私が中原に辿り着くと、まだ艦長の気配はどこにもなかった。

「あれ、どうしました総大将?」

 1人で戻ってきた私に不思議そうな表情を浮かべる本陣のみんな。

「あー、うん。ちょっとね。……ランディは?」

 伝令総括の彼の姿が見当たらなかった。

「あー。ランディさんなら向こうにいますよ」

 兵士が指し示したのは中原の中心。
 ランディはそこに1人立って、空を見上げていた。
 ホログラムで描かれた月はいつも丸い。
 その月に彼は何を見ているのだろうか?

「どうしたの、ランディ?」

 彼の傍まで歩み寄った。風の吹かないこの草原は少し物足りない気がする。
 寒い風が吹いてこその夜だと思うから。

「……エイミィ」

 呆れたような彼の声。

「って、伏せろ!」

 それは急に鋭いものへと変化し、私を草の中に押し倒す。
 それに半瞬遅れて飛び交う幾多の光。
 これは……砲撃魔法……?
 しかも、囲まれてる……?

「何だってギャレットを待たなかったんだ……本陣には戦力なんて無いぞ!」

 その少ない戦力すらも、今の砲撃でやられてしまったのではないか?
 そう考えると、背筋をぞっとした冷たいものが走る。
 ここまで来て、こうもあっさりとやられてしまうの……?

「それは……その……」

 私が答えを言うより早く、戦場に凛とした声が通った。

『最後の決着を付けましょう、エイミィ』

 聞き間違えやしない、これは艦長の声……!

『私と少佐、そして中佐の三部隊による包囲陣よ。貴女はもう逃げられない』

 急に現れる周囲を取り囲む人間達の気配。その数は三桁を下ることはなく、把握なんてしきれない。
 待ち伏せじゃない……テレポート魔法を使用しての、急襲……?

『本隊は緒戦でリタイヤ、ギャレット達も城の中。予備隊も壊滅……どうするの、エイミィ?』

 拡声魔法で投げかけられ続ける声が言う事実に、心身をどんよりとしたものが襲う。
 艦長の言う通り戦力が手元に残っていない。
 ここからの逆転は不可能だ。

『素直に降伏すればここで止めてあげるわ。けど、そうじゃないのなら……』

 通常なら、ば。

「私は最後まで戦いますよ、艦長」

 焦って止めようとするランディを振り切って立ち上がる。
 目線にちょうど見える艦長の姿。

「……そう」

 これが最後の対峙だ。

「なら、ここで終わらせましょう」

 吹かないはずの風が、2人の間を吹き抜ける。

「余裕ですね、艦長」

 事実、艦長が圧倒的に優位に立っている。今の自分の命は、彼女が手を一振りするだけで散らされてしまうだろう。
 知らず知らずの内に身体を駆け抜ける恐怖心。
 泣き出しそうになるこのどうしようもない状況。

「ま、実際の所、ほぼ何があったって負けやしない状況だからな」

 どこまでも事実を付いたその言葉――なのに諦めた様子がまったくないその言葉は、私のすぐ隣から聞こえた。
 

「……ランディ?」

 やれやれ、と。
 呆れたような表情をして立ち上がった彼には、恐怖なんて浮かんでなかった。

「あら、貴方もいたのね」

 彼が居たことに気づいてなかったようで、艦長も表情に軽い驚きを見せる。

「影薄いかね、俺」

 面倒そうに後頭部を掻く姿は、この場の雰囲気に似合わず。
 何を考えているか読めない表情に私は少しの期待を、艦長は少々の緊張を顔に浮かべる。

「提督、あんたの策は見事だった」

 しっかりと艦長を見据えて喋るランディ。

「戦闘可能な部隊を総大将から引き剥がし、最後は温存しておいた戦力で包囲する」

 ふいに、月の輝きが強くなった気がした。
 これは、目の錯覚……?

「けどな。……こうなることを読んでた男が1人だけいるんだよ」

 いや、錯覚じゃない。
 ホログラムの月が眩く輝き、地表へ光の筋を叩き下ろす!

