超まえがき ―――世界樹の迷宮をやりたい! でも、お金がない。そして、DSもない。そこで みんなを、巻き込んでしまえ―――と。 さて、そうと決めれば取り出しますは一冊の文庫本。某爆天童さんが描かれた純正ファンタジーな表紙のそれは、 タイトルにアリアンロッドRPGと書かれている本を手に、わたしはほくそえんでいた。 実に怪しい光景である。 ちなみに、TRPGとは『テーブルトークアールピージー』の略称で、非電源ゲームに分類される。 どんなものかと言えば、まずはコンピューターゲーム(ファミコンやプレステ、ドリキャス)を思い浮かべていただきたい。 ゲームの主人公たちを1人が1役(役のことをキャラクターと呼ぶ)演じ(彼らはプレイヤー(PL)と呼ばれる)、武器屋や敵役街の人々などをゲームマスター(GM)が演じる。戦闘になったりすると『攻撃が当たった』『ダメージはいくら』などに乱数が必要になるが、そこには『ダイス(サイコロ)』を用いる。 演技――口頭と身振り手振り――を行いながら、プレイヤーとゲームマスターで物語を作っていく遊びなのだ。 つまり、プレイヤーがメインキャラクターを、ゲームマスターがそれ以外を演じることによってコンピューターゲームのような物語を遊びながら作っていけるのだ。 また。 TRPGは『システム』と呼ばれるものを使う。 システムは、ルールだ。ルールがなくては遊びにならない(鬼ごっこなら鬼にタッチされた人が次の鬼になる、かくれんぼなら鬼が隠れている人を見つける)ことは分かると思う。 ルールがTRPGを遊びに昇華してくれる。 システムの多くは書籍として販売されており、今回使う『アリアンロッドRPG』もシステムの1つである。 『アリアンロッドPRG』にはMMOPRG風のゲームを行えるようなルールが記載されており、手持ちの中では 全ての準備を終えると、わたしは PREPRAY ◆Prepray 01◆三人のイケニエ 土曜日、ハラオウン邸のリビングルームにて。 木造のテーブルを囲んだ四人がわいわいと騒いでいた。 「っと、ゆーわけで。フェイトちゃんとはやてちゃん、それにクロノ君を巻き込んでみましたー」 「何が『っと、ゆーわけで』だっ! 朝起きてみたらいきなりこれだ。理由を説明しろぉっ!」 「まぁまぁクロノ君。お茶でも飲みー」 「紅茶、冷めないうちにどうぞだよ」 「どうして君たちは平然としているんだっ!?」 ここで、集まった彼らを紹介せねばなるまい。 っとゆわけで、まずは一人目。 ●クロノ・ハラオウンの場合。 時空管理局で執務官を務める十四歳の男の子。わたし、エイミィとは 非常に真面目な性格ゆえに融通が効かないが、そこを弄ると面白い人間だ。 士官学校時代に なお、とある理由により彼は 「まぁまぁ。あんまり怒ってるとハゲるよ、クロノ君?」 「うるっさい……!」 「あー。クロノ君はハゲるのがちょっと心配なタイプやねぇ」 「えぇっ!? そ、そうなのっ!? ……お、落ち込まないでね、クロノ?」 「哀れんだ目で見るなぁぁああああああっ!」 次。 二人目の紹介。 ●フェイト・テスタロッサ・ハラオウンの場合。 時空管理局の執務官候補生で、九歳の女の子。わたし、エイミィの妹分である。 クロノ・ハラオウンの義妹でもある。 彼女も真面目な性格だが、少々抜けているところもある。そこが心配になるが、むしろそこがいいというのがもっぱらの噂だ。 TRPG経験はゼロ。 ただ、非常に『おいしい』キャラクターになってくれると、わたしは信じている。 「ところでフェイトちゃーん」 「なに?」 「TRPGにはダイスが必要なんだけど、もってる?」 「ダイス? あ、ええと、サイコロだよね。うん、ちゃんと買ってきたよ!」 「へー。どんなの買ったの?」 「うん、これ!」 「…………」 「エイミィ?」 「なんで十面ダイスなのっ!?」 「お店の人に聞いたらそれがいいって……っ!」 最後に、三人目。 ●八神はやての場合。 時空管理局の特別士官候補生。卓越した家事スキルは同年代どころか十五歳年上の女の子ですら凌ぐと言われている。わたし、エイミィの料理の師匠である。 なお、彼女はまだ九歳である。 彼女もTRPG未経験だが、読書家のせいか指揮官適性のおかげかすぐにTRPGのルールを把握してくれた。 プレイを重ねると一番化けるんじゃないかと思っている。 「なーなー、エイミィさーん」 「なーにー?」 「今回って三人パーティーなん?」 「そうだよ」 「アリアンロッドってメインクラスが四つあるから四人プレイがやりやすそうに見えるんやけど、三人なん?」 「も……もうそこまで把握してるんだ……」 「えっへん!」 「うん。初心者が二人いるし四人でやりたかったんだけど、これだけしか捕まらなかったんだ。ごめんね」 「あ、ええよー。あたしもちょっと気になっただけやから。ごめんなー」 「いいっていいって。今日は楽しもっか?」 「らじゃー!」 あ、そういえば。わたしの紹介を忘れてた。 とゆーわけで、今度こそ今度にほんとの最後。 ●エイミィ・リミエッタの場合。 時空管理局で艦船アースラの通信主任を務める前線後方スタッフ。今回の元凶である。 お金がなかったのも事実だが、それよりもクロノ君たちの関係を考えて『面白いんじゃないか?』と思って今回TRPGで遊ぼうを企画した。 決して、彼らの微妙に無自覚三角関係で遊ぼうとは考えていない。 ほ、ほんとですじょ? 「……なんか、随分と準備がよくないか?」 「事前に手回ししたからね!」 「起きた時点で負けていたというわけか……」 「ほら、観念してキャラクター作るよクロノ君」 「せやー。観念しー」 「がんばろ、クロノっ」 「僕はこう……こういう運命なんだろうなぁ……」 ◆Prepray 02◆今回予告とキャラクター作成 クロノ君が観念したところで、わたしは一冊のノートを取り出した。ノートには今回のセッション(TRPGで遊ぶことをセッションと呼ぶ)で使うシナリオや敵のデータやらが記入されている。 ノートの最初のページをめくると、わたしは 「―――今回予告!」 「こ、今回予告!? ……って、なに?」 「今回のセッションがどんなお話なのかーって、大まかに説明するもんやでー」 「今回予告を聞いて、プレイヤーはシナリオに合わせたキャラクターを作ったりする」 「そ、そうなんだ。じゃあ、しっかりと聞いておかないとね」 「先に君たちに言っておく。ストーリー性はかーなーりー、無い!」 「…………この今回予告を聞いて、どんなキャラクターを作ればシナリオに合うん?」 「…………僕だって予想外だったんだ」 「ダンジョンよああダンジョンよダンジョンよ! お前は誰にもかかずらわない!」 「ツルゲーネフなんっ!?」 「はやて。ツルゲーネフってなに?」 「ああ。地球のロシアって国の文豪やでー。“初恋よ、お前はどんなことにもかかずらわない”って一節があってな?」 「そ、そうなんだ」 「冒険者よ、ダンジョンに潜れ! そこに―――全てがあるっ!」 「冒険者って……?」 「ああ。それはな、フェイト。アリアンロッドではプレイヤーは世界中を冒険するんだ。彼らは人々に冒険者と呼ばれている」 「そうなんだ。クロノ、ありがとう♪」 「どういたしまして」 「……フェイトちゃん、あたしの時と対応違わへん?」 「アリアンロッドダンジョンシナリオ『あたしは世界樹の迷宮が欲しかったんだ!』 始まるよ!」 「―――って、ちょっと待てぇぇえええええええっ!」 「なに?」 「世界樹の迷宮のかわりに僕たちを呼んだのか!」 「うん」 「…………」 「ま、まあええやん」 「そうだよ、クロノ」 「だからどうして君たちはそうっ!?」 「せやけど、こうでもしないとクロノ君ってあたしたちと遊んでくれないやろ?」 「へ?」 「ねえ、一緒に遊ぼうよ。だめかな? ――― ―――おにいちゃん。 「ぐはぁっ!?」 「はい、クロノ君の負けー。観念してキャラクターを作ろうかー」 「うう、フェイトちゃんはやっぱり強敵やなぁ……(ぼそり)」 色々と騒ぎつつも、なんだかんだで始まるキャラクター制作。 今回は経験者のクロノ君が初心者二人に懇切丁寧に説明しながらキャラクターを作っていく。 そこで、わたしは言い忘れていたことがあったことを思い出した。 「あ、そうそう」 「どうしたんー?」 「今回は本名プレイをしてもらいます」 「ちょっと待てぇぇええええっ!?」 「本名プレイってなに?」 「うん。TRPGで作るキャラクターは、普通は好きな名前を付けるんだけどね。