・“だって、局ラジで『なのはやって見ないよね』って言うんだもん” ・“剣閃烈破” ・“エリオに寝込みを襲わせるヴィータの話” ・“初恋の話(スバエリ)” ・“ちょっとだけ成長したヴィヴィオの小話” ・“ちょっとだけ成長したヴィヴィオの小話その2” ・“なの → はや?” †だって、局ラジで『なのはやって見ないよね』って言うんだもん† 離れることが名残惜しいと言うように、2人の唇には月明かりに煌く銀の橋が架かっていた。 舌を回して銀糸を切ると、胸にはいっそうの名残惜しさが訪れる。 「もう1回しよ。なのはちゃん」 とろんと瞳を蕩かせたはやての言葉に、解けたロングヘアーを揺らしてなのはが頷いた。 再び触れ合う唇と唇。始めは優しく、2人の柔らかさを確かめ合うように。 次第に激しく。想う心の熱さを伝えるように、情熱的に。 「んふぁ……あむ……んんっ……」 長い、長いキスは。月がいくらか傾ぐまで続けられていた。 離れて漏れた吐息には2人の熱さが多量に込められていた。 「はやてちゃんは2人っ切りだと甘えんぼさんになるよね」 にゃはは、と笑って告げられた一言に。はやてはぷいと顔を背けて頬を膨らませてしまう。 なのははくすりと笑う。自分には理由は分からないけれど、どうやら彼女は拗ねてしまったようだ。 ―――かわいいなぁ、はやてちゃん。 顔を背け、隙だらけになった首筋に。細く白く柔らかいその場所に、なのははしなやかな指先を伸ばした。 急所に触れられたことではやての身体がぴくんと震える。 慌てて抵抗しようとするがなのはに耳たぶを噛まれてしまい、突然の刺激に腰が砕けてしまう。 ―――あぁ。ほんっとかわいいなぁ、はやてちゃん。 はやてが立ち直らないうちに、なのはの腕が絡みつくようにはやての身体を抱く。 ぴくりと身を震わすはやてに、なのはは「にゃはっ」と笑った。 はやての背筋に嫌な汗が流れる。 ―――なのはちゃんの“攻める”合図や。 刺激は、首筋に。なのはがはやての首筋を 柔らかい肉を甘く噛み、脈打つ動脈を舌先で嬲り、その度に抑え切れぬ嬌声を上げ打ち震えるはやての姿にちょっとした愉悦を覚えながら。 高町なのはは、八神はやてを虐めていた。 「あかんてぇ……今日は……んんっ……あたしが……ふわぁ……なのはちゃんにぃ……っ」 一通りの反応を楽しむと、満足したなのはは首筋から唇を離す。 新雪のような白さを持っていたはやての首筋には、一部分だけが紅差す桜色に変化していた。 「キスマークを付けるので充分だよ」 「でもでも……むー」 唇を尖らせるはやて。 頬を膨らませるのとは違うか、やはり拗ねてしまっている。 そんな彼女の可愛らしいく思いつつ、なのははキスの意図を口にした。 「桜は私の色だから、はやてちゃんがそれを付けてれば“はやてちゃんはなのはのもの”ってことになるでしょ? にゃは♪」 はやての顔がぼっと赤くなる。 なのははくすくすと笑い、わたわたと取り乱すはやてを胸に抱き寄せた。 「忙しいはやてちゃんが、夜だけでも時間を作って私の所に来てくれただけで充分だよー。ありがとね、誕生日プレゼント」 柔らかな腕と胸に抱かれ、はやては落ち着きを取り戻す。 とくん、とくんと脈打つなのはの心音を聞きながら……はやては、溜め息をついた。 「なのはちゃんには敵うわんなぁ。悔しいよぅ」 なのはは小さな笑い声を立ててはやての頭を撫でる。 全身をなのはの体温に包まれて安心したのか、やがてはやての瞼が落ちていく。 「あかんー……あかんよー……今日はー……あたしがー……」 規則的な寝息が聞こえ始めるとなのはは毛布を引き寄せて、一糸纏わぬはやてに被せてやる。 寝入ったはやての頬を撫でながら、なのはは月夜の窓を見上げた。 「お月様、綺麗だなぁ。フェイトちゃんは何をしてるかな」 月を見れば思い出す彼女。