白色から紅色に変わった人工の陽光を背に受けながら、部隊を率いて荒れ果てた道を進むギャレット。 彼の瞳に映る光景は、あまりにも無残すぎる。 「戦いは、いつもこうだ……」 先程の魔力爆発の影響でひしゃげた砲撃兵器や崩れた壁の瓦礫が所々にちらばっていた。それらは夕陽の光で茜色に染まり……物陰に映る影が、物悲しさをより一層引き立てていた。 「あの時だって……っく……」 脳裏に蘇る古い記憶。それはまだ、自分が捜査官に成り立ての頃に起こった最初の対決で……。 「早く、終わらせねばならない」 視界の先に、崩れかけた門が見えた。 先程までは堅牢さでもって自分達を苦しめた巨大な門だ。 それもまた、先程の爆発でこうも無残な姿を晒してしまっているのか……。 改めて、背筋がゾッとするような寒さを感じた。 あの桜色の爆光にはどれほどまでの破壊力が秘められていたというのか……。 「ん……?」 門の前には、1人の少女がいた。 ドレスのように裾の長い真っ白な衣装を纏った少女は、骸のように物言わぬ少年を抱き抱えて……。 「ごめんね……ごめんね……」 ……幾筋もの涙を、瞳から零していた。 「……行くぞ」 少女の脇をすり抜けて城内へと突入してゆくギャレット部隊。 この少女のような悲劇は、もう生み出してはならない! そのためにも……ッ! 「ごめんね、ユーノ君……」 心を奮い立たせて最後の戦場に駆け入る刹那。 少女が少年のためだけに呟いたはずの言葉が、やけにはっきり聞こえたような気がした。 「終わらせよう」 決意は固まった。 やれやれ、と。 溜息混じりの呟きを吐いたのは、この日何度目だろうか。この日は、予定外や想定外ばかりだ。 本当ならもっと穏便かつ目立たぬ立場に居たかったのだが。 そうさせなかった彼女は、意図したのか天然なのか。 「どっちなんだ、リミエッタ執務官補佐」 彼女の行動は、ちぐはぐだ。思いつきのままに勢いで指示を出したかと思えば、女神の立てた策を潰してしまう。 他方、序盤での大きなミスや兵の動かし方。的確な所もあれば、凡ミス以下の失策までやらかす。 気勢に波があるタイプなのか? それは、推測の域を出ない。 「負けてたと思えば、いつの間にか女神の軍勢を叩きのめしている」 しかしそれは、彼女の実力というより部下の奮戦によるものが大きい。 彼女単体の能力としては……。 「まず、女神に及ばないのは確か。よく戦っているが……」 彼女くらいの指揮官なら、管理局……の、副局長派ではさほど珍しいものではない。 それこそ、練達の武装隊指揮官ならば彼女より上手い指揮を執ることも出来るだろう。 「けど、あれが引っかかる」 思い出すのは、戦場の流れを変えた一手。敵の放った大将への直接狙撃を―――よりにもよってオレを盾にして防ぎやがった。 まぁ、それについてはいい。 恨みはあるが、横においておく。 問題は、 「魔力も無ければ戦闘技能もない一補佐官に狙撃を察知出来るか、ということだな」 魔法で周囲にレーダーでも張ってたのなら分かる。 また、日頃からそういう環境にいて狙撃を察知しやすくなっていたならしよう。 けれど、彼女はそのどちらでもない。ならば、彼女は完全に狙撃を読んでいたということである。 女神の必勝策を、だ。 事実、この策を失してから女神側のテンポが乱れ、リミエッタ側がそこを突いて崩してしまった。 しばしば川の流れに例えられる戦局だが、リミエッタはそれを一手で逆流させてしまった。 この材料から、彼女は非常に有能である“かもしれない”と判断出来る。 今はまだ、部下頼みだが。もしかしたらその姿すらも欺くための演技かもしれない。 もしも、全てが計算ずくめの演技だとすれば――― 「―――オレが何者か気づかれてるって? んな馬鹿な」 その可能性は、棄却したかった。 何故なら、そうであるなら確実に彼女を始末しなければならなくなるから。 「確かめてみる、か」 情報処理用の端末を置いて、後姿の彼女を見やる。 ギャレット隊に突入の指示を出した後は特に指揮らしい指揮はしてない。 まぁ、指揮が必要なほどの戦力はもう本陣にはいないのだが。 