その1
その2
その3






†ヴィータ師匠の鬼修行〜座学編その1〜


「今日は勉強するぞエリオっ!」

「はいっ! ……けど、何の勉強をするんですか?」

「当ててみろよ」

「えぇっ!? う、うー……ん。執務官試験の勉強をしてもしかたがないですし、学校の入学試験も違うでしょうから……」

「あーっ! お前を待つと日が暮れそうだからあたしが答えるっ!」

「自分から質問しておいてそれですかぁっ!?」

「今日は駆け引きの勉強をするぞっ!」

「……か、駆け引きですか?」

「そうだ、駆け引きだ。これはすっげー大事なことなんだぞ。だから心して聴けよ!」

「は、はいっ!」

「今日は初歩的な話だけするからしっかりと覚えろよな。座学系は講義した次の日にテストするからなっ!」

「え、えぇっ!?」

「騒がず聴けぇっ!」

「ヴィータ副隊長アイゼンは酷―――(ぐしゃぁっ)」


  〜しばらくお待ちください〜


「……ったく、軟弱だぞ。そんなんだからぶつぶつぶつぶつ」

「うぅ。こ、講義をお願いしますヴィータ副隊長……」

「そうだったな。それじゃあ始めるから、耳の穴をかっぽじってよーっく聴けよ!」

「はいっ!」

「今日は、相手が長期戦を狙っているのか、短期戦を狙っているかの見分け方だ」

「あ、はいはいっ! それなら多分答えられま―――」

「―――うるせぇっ!」

「は、はい…………」

「一般に、相手が魔力消費の小さな魔法を行使してくるなら長期戦、魔力消費の大きな魔法を行使してくるなら短期戦を狙っていると想定できる」

「(一応、それくらいは陸士研修生時代に教えてもらっているんだけどなぁ……)」

「何故そう言えるのか。自信があるなら答えてみろ、エリオ・モンディアル!」

「はいっ! 魔導師が保有できる魔力は無限ではなく、よって魔力を消費して行使される魔法も無限にしようできるわけではありません」

「それで?」

「魔力は基本的には戦闘中に回復を行えません。そのため、戦闘中には有限の魔力を適切に運用する必要があります」

「ほう」

「有限なものを多量に消費すれば残りは僅かです。そうなってしまえば、攻防に魔力を消費するのが魔導師ですから、長期の戦闘は望めません」

「以上のことから、多量に魔力を消費する魔法を行使してくる魔導師は短期戦狙いであり。また、少量しか魔力を消費しない魔法を行使する魔導師は長期戦狙いだと言える。か?」

「はいっ!」

「50点だな」

「満点は100点ですか……?」

「ああ。そんで、合格点は60点だ」

「不合格ですか僕っ!?」

「お前が合格できるように講義をしてんだよっ! わかったら黙って聴いてろっ!」

「は、はいっ!?」

「―――ったく。いいか? そんな、教科書しか知らねぇよーじゃいつか死んじまうぞ」

「はい…………」

「まず、魔力への認識を改めろ。お前は魔力を何だと思ってる?」

「え、魔力ですか? 魔法を使うための源……じゃ、ないんですか?」

「30点だな。それは魔導師にしか当てはまらない」

「どういうことですか……?」

「なあ、エリオ。どうして魔導師は魔力が無くなるとぶっ倒れると思う?」

「あ…………」

「魔力は精神エネルギー ――そのものでもないが――なんだよ。だから、これが無くなれば生物は昏倒する」

「精神エネルギー…………ですか」

「そうだ。だから魔力の源リンカーコアへの直接ダメージは重度の後遺症を引き起こす可能性があるんだよ」

「あ、そうか。魔力の源ってことは精神エネルギーを生み出す場所ってことだから」

「精神の失調や神経系が切断されたのと同じ症状。他には植物人間状態なんてことも起こりうるわけだ」

「うわぁ…………」

「いいか、エリオ。よほどのことが無い限り、リンカーコアへ直接ダメージが入るようなことをするなよ。騎士なら正々堂々、真正面から戦って勝て! リンカーコア狙いなんてのは……最低だ」

