・†風鈴、涼やかに(クロすず)† ・†ユノクロ† ・†携帯電話(なのフェイ)† ・†雨降り金曜† ・†ティアナさんは的確な突っ込みを繰り出した† ・†いや、うん、なんてゆーかね† †風鈴、すずやかに† 長期の次元航行任務をようやく終え、都合七ヶ月ぶりのデート。すずかとクロノは朝から海鳴町を歩いて回っていた。異世界人のクロノにとって海鳴町はよく知った場所だったが、七ヶ月もあれば微細な変化が所々に現れる。それをすずかと探しながら歩いていたのだった。 年頃にしては妙に地味なデートである。 「あ、クロノさん」 お昼を食べに入った、クロノが任務で出ていた間に新しく開店した――すずかが、いつかクロノと来ようと思っていた――うどん屋さんにて、思い出したようにすずかが口を開いた。 くすりと笑うと朗らかに言う。 「浮気したら血を吸いますよ?」 「笑顔で恐ろしいことを言わないでくれ……」 年頃にしては妙に殺伐としたセリフだった。 「と言うか、そういうことは長期任務前に言わないか?」 「言いませんよ。だって、クロノさんは浮気なんてしません」 「う……」 穏やかに、しかし揺るぎなく断定されると言われた方は照れてしまう。クロノは熱くなった頬をごまかすようにそっぽを向くが、心の内をくすぐる感情だけはごまかせなかった。 久々に聞く電話口ではない生の声ということも相まって、普段より妙に嬉し恥ずかしい。不自然に視線が泳いでしまう。 そんな、しどろもどろになったクロノの姿に、すずかはただただ穏やかな笑みを見せるのであった。 「き……君、は、」 義務教育すら終えていない少女にしてやられ、たじたじになるクロノ。むず痒い居心地の悪さを払拭すべく言葉を探すが、見つけられない。 沸騰した頭はもう、物事を上手く考えられない。周囲の喧騒ですら耳に入ってこない。瞳はただただ、すずかだけを捉えていて――― ちりん。 ―――不意に、涼やかな音が耳朶を打った。 ちりんちりん。 知らず視線を巡らせば風鈴が目に入る。店内に吹く空調の風を受け、硝子の鳴り物が揺れていた。 甲高く、それでいて不快でなく。頬を撫でるそよ風のように、肌をくすぐるさざ波のように、心に染み渡る柔らかな音が響く。 それは風鈴だ。風鈴が奏でる、涼しげな夏の音だ。 「君は」 その音色は、 「君は、風鈴みたいだな」 なんとなく、クロノの目線と心を捉えて離さない少女を思わせた。 だから風鈴みたいと口にした。 「…………」 言ってから反芻してみると、わけがわからなかった。 クロノ・ハラオウン、超後悔。 「クロノさん?」 「……何も言わないでくれ」 自爆の恥ずかしさに耐え切れず、突っ伏すクロノ。理知的なイメージが強い彼なので、大失態である。 そんなクロノの姿を見ても、すずかは穏やかに微笑んでいた。 「きっと、幸せってこういうことを言うんですよね」 すずかのセリフが耳に入り、ぬぼーっと顔を上げるクロノ。目と目が合う。 相変わらずの微笑みを浮かべたすずかを前にして、クロノも――滅多に他人に見せない――笑みを零した。 「あ、おうどん来ましたよ」 注文していたうどんを持って店員がやってくる。クロノはきりりとした表情を取り戻し、すずかはいつまでも穏やかな笑みを浮かべたまま、お昼の到着を待った。 ちりん、ちりん、と。風鈴の音が鳴っている。 そんな、とある日の一幕だった。 †ユノクロ† 「クロノはバカだ……っ!」 「な、なんだとっ!?」 執務室に駆け込んでくるなり、開口一番クロノに罵倒を浴びせ掛けたユーノ。彼の言葉に罵られた当人は憤慨するが、むしろ罵ったユーノの方が怒っていた。 普段は温厚なユーノだが、今は声から怒気が溢れ出ている。 「バカだよクロノは!」 再びの罵声。むっとしたクロノは言い返そうと口を開くが、とあることに気づいて押し黙ってしまう。 今にも飛び掛らんばかりに噛み付いてきているユーノだが、その目尻には涙が浮かんでいた。 華奢なら身体を震わせ、少女のような面立ちを伏せられてしまう。 彼のそんな姿を見ると、クロノは何も言えなくなってしまった。 