「…………」 彼女を殺したくはない。鍵を掛けた過去の記憶が、蓋を開けて溢れ出してしまうだろうから。 まぁ、それでも。 “必要なら”やらねばなるまいのだ……が。 「……なあ」 背中越しに彼女へと言葉を掛ける。反応は無く、彼女はピクリとも動かない。 考え事でもしているのか? それとも何か、別の…………? 「…………」 もしかしたら、何か罠でも張っているのかもしれない。 背筋に緊張が走る。 何だ、何を考えているんだ、彼女は……? 「……おい」 もう一度、背中越しに声を掛ける。 それでも彼女は何の反応も返さない。 少年は、意を決した。 「……リミエッタ補佐官」 彼女の肩に手を置く。 女性特有と言えばいいのだろうか? 男性には無い柔らかな感触が掌に返ってくる。 こんな感触を感じるのは久しぶりだなと頭の片隅で思いながら、ふとした違和感に気づく。 「まさか……」 感じた柔らかさが、異常だった。まるでクッションのように柔らすぎたのだ。 試しに強く握ってみれば、いとも簡単に肩は形を歪めてしまう。 「…………」 正面に回って顔を見てみた。 『何かあったら後のことは任せるね。クロノ君のそっくりさん♪』 そんなことが書かれていた。 とりあえず、彼女を追いかけて城内へ向かうことにした。あと、腹が立ったから一発殴ったら形はどうやら鉄芯を通していたらしく、ちょっと涙目になった。 秘密にしようと、心に誓った。 おかしい。 ほぼ無人の城内を駆け上がるギャレットは、降って湧いた違和感に苛まれていた。 出掛けにしっかりと確認したわけではなかった。 それが今、裏目に出てしまっていた。 最初に確認しておけば確信持って言えたのに……ッ。 「…………」 自分に付き従って共に歩む部下。その数が、1人増えているような気がする。 増えた1人が誰かも検討がついている。 目深被った防護ヘルメットから茶色の髪の毛が飛び出している隊員。 しかも、自分の隊にはほとんど在籍していないはずの、女性。 どうして性別が分かるのかと問われれば、走る度に揺れる女性の象徴がそう判断させたとしか答えようがない。 「…………」 増えた隊員が誰かまでも検討がついている。 だがしかし、本当に彼女がここまで来るだろうか? 疑問に思えば泥沼に捕まり答えが導き出せない。 が、しかし。 「エイミィ」 「え、何?」 「…………」 「あ、しまっ。……ごめーん、ついてきちゃった」 あっさり正体をバラした総大将がここにいた。ちろりと赤い舌を出して、“ごめんね”と言う彼女。 それで誤魔化せると思っているのか……ッ! 「何しに来たんだ、エイミィ」 これから自分達はリンディ提督の捕縛に入る。まだ提督は残存兵力を抱えている。 ここまでで出てこない所を見ると、恐らくは提督の近くに纏まっているはず。 その数は自分達の隊と同数かそれ以上だろう。 そんな状況でSクラス魔導師のリンディ提督も捕まえなければならないのだ。 激戦が予想される。 そんな中で魔力を持たないエイミィが入れば……。 「足手まといになる。って言いたい?」 言おうとした言葉は、エイミィに引き取られてしまった。仕方なく、苦い顔をしながら頷く。 言葉は悪いかもしれないが……その通りだった。 「ごめん。それでも、行なきゃならないんだ」 一体、何が彼女にその言葉を言わせたのだろうか? 冗談や思いつきではない、強い意志の通った眼差しがギャレットを射抜く。彼女には直接提督と対峙することに“譲れない何か”があるらしい。 どうしたものかとギャレットは思案する。 転送魔法で強制的に引き返させるのは苦ではない。 けれど、エイミィは彼女なりの筋を通した上でここにいるのだろう。 自分達は彼女を信じて戦ってきたわけで。 ここは、彼女の行動がもたらす結果を信じて容認すべき……なのか? 「お願いギャレット。……どうしても、行かなきゃいけないの」 仕方ない、か。 「流れ弾で倒れるような情けない真似だけはしてくれるなよ?」 ギャレットの言葉に、エイミィは破顔しながら頷いた。天守閣への入り口は、もう少しで辿り着く。 最終決戦の時は……近い。 