キャラクターに本名を付けてプレイしようって言ってるんだ」 「本名プレイは普通はやらないだろう? それも、フェイトもはやても初心者なんだぞ?」 「んー。今回はGMに思惑ありってことで、許して」 「……まったく」 「なんやよーわからんけど、キャラクターに『はやて』って名付ければええんかー?」 「うん、そうだよ。お願いしていいかな?」 「あたしはええよー。フェイトちゃんは?」 「私もいいよ。エイミィだもん、信じるよ」 「えへへ、ありがとー♪ ……クロノ君は?」 「彼女たちが賛成するなら断る理由はない」 「んもー、クロノ君ってばツンデレなんだからー」 「誰がツンデレだぁっ! って言うか、ツンデレって何だぁっ!?」 と。 そんなことをやりながらキャラクター作成は進んでいく。 「今回って三人なんよね?」 「そうだな」 「ダンジョンに潜るみたいだから罠の感知と解除を行える 「ああ、上出来だ。けれどはやて、君は今回が初めてのプレイだ。本名プレイもすることだし、自分がやりたいキャラクターを作ってくれ」 「バランス、考えなくてええん……?」 「足りない分は僕が補うよ。それが経験者で、年長者の役目だ」 「むぅ……クロノ君、ずるいなぁ」 「何がだ?」 「かっこええ」 「な、なぁっ!?」 クロノ君とはやてちゃんの間に甘い空気が流れる。 あれ? まだセッションとか始まってないのに、なにこの展開……。 まあ、見ていられないので逃げるようにフェイトちゃんに視線を移すと、彼女は一心不乱にルールブック(アリアンロッドRPGと書かれた本)と格闘していた。 「フェイトちゃんはどんなキャラクターをやりたいか、決まった?」 「…………」 「フェイトちゃーん(耳に息を吹きかける)」 「ひゃぁっ!?」 「どんなキャラクターをやりたいか決まったかな?」 「あ、うん。避けながら武器で戦いたいなぁ……」 「それならメインクラスかサポートクラスをウォーリアにして、もう片方をシーフにするといいんじゃないかな」 「えーっと……」 「メインクラスとかサポートクラスってのは大丈夫?」 「アリアンロッドのキャラクターは、レベルアップしても変更できないメインクラスと、レベルアップで変更できるサポートクラスを選んで作る。キャラクターは選んだクラスからスキルを選んで取得するから、やりたいキャラクターにあったスキルを持っているクラスを選べばいい……ん、だよね?」 「そうそう、そんな感じ」 「っとなると、ウォーリア/シーフかシーフ/ウォーリアがいい……のかな?」 「クロノ君たちにも聞いてみてからだね」 「うん、そうだね」 フェイトちゃんがクロノ君たちを振り返った。 二人は、恥ずかしそうに顔を赤くしながらキャラクターを作成していた。 わたしの目の前にいる金紗の少女が、般若の戦鬼になった。 「…………」 「―――ちょっとごめんね、エイミィ」 「う、うん」 しばらくお待ちください。 「…………フェイトはシーフ/ウォーリアで、はやてはアコライト/バードだな(がっくし)」 「そんで、クロノ君はメイジ/セージ……(ぴくぴく)」 「えへへ」 「(フェイトちゃん、恐ろしい子……!)」 それぞれクラスが決まりキャラクター能力的に『何ができるか』が決まったので、今度はキャラクターの生い立ちを決めていく。 アリアンロッドには『ライフパス』という様々な生い立ちが書かれた表があり、表に書かれた生い立ちをダイスを振って選ぶか自分で選ぶかしてキャラクターの境遇として設定する。 設定する生い立ちは『出自』『境遇』『運命』の三つである。 今回はみんなダイスを振って決めることになったのだが……。 「それじゃ、私からいくね。えい!」 ころころころとダイスが転がる。 「えーっと、64だから……」 「…………」 「…………」 「人工生命…………」 人工生命とは、キャラクターが何からの儀式や実験によって生み出された存在である。という生い立ちを設定付けるライフパスである。 人工生命を得たキャラクターはサポートクラスのスキルを1つ多く取得できる。 強力なボーナスを得られるライフパスなのでそれなりに喜ばれたりするのだが、フェイトちゃんは何とも言えない顔つきになっていた。 ……彼女の生い立ちを考えれば当然だと思う。 「こ、今度はあたしの番やー! な、何が出るかなぁっ!」 暗くなりそうな雰囲気を誤魔化すように、はやてちゃんが元気良くダイスを転がした。 だが、彼女もダイスの結果を見て硬直してしまう。 「天涯孤独…………」 天涯孤独。そのキャラクターは孤児である。という設定が付くライフパスである。 このライフパスは【器用基本値】という、キャラクターの器用さに関わる能力値にボーナスが入る。 どうして彼女がこのライフパスを得て表情を凍らせたかは……察して欲しい。 「……クロノも振って」 「……せやな、クロノ君も早くライフパス決めて、とっとと遊ぼ」 「あ、ああ」 二人に急かされて、クロノ君もダイスを振った。 ダイスは赤い目(1)を差して止まった。 「さっすがピンゾロハンター!」 「そ、それを言うなぁっ!?」 「……ぴんぞろはんたー?」 「……って、なんや?」 意気消沈してた二人がクロノ君の名誉の称号に興味を示した。 これは弄るべきと、あたしは声高らかにクロノ君の 「クロノ君はよくピンゾロ――ダイスを二つ振って両方とも1――を出すんだよ。TRPGは普通、ダイスの目は高い方がいいんだ。クロノ君はいつも最低なの」 「う、うるさぁいっ!」 「だからクロノ君、できるだけ 「べ、別にいいだろう! 僕だって……僕だって……自分の運を信じられるなら……」 「クロノ君、運がないんかぁ」 「ごめん、ちょっと納得しちゃった」 「うん、あたしもやー」 「なんだってぇっ!?」 「くろくーんはうんがないー。だいすをふーるといつもいちー」 「そこ、変な歌を歌うなぁっ!?」 「クロノ君、かわええなぁ」 「ほんとだね。ふふ」 「う……うぁぁぁぁっ!?」 ちなみに、クロノ君のライフパスは『英雄』。英雄の子供であることを表すものだった。ボーナスは クロノ君のお父さんのことを考えると、あながち笑って飛ばせないものかもしれない。 こんなにプレイヤー本人に近い結果が出るのは、本名プレイにしたせいだろうか……? 「ほら、クロノ君は沈んでないで戻ってきて。二人はキャラクターの設定を決めてってねー」 「「はーい」」 OPENING PHASE ◆Opening◆ 冒険は爆発から始まる 「はーい。それじゃあセッションに入るから、自己紹介しながら登場していこうか。まずは、クロノ君!」 「……ああ」 クロノ君はキャラクターシート(キャラクターのデータが記入された紙)を机に置くと、テーブルの上にあった麦茶を喉に流し込んでから、言った。 「僕はクロノ。魔導師の家系に生まれ、日々知識を蓄えながら修行をしていた」 「メインクラスがメイジで、サポートクラスがセージだったっけ?」 「そうだ」 「おおー、何かまさにクロノ君! って感じだね。融通がきなさそうなとことか」 「ほっといてくれ!」 「で、どんなタイプのメイジなのかな? って言うか、ぶっちゃけ取得スキルをカモン」 「メイジから《コンセントレイション》と《ウォータースピア》、それにセージから《エフィシエント》だ」 「なんか、実にクロノ君らしい選択だねぇ」 「……僕もそう思ってるよ」 《コンセントレイション》は、魔法攻撃を命中させやすくするスキルだ。これを取ると攻撃をなかなか外さなくなる。 《エフィシエント》は魔法の威力を増加させるもので、これを取ると威力が不安定になりがちな魔法が信頼できるものになる。 三人パーティーだと少ない攻め手の中では攻撃を外すわけにはいかないし、当たっても不安定な威力というのも心もとない。 クロノ君は随分と考えてキャラクターを作ったのだろう。キャラクターシートの表に、裏に書かれたいくつもの計算式が筆圧に押されて浮かび上がっていた。 いつものように、遊びだとしても手を抜かない彼の真剣さが見て取れて。 お姉さんとして、くすりと笑ってしまう。 「あ、皮肉ってるわけじゃないんだよ? ごめんね」 「わかってるよ」 「あはは。ところで、《ウォータースピア》の演出に要望はある?」 「……いや?」 「あ、あたしあるある!」 「私もあるよ!」 元気よく手を上げた二人に、にやっと笑うわたし。 《ウォータースピア》は水属性の魔法で水の槍をぶつけるものなんだけど、 それが分かったフェイトちゃんとはやてちゃんは、異口同音に言った。 『 「そうくるかっ!?」 