「出番だアレックス。暴れやがれよ……ッ!」

 降り立った月光は人の形を取り、艦長の率いていた部隊へと襲い掛かる。
 その中の1人が私達に駆け寄ってきた。

「総大将、ただいま帰還しました」

 長らく聞いていなかった仲間の声。
 縁の無い眼鏡をかけた金髪の青年。

「アレックス!?」

 ランディと共に情報関係を任せていた彼、アレックス。
 緒戦で本隊と一緒に流されたはずの彼がそこにいた。

「けど……どうして」

 緒戦の鬱憤を晴らすかのように苛烈に暴れまわる本隊の面々。勢いづいた奇襲に任せて艦長の部隊に襲い掛かる彼らを止められる者はいない。
 気勢でも、数の上でも。

「ま、机上の空論が現実になったということで」

 片目を瞑ってニッと笑う彼の顔面に拳を叩き込んだ。

「心配したんだよ…………?」

 そう言う私の足元に跪くように倒れ伏したアレックス。
 ピクリともしない彼の姿に焦ったのか、必死に声を掛けるランディ。

「してやられた、というわけね」

 そんなB級ヤクザ映画のような光景を繰り広げる私達に飛び込んだ艦長の声。

「私1人では勝てなかったでしょう……けど、仲間達がいたから……」

 彼女に語りかけるように話す私。
 それは、この戦いを通してずっと思っていたことで

「その仲間を拳骨で殴り倒した女のセリフかぐらばっ!?」

 台無しなセリフを吐いたもう1人は、眠りという休暇で労っておいた。

「けどエイミィ。これじゃあ、私を捕まえるのには足りないわよ?」

 ……確かに。
 艦長はSクラスの魔導師。
 取り押さえるのには少なくとも数十人が必要となるが、流石にそこまでの人員を裂けるほどの人数は本隊にもいない。

「そうですね。でも……」

 その言葉とそれは同時だった。
 闇の色にも似た紫色の魔力光が艦長を襲う。
 魔法の使用者がいるであろう方向に目を向ければ

「私のことも忘れてもらっては困るな」

 彼の魔力と同じ色をした鎧に包まれたギャレットと、そして部下達の姿。

「こんなに早くあそこから脱出してきたの……?」

 その事実に、流石の艦長も驚きの色を隠せない。

「捜査班の底力、あまり過小評価していただいては困りますね」

 でなければ今回のように、貴女の計算が狂いますよ?
 と、そう付け加えて不敵に笑うギャレット。

「あたしもいるよ!」

 元気よくそう言ったのは、茜色の髪をした妹のような少女の使い魔。

「アルフ……どうしてここにっ!?」

 私の問いに彼女は顔を空へと向けて

「重力に引かれて、あの空の先から戻ってきたのさ……」

 何か大切のものを失った者のような表情をして、そう言った。

「なにはともあれ、これであたし達の勝ち……さ!」

 確かにアルフの言う通り。
 ここまで戦力が揃えば流石の艦長だって!