「クロノは……がんばりすぎなんだよ……」 小さな呟きがクロノの胸を打つ。搾り出されたような言葉には、ユーノの本心が凝縮して詰められていた。 想われていると思った。 「身体……もっと大事にしなよ……?」 彼が傷ついてしまうほど心配を掛けてしまっていると思った。 「……すまない」 謝罪の言葉を告げる。それは二重の謝罪だった。 心配を掛けさせてしまうことへの謝罪。 そして、これからも心配を掛けることへの謝罪だ。 「クロノはバカだよ……」 「そうだな」 肯定するしかなかった。こんな自分は変えられないし、変える気もない。 バカだと言われれば、そうだろう。 だとしても、譲れないものがあった。 「僕は一人でも多くの人を助けたいんだ。そのためになら、どれだけだってバカになってみせるさ。助けることが、僕の夢なんだ」 いつのことからだろうか? おそらくは、父の訃報を聞いた日からだ。 助けなければならないという、半ば強迫観念に似た感情が胸に渦巻くようになっていた。 今もまだ、その感情に突き動かされるように生きている。 きっと。これからも、ずっと。 「だったら」 ユーノが顔を上げ、きっ、とクロノを睨んだ。 もしも二人を隔てる机が無ければ飛び掛っていたかもしれない。それほど鋭い視線だった。 「だったら、クロノのことは誰が助けてくれるのさっ!」 我知らず視界がゆらいだ。まるでハンマーで頭部を殴打された気分だ。 目を背け続けていた場所を指摘され、身体のどこか、真ん中に近い部分がぐらぐらと揺れている。 「……誰、だろうな」 呟きは、もしかしたらほとんど悲鳴だったかもしれない。 だからこそ、その言葉は許されたものではなかった。 何年も張り詰め続けていた心が軋みを上げる。 今は、それを認めてはならなかった。 「けど、そんなことはどうでもいい。用が無いなら帰ってくれ。僕は忙しいんだ」 「でも……っ!」 「帰ってくれっ!」 S2Uを抜き出して脅し掛ける。 ユーノは表情に驚きを浮かべ……しぶしぶとだが、引き下がった。 「それじゃあ、帰るよ。…………せめて、休憩はきちんと取ってね」 最後の最後まで心配の言葉を残して、ユーノが去る。 閉じられた扉の向こうにあった背中をぼんやりと思い浮かべながら、クロノは知らず知らずの内に呟いていた。 「…………誰が、僕を助けてくれるんだろうな」 柔らかな椅子に身を預ける。 自然と閉じられた瞼の裏に浮かぶのは、口煩くも心優しい少年だった。 †携帯電話† ベッドにごろりと寝転ぶと、すぐさま素足を投げ出した。行儀の悪い姿だとは分かっている。でも、身体をぐっと伸ばしたかった。 湯上りで火照った身体に温かみの無い布団はひんやりとしていて気持ち良く、ともすればそのまま意識が落ちてしまいそうだった。 その前に、机に置いた携帯電話に手を伸ばす。 「えっと、20時だったよね」 携帯の液晶ディスプレイに表示されている時間は、19時56分。約束の時間までは、あと4分。 戦闘訓練でもしていれば瞬く間に過ぎ去る僅か4分――240秒――という時間が、今はとてつもなく長いように思える。 手持ち無沙汰に任せて携帯電話を開いては閉じ、開いては閉じ、を繰り返す。 無意味な反復を飽きるまで続けると、フェイトはぽふりと枕に顔を埋めた。 「なのはからの電話が20時に来る」 液晶ディスプレイに表示されている時間は、変わらず19時56分。4分後が待ち遠しい。 なんとなく、両足をバタ足するように上下させる。ぽふ、ぽふ、という軽い音が耳に入った。 「早く4分経たないかな……?」 呟いた瞬間、携帯のディスプレイが輝いた。流行の歌を流しながら振動する携帯電話を手に取ると、メールの着信を知らせていた。 突然のことにびっくりしながら、おそるおそるメールを開いた。 もしかしたら、なのはからかもしれない。 急に電話ができなくなったとか、そういうことがあるかもしれない。 なのはの身に何かあったのかもしれない。 「…………」 今にも口から飛び出そうに跳ねる心臓を抑えつけながら、メールを読む。 メールの文面には『出会い』がどうとか『謝礼』がどうとか『欲求不満』がどうとか。 