時空管理局執務官のクロノ・ハラオウンはデュランダルを持って以降、氷結魔導師として名高いのだ。 「セージの知識に裏打ちされた的確な指示を送りつつ、要所要所に氷結魔法をばばばばーん! と叩き込む司令官キャラクターなんだね」 「まあ、そんな感じだ」 「クロノ君はどうして冒険者になったの?」 「ああ。境遇を振ったら『師匠』が出たから、師匠に修行の一環として旅に出されたことにした」 「師匠って、やっぱり 「やめてくれ。背筋がぞっとする」 「あはははは」 今度、言い付けてやろーっと♪ 「それじゃあ、修行のために旅をしているってことでいいのかな?」 「そういうことだ」 「りょうかーい。それじゃ、次ははやてちゃーん」 はやてちゃんは、自信満々――の裏に、わずかな不安を見せながら――キャラクターシートを机の上にばしぃっ! と叩きつけた。 緊張を隠してるのかな? 「あたしははやて! 音楽と共に人々を癒して巡行する神官さんですー」 「アコライト/バードだね」 「です」 「……どんな生い立ちか聞いてもいいかな?」 「ん。だいじょぶです〜」 はやてちゃんは一旦言葉を区切り、オレンジジュースを飲み込んでから自己紹介を続けた。 「あたし、身寄りが無くなってしもうて。それで、神殿に拾われてそこで育ちました。ほんで、冒険者として旅に出れる歳になったから旅に出ました」 「そっか。強い子なんだ」 「いやですよー、そないなことありませんて」 「でも、どうしてバード―――吟遊詩人なの?」 「んー。言葉では伝わらないこともあるやないですか?」 「そうだね」 「そういう時に、音楽が力になってくれるかなぁって思ったんですよー」 「へー。じゃあ、『あたしの歌を聞けー!』って感じ?」 「歌じゃなくてハーモニカを吹きますー」 「ハーモニカッ!?」 ハーモニカと聞いてスナ○キンが浮かぶのは、あたしだけでいい。 「スキルは《ホーリーウェポン》と《ヘイスト》。それに、《ジョイフル・ジョイフル》をとりました〜」 「え……?」 「なんや、おかしいですか〜?」 「いや、おかしくはないんだけど……」 アコライトには《プロテクション》という、神聖力で盾を作って仲間を守るスキルがある。 《プロテクション》はその有無でパーティーの生存確率を大きく変化させる。 三人という少ないパーティーで《プロテクション》を持っていないことがわたしを驚かせたのである。 はやてちゃん、ルールブックはよく読んでたのに。 「本当にそれでいいの? って言うか、《プロテクション》は取らなくていいの?」 「色々考えたんですけど、今回はこれでいきますー」 「ん。わかったよ」 「そーいえば、あたしってクロノ君ともう一緒に旅してるんですか〜?」 「あー、そうだね。シナリオ的にその方がありがたいな」 「そうなのか、エイミィ?」 「そうなんだよ」 「なら、一緒に旅をしているということにしよう」 「んっふふーん」 「……目が怪しいぞ、はやて?」 「いや、二人旅なんかなぁって思うと……な?」 ぱぁんっ! 机の上に、キャラクターシートが思いっきり叩きつけられた。 フェイトちゃんが、今にも般若に転じそうな形相を浮かべていた。 「……ふぇ、フェイトちゃんはどんなキャラクターにしたのかなー?」 「私はフェイト。人工生命体です」 「フェイトちゃんもやっぱり旅をしてるんだよね?」 「はい」 そう答えるフェイトちゃんの声は固かった。って言うか、恐かった。 困り果てたわたしは一計を案じることにした。 「誰に作られたかは、決まってる?」 「(ふるふる)」 「じゃあ―――」 わたしは、ちろーりとクロノ君を見る。彼は不思議そうな顔をしたが、わたしがにやぁっと笑うと慌てて取り乱し、わたしの口を閉じに掛かる。 でも、遅い! 「―――クロノ君家の人に作られたクロノ君専属ってことでどうだー!」 「アホかぁぁぁぁああああああああっ!」 「クロノ……専属……?」 「あかんっ!? フェイトちゃんがときめいてるっ!?」 「正気になってくれフェイトぉぉぉぉおおおおおおっ!?」 しばらくお待ちください。 「―――っと、いうわけで。自分でもよくわからない『何か』を探しているキャラクターってことでいいな、フェイト?」 「クロノ専属……クロノ専属……」 「いいって言ってくれぇっ!?」 「あ、う、うん。いいよ!」 「ふぅ……」 「クロノ専属……(ぽそり)」 まだクロノ君専属に未練を持っているフェイトちゃんだけど、そろそろプレイを始めたいので自己紹介の続きを促す。 ややあって、彼女はゆっくりとキャラクターのスキルを話していった。 ゆっくりと、というかおどおどしているのは、たぶんまだまだ自信が無いからだと思う。 「メインクラスはシーフで、サポートクラスはウォーリアです。えっと、避けながら戦います」 「まさにフェイトちゃーん! って感じだねっ。取得スキルは?」 「えっと。シーフからは《バタフライダンス》と《ヴィジランテ》。ウォーリアからは《バッシュ》を2レベル取ったよ」 「フェイトちゃん、やらしー」 「わ、私えっちじゃないよエイミィ……!」 《バタフライダンス》は回避に大きなボーナスをもらえるスキル。《ヴィジランテ》は罠の発見にボーナスをもらえるスキル。 そして、《バッシュ》は武器攻撃の威力を上げるスキルである。 この構成だと、 「ま、ジョイフルを考えると的確な選択かもね。《バッシュ》くらいしか 「うん。いっぱい動けるように考えたよ!」 「あはは。これはこれでフェイトちゃんらしいね」 さて。これでキャラクター紹介は終わった。 全員に視線を送ると、わたしは口を開いた。 「さーて。それじゃあオープニングシーンを始めるよー! よろしくおねがいしまーす」 「よろしくおねがいします、だ」 「はいなっ。よろしくおねがいします〜」 「あ、う、うんっ! よろしくっ!」 ―――っと、ゆーことで。 「君たちは遺跡の前に立っていた!」 「また唐突だなっ!?」 「どんな遺跡ですか〜?」 「君は冷静だなっ!?」 「クロノ、煩い」 「す、すまない……」 彼らのやりとりにくすっと笑ってから、周囲の描写を始める。 今回用意したダンジョンはオーソドックスに遺跡で、扉から何から石造り。随分と古いものだが劣化した様子はなく、思いっきり叩いてもがらがらと崩壊することはない、周囲に気兼ねなく戦闘ができるタイプ。 遺跡の年季を表すかのように扉には蔓が巻きついていて、その横には手前に引き倒せるレバーが付いていた。 「もしかして、このレバーで扉を開けるのかな?」 「ほんならさくっと動かそ」 うひひ、GMの思惑通りに進んでる。 そう思ってほくそえむけれど、この場にはあたしの手の内を知り尽くした 「不用意にレバーに触るなっ!」 「ふぇ?」 「へ?」 「いいか。このレバーは不用意に触ると爆発する。絶対に爆発する。必ず爆発する!」 「どこの世界に入り口に爆弾を仕掛ける遺跡があるんやっ!?」 「ここにあるだろう!」 「……わたしも、流石にそれはないと思うけどなぁ」 「いいか、良く見ておけ……」 完全に 自身も紐を片手に離れた場所に行き、紐を引くことでレバーを引き倒す。 慎重すぎるクロノ君の行動に呆れているはやてちゃんとフェイトちゃんだけど……。 ちゅどーん! 扉の前で大爆発が起こり、目を点にした。 クロノ君が、それみたことかと胸を張った。 「……え、えー」 「……エイミィ?」 フェイトちゃんとはやてちゃん。二人の非難の目線があたしに集まる。 「おかしいと思ったんだ。わざわざ遺跡が『ちょっとやそっとの衝撃じゃ壊れない』――頑丈だ――と言った後に、レバー。そんなの扉の前で衝撃が発生すると言っているようなものじゃないか」 「そうなのかなぁ……」 「常識ってどこに行ったんやろねぇ……」 「あははははは。よくぞ最初の関門を乗り越えた冒険者たち! さあ、無限の冒険へいざ行かん!」 「誤魔化しに掛かるかエイミィッ!?」 ―――ちぇ。引っかかってくれると思ったのになー。 MIDDLE PHASE ◆Middlr 01◆ 油断大敵 遺跡入り口のトラップを見事に掻い潜り、重い扉を開く冒険者たち。最初のフロアは一見して何もない真四角の部屋だった。 ただ、左手に通路が見えるのみである。 意を決して、冒険者たちは始まりの一歩を踏み出した。長い長い冒険の始まりの一歩ともなれば自然と緊張するものだ。 フェイトちゃんやはやてちゃんがおどおどと足を踏み出す。クロノ君は、彼女たちを苦笑いしながら眺めていた。 その時、誰もが油断していた。 「それじゃあ、遺跡の中に入る?」 