そこは、戦場を一望できる見晴らしの良い場所だった。 急ごしらえの城でも遊び心を忘れていないのか、所々に施された装飾はどれも一流の物だ。 特に、柱に描かれている紋様が美しく―――“女神”を連想させた。 豪勢とまでは言えなくとも、優美なこの部屋で。 「おめでとう。思いのほか早かったわね」 最も美しい女性が、清流より澄んだ声で言葉を紡いだ。 「エイミィを慕って集まってくれた子達は、みんな優秀な子達ね」 くすりと笑って、まるで子供の成長を喜ぶ母親のように言葉を話すリンディ。 楽しそうに、嬉しそうに。 「これも貴女の人徳かしら」 私も鼻が高いわ、とでも言いたげに。 リンディは続ける。 「最初はね、すぐに決着が着くと思っていたのだけれど」 本隊がいきなり壊滅した序盤は、流石のエイミィも焦った。 「貴女は、戦局をひっくり返したわ」 一歩、リンディが前へと進み出る。自然と警戒し強張るギャレット達。 しかしエイミィは毅然とした態度で自らも一歩前に足を踏み出す。 「貴女には、私を超えて欲しいの」 リンディもエイミィも、お互いに歩み寄ってゆく。 一歩、また一歩と、2人の距離が縮まってゆく。 「あと数年もしたら、本当に追い抜かれちゃうかもね」 手を伸ばせば、お互いが触れ合える距離で。 リンディは、もう一度くすりと笑った。 「……少なくとも」 今度は、エイミィが口を開く。 「少なくとも、この天守閣には辿り着きました」 リンディを前にしての、エイミィの言葉。 「そして次は、艦長の所まで辿り着いてみせます」 彼女の言葉に、リンディは微笑む。 「そうね」 そして、エイミィの頬に手を触れようとして 「なら、中原でまた会えることを期待してるわ」 手は彼女の身体をすり抜け、ホログラムは消えた。 「…………」 ……どこからか爆発音が聞こえる。 そして、どこに隠れていたのか天守閣の入り口からリンディ陣営の残存兵が雪崩れ込んできた。 「エイミィ!」 咄嗟に彼女を守るようにして陣形を敷くギャレット。 彼は、自分達が守る総大将に向けて言葉を発する。 「転移魔法で君を逃がす」 それは、状況から弾き出された結果の言葉。 どうやら自分達は、罠に嵌められていたらしい。 この場を突破するだけでも一苦労なのに、エイミィがいては無理となってしまう。 「……ごめん、お願い」 それはエイミィも分かっているから、特に抵抗もせずに従う。謝罪の言葉は、間違えてしまった自分の行動にか、罠を見破れなかった自分の目にか。 表情に翳りが差し、いつも明るい彼女がまるで夜のようだ。 「気にするな。こういうこともあるさ」 軽く言って、転移魔法を発動させてゆく。 しかし、トラブルはここで起こった。 「…………発動、しない?」 どうしたことだろう。転移魔法が発動してくれない。 原因を思索していいる内にも、押し寄せてくる敵兵と戦う味方はじりじりと消耗していっている。 早く自分も参戦せねば……! その思いに、ギャレットの思考に焦りが入り始める。 それを吹き飛ばすためにも、再度転移魔法発動のプロセスを踏み 「駄目だ、発動しない……」 もしかしたら、城内では転移魔法が使えないように提督が細工か何かをしたのかもしれない。何にせよ、これで彼女を逃がす術は無くなったのだ。 これでは、どうしようもない。 「ギャレット」 だと言うのに。 「絶対、生き残ってきてよ?」 ……彼女は何を言っているのだろう? まるで、一時の別れのような言葉を言って。 「エイ……ミィ……」 近くの戦闘音がやけに遠くから聞こえる気がする。 「君は……何を……?」 ギャレットの言葉に、エイミィは一点の曇りも無い清々しい笑顔で答えた。 「知ってる? 人間ってね、飛べるんだよ?」 軽やかなステップで助走が付けられる。 「それは魔導師の話で、魔力を持たない君は飛ぶことなんて……!」 慌てたギャレットの突っ込みは間に合わず。 「―――大丈夫。出来るよ」 エイミィの意思は硬く。 「……勝手にしてくれ」 呆れたギャレットの声を背に。 「それじゃ、また中原で!」 夕陽の紅に染まった大空へと、エイミィは身を投げ出した。 オマケなユノなの |