他にも口には出来ない卑猥な単語が踊った、いわゆる迷惑メールだった。 「えっちなメールだよう……っ!?」 恥ずかしさから思わず携帯を投げ捨てる。 開きっぱなしのまま空を切って飛んだ携帯電話は、バキィッ! というやけに耳障りな音を立てて壁に激突した。 見れば、携帯電話からぷすぷすと煙が立ち上がっている。 開閉式の携帯電話は、接続部分が大変なことになっていた。 「電話……っ!?」 慌てて部屋の時計を確認すれば、19時59分30秒。 急いで携帯に駆け寄ろうとベッドから飛び降りると、着地に失敗してすっ転んだ。 べしゃぁっとマヌケな音がする。打ち付けた鼻の頭が痛い。 「でんわ……でんわにでないと……」 ずるずると。ほふく前進の要領で携帯電話ににじり寄る。やっとの思いで壊れた電話を手に取ると、同時に着信音が鳴った。 どうやら、通話機能は健在のようだ。 「動いてくれるよね……?」 通話ボタンを押す。ほどなくして、電話口からなのはの声が聞こえてきた。 嬉しい。 声が、意識しなくても弾んでしまう。 「うん、大丈夫。なのはは心配性だよ。私、どじなんかじゃないよ?」 それは時刻20時のお約束。なのはとフェイトの、2人の時間。 時計の短針2周り分のお話タイム。 「―――うん、おやすみなさい」 1日の終わりを告げる言葉を。 フェイトはなのはから、なのははフェイトから貰って。 そして、2人の今日が閉じられる。 「ふう」 通話を終え、フェイトは携帯電話を閉じた。しかし、普段ならパタンと閉まるはずのそれが、ぐにゃんとずれた。 フェイトの背筋に冷や汗が流れ落ちる。 携帯電話は、見事に壊れていた。 接続部分から露出したコード類が痛々しい。 「これ……どうしようかな」 明日からのこととリンディへの言い訳を思い、フェイトは頭を抱えた。 †雨降り金曜† 6月には雨が降る。それは珍しいことじゃない。そもそも、雨なんて一年中降るものなんだから。 金曜日が終われば休日。これも――職種にもよるが――そう珍しいことじゃない。 だから珍しくもない2つが重なることもまた、珍しくない。 けれど。 「あーあ。今日は雨かー」 雨降り金曜は憂鬱だった。 どんよりと広がる厚く黒い雲が蒼天を隠し、冷たい雨が落ちてくる。 見ていて好きな光景ではない。 小雨の頃に降られてしっとりと濡れた赤いお下げをくるくると弄びながら、ヴィータは一人呟いていた。 「明日は出かけようと思ってたのに、ついてねーなー」 見上げれば黒雲。 そろそろ夕刻を過ぎる今、黒雲に覆われた空は漆黒の闇を思い起こさせる。 闇の書の、守護騎士。 「……ほんと、ついてねー」 雨宿りの軒下でぶるりと身を震わせた。 振り切ったはずの過去に冷たい手で背中を撫でられる感覚は不愉快だった。 雨は嫌いだ。 「あそこ、大丈夫かなぁ」 休日に出かけるべく目星を付けていた草原。明日は、つい最近見つけたばかりの秘密の場所で思いっきり寝転ぶ予定だった。 柔らかな草のベッドに身を預け青草の香りに包まれて、一日をのんびり過ごそうと思っていた。 でも。この雨では、草原はぬかるんでぐしゃぐしゃになっているだろう。 とても寝転べたものではない。 「はぁ」 だから、雨降り金曜は憂鬱だ。 『ヴィータ、どこにおるん?』 その声は念話を介して届けられた。 帰りの遅い自分を心配したのだろう。連絡を忘れた己の失念を心中で責めながら、ヴィータは事情を説明する。 「傘を忘れちまったんだよ。それで、今は雨宿りしてるんだ」 「ヴィータはうっかりさんやねー」 「だって、天気予報じゃ晴れだって言ってたんだもん……」 「あはは。ま、それなら迎えに行くからどこにいるか教えてくれへんかー?」 「え、いいよ。雨が止んだら帰るしさ」 「お・し・え・て・?」 念話越しの迫力に負けて押し黙ってしまう。 困りに困って、ふと空を見上げた。 厚ぼったい雨雲は少しも勢いを衰えさせる様子はなく、まだ長いこと雨を降らせていそうだった。 ややあって、ヴィータは口を開く。 「タバコ屋のばーちゃん家の軒下」 「ん。すぐいくよー」 「……うん」 それきり、念話はぷつりと切られてしまう。 