一番の親友。 でも、その名を口にしたことは後悔した。 はやての指がなのはを抓っていたから。 「……もう。眠ってても嫉妬深いんだから、はやてちゃんは」 視線を、月からはやてに戻す。このまま月を見ていると、今度ははやてに何をされるか分からなかったから。 とは言え、はやては相変わらず寝入っているわけなのだが。女の勘というものを甘く見てはいけない。自分も女だから、軽視した結果は予想が付く。 「ふふふ。でも、いいのかなぁ。えらいえらい士官さんがそんな風にしてたんじゃ、部下の人に示しがつかないとか言われちゃうよー?」 ――無意味な質問だ。言った当人がそう思う。 「にゃはは。だから、はやてちゃんが甘えんぼさんになるのは2人っきりになるとなんだよね」 八神はやて。若くして出世街道を邁進する少女。 彼女には高い理想があり、それ故に失敗は許されず、常に毅然としてきた。 彼女には欠点があった。 「いいよー。甘えていいよー。私の前ではね。私の前でだけは甘えていいんだよー」 ……他人に甘えることを良しとしない。苦痛を自身の内に収め、内々で処理を済まそうとする。 腹芸踊る黒々とした世界で生きるはやてに自然と身に付いた処世術。 それは、確実に彼女の心を蝕んでいた。 「だからはやてちゃん。はやてちゃんは、私だけのかわいいはやてちゃんでいてね」 眠る彼女に口付けを落す。 バードキスを終えると、なのはは「にゃはは」と笑って呟いた。 「私も、かなり嫉妬深そうだよね」 ……なのはの胸で眠るはやての口元が幸せの形に歪められたのは、なんの意味があったのだろうか。 †剣閃烈波〜触れてない話に手を出すもんじゃない〜† 紅蓮が交錯する。熱火に焼かれた大気が膨張し、肌を焦がす風が吹き荒れた。 斬り合うは剣士。理由は矜持。望むものは―――勝利。 交えた刃は澄んだ金属音を響かせ、それを合図として控える2人が動き出す。 ―――真っ先に迸るは、雷光。 打ち合う剣士に第2撃を放とうとした女剣士―――シグナム―――に、紫電を纏って高速の刺突を繰り出す少年。 少年―――エリオ―――の突撃に行動を変えざるを得なくなった女剣士は腰に差す鞘を引き抜き、剣を支えに盾とする。 少年の支援を受けた青年―――ネロ―――は、女剣士に斬り掛かることはせず。縦に2つの銃口を持つ無骨で頑強な拳銃を取り出した。 狙うは男。史上最強のデビルハンター ダンテ。 ―――4つの銃声に戦慄いた。彼らが対峙する場が戦慄いた。 男が上機嫌に口笛を吹く。抜き打ちに両手の銃から二丁拳銃で見事に迫る弾丸を撃ち落した技量は最強に相応しいもの。 青年が不機嫌に舌打ちをした。殺れるとは思わなかったが、現実に迎撃されると苛立ちは起こる。 それらは、刹那の停滞に起こったこと。 ―――そして、4つの影が弾けるように動いた。 突撃の威力を受け止められ、それに終わらず返された少年が後方へ吹き飛ばされる。眼前の相手が消え女剣士が引き下がろうとするが、青年がそれを許さぬと銃口を向ける。 だが、結果的に女剣士の後退は成功し、青年は獣のような目をぎらつかせながら渋々後退ることとなる。 男が持つ二丁拳銃が青年を狙い済ましていたからだ。 ―――青年の銃では男の銃に連射力で撃ち負ける。 それが分かっていたからこそ青年は女剣士の撤退を許し、それが分かっているからこそ男は引き金を絞らない。 男と青年で撃ち合いを行えたこの瞬間。撃てば男が勝っただろう。 だが。その程度で戦いを終わらせてしまうのは面白味が無さすぎた。 ―――遊ばれている。 吹き飛ばされて失ったバランスを取り戻し、両の足で地面を踏みしめながら。 少年は、悔しさに唇を噛み締めた。 己の武器操術の師、シグナム。そして、デビルハンターダンテ。 有り体に言って―――彼らのタッグは最強が過ぎた。 ―――ざっと戦況を見渡す。 