「あ、あの……ヴィータ副隊長?」

「……なんだよ」

「少し休みませんか?」

「これからが本題だぞ」

「いいから休みましょうっ! そうしましょうっ! 僕、売店でお茶とお菓子を買ってきますねっ!」

「あっ! だから待―――」

「速さだけが取り得ですからっ!」

「―――もういねぇっ!? …………ったく、あのばか」

「……………」

「……ごめんな。ありがとう」







†ヴィータ師匠の鬼修行〜座学編その2〜†


「すいませーん。ペットボトルのミルクティーを2本と、そこの箱入りクッキーをお願いします」

「ああ。800円だ」

「ありがとうございま―――」

「うむ、釣り銭は無いな。助かるぞ」

「―――シグナム副隊長っ!? 何をやっているんですかっ!?」

「売店の売り子以外の何に見える?」

「何者にも見えません…………」

「はっはっはっ。こういうことも経験してみるものだな。思うよりも奥深いぞ?」

「いや、なんで売り子なんてしているんですかっ!?」

「ああ、出入りの店員が腹痛を起こしてな。今は救護室で休んでいるんだ」

「は、はぁ」

「そこで、救護室でシャマルとテレビを見ていた私が代理を務めることになったんだ」

「何をしているんですかシグナム副隊長っ!?」

「いや、ごきげんようが毎日楽しみでな」

「…………」

「こんな暮らしができる日が来るだなんて思ってもみなかった」

「そりゃ、普通は働いているでしょうからねこの時間帯っ!?」

「そういうことじゃない」

「は、はい……?」

「こうして、自らが望むことをやれる日々。そんな時間を得られるなんて、私は本当に思っていなかったんだ」

「どういうことですか……?」

「私も色々と複雑な事情があるということさ」

「は、はぁ」

「ヴィータもそうだぞ?」

「そこでどうしてヴィータ副隊長の話になるんですかっ!」

「くくく。顔が赤いぞ」

「それは……まぁ……その……」

「あれと何かあったのだろう? それくらいは予想できるさ。六課の隊員たちが普段は何をしているかなんて知っている。副隊長だからな、私は」

「シグナム副隊長…………」

「まあ、ヴィータの心配をするにはお前はまだまだ未熟者だ。まずは自分のことを考えた方がいいな」

「そんなことわかっていますよっ!」

「本当か?」

「本当ですっ!」

「それでも心配になったんだろう?」

「はい……」

「恋慕か?」

「……答えなければいけませんか?」

「できればな」

「……わかりませんよ」

「青いな」

「……いけませんか?」

「戦場ではな」

「……ですよね」

「けれど、悪くはない。何せ、その青さこそがお前の望む騎士の形を作っている」

「……………」

「お前は欲張りだ、エリオ。騎士になったお前が守ろうとするものはあまりにも多すぎる」

「……高望みが過ぎるでしょうか」

「さあな?」

「むぅ」

「今のお前では望めど無理さ。けれど、明日より先のお前なら望まずとも自然にやれてしまうかもしれない。流石の私も未来は知れないさ」

「……ですか」

「だな。まぁ、今はヴィータの下でしっかりと学んでこい。時期が来れば私もお前を鍛えてやる」

「……」

「不満か?」

「いえっ! よろしくお願いしますっ」

「良い返事だ。ところで、戻らなくていいのか?」

「あ、はい。すぐに戻りますっ! 色々とありがとうございました、シグナム副隊長っ!」

「ああ、気をつけろよ。転ぶなよ」

「転びませんよ!」

「…………」

「……ふぅ」

「し〜ぐなむっ!」

「シャマルか」

「んもう、驚かないなんてつまんない」

「気配は感じていたからな。ずっと聞いていたのだろう? 盗み聞きとは趣味が悪いぞ」

「聞こえたんだも〜んだ。それにしても、ヴィータちゃんとエリオ君はどんどん仲良くなってるわね」

「そうだな」

「このままゴールインまで行っちゃったりして。あぁ、でもそしたらキャロちゃんはどうするのかなぁ。もしかして三角関係かしら? やだ、エリオ君、刺されないかしら」

「……やけに楽しそうだな」

「やーん。恋愛は暮らしの糧よ? オ・ン・ナ・ノ・コ ですもん!」

「…………」

「ちょっと。何、その、冷めた目はぁっ!?」

「ふっ」

「くきーっ!」

「落ち着けシャマル。良い歳をしたお前がみっともない」

「うう……シグナムがいじめる〜……」

「……まったく」

「うーん。ね、シグナム?」

「なんだ?」

「ヴィータちゃんとエリオ君のこと、貴女はどう思う?」

「……あの2人は師弟だ。愛を語るでもなく、恋に踊らされるでもなく、教導を間に接している。けれど明日はわからない。明日より先を、私は知れない」

「それは、もしかしたらもしかしてがあるかもってことかしら?」

「さあな。私が知っているのはお前の体重くらいなものだ。少しは運動した方がいいぞ?」

