†ヴィータおねーさん先生の座学講座†


 1時間目
 2時間目






 青空の下に置かれた1枚のキャスター付き黒板。
 機動六課の倉庫に何故か眠っていたそれを引っ張り出してきて、今日は青空授業だった。
 黒板のさんにはイギリスかどこかのように先生の指が汚れないよう配慮された、紙で包まれたチョークが置かれている。
 もちろんチョークの粉も綺麗にふき取られたぴかぴかのさんに黒板消しを置き、先生が口を開いた。

「っというわけで。今日は座学だ、エリオ」
「あの。なんで眼鏡を掛けているんですか? ヴィータ副隊長」

 瞬間、白閃光!
 鋭く大気を引き裂いて、チョークがエリオに飛来する。
 古今東西白色の弾丸と化したそれを躱せる者は誰ひとりとしておらず、額に強烈な一撃を叩き込まれたエリオは顎を逸らしてひっくり返った。
 地面に打ち付けた後頭部から鈍い音が響く。

「先生だ。今日は先生って呼べ!」
「…………形から入るんだからなぁ」

 口答えするなとばかりに、二本目のチョークがエリオの額を打った。



    ◇    ◇    ◇



 仕切りなおして授業を始める。
 ヴィータ先生は、かっ、かっ、かっ、と足早に『1現目 言語』と書き、赤くなった額をさする生徒1を一瞥すると、2人目の生徒を指名した。
 曰く、「身近な言語を挙げてみろ」だそうで。
 名指しされた少女が几帳面にも立ち上がって答える。

「ミッドチルダ語。それに、最近では近代ベルカ語も身近なものになってきました」
「ん。まあ、そんなもんだな。座ってよし」

 かたん。と軽い音を立てて少女が着席する。すると、音に反応して彼女の机で眠っていた小さな飛竜が目を覚ます。
 白銀の飛竜はきょろきょろと首をめぐらすと、状況を把握したようで大人しく首を引っ込めた。
 若い飛竜の賢さを褒めるように、少女が飛竜の背筋をひと撫でする。
 気持ち良さそうに飛竜が表情を緩めると、ヴィータ先生が飛竜を指した。

「次、生徒3。前に出てミッドチルダ語の母音と子音を全部書け」

 白銀の飛竜――フリード――は、小さな翼でぱさぱさと黒板まで飛ぶと、手羽で器用にチョークを掴んで文字を書き始めた。
 これは、ルーテシア主導による『召喚獣のためのコミュニケーション講座〜別名・書道教室〜』の成果である。
 ほどなくして、地球ではアルファベットと呼ばれる文字に似たものが全て黒板に書き連ねられた。
 役目を終えたフリードが席に戻る。

「普段、あたしたちはミッドチルダ語で会話をしている。それはミッドチルダに住んでいるからだ。ここの公用語はミッドチルダ語だからな」

 ヴィータ先生が口頭での説明と共に、黒板になにやら書き込んでいく。
 何かの規則に沿って記述されたような文章は全てミッドチルダ語で書かれてはいたが、通常の文法とは大きく一線を画した法則で記述されていた。
 記述された文章を地球のものになおせば、だいたいこんな感じである。


   #include <stdio.h>
   int main(void)
   {
    printf("Hello Worlrd!\n");
    return 0;
   }



 全てを書き終えると、ヴィータ先生が黒板をばんっ! と叩いた。
 チョークの粉が舞い上がる。

「けほっ、けほっ。あ、いや、うん。こほん」

 粉にむせたヴィータ先生が恥ずかしそうに咳払いして、説明を始める。

「魔導師であるあたしたちにとって、ミッドチルダ語は会話や文章だけに使うもんじゃねぇ。その一例がこれだ」

 指し棒代わりのグラーフアイゼンを掲げると、その先端でびしっと生徒エリオを指名する。

「エリオ。これは、何だ?」
「はい。プログラムです」
「このプログラムを実行すると?」
「『Hello Worlrd!』を表示します」
「そうそう。まあ、1番基本的なプログラムだから分かって当然だな」
「ところでヴィータ先生。『World』じゃなくて『Worlrd』なんですか?」
「…………」