自分を中心として見れば、左前には青年がいる。彼は仲間だ。つまり、彼以外は敵だ。 一足飛びを2つ重ねた距離には女剣士がいる。彼女は剣の柄から薬莢を吐き出し、愛剣を蛇腹剣へ転じさせた。 女剣士から更に一足飛び向こうには男がいる。彼は手にしたままの銃を構え、にいっと笑う。 ―――考えるより先に身体が動いた。 刹那の過去には己が居た場所は、その悉くが無残な蜂の巣に変えられていく。男の銃弾が少年を狙ってばら撒かれる。 運の悪いことに、少年への攻撃はそれだけで終わらない。女剣士の蛇腹剣が伸び、少年の後を追うように剣先が閃く。 ―――青年が、咆哮を上げた。 幽鬼が浮かぶ。青年の背後に幽鬼が顕現する。 青年の身の丈を倍する背丈を持ったそれは、右手に刀を握っていた。 ―――青年と、幽鬼。二条の刃が銃弾を蹴散らす。 男が表情に驚きを浮かべた。―――愉悦混じりの、歓喜の驚愕であったが。 雷光が空を翔る。青年が開いた活路が閉じぬ内に進むために。 そして女剣士は、剣の蛇腹を一筋の刃に戻していた。 ―――雷槍と炎刃が激突する。 決着の時は遠い。彼らの時間では。 決着の時は近い。戦いの刹那の、その外にいる人間には。 ―――男が剣を抜く。 大地を砕かんばかりに踏みしめ、爆ぜるように駆け出した。 ―――少年が空を翔る。 槍に搭載された姿勢制御装置を操り、横合いから男に突撃する。 ―――青年が紅蓮の刃を振り上げる。 相手が消えた女剣士へと、渾身の1撃を叩きつける。 ―――女剣士が紅蓮の刃を振り払った。 灼熱の剣閃が交錯し。雷槍と大剣がぶつかり合い。 金属が打ち合う甲高い音が、周囲一体を切り裂いた。 †エリオに寝込みを襲わせるヴィータの話† 「これ……絶対に僕……試されてますよね……」 目線を落せば想い人。安らかな寝顔―――の、中に。一抹の寂しさ―――を浮かべた少女の名は、ヴィータ。 今は夜。少年を見るものは月ばかり。 何をしても、分かりはしない。 「あぁ、もう。こういう訓練はずるいですよ、ヴィータ副隊長」 少年―――エリオ――ーが、困ったように頭を掻く。 最大限に自制心を働かせなければこの状況。 彼女の、寝相で乱れたパジャマから覗く真っ白なお腹が。ほっそりとした鎖骨が。 少年に、試練となって降りかかる。 「……悪戯しちゃいますよ?」 あぁ、そもそも。 彼女がホワイトデーのお返しを素直に受け取ってくれなくて。 「あたしが眠っている間に置いてけ」だなんて言うから。 「まったく。この人は、もう」 この人は、自分の気持ちを知っていてこんなことをするからタチが悪い。 見た目はもう年下なのに、今でもまだまだ年上だ。敵わない。 「プレゼント、置いておきますからね。抑え切れなくなる前に引き上げますよ」 ……このまま彼女の策略に嵌ってしまうのも、悔しい。 それに。寝込みを襲うなんてずるいことは―――彼女に騎士道を説かれた者として、やりたくない。 「それでは。お休みなさい、ヴィータ“さん”」 ぱたん、と。軽い音を立てて扉が閉じられる。 足音が遠ざかり、部屋の中に静寂が訪れる。 「むぅ」 むくりと、と。赤毛の少女が起き上がった。 彼女は枕元に置かれたプレゼントを愛しそうに撫でながら……ちょっとした不満に、頬を膨らませていた。 「襲えよ、ばか。いくじなし!」 などと言いつつプレゼントに触れる内に口元が綻ぶのは彼女の可愛らしい所か。 にへら、とだらしなく緩みかけた頬を引き締めて。 ヴィータは、ぼそりと呟いた。 「こんな情けない顔はあいつの前じゃ見せらんないからな。うん」 言いつつ、また頬がゆるりと下がってしまう。 プレゼントは……爪切りだった。 「あいつ……センス、ねぇな」 ぽりぽりとこめかみを掻く。これは師匠として矯正してやらねばならぬべき所だろう。 そう決め付けて一人頷くヴィータだが、とあることに気づいて頬を染めてしまう。 