時空管理局本局には『広域戦闘演習場』という施設が存在する。
 管理局員の大部隊戦闘訓練用に作られた施設で、八艦計画の一環として設置された場所だ。主に大隊以上の戦闘訓練目的に作られたこの施設はとんでもなく広く、また様々な技術が使われている。
 ちなみに八艦計画とは、L級艦船を旗艦とする一個師団を八つ作る計画だった。少なくとも、リンディはそう知らされていた。
 “極大破壊魔導砲アルカンシェル”や“L級艦船アースラ”などもこの計画の一環として導入されたものだった。
 もっとも、八艦計画は事情により頓挫してしまった。一部では、クライド・ハラオウンの死からその方向に向かったという噂が流れていたが、真実は不明である。
 八艦計画用に編成された管理局戦闘部隊も解体され、現在のような最大でも中隊規模で動く部隊編成になっている。
 当然、大隊以上の規模同士での演習なぞ年1回もあれば良い方で、平時は局員の昼食を取る場所となっていた。
 何せこの場所、人工太陽と人工草原があり、また小高い丘や川まである。
 ちょっとしたピクニックには最適なのだ。

「エイミィはやっぱりそう来るしかないわよね」

 広域戦闘演習場全体を見渡せる場所、、、、、、に立つリンディは、部下に探らせたエイミィの部隊員リストを見てそう漏らした。
 そこには、彼女の士官学校時代の友人たちの名が連ねられている。
 また、アースラチームや準アースラチームも彼女についていた。
 中には見覚えの無い名前もあったが、きっと入局してから縁のあった人物なのだろう。
 一部、気になる名前はあったが。

「“予定通りに”と少佐に伝えて」

 リンディの指示を受けリストを持ってきた部下は退室し、また別の部下が入室してくる。

「では、そろそろ行ってまいります」

 それは、老境に差し掛かった男性だった。
 年老いてなお逞しい肉体の上に煌びやかな装飾を施した鎧をつけた、老将軍。
 眼光に灯る炎は微塵も衰えておらず、これから始まる戦を前にして奮い立っているようだ。

「ええ。貴方には辛い役割を任せてしまうことになるわね、将軍」

 俯き気味なって申し訳無さそうな声を出すリンディ。
 しかし、彼女の声を老将軍の豪快な笑い声が吹き飛ばす。

「はっはっはっ。再び我らが女神の采配の下で戦えるのです。これ以上の幸福はありますまい」

 そう言って老将は膝を折り、出撃前の決まり文句を六年ぶりに、高らかに宣言する。

「我らは女神の下に集いし兵。勝利のためならこの老骨、喜んで鞭を受けましょうぞ」

 時を経てもまったく変わらぬ信頼置ける部下の言葉に、力強く頷くリンディ。
 彼女の表情にもまた、“女神”と呼ばれていた頃のものが戻ってくる。

「“全ては予定通りに! この女神、汝らを勝利へと導こう!!”」

 リンディの凛と張られた声が城内・・に響き渡り、ドッと歓声が沸き起こる。

「さぁエイミィ。貴女はどう抗ってくれるのかしら?」

 戦場全体に掛けていた霧の魔法を限定解除し、天守閣から戦場を一望しながらリンディは采配を開始したのだった。
 ――――。
 これ、リリカルなのはですよね?




「ギャレットは先鋒をお願い。ランディとアレックスはギャレットと本隊、そして私の間に入って伝令を纏めて」

 両軍は川を挟んで大分距離を取った所に本陣を置いていた。
 エイミィ側は現在テント作りの仮設本部で作戦会議中だ。

「相手はあのリンディ提督よ。私たちの団結が乱れてしまえば確実に崩される。伝令の働きには一番期待してるよ?」

 エイミィの言葉にランディとアレックスが力強く頷く。伝令は軍団の神経のようなものだ。
 総大将という脳の指令を正確に、そして素早く伝えるのが神経である伝令の役目。
 神経が機能しなければ肉体が動かぬように、伝令が機能しなければ部隊は動かない。
 各部隊間の連絡をどれだけ密に取れるかが今回の鍵だった。

「本隊はあんまり突っ込みすぎないように。戦力バランス的にはギャレットの捜査班隊が一番纏まってるから、彼らを助けるように動いて」

 本隊を任せた士官学校時代の友人達が任せとけ! と言うように胸を叩く。
 学生だった時代から3年。彼らも立派な魔導師の顔になっている。
 まだ幼さが残っていた昔を懐かしみつつ、あどけなさの抜けた今の顔つきを見て頼もしく思う。
 彼らの返答にエイミィもまた力強い握り拳を作って答えた。

「エルザードとエンブリオンは予備戦力を任せるね。最初は私と一緒に本部についてて」

 名を呼ばれた二人の青年が頷く。
 彼らもまたエイミィの士官学校時代の友人で、現在は武装隊の教導官研修期間中である。
 本当は今日も訓練があったのだが、無理矢理引っ張ってきたのはまた別の話。