「うんっ」 「よしっ! あたし、一番乗りー!」 「あ、はやてずるいっ!?」 「やれやれ、まったく」 「あ、全員最初のフロアに足を踏み入れたね?」 「ああ、そうだ―――しまった!?」 クロノ君が肯定してから でも、もう遅い。 みんな、 「はい、危機感知してねー!」 「しまったぁぁぁぁああああああっ!?」 「……き、危機感知ってなに?」 「あー、ええと。不意打ちに気づくかどうかとか、トラップの存在に気づくかどうかみたいなやつやったっけなぁ」 「そうそう。というわけで、みんな危機感知に成功するかどうかの判定をよろしくー」 「エイミィさーん、難易度はー?」 「じゅうはち」 「高っ!? 難易度高ぁっ!?」 「えっと……(ルールブックをぱらぱらとめくる)……危機感知は……」 説明しよう! TRPGではキャラクターが何かしらの行動をする時に『判定』を行うことがある。 『判定』とは、キャラクターの能力値に2d6(一般的にはサイコロと呼ばれる6面ダイスを2個振り、出目を合計すること)の結果を加えた『達成値』を算出して、『達成値』が『難易度』以上あるいは未満かを求めることだ。 『達成値』が『難易度』以上ならば、その『判定』は成功したことになり、キャラクターは行動を達成できる。 逆に、『達成値』が『難易度』以下なら『判定』は失敗になり、キャラクターは行動ミスしてしまう。 「えっと、危機感知は【感知】能力に2d6を加えればいいから……」 今回の場合だと、『仕掛けられたトラップに気づく』という行動が成功するかどうかを『判定』して決めるわけだ。 トラップ発見の難易度は『18』。 よって、クロノ君たちは判定で『18以上』を出さなければ、トラップに気づくことはできない。 「あたしの【感知】は2やから、2d6で―――6面ダイスが両方6でも12やんっ!? 【感知】の2を加えても14やんっ!? 絶対成功せぇーへんよっ!?」 「いや、そうでもないぞ?」 「ふぇ?」 「クリティカル―――絶対成功がある」 再び説明しよう! クリティカルとは、判定において6の目が2つ以上出た場合に発生する特別ルールである。 判定でクリティカルを出した場合は『絶対成功』となり、『達成値』に関わらずあらゆる判定を成功できるのだ。 2d6ではダイスを2個しか振らないのでクリティカルが発生する確率はさほど高くないが、3d6(6面ダイスを3個振って、出目の合計を求める)、4d6(6面ダイスを4個振って以下略)と振るダイスの数が増えていけばクリティカルの確率は上がるのだ。 なお、このクリティカルのルールはアリアンロッド独特のものであり、別のゲームではまた別のクリティカルルールが存在する。 「せやけど、2d6でクリティカルする確率って36分の1やん!」 「まあまあ。そう言わずにやってみるといいさ」 「うー。ダイスロール!」 不満声を上げながらはやてちゃんがダイスを転がす。 2つの正六面体はそれぞれ6の目を上にして止まった。 「クリティカル出たーっ!?」 「おめでとう。これで君は危機感知成功だ」 「あれ、クロノ君は?」 「ああ……僕は、ファンブルだったよ……」 「…………」 三度説明しよう! 『絶対成功』クリティカルには対存在がある。それは、『自動失敗』ファンブルだ。 振ったダイスが全て1の目を出していた場合、その判定はファンブルになる。 仮に難易度以上の能力値を持っていても、理不尽に失敗扱いになってしまう。 「ご、ごしゅーしょーさま……」 「ええいっ! フェイトはどうだった?」 「あ、うん。【感知】が4で、1個のダイスが3の目を出して、1個のダイスが4の目を出してるから……4足す3足す4で11。で、いいのかな?」 「ああ、それでいいぞ。よくできたご褒美に頭を撫でてあげよう」 「え……っ!?」 「フェイトちゃんばっかりずるいでこのシスコーン!」 「いや、その、冗談だったんだが……」 修羅場を背景にお送りしまーす。 ちなみに、フェイトちゃんが2d6で出した数値7(3+4)は期待値と呼ばれるものです。 期待値とは事象の中で最も起こる可能性が高いもので、つまり2d6を振ると合計が7になる確立が1番大きいということです。 6面ダイス1個の期待値は3,5で、ダイスが1つ増えるごとに○d6の期待値は3,5ずつ増えていきます。 だから、3d6なら期待値は10,5です。 「危機感知が成功したのは、はやてちゃんだけだねー。まあ、1人でも成功すれば救われるトラップだよ、これは」 「そうなのか?」 「そうだよー。と言うわけではやてちゃん」 「はいなっ」 「君は直感的に理解しました!」 「しました!」 「この部屋は地雷原だ!」 「あほかぁぁぁぁぁぁぁあああああいっ!」 「どこの世界に、最初のフロアが地雷原になった遺跡があるんだっ!」 「芸術は爆発だぁぁあああああああっ!」 「意味不明なことを言うなぁぁああああああっ!」 爆破はトラップの華だよ!(力説) 「う、うー! 動いたらあかんよクロノ君! フェイトちゃん!」 「わかった! 動かない、絶対に動かないよはやて! 何があっても動かないよ!」 「しかし、動かないと先に進めないぞ……」 困り果てるクロノ君たち。ここで、GMとしてこの部屋のルールを説明する。 この部屋に埋まっている地雷は、8個。 地雷は発見できれば避けられるし、万が一発見に失敗しても解除に成功すれば爆発はしない。 つまり、1つの爆弾回避に『発見判定』と『解除判定』という2度のチャンスがあるのだ。ただし、『発見判定』でファンブルが出た場合は即座に全ての地雷が爆発する。 このルールを聞いたクロノ君は、フェイトちゃんに視線を送った。 「フェイト、君の出番だ」 「え、えぇえっ!?」 「いや、そこは驚くところなのかっ!? 君、シーフだろう!」 「でも、さっきははやてに負けちゃったし……」 「気にしてたのかっ!?」 しょぼーんと肩を落すフェイトちゃん。落ち込んだ彼女を見てクロノ君は頭をがりがりと掻くと、言葉を探るようにして口を開いた。 「大丈夫、今度はシーフのスキル《ヴァジランテ》と《ファインドトラップ》が使える。さっきみたいなことには、きっとならないさ」 「ほんとに……?」 「ああ、本当だとも。胸を張ってくれ。君なら、やれる」 「ねえ、クロノ」 「なんだ?」 「私は、クロノの役に立てるのかな?」 答えに、クロノ君は一拍の間を置いた。 悩んだからではない。 フェイトちゃんを安心させる笑みを作るためだ。 「ああ―――必ず」 クロノ君の言葉にフェイトちゃんは元気を取り戻したようで、元気にダイスを握って転がした。 彼女は自発的にトラップを探す『トラップ探知』を行う場合は判定にダイス1個のボーナスが付く《ヴァジランテ》というスキルを持ってるので、判定は能力値+3d6で行われる。 3つのダイスが机の上を転がった。 「あ……あっ……あ―――っ!?」 その全てが、1の目を出して止まっていた。 「フェイトォォ―――ッ!」 「フェイトちゃぁぁあああんっ!」 「みんな―――今まで、ありがとう――――っ!」 笑顔のフェイトちゃんが爆炎に包まれる。 フロアに、轟音が響いた。 ◆Middlr 02◆ 疑心暗鬼 フェイトちゃんの身体を張った地雷除去で危険を排したクロノ君たちは、[戦闘不能]になった彼女を引きずりながら次のフロアにやってきた。 シーンが変わったのでフェイトちゃんはHPが1になって[戦闘不能]から復活する。 アリアンロッドでは[戦闘不能]状態で[とどめを刺す]宣言をされない限り[死亡]しないのだ。 ちなみに、キャラクターの 「ごめんねみんな…………」 「いいや、悪いのは君じゃない」 「でも……!」 「悪いのは―――この遺跡を造ったやつだ!」 「わたしかいっ!?」 「初心者相手に殺意ありすぎるだろうがっ!」 「―――てへ」 「少しは悪びれろぉぉおおおっ!?」 はやてちゃんの《ヒール》でフェイトちゃんのHPを回復させたのち、クロノ君たちは自分たちがやってきたフロアを見渡した。 そこには疑心暗鬼の色がありありと浮かんでいた。 「不用意に歩き出さない!」 「怪しいもんには手を触れへん!」 「ううぅ、初心者二人がすっかり疑うことを覚えてるよぅ」 「誰のせいだ、誰の」 罠を警戒して一歩一歩をおそるおそる歩くフェイトちゃんたち。 彼女たちは当然のようにトラップ探知を行う。 「今度こそクロノの役に立つよ、私!」 「あー……ああ。がんばってくれ」 気合が結果を呼び込んだのか、フェイトちゃんは3d6で13という高い目を出す。