「…………」 そういえば、数日前に爪切りが壊れたと、ぽそりと零したような気がする。 彼はそんな細かいことを覚えていたのかと。覚えていてくれたのかと思うと。 「……ばーか」 爪切りを放り投げると、ぽふっと布団の上に落ちる。 しばらくは布団に落ちたそれを眺めていたが、やがて思い直して手に取り直し。 背筋に走るむず痒さに耐えながら、無骨な工業品を柔らかく撫でた。 「やっぱセンスないな。ない」 照れ隠しについた悪態。 その声色は隠し切れる嬉しさに溢れた―――愛らしいものだった。 †初恋の話(スバエリ)† 「あ、あのっ。スバルさん!」 「どうかしたの?」 「お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」 「いいよ?」 不思議そうに小首を傾げるスバルに、急いた様子のエリオが告げる。 「スバルさんの初恋の人ってどんな人でしたか?」 きょとんとするスバル。エリオは続けて口を開いた。 「僕の初恋はスバルさんです。けど、スバルさんは違うだろうから。その……こ、恋人として気になりまして……」 真っ赤になった顔を伏せてしまったエリオ。身長差から、スバルの目には赤く染まった彼の耳がよく見えた。 可愛いなぁ。と思った。 「あたしの初恋を聞いて、エリオはどうしたいのかな?」 「そ、その。どうということはないのですが……ええと……ごめんなさい」 申し訳無さそうに声のトーンを落すエリオ。 スバルは、可愛い可愛い年下の恋人を正面からぎゅぅっと抱きしめた。 「あたしの初恋の人はねー。すっごく格好良い人だよー」 「格好良い……ですか?」 「うん。その人が空を翔ける姿にね、今でも見とれちゃう。胸がこう、きゅーってしめつけられて、ぶわっ! って嬉しい気持ちが広がる感じ、かな」 「…………そう、ですか」 スバルは、エリオを抱く力を一際強くした。 「……苦しいですよ、スバルさん」 エリオが、今にも泣き出してしまいそうな声でそう言った。 だから、もっと強く彼を抱いた。 「その人はちょっと不器用なんだよね。気持ちに気づいてくれないって言うか。すっごく焦らされる感じ?」 「……言い方は悪いですが、意図してやっているなら弄んでいるようにも思えますね」 「そうだねー。あたしも、ちょっとだけ疑っちゃったこともあったよ」 「……そうですか」 「でもさ、その人ね」 ふっ、と。エリオを拘束していたスバルの力が緩められ、エリオは酸素を求めて上を向いた。 待ち構えていたスバルの目と、エリオの目が交錯した。 「すっごく優しいんだ」 そう告げたスバルの瞳こそがとても優しい色をしている、と。エリオは思った。 「あたしの初恋の人の名前をね? 教えてあげる」 スバルの顔が下りてきた。お互いの吐息が掛かる距離よりも近くなり、頬と頬が触れ合った。 耳元に添えられたスバルの唇が、エリオの耳たぶの吐息をかけた。 熱っぽい吐息はくすぐったかった。 「エリオ・モンディアル」 赤髪の少年だけが聞こえる距離で初恋の名を告げると、スバルはエリオに背を向けてしまった。 エリオが手を伸ばして声を掛けると、『だめ』という言葉が返ってきた。 「あたしらしくない恥ずかしいことをしちゃったから、だめ。こんな顔、エリオに見せられないもん」 エリオは視線を上げた。 目線の先にはスバルの頭があって、その両側には可愛らしい耳がついている。 「さ、先に訓練場に言ってるから! エリオは後から来てね。じゃないとわたし、もっと真っ赤になっちゃいそうだから……」 心なしか焦った足音を響かせて走り去るスバル。 彼女の背を見送ったエリオは、確かに見ていた。 年上の恋人の、真っ赤に染まったその耳を。 †ちょっとだけ成長したヴィヴィオの小話† 学校に通い始めて数年が経過したある日。 