 おもいっきりスペルミスだった。

「う、うっせーよ!」

 ぶんっ! ぐしゃ。ごす。ばき。べき。ぼぐっ。

「だ、だから、アイゼンは、ひど、アイゼ」

 いつもの照れ隠しなのでしばらくお待ちください。



    ◇    ◇    ◇



 ややあって、授業が再開される。
 キャロの手当てで全身に包帯を巻かれたエリオを見て恥ずかしそうにしながら、しかし素直になれないお年頃からそっぽを向きつつ、ヴィータ先生は説明を再開した。

「あたしたちが使う魔法はプログラムだ。そして――ミッドチルダ式魔法に限れば――プログラムはミッドチルダ語で記述される」
「きゅくるー(プログラムは通例と大きく異なる文法を持っているんですよねー)」
「そう、その通り」

 あれ、ヴィータ副隊長ってフリードの言葉は分からないはずじゃないかなぁ。なんてことをエリオがぼんやりと思っていると、説明はさらに続いていく。

「プログラム用に体系化された文法に沿ってミッドチルダ語を当て嵌めていけばプログラムは完成する。完成したプログラムは魔力という入力を受ければ、魔法という出力を返すぞ」

 そこまで喋ると、ヴィータ先生は黒板に書いた文字を、背をいっぱいに伸ばして黒板消しで消していった。
 そして、まっさらになった黒板に大きく『Butしかし』と書き殴る。

「ミッドチルダ語だけでどんなプログラムでも記述できるわけじゃねえ。プログラムはミッドチルダ語以外のある言語と組み合わせて、初めて万能に近づくんだ」

 ぶんっ! と風を切って、グラーフアイゼンがキャロを指す。

「っつーわけで、ミッドチルダ語以外にプログラムを記述するために必要な言語の名前を答えろ」

 キャロは答えられない。
 グラーフアイゼンは次々とエリオ、フリードを指していくが、彼らもまた答えられなかった。
 だからこそ、ここでヴィータ先生が教鞭を振るっているのである。

「まあ、これはそうだって言われないと分からないよな」

 またまた背を思いっきり伸ばして、ヴィータ先生が黒板に描いた文字を消していく。全てを消し終わると、ちょうどチャイムの音が鳴り響いた。
 1現目の終わりである。

「よし、ちょうどいいな。それじゃ、ここで10分間休憩だ。次の授業はプログラムの記述に使うもう1つの言語―――」

 かつ、かつ、かつ、と。『2現目』という文字がでかでかと書かれると、ヴィータ先生が次なる科目を表す2文字を書き連ねた。

「―――数学について話すぞ」

 そして、生徒たちは一斉に首を傾げた。







 休み時間を終えると、生徒たちがばらばらと席に着いた。
 生徒たち全員の着席を確認すると、ヴィータ先生が号令を掛ける。

「きりーつ。きょーつけ。れい」
「おねがいしまーす」

 ヴィータ先生の掛け声に合わせて一斉に下げられるみっつの頭。それは、1限目には見られなかった光景だった。

「……忘れてたんだろうなあ」

 と思いはしたが、アイゼンによる愛の鞭が恐くて口には出さないエリオだった。
 そろそろ殴られない方法を学習している。



    ◇    ◇    ◇



 ヴィータ先生が伊達眼鏡の淵をくいっと上げきりっとした表情を作ると、さっそく授業が開始される。2限目の講義内容は数学だった。
 赤髪おさげを垂らしたちんまい先生曰く、数学は言語であるらしい。

「さっきは引きのために数学は言語って言ったが、正確には数学は言語学ってことだ」

 なにやらぶっちゃけながら黒板にチョークで板書するヴィータ先生。
 そこには、大きく『1+1=2』と書かれていた。
 算数の問題である。

「キャロ。これを読んでみろ」

 そんなことに何の意味があるのだろうか? 訝しく思いながらも、真面目なキャロは真面目に答える。

「いちたすいちは、に。です」

 さすがに、なにかしらの機関で教育を受けた経験を持つ者なら間違えようもない。特に高度に発達したプログラムを操る――総理系職と言っても過言ではない――魔導師であるならば、さもありなん。
 キャロの答えに「よし」と頷くと、ヴィータ先生は言う。

