―――ねえ。あなたはわたしをおいていかないで? 明後日は、久しぶりのお休みの日。 私が、じゃなくて。私の大切な家族がお休みの日。 その人は私のお兄さんで、普段はお仕事が恋人さん。 でも、お休みの日くらいは一緒に居て欲しくて。 「ねえ、クロノ。明後日って、お休みだよね?」 夜。久々に一緒にご飯を食べられた夜。 久しぶりに会えた時間を使って、ようやく聞けたんだ。 「明後日って何か予定……ある?」 本当はもう少し早く時間を取って、その時に聞きたかったこと。 だけど上手く会えなくて、直前になってしまったこと。 もう、眠って起きて、もう1度眠って起きたらその日だから。 だめかもしれない。でもわからない。だから聞いてみた。 言葉は伝えてみるまで分からないから。友達がそう教えてくれたから。 「ああ、悪い。その日は先約が入っているんだ」 ……伝えただけでも、がんばったよね? 「そ、そっか。そうだよね。クロノだって予定があるよね。ごめんね、急に聞いちゃって」 言ってから、間違えたって思った。 こんな言い方をしたら、優しいこの人はきっと気に病んでしまう。 「ごめん。今度の休みはフェイトのために空けておくよ。それで……いいか?」 ほら、やっぱりだ。 せっかくのお休み前なのに、ひどく気にした顔をさせてしまった。 だめだね、私。こんな顔をさせたくて聞いてみたんじゃないのに。 「うん。ありがとう、クロノ」 ……あの子みたいには、できない。 「そういえば、明後日はどうするの? 先約があるって言ってたけど、誰かとおでかけ?」 私の言葉に、クロノは「そんな色っぽいもんじゃないさ」なんて言いながら肉じゃがのじゃがいもを口に入れた。 「色っぽ」 「いつもと味が違うな、この肉じゃが」 言葉尻を持っていかれて何も言えなくなってしまう。 私、こういうところ、全然だめだよね? あの子はきっと、上手くやるのに。 「お惣菜か何かなのか?」 ふるふると首を振る私。 「それじゃ、もしかしてアルフとか?」 もう1度同じ動作。 「そうか。作り人知れずか。もしも作った誰かを知っているならお礼を言っておいてくれないか? いつもと味は違うけど、おいしいんだ」 そう言って、今度はにんじんを食べるクロノ。 「あ、あのね」 彼は不思議そうな顔をして私を見つめる。 感じた視線にどきっとしながら、私は言葉を続けた。 「その肉じゃが、私が作ったんだ」 ほうけた顔をして、1拍2泊。 数拍を数えてから、彼は笑った。 「おいしいよ、フェイト」 ……ずるいよ、クロノ。 「これなら、いつお嫁に行っても安心だな」 ……ちょっと胸にちくんときたよ、クロノ。 「もらい手がいないなら、僕が欲しいくらいだよ」 ……約束させちゃうよ? クロノ。 「なんてのは、冗談なんだけどな」 ……朴念仁だよ、クロノ。 「いぢわる」 ぼそりと呟いた言葉が聞こえたのか、クロノをきょとんとさせてしまう。 慌てて取り繕うと、彼はくすくすと笑い始めた。 ううぅ、恥ずかしい。 「次の休みは2週間後なんだ。その日で都合がいいなら、2人でどこかへ行こう。それでいいかい?」 楽しげに紡がれた言葉に、にべなんて考えずに頷いた。 そうすると、彼はまたくすくすと笑って。 「そうか。それじゃ、よろしくな」 肉じゃがのお肉をほおばり始めた。 「なんてことがね、あったんだ」 お昼休み、屋上でお弁当を食べる時間。 最近は肌寒くなってきたけど、まだもうちょっとだけ屋上でがんばれる。 今日は4人だけの、一緒のお昼の時間。 「そっか。それで朝からご機嫌だったんだね」 私の他愛ない話を楽しそうに聞いてくれるなのは。 私の1番大切な友達で、嬉しかったことを真っ先に伝えたい友達。 話下手なたどたどしい私の話をいつも聞いてくれるなのはは、優しい人ってこういう人なんだなって教えてくれる。 いくら感謝したってしきれない、1番の友達。 「フェイトちゃん、クロノ君のこと大好きだもんね」 何気ないなのはの言葉に、頬が熱くなるのを感じた。 「にゃはは♪」 ……恥ずかしいよぅ。 「けっ。青春ですね。うらやましいですね。らぶらぶしてればいいじゃない! ほのらぶしてればいいじゃない! あたしは遠くから眺めててやるわよっ! 青春なんて滅んでしまえ! きしゃーっ!」 ……コ、コメントし辛いよぅ。 「アリサちゃんには、私がいるじゃない」 ベンチに足を乗せて主張を続けるアリサを熱っぽい目で見つめるすずか。 彼女の言葉に、アリサは爆裂した。 「あたしが欲しいのはオトコ! 彼氏! 未来の旦那様ッ! ええいっ。どうして世の男共はあたしを放っておくのかぁああああああっ!」 アリサ可愛いから、そんなこと無いと思うんだけどな。 「……熱っぽい目で見つめたことに突っ込んで欲しかったよ。