能力値と合わせて達成値は18。これなら、たいていの探知できるトラップは発見できる。 「ど、どうかな……?」 「罠は無いみたいだよ!」 「ごめんクロノ、失敗しちゃったっ!?」 「いや、18でも見つけられないトラップってこのレベル帯じゃそうそうないって。フェイトちゃん」 「そうなの?」 「うん。大成功なんだよ?」 「やったよクロノ……!」 なんで一々クロノ君に報告するかと言えば、それは乙女心である。 「ああ。それじゃあ、本当に何も無い部屋みたいだし気にせず行こうか」 「れっつらごーやー!」 「うんっ」 部屋の出口を目指して歩くクロノ君たち。 彼らが出口に差しかかろうというところで――心苦しいが――わたしは彼らを呼びとめた。 「あ、ここで危機感知お願いね」 「トラップは無かったんじゃなかったのー!?」 「いや。トラップ探知で見つけられるトラップは無かったんだ」 「詐欺だよエイミィーッ!?」 フェイトちゃんの悲痛な叫びが響きつつ、危機感知は全員失敗。続いての エスカレーターだ。 彼らは、突如動き出した――空港とかにある直線エスカレーター――に乗せられて前に進んでしまったのだ。 「……って、へ?」 「あれ? 前に進むだけで終わりなの、エイミィ?」 「うん」 「…………」 「や、やだなぁ。どうしてみんな黙っちゃうの? そんな、凶悪なトラップコンボなんて用意してないよ?」 「…………」 「ああ、疑心暗鬼の目で見られてるぅっ!?」 そんなこんなで、クロノ君たちは第二フロアを突破したのだった。 ◆Middlr 03◆ 戦闘処理 続いてやってきたフロアでは、二匹の魔物が冒険者たちを待ち構えていた。 クロノ君たちが武器を握る手に、知らず知らずのうちに力が入る。 「戦闘だな、GM?」 「そそ。配置を説明するよー」 「がんばらないとっ」 ステージは縦横それぞれ20mになっている正方形の部屋。初心者導入編ということで、障害物は無し。 魔物は部屋の中央に陣取っていて、2体とも同じエンゲージにいる。 また、部屋の入り口(魔物から10m地点)にいるクロノ君たちも3人で1つのエンゲージを作っている。 必然的に部屋には2つのエンゲージ(魔物エンゲージと冒険者エンゲージ)が存在していた。 「エンゲージ?」 「距離の概念だな。エンゲージは、近接攻撃、白兵攻撃ができる近距離にいる状況だと思ってくれればいい」 「フェイトちゃんは剣で攻撃するタイプだから、敵にエンゲージしないと武器が届かないよー」 「ってことは、私は相手に近づけばいいんだね」 「そうそう」 「逆に、僕が使う魔法攻撃は射程が20mあるから、あえてエンゲージしなくても攻撃を当てることができる」 「クロノ君たちのパーティーはフェイトちゃんが敵にエンゲージして足止めをして、後ろからクロノ君とはやてちゃんが支援なり攻撃なりをするタイプのチームだね」 「ん。わかった」 「ん。大丈夫だね、フェイトちゃん?」 「私は近づいて斬ればいいんだね!」 「もしかして、わかったのってこそだけぇっ!?」 何はともあれ、戦闘開始。まずは 「はーい。魔物はセットアップでできる行動は無いよー。そっちはどうする?」 「クロノ君っ。クロノ君!」 「どうしたんだ、はやて?」 「エネミー識別、お願いしてもええかなぁ?」 「ああ、もちろんだ。《エンサイクロペディア》を使ってエネミー識別判定をするぞ」 「エネミー識別は……えっと……」 「対峙した魔物がどんなものか? ってのを調べることだよフェイトちゃーん。知力担当クロノ君の役目だね」 「そういうことだ。ここは僕に任せて見ててくれ」 「うん!」 クロノ君は難なくエネミー識別判定を成功させ、対峙したモンスターの正体を見破った。 相手は2体とも『インプ』。最下級の魔族で、角と羽を持った小悪魔。炎の魔法で攻撃してくる、ちょっと可愛い顔をしたエネミーである。 モンスターレベルは3。行動値は7。 「行動値7ということは、先にフェイトが攻撃することになるか」 「戦闘は行動値順で行動するからね。だから、この順番で行動することになるかな?」 一番手:フェイト(行動値10) 二番手:インプ(行動値7) 三番手:クロノ(行動値6) 四番手:はやて(行動値5) 「ふっ」 「え、えぇっ!? なんで不敵な笑みを浮かべるのはやてちゃんっ!?」 「エイミィさん! ここで、あたしはクロノ君に《ヘイスト》やっ」 「うぁっ!?」 《ヘイスト》はセットアップで使う、対象の行動値を はやてちゃんの《ヘイスト》は1レベルなので、今回はクロノ君の行動値が1d6だけ上昇することになる。 エネミーとキャラクターの行動値が同じだった場合はキャラクターが先に行動するので、今回は行動値6のクロノ君は1d6がどんな出目でも行動値7のインプに先制を取れることになるのだ。 「っというわけで、《ヘイスト》! クロノ君の行動値に+1や!」 「くきー! でも、先制を取られたくらいじゃ勝負はわからないよっ!」 そして、 「えっと、インプに近寄って攻撃すればいいんだよね?」 「ああ、そうだ。タイミングとか宣言とかは分かるか、フェイト?」 「大丈夫だよ、クロノ。私だって、そこまで何も分からないわけじゃないから」 「そうか……む、むぅ」 「しすこーん」 「誰がシスコンだはやてぇぇぇえええっ!」 行動順番が回ってくると、キャラクターは『マイナーアクション』と『メジャーアクション』を行うことができる。 『マイナーアクション』は『メジャーアクション』の前にやるもので、移動やスキルを使って後に行う『メジャーアクション』の強化を行うなど、補助的なもの。 『メジャーアクション』はメインになる行動で、主に『判定』を必要とする『攻撃』や『回復』などを行う。『メジャーアクション』で使えるスキルは攻撃力を大幅に上昇させたり、攻撃範囲を拡大したりすることができる。 「それじゃあ、マイナーアクションで移動して―――メジャーアクションで、《バッシュ》!」 素早く切り込んだフェイトちゃんが両手で握る剣を振りかざし、1体のインプに叩きつける。 もちろんインプは攻撃を回避しようと試みるため、攻撃が命中するかどうかを『判定』で求めることになる。 「フェイトちゃん、命中判定!」 「うん! 私の命中率4に2d6を加えて……っ」 ころころころとダイスが転がる。 出目は5と6で、合計11。フェイトちゃんの命中4と合わせて、達成値は15。 「ってぇ、フェイトちゃんのダイス目高ぁっ!? こっちの回避は4だから、2d6で11以上出さない攻撃を避けられないわけなんだけど……」 「ほとんど無理やねー。ご愁傷様ですー」 「うわぁああんっ!? 出してやる! ここでクリティカルを出してやるぅっ!」 「初心者導入用戦闘でむきになるなエイミィーッ!」 ちなみに、命中判定に対する回避判定のように『能動側』と『受動側』がいる判定の場合は、『受動側優先』のルールがある。 『能動側』と『受動側』で達成値が同じだった場合は『受動側』の勝利になるのだ。 だから、能動側のフェイトちゃんが命中判定で出した達成値15を超えれば、受動側のインプは攻撃を避けられるのだ。 一縷の望みを賭けたダイスが机を転がる。 2つのダイスのうち、1つは6の目を出して止まり――― 「あ――――っ!?」 もう1つは、2の目を出して止まっていた。回避能力値4と合わせて、達成値は12。回避失敗である。 「くぅう! ―――剣が閃いた! インプがそう思った時、既に刃は魔物の体に食い込んでいた!」 「よーっし、今度はダメージロールや!」 「え、ええと……!」 フェイトちゃんが、スキルなどの修正を加えてダメージを算出するためのダイスを握る。彼女の手に握られたダイスの数は、4個。 4個の出目を合計したものに、フェイトちゃんの武器の攻撃力9を足したものが、今回のフェイトちゃんの攻撃のダメージになる。 「え―――――いっ!」 どざらーっと机の上にぶちまけられるダイス。 その目の合計は―――13。ダメージは22。 「うわ、痛ぁっ!? フェイトちゃんが叩き出したダメージ22からインプの防御力4を引いた18が、インプのHPへのダメージになる。 インプのHPは31。残りHPは13。フェイトちゃんの1撃で、実に半分以上のHPを削られてしまった。 「やった、やったよクロノ! 私……がんばったよ!」 「ああ、よくやったぞフェイト」 「あ、あのね……?」 「なんだ?」 初めての攻撃が成功して嬉しいフェイトちゃんが、喜色を浮かべていた表情を赤面に一変させ、言った。 