手持ち無沙汰になったヴィータは何気なく雨に打たれる道路を見やった。コンクリート舗装された道はぬかるむことこそなかったが、そこかしこに小さな水溜りができている。 水溜りに雨が落ちる度に波紋が広がっていた。 「はやてに迷惑かけちまったなぁ」 呟きながら道路の向こうに視線を向ける。 そこには誰もいない。 まだ、誰もいない。 「やっぱり雨降り金曜は嫌いだ」 言い捨てるようにぼそっと呟くヴィータ。 けれど、心なしかその表情が緩んでいたことは―――残念ながら、誰にも気づけなかった。 †ティアナさんは的確な突っ込みを繰り出した† 「エリオ。あんたは影が薄い」 「開口一番がそれですかっ!?」 「天の声なのよ」 ぬぼーっと。徹夜続きのあとに3時間だけ眠れたプログラマーのような目をしながら、どこか焦点があっていないティアナは書類の山を処理していた。 その傍らでの突っ込みである。 「って言うか、自分から絡んでいってくれないと主人公っぽくなんないよのっ。主人公だからって立ち回りを怠けてるとPC4辺りに主役を持っていかれるんだから」 「あの、それ、すごくメタなんじゃ……」 「めっためたにしてやるわよ!」 「もう眠ってくださいっ!?」 しかし、エリオの悲痛な叫びはティアナの耳には届かない。 何故なら彼女が処理する書類は、例えるなら大学生の単位取得条件レポートであり、一枚でも落せばそのまま単位も落ちるのだ。 法律改定で執務官試験を受けるには法科系講義の単位を取得せねばならなくなり、ティアナは訓練の傍らで通信教育によって条件を満たそうとしていた。 つまり、ティアナの目の前には 「眠れるわけないじゃない! 出さないと単位もらえないのよ!」 「日頃からこつこつやっていればよかったんじゃないでしょうか……?」 「やってもやっても毎日毎日送られてくるのよ! 気分はあれね、ぜっと会ね。明らかに2週間で終わらせられなさそーな量がもうどばどば来る心境。まあ、あれは落としても単位がでないってわけじゃないけど」 「はぁ……」 見るからに憔悴しているのに瞳だけを異様にぎらぎらさせたティアナは、目の前のレポートを親の仇のようにペンで始末していく。 それはおそらく彼女が有能である証で、普段ならば尊敬や感嘆に値しそーなすばらしい作業スピートだったが、状況が普段とはまた異なっていたのでただただ異様な姿だった。 「っというわけで、どうせなら突っ込みに特化するか、もしくはヒイラギレンジの中の人みたいに突っ込みといじられのリバーシブルになるか、あるいはボケくらい覚えなさいよ」 「い、今のままじゃだめなんですか……?」 「カリムさん以外絡ませ辛いのよ!」 「誰の叫びですかそれぇっ!?」 事件ですよライトニングヒー……あ、出番、もらえませんか。ううぅ、じゃあ帰ります。 「とにかく!」 ティアナが、びしぃっとエリオに人差し指を突きつける。 ぴんと張られた剣幕に圧され、エリオは身を震わせた。 「なのはさんとスバルがいても主人公をもぎ取れるくらいキャラ立てしなさい」 「……難易度高いなぁ」 エリオ君も女の子になればいいんだよ!(力説) †いや、うん、なんてゆーかね† 神妙な面持ちをしたキャロを前にして、エリオもまた真剣な表情を浮かべていた。 「エリオ君。落ち着いて聞いて欲しいことがあるんだ」 ごくり、と。真に迫ったキャロの声に固唾を飲み込むエリオ。 視線を落とせば、これまた真面目な顔をしたフリードがいた。 「……なくなったの」 初めの部分が聞き取れず『なくなったの』とだけ聞こえたエリオは、小首を傾げた。瞬時に聞こえなかった冒頭部分を想像で補う。 いくつかの可能性が浮かんでは消え、浮かんでは消える。 そして、ある言葉がぴたりと嵌った。 『生理がこなくなったの』 驚いて腰を抜かせたエリオが椅子から転げ落ちた。けたたましい音が周囲に鳴り響く。 心臓が早鐘を打っていた。もちろん、覚えは無い。覚えは無いが……記憶そのものすら無い日が、数週間前にあった。 酔ったヴァイスに無理矢理酒をしこたま呑まされたあの日の記憶だけが無い。