「それじゃあ、エリオ。どうして数学が言語学――数字が言語と言えるのか、考えてみろ」

 質問の難易度が急上昇した。

「えー……っと」

 エリオは解答への糸口を探すべく、今日の授業内容をひとつひとつ思い返していった。
 まず、自分たちは普段ミッドチルダ語を使っていることを確認した。
 ミッドチルダ語は言語であり、会話や文章に乗せてミッドチルダ語を使うことで自分たちは意志の疎通をはかっている。
 また、ミッドチルダ式魔法に限定すれば、魔法はプログラミング用の文法に沿ったミッドチルダ語で記述されているらしい。
 その上で、魔法プログラムの作成には数学が必要であり、数字は言語だと言う。
 それらをまとめた上で数字が言語である証左を示すに足りない情報は何か。
 それは、そもそも言語そのものの定義である。

「確認したいことがあります、ヴィータ先生」
「おう。なんだ?」

 エリオは、自身にある言語の解釈を極めて一般的に慣らしていく。
 用語が持った意味を極限まで一般的に表現すれば、あとはそれに当てはまるか当てはならないかで、物事が用語に属しているか判別できる。
 万能の手法ではないが、さりとて間違った手法でもない。

「言語とはそれを媒体にして何かを伝えるものであり、目的を果たすために体系立てられた規則を持つもの。という解釈でよろしいでしょうか?」
「だいたいいいけど、ちょっと確認だ。具体例を挙げてみろ」
「いちたすいちはに、です」

 ぼぐしゃぁ。
 鉄拳が飛んだ。

「そこでそれを言ったら、あたしが説明することがなくなるだろぉっ!」
「理不尽! 理不尽ですよっ!」

 いつもの問答なのでしばらくお待ちください。



    ◇    ◇    ◇



「―――つまり。扱う文字の形や文法の違いはあるが、ミッドチルダ語も数学も一定の法則に沿って文字を記述するわけだ」

 言語とは、それを理解できるものに何か――平たく言えば情報――を伝えるものである。
 ミッドチルダ語も、数学も、そこにある法則を理解できるなら、それで記されたものの意味を読み取ることができる。
 仮にミッドチルダ語も数学も理解している者がそれぞれの言語で記述された同じ意味を持つ文章を読めば、それはどちらも同じことを指していると容易に解釈できるはずだ。

「ひとつとひとつを足すとふたつになる。これと、1+1=2は、ほぼ同じ意味だ。異論はあるか?」
「きゅくるー(1+1=田んぼの田説はいかがいたしましょう)」
「今日は若飛竜のからあげだ」
「きゅくるー!?」

 フリードの悲鳴を環境雑音に、授業は進む。

「ここで問題になるのは、数を使った言語で対話する相手だ。1+1=2程度の演算ならまだいーが、四次方程式や五次方程式みたいに複雑な数式の話を持ち出されても、普通の人間じゃ理解できねぇ」
「じゃあ、数学って果てしなく使えないんじゃないですか?」

 ぼぐしゃぁっ。めきぃっ。めごぉっ。
 頭から、鉄拳とアイゼンとソバットが飛んだ音である。
 流れるような三連撃を受けて机上に昏倒したエリオを尻目に、ヴィータは黒板に大きく『デバイス!』と書いた。

「数学はこいつらと話すために使うんだよ! っていうか、理系科目を使えないとか言うんじゃねーよ。エリオ、キャロ、それぞれにとって理系科目がどれほど必要になるかみっちり叩き込んでやるっ!」
「も、もう、拳で叩き込まれまし―――(ぐしゃぁっ)」

 先生に口答えは厳禁だ。

「はい、ヴィータ先生。質問してもよろしいでしょうか?」
「なんだ、キャロ学級委員長」
「デバイスと話すって、どういうことなんですか? フェイトさんやなのはさんたちのインテリジェントデバイスならともかく、エリオ君のストラーダや私のケリュケイオンは簡単な受け答えくらいしかできないんじゃないかなぁ、と思うんです」
「ああ、それは正しいぞ」
「そうなんですか……?」
「けど、ある意味では間違いだ」

 そろそろ3分の1ほど長さを失ったチョークを手に、ヴィータ先生が図を描いていく。板上で『機械(デバイス)』と書かれた四角い何かと、『人間』と書かれた棒人間が『プログラム言語(ミッドチルダ語+数学)』と書かれた線で結ばれていた。
 ヴィータ先生、美術はあまり得意ではないよーだ。

