「少佐、中佐、両者共配置に付いたと報告がありました」

 天守閣から戦場を見渡すリンディに、部下からの報告が入った。部下はリンディの抱える情報機関の長で、通称は忍。
 彼女は時空管理局の情報部とはなんら関わりは無い。
 リンディ自身が情報部を毛嫌いしているのもあるが、彼女は派閥的に情報部とは折り合いが悪いのだ。
 故に独自の情報源は必要だったし、だからこそ持っている。彼女は自分に本当によく仕えてくれていた。
 日頃からの感謝の気持ちを伝えたい心を抑え、この有能な部下に更なる情報を求める。

「博士は?」
「もう3分待って欲しいそうです」
「そう。……まぁ、誤差範囲内ね」

 アースラの穴埋め補填に、動かせる人員の大半は回してしまった。だがそれでも、自分の配下には良く訓練された兵が多数いる。
 数としてはエイミィよりも少なくなってしまったが、あるもので勝利を掴むのが策だ。無いものをねだってもしょうがない。
 兵数や練度、地形やその他の要因を全て考慮し、戦術は作った。
 作戦は大丈夫。そう思うと、ふと別のことが疑問に上がってくる。

「あの子は?」
「黒です」

 リンディが次に何を聞くかなど、長年の部下からすれば分かりきったことだったのだろう。
 半瞬と間を置かず返ってきた答えに、リンディは小さな溜息をついた。

「そう。まあ……仕方ない、か」
「騒ぎに乗じて始末することも可能ですが?」
「やめておくわ」

 上司の返答にしばし考え、忠臣は別の問いを放つ。

「作戦の方は?」

 答えは、少しも考える素振りを見せぬ上司より即刻返ってきた。

「予定通りに。どちらにせよ変わらないわ」
「そうですか」
「ええ。ただ、彼の協力を取り付けられたら貴女はエイミィの護衛に回って」
「御随意に」

 忠臣は命令を受け取るとすぐさま行動を開始すべく退室する。『彼』を迎えに行くためだ。
 全ての指示を終え、リンディはなんとなく訓練場を見渡す。
 天守閣の眼下には、南北を分かつ河に差し掛かるエイミィ軍の姿が見えていた。

「……水、差されちゃったわね」

 彼女以外誰もいない天守閣で、リンディは呟いた。
 部下がいる時には見せなかった、残念という色を表情に含んで。









「さて、河を越えれば開戦か」

 そう呟いたのは、時空管理局地上部隊捜査班所属の魔導師、ギャレット。
 彼は正確にはアースラ所属ではないが、アースラに人員が必要な時は大抵派遣される。当然、アースラクルーとの親交も深く準アースラクルー扱いとなっている。
 彼が引き連れているのも、準アースラクルーと呼ばれる面々だった。

「捜査班隊、渡河を開始してください」

 伝令から本陣よりの指示が入る。
 ギャレットは待ってましたと部下に指示を下し、部隊を河に向けて前進させる。
 河に秘匿式の魔法地雷でも仕掛けられてやいないかと事前に調べさせたが、それは杞憂に終わっていた。
 もっとも、河に罠が仕掛けられていれば飛んでいけばいいのだが。
 地上部隊だからと言ってもわざわざ地上を進まなければならない道理は無い。
 何故なら自分たちは魔導師なのだから。

「提督の部隊はまだどこにも見えない。城の奥でこちらを待っているのか、それとも……」

 あのリンディ提督がただ城の奥底に引っ込むだけを策とするだろうか?
 微かな疑問を覚えつつも、ギャレットは部隊を進めて行ったのだった。
 この時に吹くいた風はまだ、戦いの匂いを運んではいなかった。









 小高い丘の上に設営した本陣に控えるエイミィ。丘の周囲は背の高い茂みに覆われており、いざという時に散り散りになって逃げるのに適していた。
 エイミィは河を進む部隊をじっと見つめていた。彼女の傍にいるのは、戦場を駆け回り本陣を頻繁に出入りする伝令を除けば、僅かに数人。
 3日という時間でエイミィが集められた戦力で予備隊を作るとこうなってしまうのは仕方が無かった。
 とは言え、その予備隊は本陣近くにいる。
 もし何かがあっても対応できるようにはしてある。
 伝令の報告では、そろそろ先鋒のギャレット率いる捜査班隊が渡河を終えるとのことだ。その後に本隊が渡河し、周囲の安全を確保した所で予備隊と共に本陣を中原に移す。
 第一計画ではそのようにしていたのだが……。