夕陽が長く影を伸ばす、帰り道。 ヴィヴィオは、ふと浮かんだ疑問に首を傾げた。 「いつまでママたちに甘えていいのかな?」 年齢はそろそろ二桁に差しかかる。背も随分と伸びて、ヴィヴィオが見る世界は以前よりもずっと高く広くなっていた。 そうすれば、様々なことを知っていく。 降って湧いた疑問は、新たに得た知識が引き起こしたものだった。 どうやら、子供は親から自立しなければならないらしい。 「いつか、ママたちと別々の場所で暮らさなくちゃいけないのかな……?」 世の中とはそういうものらしい。 今日、学校でそう習った。 「……離れるのは怖いよ」 重い、重い気持ちがずっしりと圧し掛かってくる。一歩一歩を踏み出すのがひどく億劫に感じた。 自然と頭を垂れ、吐きたくもない溜め息が漏れる。 「……怖いよ……」 とぼとぼと帰り道を行くヴィヴィオ。その足取りは枷が付けられているかのように鈍重だった。 ともすれば、何かの拍子に躓いて転んでしまうかもしれない。 「もう少しだけ小さかった頃なら、きっと気にしなかったのに」 風が吹いた。柔らかな春の風だ。 なのに、ヴィヴィオは背筋を氷刃が滑り落ちた気がして、身震いをした。 足を止め、震えとそら寒さを誤魔化すように自らをかき抱く。 瞳が、今にも泣き出しそうな不安に揺れていた。 「わたしが―――」 口に出してしまえば、もっと怖くなる。 心が締め付けられて、すごく痛い思いをする。 それが分かっているのに、ヴィヴィオは喉を這い上がって口を突いて出ようとする言葉を押し留められなかった。 「―――ママたちの本当の子供じゃない、ってこと」 ぶるり、身を震わせる。 俯くのが嫌で空を見上げると、そろそろ沈みそうな夕陽が目に入った。 「早く帰ろう、かな」 止まっていた時間を取り返すように、心なしか早足で帰路を行くヴィヴィオ。 彼女はもう何も口にすることは無かったが、急ぐ中でとあることを考えていた。 考えてしまってから、頭を振って忘れ去りたい衝動に駆られる。 しかし、その僅かな動作で浪費する時間も惜しみ、家に向けてヴィヴィオは走った。 早く帰って、ママたちを抱きしめたい。抱きしめて欲しい。 甘えん坊だって言われてもかまわない。 だって。 ―――わたしは、あと何回ママたちが待つお家に帰れるのだろう? ―――わたしは、あと何秒ママたちと一緒にいていいのだろう? ―――わたしは、いつまでママたちに甘えていいのだろう? ―――わたしは、離れ離れになってもママたちの子供で、家族でいられるのだろうか? 不安は、ある意味徒労であるのだが。 自らを苛む考えが、不安が、自立の第一歩なのだと。ヴィヴィオが気づくのは、自立した後、ふと振り返る日のことだろう。 振り返った日に彼女は笑っているのか、泣いているのか。 それは、今の彼女は知るよしもない。 ―――今はただ、そこにある今を必死にかき抱けばいい。 †ちょっとだけ成長したヴィヴィオの小話その2† 高町なのはは、嬉しさの中に少々の困惑を混ぜた表情を浮かべていた。 嬉しさと困惑の原因は共に、彼女の腕の中にある。 「ヴィヴィオ〜……?」 学校から帰ってくるなり抱きついてきた愛娘が離してくれないのだ。 最近はこういう甘え方がご無沙汰だったから母として嬉しいのだが、やはり困惑もしてしまう。 学校で虐められたんじゃないかとか、何か怖いことがあったんじゃないかとか。不安を予想すれば限りがない。 「うーん」 愛娘はぎゅっとしがみついて離れてくれない。胸に顔を埋められてしまい、表情を伺い知ることもできない。 どうしようかなぁと悩むなのは。 趣味で置いたアナログ時計がこちこちと規則正しい音を立てて時間を刻む。 たっぷり秒針一回り悩んだ末に、行動を決めた。 「えいっ♪」 ぎゅーっと抱きしめた。 