「貴方こそ、預言書に選ばれた『世界の騎士』なのですっ!」
「わけわかりませんよっ!」

 目の前で脳が沸騰したことをのたまった美人さんが聖王教会の偉い騎士だと思うと、騎士見習いの少年は涙を流さずにはいられなかった。

「世界の騎士って何ですか! 僕は何を守れと言われているんですか!」

 それ以上に、突っ込まずにはいられない。

「それはもちろん、世界です」

 ずびし。チョップ。

「い、痛いですよライトニングヒーロー」

 痛い呼び方で呼ばれてしまった。

「何ですかその小学生か中学生が考えたような名前は」
「私が考えました!」
「もう帰らせてくださいっ」

 胸を反らせて『えっへん』と誇らしげに言う彼女にはもう突っ込み切れなかった。どうしようもないです。限界です。

「待ってくださいエリオ・モンディヤル。これは、聖王教会のカリム・グラシアとしてのお願いでもあるんです」

 ……この人は卑怯だと思う。

「今、この世界は滅びの時を迎えようとしています。貴方だけが希望なのです。どうか、この世界を救ってください……」

 ふいに真顔になって、真摯な瞳で自分を視抜く騎士カリム。彼女の美術品のように精巧に作りこまれた端整な顔立ちが、宝石のように輝く瞳が、どうしようもなく心を惹きつけて、彼女から視線を外すことを許さない。
 天使のような声は、耳が入れることを拒んでも心に染み渡ってしまう。

「世界にはたくさんの人がいて、日々を一生懸命に生きています。笑ったり、泣いたり、悲しんだり、色々な気持ちを抱えながら」

 神託者のように厳かに、聖女のように慈しみながら、彼女は言葉を紡ぐ。

「でも、この世界は滅んでしまいます。理不尽な暴虐の手によって」

 だから、と。聖なる騎士は最後に残された一縷の望みに向けて頭を下げた。

「お願いします。この世界を、世界に生きる人を、救ってください」

 こんな綺麗な人にこんなに頼まれて、断れる人なんているのか?
 自問への答えは一瞬で返ってくる。もちろん、いるわけがない。

「面を上げてください。僕なんかでいいなら、なんだってやりますから」

 告げた言葉に、カリムはぱっと顔を見上げて。

「ありがとうございます、騎士エリオ・モンディヤル」

 頬を緩めて微笑んだ。

「い、いえ。ぼ、僕だって世界が滅んじゃうのは嫌ですし。理不尽に何かを奪われることだって、許容しちゃいけないと思いますし」

 しどろもどろになってしまうのは仕方ないと思う。
 だってやっぱり、この人は美人だ。

「貴方ならそう言ってくれると信じていました……♪」

 笑みを浮かべた彼女は、年齢よりも幾分か若く見えた。そうなると『美人』よりも『可愛い』が形容として相応しいようにも思える。
 願いを聞き入れられて嬉しかった、のだろうか?
 昂揚したのか頬に朱が差していて、心なしか瞳も熱っぽい気がする。

「貴方のこと、ずっと見ていたんです。成長を、ずっと待っていたんです」

 唐突に放たれた言葉は脳の処理限界を容易に飛ばしてくれた。

「そんなに昔から見れていたわけではないんですけどね……。だから、その、私には、もっと早く助けることはできませんでした」

 ……研究施設時代のことを言っているのだろうか。

「大丈夫、ですよ。あそこにいた頃の話はしたくないけれど、あそこから出た後の生き方には胸を張れますから」

 それでも『ごめんなさい』と俯く彼女に悲しんで欲しくなくて、できるだけの笑顔を向けた。
 効果は少々。でも、多少溜飲は下げられたようで、顔を上げてくれた。

「貴方は強くなりました。私が貴方を見つめ始めた日から、今日までの間。ずっと、がんばって、強くなってきました」

 ふいに、手を握られた。柔らかな彼女の指が、自分の掌をなぞってゆく。
 くすぐったい感触に身をよじると、カリムはくすりと笑った。

「硬くなった掌が、貴方の努力の証拠です。だから、『僕なんか』なんて言わないで?」

 はっとなって、恥ずかしくなった。先ほど言った『僕なんか』って言葉は、彼女の気を病ませてしまったようだ。けれど、ここで俯くわけにも落ち込むわけにもいかない。それこそ、彼女の優しさに甘えすぎてしまう。

「はい。がんばります」

 だから言うべきは、この言葉。

「はい、よろしくお願いしますねエリオ・モンディヤル」

 しかし、少し引っかかる。
 先ほどから感じていた違和感。

「あの、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

 なんですか? と小首を傾げるカリム。その姿が可愛いなぁなんて思いつつ、エリオは降って湧いた疑問を口にした。

「僕の名前は、エリオ・モンディアルです。ヤではなく、アです」

 まあ、よくある覚え間違いだろう。そう思って、軽く注意する。

「え…………?」

 けれど、目の前の女性にとっては軽くはなかったようだ。

「え、ええと、ええと。あら。あら。あら?」

 混乱した面持ちでデータの検索を始めるカリム。悪いと思いながらもちらりと覗くと、そこには予言の内容が書かれていた。
 預言曰く、『世界は滅びの時を迎えようとしている。回避するためには対抗できる勇者を探せ。その名はエリオ・モンディヤル』だそうだ。
 エリオは、思った。うっかり口にも出した。

「あれ? もしかして人違いなんじゃ…………」

 発した言葉が生んだのは、騎士カリムのたっぷり数秒間の硬直。
 そして、数秒が経った後の狼狽。
 カリムはあたふたと両手をばたつかせて、何事かを喋ろうとしている。

「ええと! わた、私! いや、貴方に期待していたのは嘘ではなく! けれど、ええと。あれ。ええと。その。ごめ、ごめんなさ」

 けれど、まったくもって言葉になっていなかった。
 しかも、落ち着かせようと手を伸ばすと糸が切れたかのようにがっくりと倒れこまれてしまう。
 彼女の身体が床に落ちる前に抱きとめ、支える。女性らしいと言えばいいのか、柔らかな肢体の感触に……心ならず、胸が高鳴った。。

「ええと! だ、大丈夫ですか……?」

 雑念を振り払うように首を振って発した問いに返事は無かった。ただ、場違いに規則的な寝息が聞こえ、鼻孔に感じた彼女の匂いは……酒臭い。

「も、もしかして酔ってたんですか…………」

 なんてゆーか、もう、散々だった。





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