「それと最後に、フェイトちゃん」

 ドンガラガッシャーン!
 フェイトと呼ばれた少女が慌てて立ち上がる時に机に膝をぶつけ、更に椅子に足を取られてすっ転ぶ。

「……ふぇ、フェイトちゃん?」

 この娘ってこんなドジッ子だったっけ?
 そう思いながら地面に伏す妹のような少女に手を差し伸べるエイミィ。
 倒れる時に鼻を打ったらしく、赤くなった鼻先に手を添えながら少女は一言。

「ね……寝てないよ?」

 なみだ目で言われると、苦笑いするしかなかった。




 作戦会議を終えてテントから出たエイミィを襲ったのは、理不尽からくる驚愕だった。
 濃く深かった霧はいつの間にか晴れ、小高い丘に立てられた本部からは戦場を広く見渡せた。
 エイミィ陣営は南に布陣し、リンディ陣営は北を本拠地と定めている。南北を分かつようにして流れる川は中腹で大きく南側へとカーブを描いており、中原は広く大部隊を展開できるようになっている。
 エイミィ側としては中原に行き着く前に渡河を行わなければならないのでリンディ側に先に中原に展開されてしまうだろう。
 川の前で相手を待ち、渡河中の部隊に向けて砲撃するのもありか。
 エイミィは事前にそんなことを考えていた。

 とにかくまずは中原を制しよう、と。

 その奥は切り立った高い崖に挟まれた長細い道があり、その奥にはまた広い草原が広がっている。
 恐らく長細い道では何か仕掛けられてくるだろうと思って対策の手段もいくつか考えた。
 最終決戦場になるであろう奥の草原での戦闘展開も考えてある。
 だが、それらは全て渾身の力投でもって地面に叩きつけられる。

「築城ってなんですか艦長……ッ!?」

 エイミィは見た。はっきりと見た。
 中原の向こう、長細い道を抜けた先に聳え立つ巨大な城が。
 確かに築城してはならないというルールなんて作ってない、作ってないが。
 ずるいと言うか、予想外と言うか、不可能だっ。

「リンデ……母さん、お茶目だね」
「お茶目っ!? それですむ問題なの、ねぇっ!?」

 傍らに立つ擬似義妹の天ボケにテンパりながら突っ込むエイミィ。
 そんな彼女を諌めるように三人の男達の声が掛けられる。

「総大将、落ち着こう。貴女が取り乱してしまっては勝てる戦も勝てない」
「そうそう。何だかんだで頼りにしてるんですよ、執務官補佐?」
「ほらほら、指示出して指示」

 順に、ギャレット、アレックス、ランディ。
 エイミィはまだきーき騒いでいたが、彼らの言葉に気を取り直し、一度大きく深呼吸をする。
 居住まいを正し、毅然とした表情で彼らと、そして此度戦う仲間たちに向き直った。

 風が両脇を吹きぬけた―――ような、気がした。

 仲間たちは一糸乱れず整然と並びエイミィを待っていた。
 自分とリンディ提督のわがままから始まった戦いなのに、なんだかんだで付き合ってくれる彼ら。
 頼もしい仲間たちに最大限の感謝の気持ちを、胸の内で送りつつ。エイミィは、指揮官として兵となる仲間たちの前に立った。

「皆の者」

 兵達がしん……と静まり返る。
 風や川の流れる音すら消え、エイミィの声のみが戦場に響き渡る。

「相手はかのリンディ・ハラオウン提督“常勝の女神”、残念ながら私の軍略だけでは彼女を下すことは不可能だ」

 凛と張られたエイミィの声は、一字一句の全てを伝えるべく冴え渡り。
 高らかに、広やかに、彼女の演説を聴く兵達の耳を通して心を目指す。

「だがしかし! 私には諸君らという仲間たちがいる! 私1人の実力は彼女には遠く及ばないが……」

 言葉が、途切れる。
 戦に臨む兵達の顔を一望するエイミィ。
 彼らの表情にはこれより相対する強敵への恐怖心はなく、ただ身内に滾る闘志に心を奮わせている。
 それに満足したエイミィは、重々しく唇を開き、告げる。

「……諸君の全力が合わされば、必ずや全ての劣勢を引っ繰り返すことができる!」

 兵達の瞳に炎が灯る。
 エイミィの言葉が、彼らの心の闘志を燃え上がらせる!

「全てを返し、我らは勝利する!」

 エイミィの右手が高く掲げられ、目指すべき戦場へと向けられる。
 悠々と佇む壮大な巨城は、開戦の時を待っているかのように静まりかえっている。
 その静寂もこれで終わりだ。これよりここは戦場となり、怒号に包まれる。
 遥か天守閣にいるであろうリンディを睨み、エイミィは掲げていた右腕を振り下ろした。

「先鋒、進め―――………ッ!」

 彼女の号令に、第一隊が一糸乱れぬ足並みで進軍を開始した。
 長き一日の始まりである。









なのはキャラ未登場。きな臭くなってきたおまけ2

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