「予備隊の兵員リスト出して」

 傍らに控えている少年に向けて指示を出すエイミィ。言われた少年は不平も不満も疑問も挟まず仕事を開始する。
 携帯式端末を操作する彼の背は低く、クロノと同じくらいだった。
 また、髪の色も黒く、そして髪型まで似ている。
 情報部の扉の前に居た所をクロノと間違えて引っ張ってきてしまった子だった。
 きっと、情報部の子なのだろう。
 情報処理関係の技能が高く、色々と考えた末に補佐役として自分の傍に置くことにした。
 まぁ、それ以外にも理由はあるのだが……。
 割と所じゃなく理不尽な状況なのに文句も言わず働いてくれている姿を見ると、流されやすい性格なのかもしれない。
 あるいは、密命でも帯びているか、だ。

「ほらよ」

 っと、心の中で失礼なことを思った報いなのだろうか。
 いい加減に投げ渡された端末の角が額に辺り、目の前に星が広がった。

「……わりぃ」

 それでもなんとか端末をキャッチして、エイミィは思った。

 ―――後で泣かす

 なみだ目になった自分の10倍は泣かす。
 膨れ上がったエイミィの怒気に気圧されて表情を引きつらせた少年の処遇はそう決めて、彼女は手に持っている端末に表示されたデーターに目を通してゆく。

「いよっし!」

 そして、自分を奮い立たせるように声を掛け、凛と張りのある声で伝令を呼んだ。
 伝令はすぐさまエイミィの下に駆けつける。

「エルザードの砲兵隊を全部本陣に移してきて! また、以後エルザード隊は遊撃部隊として自由行動を許可するとも伝えて」

 総大将の指示にはてな顔になる伝令。
 しかし、エイミィは彼の尻を文字通り蹴飛ばして伝令を送り出す。

「いいから、伝えて! 一刻を争うの」
「は……はっ!」

 まっすぐに本陣右翼に布陣している予備隊へ走る伝令。緊急連絡ならば念話を使えばいいと思うかもしれないが、念話は秘匿性に難があった。
 情報の重要度が増せばますほど念話は使われなくなり、直接伝令が走ることが多い。
 ちなみに、本陣〜本隊間の伝令を纏めているのがランディで、本隊〜ギャレット隊間の伝令を纏めているのがアレックスだ。

「提督なら絶対あそこを使うはず―――フェイトちゃん!」
「う、うん!」

 何をすればいいのか分からず、子犬フォームのアルフと隅っこに座って大人しく体育座りをしていたフェイトが、名を呼ばれてぱたぱたと嬉しそうにエイミィに駆け寄った。
 フェイト・T・ハラオウン、寂しいのはちょっと苦手だ。

「まだ出番無いから休んでて」

 しかし、告げられた言葉にしょんぼりと肩を落として体育座りを再開した。









「……そろそろね」

 最も高き視点から戦場を見渡すリンディ。
 作戦としては、忠臣に任せたスペードの3ジョーカー返しの確保報告が来れば準備は全て整ったことになる。だが、その報告の前に最初の計略を動かす時が来たようだ。
 見れば、河を越えたギャレットの部隊に続いてエイミィ陣営の本隊が渡河を開始する所だった。

「将軍と少佐に合図を送ります。あれを打ち上げなさい!」

 リンディの指示は城内部に縦横無尽に設置された指令伝達用パイプを通って瞬時に部下に行き届く。
 彼女の指令は寸分の狂いなく、かつ速やかに執り行いが始まる。

「さぁ、これは序の口よ。貴女はどう突破するのかしら、エイミィ?」

 微かに歪んだ口元は、笑っているように見えた。









 渡河中のエイミィ陣営本隊。彼らは主にエイミィと同期の士官学校卒業生で構成されている。
 当然の如く皆がまだ歳若いが、練度が低いわけではない。
 エイミィの代の生徒たちは、努力の大切さをよく知っていた。

「しっかし、唐突に呼び出されたと思ったら“ハラオウン提督と戦うから手伝って”なんだもんな」

 彼らが努力を知った過程を語るには、一人の少年の存在が欠かせない。
 同期の中で最年少だった彼は、同期の中で最も取っ付き辛かった。寡黙で皮肉屋、笑いもしなければ怒りもせず、泣きもしない。
 その上、実技でも筆記でも常に高得点を叩き出す。
 当初は彼を疎んじた者も多くいた。

「変わってなかったよな、エイミィ」

 誰かが言った『あぁ、そうか。あいつは天才で自分達凡才とは付き合う気なんてないんだ』と。
 彼の両親は有名な魔導師だったし、当然その子に才が受け継がれているのだろう。
 二世魔導師がお高くとまりやがって。