「やっぱりいいや……」 俯いてもじもじとしているフェイトちゃん。 その様子に引っかかるものを感じつつも、 ええいっ。フェイトちゃんは頭を撫でて欲しかったんだよクロノ君! 「? ま、いいか。それじゃあ、今度は僕の行動だ」 寂しそうなフェイトちゃんの様子に気づかないまま、クロノ君が戦闘行動に移る。 クロノ君が掲げた杖の周囲が急に冷え込み、氷の槍が顕現した。 「メジャーアクションで《ウォータースピア》だ。対象は、フェイトに攻撃を受けたインプ!」 「ちっくしょー! 怪我人、いや怪我モンスターはいたわれぇぇえっ!」 クロノ君の8+3d6という圧倒的な命中値を誇る魔法が空を引き裂く。 たかだか4+2d6の回避力しかないインプに、飛来した氷の槍を躱す術は無かった。 「そんなん避けられかぁぁぁああっ! ええい、ダメージプリーズぅっ!」 「じゃあ、 氷の槍がインプの身体に突き刺さる。それでもインプは倒れなかったが、クロノ君の狙いはまったく別のところにあった。 硬い氷の杭を穿たれ、インプの身動きが取れなくなってしまったのだ。 「HPにダメージが入ったからバッドステータス[放心]をプレゼントだ」 「あぁぁあああっ!? TRPGでもいやらしい戦い方だよクロノ君っ!?」 バッドステータス[放心]。[放心]を受けると、ラウンドの終了(全員の行動が終了)するまで全ての判定でダイスが1個減るのだ。 つまり、[放心]を受けたインプは攻撃の命中判定や、相手からの攻撃を回避する判定において、ダイスが1個減った状態で判定を行わなければならなくなる。 現実ではバインド魔法を多用するクロノ君だけど、こっちでも戦い方はいやらしさ全開だった。 「う、うるさい! とにかく、これでそっちのインプは戦闘力が大幅に下がった。このために《ウォータースピア》を取ったんだ」 「くきー! くきー! インプの行動順! 生意気なクロノ君に向けて《ファイアボルト》だぁぁあああっ!」 「八つ当たりかぁっ!?」 傷ついたインプがやぶれかぶれの火球攻撃を行うが―――悲しきかな、ダイス−1個。 クロノ君に当たるはずは――― 「こっちの命中判定の結果は11じゃー! ほら、避けろ! 避けてみろクロノ君ぅぅうう!」 「…………」 「ど、どうしたのさ? 急に黙りこくっちゃって」 「いや……回避判定の結果、ファンブルだったんだ……」 「…………」 「…………」 どれだけ戦術を練ろうが、ダイス運に見放されれば泣き寝入りだ。 自信に裏打ちされた済まし顔を浮かべていたクロノ君を、火球が包んだ。 「HPの4分の1が持っていかれた―――っ!?」 「クロノが危ないよっ!? は、早く決着をつけようはやて!」 「せやね! けど……」 「ふっふーん! まだ、もう1体のインプの行動が残っているんだなー。しかも、こっちは[放心]を受けてないから普通に2d6触れるよ!」 「クロノが危ない!?」 「いや、目の前で危ない武器を振り回すフェイトちゃんを狙います」 「私が危ないっ!?」 ぽーん、と。今度はフェイトちゃんに放られる火球。だがこの時、 フェイトちゃんはセッション開始時から様々なうっかりをやってきててっきりどべっ子だと思いこんでいたが…………。 「命中判定の達成値14じゃー! 避けられるものなら避けてみろー!」 「回避判定、えい。あ、19」 「…………」 フェイトちゃんは 火球よりも遥かに素早く動いたフェイトちゃんは、インプの視界から掻き消えてしまう。 「ここであたしの行動! フェイトちゃんに《ジョイフル・ジョイフル》で再行動や!」 「って……ことはぁっ!?」 「フェイトちゃん、さっきのインプにもう1回攻撃やー!」 「任せて! クロノは絶対に助けるんだから―――ッ!」 「いやぁぁぁああああ慈悲をちょうだぃぃぃいいいっ!?」 傷つき、さらに[放心]が入ったインプが対抗できるはずもなかった。 回避行動と連動した素早い斬撃の前に、1体のインプが崩れ落ちる。 「残り1体―――っ!」 一瞬で相方を撃破されたインプに、抵抗する術なんてなかった。 「ヘイストヘイストヘイストー!」 「バッシュバッシュバッシュー!」 ◆Middlr 04◆ 毒か回復か 無事に戦闘ゾーンを潜り抜けたクロノ君たち。続いて彼らを待ち受けていたフロアには、2本のレバーがあった。 「これ、どんなものかわかる?」 「トラップ探知してみてー」 「15だったよ」 「ん。それならわかるよ」 2本あるレバーだが、動かせるのは1本だけである。 どちらかが毒の泉、どちらかが回復の泉を出現させるものであるが、どちらがどちらかは分からない。 「回復の泉を引き出すには【幸運】判定で12の達成値が必要だよ。まあ、いわゆる運試しなんだけど。やってみない?」 「えー……爆発せえへん?」 「さすがにこれ以上爆発ネタは引っ張らないよっ!?」 相変わらず疑心暗鬼にかられた3人は小会議を開始する。 ややあって、3人の総意をクロノ君が口にした。 「ここは無視する」 疑心暗鬼は果てしなく根が深かった。 挑戦さえしてもらえないとは……とほほ。 ◆Middlr 05◆ 槍ぶすま! ダンジョンの折り返し地点も過ぎた5つ目の部屋。 そこは、床一面が穴だらけのトラップゾーンだった。 「っというわけで、あと3部屋でゴールだよー!」 「ばらしてええんそういうことっ!?」 「…………」 「…………」 「…………」 「き、聞かなかったことにして!」 「むーん」 「いや、はやて。今のはトラップだ」 「っは、そうか。そうやって3部屋目でこっちの全力を引き出させて消耗させたあげくに、その奥にもっと酷い部屋があるんやね!?」 「とことん信用されてないなぁわたしっ!?」 この部屋に設置されたトラップは《スパイクボード》。 トラップにエンゲージしたキャラクターにぶすぅっと突き刺さるトラップだ。 「えっと、解除すればいいのかな……?」 「このトラップ、解除できないよ」 「えぇ―――っ!?」 「この部屋のルールはこう!」 部屋の床一面に穴があいており、床全てがスパイクボードに見えるが、違う。 スパイクボードは一部の床だけであり、その他の床はただ穴が空いているだけである。 また、床にはいくつかの障害物が置いてある。 障害物の関係で、この部屋を通り抜けるルートは3つに限定されていた。 「一つは最短ルートで真っ直ぐ突っ切るよ。一つは迂回ルートで、壁伝いに長く移動するよ。一つは中間ルートで、帯に短したすきに長しだよ」 「なあ、エイミィ。どのルートが正解、というかダメージを受けないかを判別する材料でも見当たらないか?」 「ううん、見あたらないね」 「どうしようか?」 「そうだな……」 悩むクロノ君。経験者として、ここは何か案を浮かべたいところだろう。 しかし、天啓が閃いたのは彼ではなくはやてちゃんだった。 「なーなー、クロノ君」 「なんだ?」 「ちょっと外道戦法なんやけど」 「うん?」 クロノ君を手招きして、彼だけに聞こえるように耳打ちするはやてちゃん。その姿にむっとするフェイトちゃん。 それにわたしだけが気づいて冷や汗を流していると、やがて相談が終わって。 「GM」 「ほ、ほいさ?」 「穴の上から覗き込めば中に槍があるかどうかは、分かるか?」 「うん、分かるよー。でも、槍の上に乗ると刺されるよー?」 「問題無い」 その時、はやてちゃんがにやぁっと笑った。 「 「へ?」 「ふぇ?」 そこで、わたしはとあることを思い出した。 「あーっ!? そういえば、種族スキルは何を取得したか聞いてなかったっ!?」 「はやては《ウィング》を取得しているんだよ」 「《ハーフブラッド》かっ!?」 「そういうことだ」 種族スキルとは、各種族に割り振られたスキルである。アリアンロッドでは、人間、エルフ、ドワーフ、フィルボル、亜人などの種族になることができる。 クロノ君たちはみんな人間でキャラクターを作っているが、《ハーフブラッド》という人間の種族スキルを使うと異種族の種族スキルを取得することができる。 はやてちゃんはそれを使って翼を得ていたようだ。 ちなみに、クロノ君とフェイトちゃんは種族スキルで能力値の底上げをしている。 「ううぅ……3分の1ギャンブルゾーンがぁ……」 「手酷いトラップを作るから僕らが疑心暗鬼になるんだ!」 「さっきの部屋のレバーを動かせば罠の位置が分かるようになってたんだよ!?」 「……そうだったのか?」 何はともあれ。 こうして、クロノ君たちは無事にトラップゾーンを抜けたのだった。 しくり。 ◆Middlr 06◆ ダンジョンと言えば……? 