しくしく」 すずかはよよよと崩れ落ちちゃった。 「アリサちゃん、余裕無いんだと思うよすずかちゃん? ほら、この前のあれだって」 「そうだね。あれだって……」 「あ。あれはあれだったね」 ……そう考えると、今のアリサも納得できるかも。 「あれって何よぉおおおおっ! う、うわーんっ!?」 がんばれアリサ。私は応援するよ! 「でもアリサちゃん、初めて自分の裸を見た男の子と結婚するって言ってたんだから。ユーノ君と結婚するんじゃないの?」 すずかの言葉に、アリサと……そして、なのはが固まった。 「す、すずかっ! べ、べべべ別にあたしはあいつに何のコンタクトも取れないから怒ってるわけじゃなくてねっ!?」 「ふーん」 「あ、なのはちゃんが覚醒しそう」 「ふーん」 「ひぃいいいいいごめんなのはいやだから別にあたしはあいつのことなんてぇえええええっ!?」 ……私はこっそりと屋上から校舎の中に戻って、 「お話聞かせてもらおうかなーアリサちゃーん?」 「き、ききき聞かせる話なんて何も無いわよですわよごめんなさいぃっ!?」 「あー。そういえば、一ヶ月前にアリサちゃんがユーノ君と」 「すずかぁああああああああああっ!?」 「ちょっと頭冷やそっかー」 ……扉を、閉めた。 そういえば、と思う。 今日この場に居なかった最後の1人。 いつも笑みを絶やさない、いつも周りの笑顔を絶えさせない。 「はやては今日、何をしてるのかな」 お仕事をしている。それは分かりきっているのだけれど。 なんとなく気になった。 「はやては明日、何をするのかな」 あの子は明日、どうするのかな。 「あ、そういえば」 記憶の糸を手繰り寄せると、引っかかるものがあった。 それは、1週間前の話。来週の明日、みんなで遊びに行こうとアリサが言った時の話。 結局予定が上手く噛み合わなくて流れてしまったけど、あの時はやては何て言っていたか? 「ええと……“管理局の人に魔法を教えてもらって、その後は模擬戦をする”だっけ」 戦闘魔導師の休日としては正しくて、女の子のお休みにしては色っぽくない過ごし方。 けどそれが何かと合わさって、ひどく引っかかってしまう。 何と引っかかっているんだろう? 「はやてに魔法を教えられるのって誰だろうね。はやて、魔力がすごいから暴発とかも怖いし……」 リインフォースのおかげで使えるはずの魔法がたくさんあるから、手広く魔法を覚えている人じゃないといけない。 そして、管理局に入って日の浅いはやてだから。 闇の書事件のことがあって、まだあんまり広い人付き合いができないはやてだから。 「誰に魔法を教わるんだろう……?」 嫌な予感が警鐘を鳴らした。うるさいくらいにがなりたてて、私の胸を焦らせる。 「なのはにヴィータ、シグナムにシャマル、ザフィーラ。みんな秀でた魔法はあっても広く覚えてるとは言えない」 当たって欲しくない予感が近づいてくる。 「ユーノは多くの魔法を使えるけど、ユーノはリインとお出かけするってはやてが言ってた」 いやだ。やめて。 「エイミィは魔法を使えない。母さんは明日もお仕事。だったら、はやてに魔法を教えるのは……?」 ―――ああ、悪い。その日は先約が入っているんだ。 「グレアム提督はイギリスにいるし、リーゼ達もそこで一緒に暮らしてる。だったら、はやてが頼れるのって……?」 ―――そんな色っぽいもんじゃないさ。 「クロノしか、いないよね?」 急に、 「クロノしか、いないよね」 ―――次の休みは2週間後なんだ。その日で都合がいいなら、2人でどこかへ行こう。それでいいかい? 「はやてだって、クロノのことが好きなんだもんね」 約束が、色褪せたように思えた。 「クロノは私を気遣ってあんな約束をしてくれたのかな?」 遠くから足音が聞こえる。 「妹だもんね。義理でも、妹だもんね。家族だもんね。だったら、優しいクロノは気遣ってくれるよね……」 2人分の足音が聞こえる。 「それが、本心じゃなくても」 だんだんと遠ざかっていく足音が聞こえていた。 「……本心じゃ、なくても」 聞こえていた、ような気がした。 「やだな、私」 今はもう、消えてしまって分からない。 足音が聞こえていたのか、ただの幻聴だったのか、分からない。 「わがままだね、私」 何が本当で、何が嘘で、何が思い込みなのか分からない。 「優しくしてくれる人がいるだけで嬉しいはずなのに。思いやってくれる人がいるだけで幸せなはずなのに」 なにも、わからない。 「そうしてくれることが切なくて。そこまででしかないことが苦しくて」 ただ、言いたい。 「どうしようも、ないよ」 わがままな気持ちでも。勝手な心でも。押し付けな感情でも。 「……どうしようも、ないよ」 ―――ねえ。貴方は私を置いて、あの子の所へ行かないで? |