「今よりもずっと昔。まだ時空管理局ができるよりも遥か彼方の時代では、デバイスは魔力を保持できる石だったり、魔力の素になる魔力素を多く含んだ杖だった。けど、今は違う。あたしたちが使っているデバイスは魔法行使を補助するために開発された機械だ」

 機械デバイスの例なのだろう。ヴィータ先生はさんざん指示棒代わりに使ったグラーフアイゼンをついと上げてみせた。
 そろそろ天頂に届くかという陽射しを受け、歴戦の鉄が鈍く輝く。

「今日は時間が無いから専門的な話はしねーが、機械ってのはあたしたちとまったく違った言語を読み取ってる。ミッドチルダ語で26、他の言語や記号も合わせればそれこそ星の数ほどの文字を使って意思を疎通している人間と違って、機械は0と1の2つしか識別できる文字を持ってねーんだ」

 平たい話をする。
 『電気が流れていないなら0』とし、『電気が流れているなら1』とする。
 機械は、電気が流されれば『1と言われた』と判別し、電気が流れていないなら『0と言われた』と判別しているのである。
 厳密な話をするとこれは正しくないのだが、概形としてはさほど間違ってない。はず。

「0と1。2つの文字しか判別できない機械だが、電気を通す回路に色々と工夫してやればで数字やミッドチルダ語で使う言葉を読み込める。数字、数学はミッドチルダ語と組み合わせてプログラムとして記述してやることにより、デバイスに指示を送れるわけだ」

 特に誘導弾を操作するプログラムなどは常に高度な計算を必要するため、数学は欠かせない。
 もっとも、術者は弾道をイメージするくらいで、複雑な計算はデバイスが補ってくれるわけだが。

「この技術だって昔からすれば大変なもんだが、デバイスってのはずっと進化し続けてるぞ。例えば、音声認識でデバイスを起動できるよな? この技術ひとつだって、シャーリーみたいなデバイスマイスターたちが必死になって研究開発を続けてきた結果の恩恵なんだぞ」

 納期前の技術開発局は、それはそれは死屍累々である。

「ちなみに、現場局員を育成する訓練校ではこういう話をしなくなってる。なんでだと思う、エリオ?」

 まだ机上に昏倒していたエリオが、それでも根性で唇を動かして答える。

「必要ないから。もしくは、他に教えなければならないことがあるからじゃないでしょうか?」
「お前は昨年陸士訓練校を卒業してるけど、今日みたいな話はされたことあったか?」
「いいえ」
「だろーな」

 ヴィータ先生がチョークを黒板のさんに置く。どうやら、この時間はもう板書はしないらしい。

「デバイス技術の発達と汎用魔法プログラムの普及が、こういう根幹部分の話を不必要にさせたんだ。今のデバイスは、術者がイメージすればほぼそれに近い魔法を――少し時間は掛かっても――構築できるし、そもそも汎用魔法プログラムをインストールすればそれで現場は事足りることも多い」
「それじゃあ、どうして今日はあえてその話をしているんですか?」
「もちろん、お前たちに必要だからだ」

 ヴィータ先生はおもむろに黒板に手を掛けると、裏と表を引っくり返した。すると、いつから用意していたのか、たくさんのプログラムと、一見してどうなっているのかよく分からない回路図が目に入る。
 裏っ返した黒板のてっぺんには、『機械言語への変換プログラムと、デバイスの内部構造』と書かれている。

「イメージが魔法になる。その技術はすげぇもんだ。でも、魔法はプログラムで、プログラムを実行するのは機械であるデバイスだ」

 そう言いながら、ヴィータ先生は黒板に書いたプログラムの先頭から中ほどまでを辿っていく。

「ここからここまでが、イメージをミッドチルダ語と数式に変換するプログラムだ。これ以降のプログラムで、ミッドチルダ語と数式を使って魔法プログラムを記述している。その上で、最後に機械が読める言語に変換するんだ。この時、回路には電気―――いや、デバイスだから魔力が、これだけの時間だけ走ることになる」

 続いて、黒板に描いた回路をぐるぐる3秒ほど指で追うヴィータ先生。

「実際はもっと短いけどな。まあ、例だ。そんで、『イメージをミッドチルダ語と数式に変換するプログラム』を削除できたとするぞ? そうなると、回路に魔力が走っている時間はこうなる」