理由は分からないけれど、可愛い可愛い愛娘が久々に思いっきり甘えてくれているのだし、だったら甘やかさない理由はなかった。 腕の中でヴィヴィオがむーむー声を上げるけれど、聞こえなかったことにする。 だって、可愛いんだもん。 「最近甘えてくれなくて、ママはちょっと寂しかったんだよ〜?」 左腕で愛娘を抱き、右手の掌で撫でる。ずいぶんと伸びた――もちろん、しっかりと手入れが行き届いた――髪に沿って、頭から始まり、首を滑って背中をさする。 ゆっくりと、できるだけ優しく、彼女が温かく感じてくれるように、愛しく。 「ヴィヴィオはママの娘なんだから、いつだって、甘えたくなったら甘えていいんだよ?」 いつの間にか、むーむーという唸り声は聞こえなくなっていた。 代わりに、低く押し殺した――嗚咽――が耳に入る。 「ふぇ?」 ぐすん、という鼻をすする音。ひっく、というしゃくり上げた声。 胸に訪れる、濡れた感触。 「なのはままぁ……ひっく……」 突然泣き出してしまったヴィヴィオに、なのははひどく当惑した。 けれどすぐに頬を緩め、再び愛娘を優しく抱きしめた。 「うん、ママだよ。ヴィヴィオのママだよ。私はずっと、ヴィヴィオのなのはママだよ」 ヴィヴィオは、柔らかな、温かな抱擁の中で泣き続けた。 泣き止んだ彼女が照れながら言った「ありがとう、なのはママ」の言葉をちょっといぢわるになったママに弄られるのは、もう少し先のお話。 †なの→はや ヤンデレってる?† くたびれた女が寂れた酒場で酔い潰れていた。 片手に握ったジョッキにはまだ麦酒が半分ほど残っており、女は虚ろな瞳で琥珀色の液体を眺めていた。 「男なんてー……もう知らへんー……ひっく……」 よく見れば、女の頬にはうっすらと涙の跡が残っている。 自棄酒なのだろう。そして、酒場の主が呆れた様子で女を見ていることから、彼女がここでこうすることはさほど珍しいことでもないようだった。 「また騙されたの? 懲りないね、はやてちゃん」 乱暴に椅子を引く音が酒場に響き、女――はやてと呼ばれた――の隣に新たな女が腰掛けた。 サイドポニーに茶髪を流した女性に、心なしか頬を膨らませたはやてがついと視線を向ける。 「訂正してや、なのはちゃん。騙されたんやないよ。振られたんよ」 「どっちだって同じじゃない? だから――」 新たな女――なのは――は、酔って握力がまったくないはやての手からジョッキを奪い取る。 恨みがましそうに細められた瞳に睨まれるが、悪びれずジョッキに口を付ける。 「――男なんてやめて、私にしておけばいいのに」 そのまま、中身の残りを一気に飲み干した。舌と喉に形容しがたい苦味が走る。 あまり良い麦酒ではない。 だからこそ、はやては男に捨てられる度にこれを飲むわけ、だが。 「なのはちゃんは嫌や」 「どうして?」 「だって、いじわるなんやもん」 「現実よりは優しいよ」 はやての頬を撫でようとなのはが手を伸ばすが、酔っ払いにしては意外な力で払いのけられてしまう。 彼女は、なのはを拒絶する。 何度名前を呼ばれても、手を差し伸べられても、身体を抱きしめられても。全て突っぱねてきた。 「全部知っててそう言うから嫌なんよ」 酒気を帯びた呼気にうんざりとした気持ち――と、少しの強がり――を孕ませて呟くはやて。 相変わらず釣れない彼女の様子に、なのはは溜め息を吐いた。 「全部知ってるから言うんだよ、はやてちゃん」 なのはの前にごとん、と音を立ててジョッキが置かれる。彼女が席に着く前に注文しておいたものだった。 今更届いた麦酒に肩を竦めながら、なのはは呷るように酒を飲み込んだ。 「あたしは、男の人だったら誰でもいいわけやないんよ? あたしは――」 ――ガシャン。 木製のテーブルにガラスジョッキの硬い底が叩きつけられる。 びくりと身を震わせ、はやてが言葉を途切れさせる。 