「そうね、昔のまんまだったわ。違うのはクロノが傍にいないことくらい」

 しかし、事実は予想と異なっていた。
 少年の寡黙さは口下手さで、皮肉屋は人付き合いの下手さだった。
 笑わず怒らず泣かずとは、感情の表し方が分からないという不器用さだった。
 実技や筆記で高得点を叩き出すのも、何のことはない。彼が、人の3倍4倍以上の努力を行うことを当たり前としていたからだ。
 彼の名は―――クロノ・ハラオウン。
 彼と同期の局員は皆、彼の影響を受けていると言ってもいい。
 若くしてAAA+というランク認定を受けた彼は、それに見合う努力を続けてきたのだ。
 そして、その努力が彼の周囲の人々を引っ張ってきたのだった。
 さて、そんなわけで彼らは年齢の割りに練度はかなり高い。
 だから、だろうか? とある1人が気づいた。
 それは本隊を指揮している少年の補佐で、学生時代からよく物事に気がつく男だった。

「なぁ、この河ってこんなに浅かったか?」

 言われてよく見てみれば、平時よりも水位が数センチほど下がっている。
 これが意味することに気づいた時、本隊の指揮官は部隊員全員に向けて飛翔魔法の使用を命じた。ここで出るのは練度の高さか、驚いた者もいたようだがすぐさま足元に環状の魔方陣を発生させ、本隊は浮かび上がる。
 指揮官の指示に即座に反応できる部隊。
 なるほど、確かにこの部隊ならばリンディ提督の部隊とも善戦が可能だったかもしれない。
 だがしかし、相手はやはり“常勝の女神”と呼ばれた戦上手だった。

「なぁ……ッ!?」

 2センチも浮かび上がらない内に隊員達の自由を無数のリングが奪う。
 混乱に包まれる部隊を何とか掌握しようと指揮官が声を飛ばそうとするが、そんな暇は与えられなかった。

「あ……あれは……」

 リンディ本陣の城より打ち上げられたソレが立てた爆音が指揮官の声を掻き消してしまう。

「花火ぃいいいいっ!?」

 鼓膜を突き破るような轟音に耳を押さえようとするが、局員達はリングに四肢の自由を奪われている。
 何も出来ず、手足をバタつかせて何とか脱出しようともがくが、効果は無い。

「っは……ッ!?」

 そして更に、爆音。
 また、爆音と共に地面を揺らして上流よりソレが獰猛な勢いでもって流れ込んでくる。

「て……鉄砲水だー…………ッ!?」

 局員たちはなんとか自らの身体を縛る環を破壊しようとするが、それよりも上流で堰き止められていた多量の水の塊が彼らを押し流す方が早かった。
 防御魔法を展開する暇すらもなく、青の獣牙に次々と喰われてゆく彼ら。
 ……全ての水が過ぎ去った後、エイミィ陣営の本隊は皆その場から消えてしまっていた。









 緒戦で敗戦が濃厚となった。
 エイミィ陣営本陣に無数の伝令が走り込んでくる。
 彼らは息を切らせ、肩で息をしながらも矢継ぎ早に情報を吐き出してゆく。

「中原に敵の伏兵が現れ、ギャレット隊と交戦開始しました!」
「敵伏兵の戦力、凡そ500! ギャレット隊の二倍です」
「アレックス殿との通信が断絶! 現在、ランディ殿が残存の伝令を掌握して新たな情報網を構築しています」

 舞い込んでくる報告達に頭を抱えるエイミィ。だがしかし、自分が悩んでいる時間だけ仲間達が危険に晒されてしまうのだ。
 ギリリと奥歯を噛み締めつつ、エイミィは伝令達に指示を飛ばしてゆく。

「エンブリオンをギャレットの救援に向かわせて!」
「っは。エンブリオン殿率いる左翼予備隊をギャレット殿の下へですね」
「そう! あ、エルザードはどうしてる……?」
「間も無く砲兵隊はこちらに到着する予定です。また、砲兵隊を送ってすぐエルザード隊は中原へ移動を開始していた模様」
「流石に目が通るね、エルザードは。遊撃を任せて正解だったかな」
「情報網に関しては如何いたしましょう?」
「ランディに任せるよ。ただ、前線間の連携を重視するよう伝えて!」
「了解しました」

 一斉に散ってゆく伝令達。
 息を付く間も無く砲兵隊到着の報が入った。
 エイミィは彼らの配置についての指示を飛ばしながら、思う。

 ―――まさか飛行魔法に反応するトラップを空中に仕掛けていたなんて。

 出されてみればなるほど有効だと思うが、秘匿方法や消費魔力を考えるとあまり現実的ではない。
 どうやら、自分が人員を集めていた3日という時間の間に、リンディは大分手を練りこんでいたようだ。

「総員、私の指示で砲撃を開始してね」
「はっ!」

 指示を飛ばし終え、小さな一段落を迎えたエイミィは心の中でため息をついた。
 中原を、その奥にいるであろう彼女に視線を送り、思う。

 ただでさえ厄介な勝負になっちゃってるのに……何してるんですか、貴女は。
 けど、艦長が全力で来るのなら。
 艦長の弟子として、私は全力で艦長にぶつかって行きます。

 喧嘩のことは、いつのまにか頭から完全に消えていた。





息抜き的なオマケ話

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