最後の部屋の、1つ前。ここには最後のトラップを仕掛けていた。 ダンジョンと言えば定番のトラップだ。これを抜きにしてダンジョンは語れない。 そのトラップに、クロノ君たちは度肝を抜くことになる。 「っというわけで、ラスト一歩手前のフロアだー!」 「心理トラップには引っかからへんよ!」 「だからトラップじゃないんだってぇっ!?」 「それで、エイミィ。トラップ探知してもいいかな?」 「ううぅ。TRPG初めて3時間も経ってないのに、もうフェイトちゃんがシーフらしく行動してるよぅ……」 「……それは喜ばしいことなんじゃないか?」 「初々しさが大事なんだよっ!」 「疑心暗鬼を植えつけたのはどこのどいつだっ!」 「ここのあたしだぁぁああああっ!」 「だから開き直るなぁぁああああああっ!?」 トラップ探知は、なんと21の達成値を叩き出す。 フェイトちゃんの鍛えぬかれたシーフ・アイが、この部屋に設置されたトラップを見破った。 「あそこに落とし穴があるよ!」 「……あれ、それだけなのか?」 「うん、みたい」 「……エイミィ」 「うんー?」 「落とし穴の上に、さっき戦ったインプを投げ込む」 「うぉーいっ!?」 どさっ! と重い音を立ててインプが落ちる。 落とし穴はさほど深くなく、落下してもダメージを受けそうじゃなかった。 何せ……。 「落とし穴の中にはクッションが敷かれてるよ!」 「何のためにあるんだこの落とし穴はぁぁああああっ!」 せっかく仕掛けた定番トラップを無視して、クロノ君たちはフロアの奥に進む。 そこには扉があって、開閉スイッチが設置されていた。 「断言しよう!」 「突然なんや、エイミィさんっ!?」 「いや。このスイッチはトラップじゃないよ」 「怪しいなぁっ!?」 「嘘じゃないよ! 疑うならトラップ探知してみてよ!」 「うん。するね。えいっ」 「迷いなく疑われたっ!?」 ころころころと転がったダイスは、なんとクリティカルを出した。 「罠は何っ!」 「いや、だから無いんだって、罠」 「…………」 「ほんとほんと、ほんとだって」 「……ほ、ほんとに?」 「うん」 「じゃあ、スイッチ押そうか……」 「そうだな」 「せやな」 スイッチがぽちっと押される。爆発も落とし穴も無かった。 しかし、がんっ! という音が響きフロアへの入り口が閉ざされてしまう。 「ふぇ……?」 「罠は無いって……罠は無いって言ったのにっ!?」 けたたましい音が何度も響いた。重い物が落ちる音。大きい何かが回転する音。 お腹の奥に響くような重い音がずんずんと響く。 「嫌な予感が……ものすごく嫌な予感がするんだが……」 全ての音が鳴り止むと、クロノ君たちの背中の方向にある壁ががばっと開いた。 視線をそちらへ向けると、なんとずっと奥に入り口のフロアが見える。 また、クロノ君たちのフロアから入り口のフロアまでの道には、今まで通過してきたトラップゾーンの全てが並んでいた。 「入り口まで一直線になったね……」 「エイミィさん、なんでこないなことを……」 ただ。たった1人だけ何が起こるかを理解したクロノ君が、叫ぶ。 「逃げろぉぉ―――ッ!」 その叫び声とほとんど同時に、最深部に続く扉が開いた。にゅっ、と、 「うん、そう。 デスローラー。 横倒しになった円柱状をしていて、回りにぐるっと鋭いトゲがついている。 一直線上を転がってその上にある全てを薙ぎ倒すトラップであり、非常に強力高威力。 もちろん、冒険者がデスローラーに轢かれたら―――エロい意味抜きで18禁な状況になる。 「で、デスローラーの行動値と出口までの距離はいくつだっ!」 「出口までは120m。デスローラーは毎ラウンド最後に20m動くよ」 「僕たちで最も移動力が低いのははやての最大20mだから、なんとか追いつかれずに済むか……」 一応の勝算を確認して駆け出そうとするクロノ君。けど、 「あかんよクロノ君! ダンジョンの途中には、10mのエスカレータがあるやん!」 「っは、そうかっ!?」 「へ? エスカレーターって、進むんじゃなかったの……?」 「それは行きの話だ。今度は帰りだから……」 ―――エスカレーターで、10m戻される。 「まずい、これじゃあ押し潰される!?」 「ど、どないしようっ!?」 「あ。デスローラーの攻撃力40だから」 「生き残れるかそんなもんっ!」 「《プロテクション》があればダメージ軽減して、 このままでは詰んでしまう状況に焦るクロノ君たち。 だが、デスローラーは彼らが妙案を浮かぶまで待ってはくれない。 ごとりと動き出し、その凶悪な牙で周囲を蹂躙すべく動き出す。 「クロノ!」 それはギリギリのタイミングだった。 「それに、はやても! こっちっ!」 フェイトちゃんが2人を引っ張って、駆け出す。 デスローラーが彼らを追って走り出した。 クロノ君とはやてちゃんが、背に迫る圧迫感に表情を強張らせる。 「―――飛び込んで!」 その中で、唯一冷静だったフェイトちゃんが。 CLIMAX PHASE ◆Climax◆ 変えるためにあるもの 落とし穴に入ってデスローラーをやりすごしたクロノ君たちは、入り口まで続くデスローラーの爪あとを見やって背筋が寒くなる思いをしていた。 一歩間違えれば、自分たちもあの惨劇の一部となっていたのだから……。 「よく気づいたな、フェイト」 「うん。エイミィって無駄なことは言わないから、言葉の節々を拾っていったらもしかしたらって思ってね」 「しっかし、まさかトラップを使うてトラップを回避するなんて思わへんかったなぁ。フェイトちゃん、ほんとお手柄や」 「えへへ」 フェイトちゃんがはにかんだ笑みを見せる。照れながらも嬉しそうだ。 「さて。これほど大掛かりな仕掛けが作動したんだ。次のフロアがボス戦だと思っていいだろう」 「せやね。回復しとこか」 「ああ、頼む」 「あ、私もお願い」 「任せとき! はやてちゃんの クロノ君もフェイトちゃんも、体力が全回復していた。 続いて、キャラクター作成時に購入していたMPポーションを使って消費したMPを回復していく。 「準備は終わったかな? 一応、開いた扉の奥を見るとボスっぽいのが待ってるんだけど」 「も、もう1つだけ!」 「なーにー?」 「フェイトちゃんに《ホーリーウェポン》!」 《ホーリーウェポン》。対象の武器攻撃力を これにより、9だったフェイトちゃんの武器の攻撃力が12になる。 「これで今までよりもずばずば切れるはずやー!」 「ありがとう、はやて」 「ふふりー」 準備を終えたクロノ君たちが、最後のフロアに入る。 そこには、最奥に設置されたテレポーターを守るように座している一体のゴーレムの姿があった。 ゴーレムといえば角ばったデザインと鈍重な動きを思い浮かべる人が多いだろうが、このゴーレムは違う。 特殊な金属で作られた体は鋭角的であり、どことなく流麗さも感じさせる。かと言って、貧弱なわけではない。 侵入者に気づいたゴーレムは身を起こすと、力強く大地を踏み砕いた。 「ゴーレムか。嫌な相手だな」 「せやね。あの硬い装甲はフェイトちゃんに不利や」 「わ、私……がんばるよ?」 「いや」 クロノ君の指示で、はやてちゃんはフェイトちゃんに《ヘイスト》を掛ける。ゴーレムが突撃のための予備動作を行った瞬間に、疾風となったフェイトちゃんが切り込んでいた。 しかし、横薙ぎの剣閃は深く身を沈ませたゴーレムの頭を掠めて空を切る。 たたらを踏んだフェイトちゃんにゴーレムのアッパーカットが伸びた。風を裂いて打ち上げられた質量の塊は、けれどフェイトちゃんを捉えることはできなかった。 すんでのところでフェイトちゃんは身を捻り、鉄塊の一撃をやりすごしていたのだった。 「―――がんばるのは、僕だ」 大きく腕を振り上げ、がら空きとなったゴーレムの胴体。そこに、クロノ君の魔法が打ち込まれる。 ゴーレムは硬い鎧に守られていて剣や銃ではなかなかダメージを与えることができない。 反面、魔法に対しては無力と言ってもよく、魔法に対する抵抗力は皆無なのだ。 だからこそ、クロノ君の一撃は必殺になる。 「命中判定―――」 ころころと、3つのダイスが机の上を転がった。1つは 「―――ふぁんぶる」 そのセリフは、やけにシリアスな声で吐き出されることとなった。 「だめやぁぁああああっ! かっこつけたらだめやなぁピンゾロハンター!?」 「ほら! かっこうつけるからファンブルになるんだよピンゾロハンター!」 「クロノ、ちょっとかっこわるいよ…………?」 世の中、そんなもんである。 