「……なんで私が最近ちょーっと太ったって知ってるのぉっ!?」

「さぁ。どうしてだろうな? くっくっくっ」

「シーグーナームー!」

「はっはっはっはっはっ」

「もうっ。テレビ、見せてあげないんだから」

「すまなかったっ!」

「謝るの、はやっ!?」







†ヴィータ師匠の鬼修行〜座学編その3〜†


「よしっ! 腹ごしらえもしたし、講義の続きをいくかんなーっ!」

「はいっ!」

「さっきまでの話を要約するとだな。魔力は精神エネルギーってことだ」

「はい」

「魔法を使えば魔力が減る。これは当たり前だ。なら、魔力が減れば何が起こると考えられる?」

「精神エネルギーの消耗、ですか?」

「もっと深く!」

「うーん……」

「考え付くまで答えを待ってやるから、たっぷり考えてみな」

「はいっ」

「(……っても、暇だなぁ)」


  〜10分後〜


「はいっ! ヴィータ副隊長!」

「お、おう! どうだ?」

「精神エネルギーの消耗は精神力の消耗。つまり、集中力や気力、判断力などといったものの低下を引き起こすと考えられます」

「エリオ」

「は、はい……?」

「よくやったーっ! 偉いぞーっ!」

「わ、わぁっ!? 頭を撫でないでくださいヴィータ副隊長っ!?」

「なんでだよっ!」

「恥ずかしいですよ……」

「ここにはあたしとお前しかいねぇよ」

「で、でも、ほら!」

「あん?」

「あそこに見える監視カメラとか……」

「…………」

「えらいぞー。なでなでなでー」

「嫌がらせっ!? 嫌がらせですねっ!? 監視カメラに映ってるってわかっててわざとやってますねっ!?」

「まあ、そろそろ講義に戻るぞ」

「はい……」

「戦闘では体力や魔力を消耗して技や魔法を繰り出す。でも、それらは集中していなかったり、適切な判断の下で行使されなければ意味をなさねぇ」

「コントロールができてない誘導弾は簡単に避けられますし、狭い通路の中で爆発魔法を使えば自分も危ないです。それに、やる気の無い相手はすぐに挫けます。……そういうことですよね?」

「ああ、そうだ。集中力や判断力。それに、戦闘のモチベーションを保たせる気力だな。こういうものは戦闘に欠かせないもんだ」

「体を鍛え、技を磨いても……それの扱い方が伴わなければ勝つことはできない。ですか」

「そういうことだ。そんで、集中力とか判断力とか、気力とか。他にも大事なことはたくさんあるが、まぁそういうものは心とか呼ばれるもんだ」

「はい」

「魔導師は魔力を消費して戦う。それは精神エネルギー、引いては精神力……心を消耗させながら戦っている」

「はい」

「多量の魔力を連続して行使すれば、その分だけ急激に心を消耗することになる。そうなると、長く戦うのは辛い」

「集中力や判断力、気力が低下したままで戦闘を続ければミスを多発しますいですもんね」

「逆に、少量の魔力行使で戦えば心を長く保たせることができる」

「だから、長く戦える」

「そうだ。つまりだな」

「心の観点から見ると、多量の魔力消費を行えば長期戦を行えず、少量の魔力消費に抑えれば長期戦も可能になる。ということでしょうか?」

「先生の言葉を先に言ってんじゃねぇーっ!」

「い、痛いっ!? 痛いですよヴィータ副隊長っ!?」

「……まぁ。付け加えるなら、大魔法行使をした相手には心の隙が生まれやすいから、そういう所を見逃さずに注意深く観察しろって所だな」

「はいっ!」

「いいか、エリオ。お前はまだ弱い。まだまだぜーんぜん弱っちぃっ!」

「……はい」

「でも、修行次第では強くなれる。お前はまだまだ強くなれる。最近の訓練でそれは実感できてないか?」

「はいっ! 最近は随分とストラーダも扱やすくなりました」

「足腰を重点的に鍛えたからな。もう少しすればお前はストラーダのフォルムツヴァイに振り回されることもなく、逆に振り回してやれるよ」

「はいっ!」

「でも、身体を鍛えるだけじゃだめだ。技も磨かなきゃなんねぇが、体と技の扱い方も学ばなきゃなんねぇ」

「……ですね」

「そのための座学だ。今日は導入部分だけだが、聴く時間が無駄だったなんてことは無かったろ?」

「はい。勉強になりました」

「よろしい。六課解散前までに座学も含めてやれる限りのことは教えてやるから、しっかりとついてこいよっ!」

「はいっ!」

「そんで――………っ!」

「は、はい?」

「あ、やっぱりいい」

「何なんですかぁっ!? 気になるじゃないですかっ!」

「いーんだよっ! うっせーなっ! 黙ってろぉっ!」

「だからヴィータ副隊長、アイゼンは酷―――(ぐしゃぁっ)」



「(…………あたしを守れるくらいまで強くなってみろ、だなんて。冗談でも言えるかよ。ばか)」





BACK

inserted by FC2 system