「……仕方ない、わね」

 大気が、震えた。
 とても、とても短い呟きだったのに。千万の冷ややかな罵詈雑言のように身体をその場に縫いとめる。

「本気を出してあげようかしら」

 艦長の背中に6対の羽根が生えた。
 昆虫と言うよりは妖精と形容した方が正しいと思われるそれは、艦長が普段封印している魔力が解き放たれた証。

「折角ここまでしてくれたんですもの。私も、それ相応の持て成しをしてあげるわ」

 艦長が手を掲げると、大きな円盤状の魔方陣が生まれる。
 そしてその上に出現する巨大なスフィア。

「なのはさんほどのことは出来ないけど……応用なら私も面白いことを出来るのよ」

 それが2つ、空に浮かんでいる。

「スターライトブレイカー・ツインシフト」

 怪物の咆哮に似た唸りを上げ、それは打ち出される。
 1つはギャレット達に。
 もう1つは私の方へ。

「きゃ…………っ」

 目が眩むような莫大な光量と魔力量。
 魔法が使えない私にだって分かる、膨大すぎる魔力の塊。
 まぶしい光は触れた何もかもを焼き尽くしてしまう。

「ったく―――」

 ダメ! こんなものを受けたら気絶じゃ済まない……!
 そんな思いを断ち切ってくれたのは乱入した言葉だった。

「―――最後まで世話掛けさせんなよ」

 そして、光を遮ってくれた。
 銀のスクリーンが苛烈な光を弱めてくれる。
 まるで、太陽の光が月に反射して輝けば優しくなるように。

「クロノ君……?」

 そう見間違ってしまうほど、酷似している彼。
 けど、この言葉は言ってしまってから後悔した。

「残念。あんたの王子様じゃないんだな、これが」

 彼は左手で銀色のシールドを支え、右手に針を握っていた。
 決して振り向こうとはしなかったが、艦長の魔法から受ける重圧は凄まじいらしく、ひどく辛そうだ。
 足の傷が痛々しかった。

「……だって私、名前知らないもん」

 鋼と名乗っていた少年は、手にした針を艦長が展開した魔方陣に向けて鋭く投擲した。

「じゃあ教えてやる。オレの名前は―――」

 魔方陣が消滅する。
 それと同時に起こる爆光と爆音。

「―――え? 聞き取れきゃぁあああああっ!?」

 その凄まじい音に耳を塞ぎ光に目を閉じる。

「…………」

 目を開き耳を開いた後に、彼はどこにもいなかった。

「大丈夫か、エイミィ?」

 そんな私に野太い声が飛び込んでくる。
 この声は……ザフィーラ?

「なんでザフィーラがここに……」

 どうやら彼は彼でギャレット達の盾になってくれていたらしいが、どうしてここにいるのだろう?

「成り行き上、という奴だ。それよりも、今がチャンスじゃないのか?」

 ひどくばつの悪そうな顔をしながら彼が指し示したのは、艦長。
 どうやら弾けた魔法の影響を間近で受けたようで、足取りがおぼついていない。

「……そうだね。行って、みんな!」

 私の声に皆が一斉に飛び掛る。
 けれど、艦長は強かった。
 シールドで遠距離魔法を防ぎ、魔力を込めた拳でギャレットとザフィーラを打ち倒し、バリアブレイクを仕掛けてきたアルフも、バリアを爆発させて吹き飛ばす。
 更に続けざま、遠距離魔法を撃っていた魔導師達に魔法を叩き当て撃墜してゆく。

「まだよ。まだ手が足りないわよ、エイミィ?」

 大規模魔法なんて行使しなくても、一瞬でこちらを制してしまった。
 強い……これがSクラス魔導師……。
 けど。

「いいえ、足りてます」

 4本の手が艦長の身体を掴んだ。

「な……ッ!?」

 その手の持ち主は、私と同じく魔力を持たない2人。

「その2人の接近までは気づかなかったようですね」

 ランディとアレックスを引き剥がそうと身じろぎする艦長。
 しかし、男性2人の力は強く、中々剥がれる様子は無い。

「けど、これなら魔法を使って引き剥がせば……ッ!」

 艦長の身体が光に包まれる。2人を引き剥がそうと何らかの魔法を使おうとしているみたい。
 ……きっとチャンスは、ここしか無い。
 私はそう思って、ポケットからカードを取り出した。
 それを天高く掲げて、叫ぶ!