必中のタイミングを狙って放たれた氷槍は、術者の手元が狂い明後日の方向に行ってしまった。 「んもー。ピンゾロハンターは格好付けるとダメな からかうような 怒って―――は、いない。 それどころか、どこか楽しんだもの特有の笑みを口元に浮かべている。 「運命か。 誰が気づいただろうか? ゴーレムと無関係な方向に飛んだ氷槍が、空中でくるりと回るとその穂先を鉄の巨人に向けたことに。 それは、本来ならありえない光景。起こった事象が別のものに成り代わる瞬間。 定められた 「フェイトの力で、僕はこの判定を振りなおす!」 ―――『フェイト』。それは、キャラクターが秘めた、運命に抗う力である。 全てのプレイヤーキャラクターは基本的に5点のフェイトを持っており、それらは以下の奇跡を起こす。 ・フェイトを1点使い、判定を振り直す。 ・フェイトを消費した分だけ、判定で振るダイスの数を増やす。 ・フェイトを消費した分だけ、ダメージや回復といったダイス目で結果が変動するもののダイス数を増やす。 クロノ君はフェイトが持つ最初の力『判定の振りなおし』でファンブルをキャンセル。もう1度判定をやり直すのである。 「 槍氷の穂先は、今度こそゴーレムの胴体にしっかりと食い込んだ。そのあまりの勢いに鉄の鎧がひしゃげ、圧壊音が響く。 「ダメージにフェイト2点使用! くらえっ!」 フェイトで増加された氷槍はゴーレムのHPの3割強を削り取った。 鎧が潰れる音はまるで悲鳴のようだ。 「続けてクロノ君、もう1回! 《ジョイフル・ジョイフル》で再行動やっ!」 ふいに、耳障りな悲鳴が消えてしまう。いや、掻き消されてしまう。 柔らかな音がその他の全てを包み込んでしまっていた。 はやてちゃんが吹くハーモニカの音だ。 「ああ、任せておけ」 神官が奏でるメロディはたった1人のために演奏されていた。神官の魔力と、そして――もしかしたら想い――が乗せられた音楽は、そのたった1人に果てしない活力を与える。 魔導師クロノの手には、いつも以上に高速で展開された魔法陣が浮かんでいた。 「《 氷槍に縫いとめられて身動きが取れないゴーレムに、さらに氷槍が突き刺さる。 ゴーレムは、すでにその原型を半分ほどしか留めていなかった。 ―――第1ラウンド終了。 ―――続いて、第2ラウンドセットアップ。 「はやて。僕の行動、ゴーレムより速くできるか?」 「あたしの実力じゃ無理やね。《ヘイスト》のダイスは1個しか振れへんから、行動値6のクロノ君を行動値11のゴーレム以上にするのは無理や」 「そうか」 「せや。 はやてちゃんが神官魔法を唱え、クロノ君が光に包まれる。加速の呪文だ。 だが不思議なことに、クロノ君を包んだ光はいつもよりもずっと大きなものだった。 「《ヘイスト》にフェイト3点使用!」 フェイトの力で強化された神官魔法が、クロノ君に常以上の速さを与える。 その行動値―――16。 「喰らえ、ゴーレム!」 身を縛る氷槍から抜け出したゴーレムに、新たな氷槍が迫る。いや、それは氷槍ではない。 強大に膨れ上がった氷の塊は槍と呼ぶにはあまりにも大きすぎ、言うなれば氷の尖塔だった。 「ダメージに《マジックフォージ》使用! そして、ダメージにフェイト3点投入!!」 《マジックフォージ》。魔術師が持つ切り札で、魔法の威力を引き上げる秘術。 これにより放たれる魔術は―――まさしく、必殺。 巨大な氷の尖塔が、巨大なはずのゴーレムをいとも簡単に圧殺する……! 「―――クロノ君の氷結魔法が、ゴーレムを粉々に粉砕する!」 それは宣言だった。ボスを倒したという宣言だった。 目の前の障害を撃破したことに、クロノ君たちは安堵のため息をつく。 「やったねクロノ! 私……あんまり役に立てなかったけど。でも、みんな無事だったからいいよ!」 戦闘を終えてゆるかなーなムードになるフェイトちゃんたち。 「ゴーレムは倒された! しかし、砕けた鎧の中からさらにエネミーが飛び出してくる!」 「なんだってっ!?」 「ターゲットはゴーレムとエンゲージしているフェイトちゃん! たぁっ!」 「ずるいよエイミィ!」 ゴーレムの中に入っていたゴーレムがフェイトちゃんに拳を振り上げる。 突然の奇襲に驚いて 「《バッシュ》! それに、ダメージで《ボルテクスアタック》! それと、フェイト3点消費!」 「《ディスコード》もプレゼントや、フェイトちゃん!」 ―――しかし、身体はきっちりと反応していた。 ゴーレムより疾いフェイトちゃんの剣が、はやてちゃんの歌に応援されて、刀身すら見えない速度で走る。 《ボルテクスアタック》はウォーリアの切り札で、ダメージを飛躍的に上昇させるスキル。 《ディスコード》はバードの真髄で、自分以外の誰かが行う攻撃の威力を、やはり飛躍的に上昇させるスキル。 これらにフェイトまで加えた一撃は、凄まじいまでの威力を発揮した。 「ダメージ―――48!」 刃がゴーレムの胴に食い込んだかと思えば、その鋭さと重さ、そして勢いをもって断ち切ってしまう。 あまりの速さで振り抜かれた剣を追いかけるように旋風が渦巻き、乱気流に巻き込まれたゴーレムの胴体がくるくると宙を舞った。 ―――ゴーレム、HP40。装甲値8。 すなわち、残りHP0。 「やった…………」 ごとん、と。重い音を立てて2つに断たれたゴーレムが地面に落ちる。すると、もう冒険者の前に立ちはだかる障害は何一つとしてなかった。 「やったよ…………!」 フェイトちゃんの歓喜の声を聞いて、満足そうに頷くクロノ君。 にこにこと笑みを浮かべているはやてちゃん。 「ああ。これでミッションクリアだ」 「やったなー、フェイトちゃん。最後は格好良かったよー」 そして、満円の笑みを浮かべて喜ぶフェイトちゃん。 「うんっ。うんっ! うん!」 ―――彼らの笑顔を映しながら、物語の幕は閉じられた。 ENDING PHASE ◆Ending◆ 一緒に旅してくれますか? ―――物語の幕は閉じた。何故だ? それは、物語が終わったからだ。 終わった物語は二度と続きを紡がれることはない。 何故なら、物語が終わったのだから。 でも。 ―――本当に、 「それじゃあ、エンディングフェイズ入るよー!」 「了解やー」 「えっと。エンディングフェイズは、それが終えて物語を終える、幕引きみたいなもの……だよね?」 「そうだな」 「違うよ」 「どっちなのぉっ!?」 別々のことを言うあたしとクロノ君。そのどちらを信じればいいか分からず、困惑するフェイトちゃん。 その様子を微笑ましく思いながら、わたしはGMとして一つの冒険を終えた冒険者たちを見渡すと、一拍だけ間を空けてから言った。 「―――君たちには2つの道がある」 ゴーレム、引いてはこの遺跡が守っていたのは最深部に設えられた魔法陣だ。番人が消えた今、魔法陣は淡く輝いている。 調べればすぐに分かったのだが、魔法陣はトランスポーター。どこか――おそらくは別のダンジョン――に移動するためのものだった。 「ああ、そういうことか」 輝く魔法陣を前にして、クロノ君が振り返る。その目にはデスローラーによってめちゃめちゃに破壊されてトラップが全て壊滅した通路が映っていた。 漆黒の魔導師がため息を付く。 「 ギルド。それは冒険者同士で作るチームである。同じギルドに所属する冒険者は仲間として共に困難に立ち向かっていくことになる。 クロノ君たちは、まだギルドを組んでいなかった。 「なあ、2人とも」 クロノ君の声を受けて、フェイトちゃんとはやてちゃんの顔が強張った。 「僕たちには2つの道がある。それは戻るか進むかだが、そこには前進後退以上の意味がある」 ―――さて。 物語は閉じられました。幕が降り、彼らは彼らのストーリーを終わらせました。 「戻れば終わりだ。僕たちはここで別れ、それぞれの道を生きていくだろう」 ―――でも。 本当に物語は終わり? 本当に幕を引いていいの? 「だが、進めば違う。僕たちはどことも知れぬ場所に共に挑むことになるだろう。そうなれば困難があるだろうし、苦難があるだろうな」 ―――だって。 「いいよ、進もう」 「そんな畏まらなくてもええよ、クロノ君」 ―――物語はまだ終わらないから。 「むしろ、クロノ君こそー!」 「私たちと一緒に、冒険してくれる?」 ―――閉じた幕を上げましょう。 「君たちが望むなら、僕はかまわないさ」 「むぅ。クロノ君可愛くない」 「違うよ、はやて。クロノは照れてるんだよ」 「あっははは! かわええなぁクロノ君」 「なぁっ!? ち、違ぁ―――っ!?」 ―――彼らにはまだ、無限の物語が続いていくのだから。 超あとがきへ。 |