「はやてちゃん」 はやての言葉は、怒気を孕んだなのはの声に引き取られた。 「――いくら にべも、気遣いもない。 酷く傷ついたはやてが酒に濁った瞳を震わせ、俯く。 「ええやん……」 枯れたはずの涙が目尻から零れ落ちた。 「……ええやん……」 しゃくり上げてくる嗚咽を隠そうともせず、はやてはぼそりぼそりと呟く。 ぽろぽろと涙を零しながら、ぼろぼろと内心を吐露していった。 それは、ひどく小さな声で。 「――――」 寂れた酒場と言えど、彼女たち以外の客がまったく居ないわけではない。 彼らは彼らで騒いでいたが、訳ありな様子の女たちが全く気にならないわけでもなく、こっそりと聞き耳を立てていた。 「――――」 だが、聞こえない。 泣き出した女の声は小さすぎて、彼女の傍らに座る女にしか聞こえていないようだった。 「――――」 耳だけをそばだてた酒場の男たちや、俯いてしまったはやてには分からないことだが。 幾度となく聞いた他愛ない愚痴に耳を傾けるなのはの表情は、不思議と穏やかで柔らかいものだった。 この表情を普段からはやてに向けていればもう少しはやてに心を開いてもらえそうなものだが、なのははそうしない。 「やっぱりばかだよ、はやてちゃん」 彼女――はやて――に言われたように、彼女――なのは――はいじわるなのだ。 なのに、意地悪な声に安心したように、はやてはとろんとし始めた瞳を瞼で隠す。 「ばかでもみっともなくても――忘れられないもの、あるんよ……?」 最後に、そんな言葉だけを残して。糸が切れたように、はやては寝入ってしまった。 元々、味の悪さを高いアルコール度数で誤魔化した麦酒を呷っていたはやてだ。胸の内を吐露したことで気を張っていたものが消えたのだろう。 なのはがはやての頬に手を伸ばすが、今度は邪魔も拒絶もされなかった。 「ばか」 ぺろりと涙を舐めとり、意識のない唇に自分のそれを重ねる。 なのはの瞳には――憎悪に似た嫉妬が強いが――複雑な感情が入り混じったほの暗い炎が灯っていた。 白い手が伸びる。 はやての、ほっそりとした首筋の上を滑る。 「にゃはは」 柔らかな喉を爪先で軽く弾き、それ以上を行う前に指先をポケットに滑り込ませる。サイフを開いて適当にお札を掴むと、これまた適当にカウンターの上に置いた。 続いて携帯電話を取り出して、掛け慣れたナンバーを呼び出す。 相手は、すぐに電話口に現れた。 「主はやては……いつもの場所か?」 答えは返さない。いつものことだからだ。 沈黙から肯定を受け取った電話口の相手――シグナム――は、物言わぬなのはに礼の言葉を告げた。 それを確認して、なのはは電話を切った。 もうしばらくすればシグナムがはやてを引き取りにきてくれるだろう。 そうしたら、一仕事しなければならない。 「レイジングハート、調子はどう?」 《No,problem》 赤く明滅するレイジングハート。相棒が伝える正確な挙動の証に――なのはは、口の端を歪めた。 ひどく暗い。ひどく獰猛。 ちろりと覗いた赤い舌が、背筋がぞっとするほど毒々しかった。 「そう。じゃあ、もうしばらくしたら出番だから、準備しておいてね」 席を立ち酒場を後にする。振り返りはしなかった。 だって、振り返っても彼女が自分を見てくれることはないのだから。 夜風が頬を撫でる。 見上げれば、星ひとつない曇り空。夜に隠れるには程よい日だ。 「さってと」 靴音を高く響かせて、なのはは真夜中の街を歩き始めた。 目指す場所は決まっている。知っている。突き止めている。 「私のはやてちゃんを弄んだ男は――」 これから起こすことを思い浮かべて、くすっと笑った。 それはとても魅力的で――そら寒い笑みだった。 「――ちょっと頭、吹き飛ばさないとね」 いつのまにか茶髪の少女は夜に溶け込み、誰の目にも見えなくなっていた。 |