目を覚まして真っ先に視線が合ったキャロに赤面されながら目線を逸らされたことから何かあったのだろうと思っていたが、まさか、まさかジャストミートだったとは思わなかった。 「え、えと、えと、ええとぉっ!?」 首が痛くなるほど頭を振る。ありえない、ありえないと思いたいが、釈明する材料が無い。向こうから懐妊という事実を突きつけられればそこで終わりだ有罪決定。 決して高給取りとは言えないエリオでは、まだまだ妻子を養うことはできない。でも、できてしまったものはしょうがない。 管理局の社宅暮らしが現実的なところだろうか? なるべく節約せねばなるまいが、足りぬ分はどう補えばいいのか。 生まれてくる命と守らなければいけない人のためにも、恥を忍んで 「……エリオ君?」 ぐるぐると。さまざまな考えがエリオの頭を巡っていく。 結婚式はどうしよう。誰に招待状を出そう。そもそも、そういった手続きはどうすればいいのか。 自分は何をすべきなのか。 「きゃ、キャロ!」 ――いいや、違う。最優先で考えるべきことは、そんなことではない。 絶対に大事で絶対に失ってはならない、この世で最も尊ぶべきものがあるっ! 「きゃっ!? え、エリオ君?」 それは、愛だ! 「いまさらになってこんなことを言うなんて不誠実で不義理極まりないと思うんだけど……っ!」 夫婦の幸せのためにはお互いが愛で結ばれていることが絶対条件であり、また生まれてくる子供が真っ直ぐ育つためにも愛ある家庭が必要なのだっ! 幼少の時分、それをごっそり失ってしまったエリオだからこそ……それの必要性が骨身に染みていた。 だから、だからこそっ。新たに生まれる家族がそれを失ってはいけないと、そう思った。 「僕は、君を幸せにする! 黒雲に包まれた空から雨が降りしきる日も、強すぎる風が木々を薙ぎ倒す日も、もちろん太陽が蒼天の中で輝く日も、君に寂しい思いをさせないっ!」 「あ、あの、エリオ君……? そ、それはとても嬉しいんだけど……」 ここまで言って、はたと気づいた。キャロが困ってる。戸惑っている。 「……えーっと」 「…………」 もしかして、そーゆー話じゃない? 熱が入って昂揚していたエリオの頬が、さっと青ざめていく。そんな彼を尻目に、キャロはさらっと告げた。 「生理がこなくなったの」 「って、やっぱりそういう話ぃっ!?」 「? うん。私くらいの年頃だと生理周期が安定しなくなることがある、ってアルトさんに教えてもらったんだけど。どうすればいいかなぁ」 「えーっと…………そ、それは相談されてるのかな?」 「うん」 ぐっちゃぐちゃになった頭を必死に働かせ、エリオは答えを出した。 「とりあえず、シャマルさんに相談してみればいいんじゃない……?」 「そっか、そうだよね。ありがと、エリオ君!」 答えを得られて気が紛れたのか、にぱっと笑みを見せぱたぱたと駆けていくキャロ。フリードが後からその背を追っていく。 取り残されたエリオはどっと疲れたが出て、その場に崩れ落ちた。 「僕は何を勘違いして、何を口走ったんだろう……」 だらーんと、突っ伏す。真面目さを使い切った、言わばたれエリオとしてその場にたれていた。 その、肩を。とんとんと叩く者がいた。 「よう、エリオ」 「ヴァイス陸曹……?」 妙に嫌な予感をさせる笑みを見せたヴァイスは、手に黒く四角い物体を握っていた。 「それ、なんですか?」 「テープレコーダー。録音ができるんだよ」 「…………」 ストラーダの起動音が響いた。 「今すぐっ! 今すぐそれを破壊しますが文句ありませんよねっ!」 「あるっ! あるっ! おおありだっ! こんな面白いセリフを広めずにいられようかっ。いや、いられまい。反語っ!」 「ストラーダ最大出力ゥウウウッ!」 「って、おわっ!? 殺す気かぁっ!?」 紫電を纏ったストラーダの穂先が、咄嗟に身を捻ったヴァイスの背筋を焼く。 「いやぁ。しかし、面白いもんが見れたなぁ」 「う、うわぁあああああんっ!? 消してっ! 消してくださぁあああいっ!」 「やなこったっ!」 ……この、不毛な鬼ごっこは。 両者体力尽きてぶっ倒れるまで続いたらしい。 |