「クリスタル……バインドォオオオオオオッ!」

 そして私は、魔法を発動させた

「な……ッ!?」

 艦長の身体を4本の鎖が縛り、3つのクリスタルゲージが取り囲む。
 驚きの顔を見開いた艦長から、このバインド魔法の特殊効果で艦長が発動させようとしていた魔法が拡散してゆく。

「……これで終わりです、艦長」

 私が握った一枚のカード。
 今はもう何の力も無い、けれど文字通り切り札となってくれたこのカード。

「闇の書事件の時、仮面の男に扮したリーゼ達が使ってたでしょう? あれ、作ってもらったんです」

 これこそが、魔法を使えない自分でも魔法を使える例外。
 予め魔法を込めたカードを起動パスで発動させることにより魔法の使用を可能にする。
 勿論、カードは特別性だし魔法を使える者に魔法を入れてもらわなければならない。
 幸い、自分はその両方をクリア出来るコネクションを持っていた、が。

「そう……リーゼ達ね」

 どこか諦めたような、すっきりしたような表情を浮かべる艦長。

「私の負け……ね。貴女はよくやったわ、エイミィ」

 抵抗の意思は無いようで、その場に座り込む。
 周囲で戦ってた部隊員達も戦闘を止めて私達のやり取りを眺めていた。

「仲間達の協力のおかげです」

 艦長に、私は笑顔で答えた。

「いい仲間を集めたわね、ほんと」

 思い出すのは、彼らの姿。
 敵の将軍を倒すため、彼と自爆して散っていったエルザード。
 城門の攻防で仲間を率い、そして見事に役目を果たして散ったエンブリオン。
 序盤からずっと戦線を支えてくれたギャレット。
 同じく、序盤から情報のパイプを維持してくれたランディ。
 中央管制センターを制圧して窮地を救ってくれたフェイトちゃん。
 危機に駆けつけてくれたアルフにザフィーラにアレックスにハガネ君。

「次は無いでしょうけどね」

 流石にこんな幸運は無いだろう。苦笑いしようとして、ふと気づいた。
 そう言えば、なのはちゃんを挙げるのを忘れていた。
 思えば彼女には辛い役目を押し付けてしまった。
 後で謝りつつ何かしてあげよう。
 そう思った時

「…………え?」

 世界が、震えた。

「え、ちょっと、まって、それは……えっ!?」

 大気中に存在する魔力素。
 魔導師はそれを体内に取り込むことで魔法を使用している。
 ただ、例外もある。
 収束魔法と呼ばれるものは大気中の魔力素を直接魔法に取り込んで使用する。
 収束は本来は高難易度の技術だが、それを得意とする魔導師が幾人かいた。
 そう、例えば高町なのはのように。

「ユーノ君が言ってたの…………」

 空にあって月よりも輝く彼女の姿。
 それは、彼女の上に浮かぶ太陽の如き光を放つ球体のせいである。
 無数の。

「“全部ふっ飛ばしてうやむやにしちゃって”って」

 収束魔法の影響を受けてか、大気に浮かぶ魔力素が激しく揺れる。
 ピリピリと肌を焼くような空気が辺りを支配する。

「だから、ね?」

 スターライトブレイカーという魔法がある。
 収束した巨大なスフィアから砲撃を繰り出す悪魔のような魔法である。

「私ね」

 スティンガーブレイド・エクスキューションシフトという魔法がある。
 三桁を超えるスティンガーブレイドを同時に打ち出す某執務官の大技である。

「やらなきゃ、いけないんだ」

 その2つを合体させたらどうなるのか?

「行くよ、レイジングハート」
《y,yes……master……》

 その答えが、夜空に眩く輝いていた。

「スターライドブレイカ―――…………」

 ジャキン、と。
 エクセリオンモードとなったレイジングハートから一発のカートリッジが排莢される。
 それは月の明かりを反射して煌きながら落ちゆく。

「……―――エクスキューション―――……」

 防御魔法を展開しろ、と誰かが言った。
 その言葉をどこか遠くで聞きながら

「………―――シフトォオオオオオオオオッ!」

 エイミィは、二度と喧嘩はしないと心に誓った。

《……Amen》

 “次”があればの、話だが。

「…………これでよかったの、ユーノ君?」

 彼女以外の皆が倒れ伏した戦場で、高町なのはが1人呟く。

「…………私には、分かんないや」

 めっちゃめちゃになった演習場で一人。高町なのはは首を傾げながら月を見ていた。









オマケという名のエンディング、その1
オマケという名のエンディング、その2
オマケという名のエンディング、その3
オマケという名のエンディング、その4

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