 ぐるぐると、今度は1,5秒ほどだけ回路上をヴィータ先生の指が舞った。
 約半分の時間である。

「実行するプログラムが少ない。つまり、記述したプログラムに無駄が無く、なおかつ機械が読み取れる言語――機械語って言うぞ――に近ければ近いほど、デバイスの回路に魔力が走る時間は短くなる。それは、魔法の発動が速くなるってことだ」

 もちろん、現代の高性能な――それこそ、エリオのストラーダやキャロのケリュケイオンのような術者合わせのオリジナルタイプ――デバイスなら、『イメージをミッドチルダ語と数式に変換するプログラム』のあるなしで魔法を実行するまでに掛かる時間の差を極限まで縮めることができる。
 しかし、縮められるだけで絶対に無にはできない。

「魔法はデバイスに魔力を入力して、発動したい魔法を動かすプログラムを作動させる。魔力はプログラムを通る間に魔法に変わっていき、最終的に魔法として出力される。この説明でも、通るプログラムの量が少なければ少ないほど魔法が速く発動できるってのは……わかる、か?」

 随分と概念的な話であるからして、少々不安になりヴィータ先生。
 だが、幸いにして優秀な生徒たちは首を縦に振って頷いてくれた。
 不安の種を解消したヴィータ先生が、胸を撫で下ろす。

「もちろん、それで生まれる魔法展開速度の差なんて一瞬になるよう、デバイスマイスターたちが日々苦心してる。だから差は一瞬だ。でもな」

 ヴィータ先生の視線が、途端に鋭くなる。彼女の迫力に圧され、エリオとキャロは自然と背筋が伸びた。
 訓練に似た緊張感がはりつめる。

「エリオ、キャロ。お前たちはストライカーになる魔導師だ。ストライカー級の戦闘は激しいし、過酷だ。時にはエース級よりも厳しい戦場に送られることもある。そういう場所では、魔法発動が一瞬だけ遅れたせいで死んじまうんだ」

 一瞬とは刹那であり、戦場では永遠になる。
 一瞬という時間は戦場では長すぎる時間なのだ。
 まだエリオやキャロが知るよしはないが、実際に戦場に立ってきたヴィータはそれをよく知っている。
 一瞬の差で勝った戦いがあれば、一瞬の差で負けた戦いがあった。
 そして、一瞬に競り負けて散っていった魔導師を何人も見てきていた。それら全ての魔導師はヴィータの胸に設えられた記憶の墓標に埋葬されている。彼らが、戦いの度に暗鬱とした感情を呼び起こす。
 その陰気な場所に、教え子たちの顔が並んで欲しくはなかった。

「その一瞬を無くすために数学を学ぶんだ。一緒にミッドチルダ語のプログラム用文法も学ぶけどな。そうすると、『イメージを魔法に変換するプログラム』を通さないでも、直接『ミッドチルダ語と数字で記述されたプログラム』を起動できるようになる。『ミッドチルダ語と数字で記述されたプログラム』を飛ばして機械語に魔力を入力して直接機械に指令を与えるのは、今のデバイスじゃほとんど不可能に近ぇ。だから、数学とミッドチルダ語のプログラム用文法を理解して自分でプログラムを作れるようになったら、お前たちは一瞬というアドバンテージを手に入れられる。そうすれば死んじまわないかもしれねぇ」

 ヴィータは、胸から込み上げる感情に押されたように、一気に捲くし立てた。
 さっきまで作っていた『先生』の風貌はいつの間にか綺麗さっぱり消えてしまい、しかしそこには教え子想いの『ヴィータ教官』がいた。

「また、プログラムを自力で構築できるなら魔力ロスや強度の関係から魔法の威力も上昇するんだが―――」

 きーん こーん かーん こーん。
 タイミングが良いのか悪いのか、青空教室にチャイムが鳴り響く。
 ヴィータ先生はエリオの手首を掴むと待機状態腕時計形態ストラーダから時間を読み取り、言った。

「それはまた別の機会。そういうのが得意なやつを呼んでやる。次の時間は、魔法のプログラミングに必要になる『知識』の話だ」

 ヴィータ先生が裏になっていた黒板を表に戻す。
 すると、どんなマジックを使ったのか、次にやる授業の科目名が黒板にしっかりと記されている。
 黒板にはでかでかと、こう書かれていた。

  - biology -

 すなわち、生物学である。




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