることなく、弾き返されることなく、小さな拳ではあるが巨大な結界に対して僅かずつ穿ち穴を作っていった。

「やあ、歓迎するよ」

 バリアブレイクによって結界が弱まったせいだろうか?
 結界の奥にいるユーノ・スクライア――サポートブレイン――の姿が露出し始めた。
 どうやら防御結界に内部秘匿の効果でもあったのだろう。
 だが、それが解けたということは―――結界が弱まった証。

「あんたなんかに歓迎されても嬉しかないよ! それに、ユーノを取り戻したらすぐにお暇させてもらうからね!!」

 だからいっそうの力を込めて、アルフは結界に拳を打ちつけた。

「残念だけど、それは困るんだよね。だから、ほら。歓迎する、、、、よ?」

 サポートブレインが周囲に数個の魔力刃を浮かべる。
 彼は遺跡で遭った時と同じような笑みを浮かべた。
 アルフの脳裏に、遺跡での戦闘が蘇る。

「まさか……やめろ!」

 防御結界に拳大の小さな穴が空くのと、その魔力刃が飛来するのはまったくの同時だった。
 魔力刃は正確無比に制御され、穿った穴を今度は広げるべく魔力を注いでいたアルフの拳に突き刺さる。

「あ、アルフさん!?」

 非殺傷設定や非対物設定にするはずなんてない。
 魔力刃が突き刺さったアルフの拳からは赤い血液が噴き出し、それに合わせて纏っていた魔力も霧散を開始した。

「あんたは悪趣味だよほんとねっ!」

 アルフは叫ぶ。

「でも、もう負けてやんないよ。遺跡では負けたけど、ここでは絶対に負けてやるもんかっ!」

 自らに活を入れなおし、消えようとしていた魔力を再び纏め上げて防御結界の突破に全精神力を注ぐ。
 彼女の気合が結果を呼び込んだのか、防御魔法に穿たれた穴が人の頭大ほどまで広がった。

「なのは! あんたが通れるくらいになったらすぐに飛び込んどくれ!」

 だがしかし、穴が広がるということはより多くの魔力刃が穴を抜けて飛び込んでくるということ。
 サポートブレインは口元に愉悦を浮かべて魔力刃を生み出し、容赦無くアルフに向けて投射する。

「でも、アルフさんがっ!」

 バリアブレイク中は防御結界の破壊に集中力を注ぐため防御魔法を展開できない。
 無防備なアルフに魔力刃は無情に飛来し、その幼い肢体に刃先を埋め込むべく迫り行く。
 サポートブレインが狙った場所は六ヶ所。
 右肩、右肘、右拳、胸、左肩、左肘の六ヶ所である。
 防御結界に叩き込んでいる右の拳を潰されれば当然のことながらバリアブレイクは減退する。そうなってしまえば穴を広げることは難しい。
 その他の部位もダメージを追えば出血は免れず、また傷つけば力を込めるという動作が鈍ることは想像に難くなかった。

「あたしのことはいいんだよっ! なのはは前に進むことだけを考えな! そうしたら、あたしは何がなんでもあんたが進む道を作ってやるから!」

 叫ぶアルフは有無を言わせない。
 なのはは続けようとした言葉を潰され、二の句が告げなくなってしまう。
 そうこうしている内に魔力刃は飛び込み、アルフの柔肌を蹂躙しようとする。
 その、刹那、

《Protection》

 桜色の光がアルフを包み、飛来した刃の悉くから彼女の身を守る。

《私のこと、忘れないでください》

 少々拗ねた口調のレイジングハート。
 それがおかしくてアルフは笑い、なのははごめんねと呟いた。

《アルフ。貴女がマスターの道を全力で作ってくれるなら、私は貴女を全開で守ります。だから、》

 レイジングハートはそこで言葉を区切り、そして数拍の溜めを作ってから高らかに叫んだ。

《思いっきり、やっちゃってくださいっ!》

 彼女の言葉に火が入ったように、アルフの心が燃え上がる。
 言葉よりも雄弁な返答を行うため、彼女は集中力と肉体を限界まで高めて目の前にある防御結界に全てを叩き込んだ。

「もちろんさっ! こんなもん、とっとと打ち抜いてやんよっ!」

 アルフの拳が結界に深く突き刺さっていき、その度に結界に穿たれた穴が大きくなっていく。
 それを阻止しようとサポートブレインが投げる魔力刃も、その全てをレイジングハートに阻まれてアルフに届くことはない。
 全力を最高の条件でぶつけ続けられるアルフは、茜の光を最高潮に輝かせて防御結界を抉じ開けた。

「これくらいで充分だろーよっ。さ、行ってくれなのは! そんで、ユーノを助けてくれ!」

 アルフの言葉になのははしっかりと頷き、彼女が空けた穴の中へ飛び込んだ。

「アルフさんも早く!」

 なのははアルフに手を伸ばす。
 アルフはその手に、残念そうに首を振った。

「この結界、生意気にも硬くってさ。あたしじゃ押し広げたまま中には入れそうもないんだよ。だから悪いけど、あとはなのはとレイジングハートに任せていいかい?」

 なのはは首を振る。
 けれど、そんな彼女にアルフは首を振った。

「ここまで来たから一緒に行きたかったんだけどね。どうにも、ダメみたいだね。だから、さ。頷いてくれないかい? 約束してくれないかい? そして……信じさせて、くれないかい?」

 返答に詰まるなのは。
 そうしている間にもアルフが抉じ開けた結界の穴は縮小していき、彼女の姿すら見えなくなっていく。

「アルフさんっ!」

 結界が閉じ、姿が見えなくなり、きっと声も聞こえなくなる刹那で。
 なのはは叫んだ。自分を中へ送り込んでくれた友人に向かって叫んだ。

「あとは、任せて! 約束するから……絶対に、ユーノ君は元に戻してみせるからっ! だから……信じて!」

 言葉が届いたかどうかは、わからない。
 言葉を送った時には、既に結界は閉じられていたから。

  ―――だけど。

 きっと届いたと、信じることにした。
 彼女ならきっと信じてくれるから。信じてもらえる分、自分も信じることにした。

「三文芝居の余興は終わり? 戦うなら戦うで、そろそろ始めたいんだけど」

 律儀に待っていたらしいが一々人の神経を逆撫でする言葉ばかりを吐く敵に振り向き、高町なのはは手に持つ愛杖を構える。
 その表情には、遺跡でユーノに襲われた時の悲しみはなく。
 その表情には、管理局でユーノが消えたことに絶望していたものはなく。
 その表情には、前を向く意思があり。

  ―――その背には、信じてくれた人の願いを負って。

 高町なのはは杖を構える。
 彼女の愛杖は主の意思を受けて心を燃やし、いつ戦いが始まっても最高の性能を発揮できると如実に伝えていた。
 愛杖の心に触れ、高町なのはの心に燃え上がる炎が灯った。

「準備は、万全だよ」

 排莢したカートリッジが中空を舞い、高町なのはは周囲に八つのスフィアを浮かべた。

「ユーノ君を、絶対に助けてみせるから。貴方から――………」

 スフィアそれぞれが独特の軌道を描いて眼前の敵へ飛来する。
 それを撃ち落すべくサポートブレインは獣の顎を持った鎖を振るって空を翔けた。

「絶対に、取り戻してみせるから――………っ!」

 そして高町なのはもまた、空を翔ける。
 桜色の光とくすんだ翡翠の光が飛び交う中で、最後の戦いが始まった。





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