混乱する部下達を、つとめて冷静に掌握してゆくギャレット。幸いにして彼が率いる捜査班隊の損害はなかった。
 ただし本隊は壊滅した。
 アレックスとは連絡が取れず、ランディの伝令が穴を埋めるように走り回っている。

「開戦早々に本隊と分断させられるとは思いもしませんでしたよ、提督」

 1人ごちるギャレット。
 これでエイミィ陣営に残された戦力は捜査班隊と予備隊2つ、そして本陣にいる僅かな戦力のみとなった。
 エースカードとしてハラオウン執務官候補生がいるにはいるが、彼女は対提督戦用のカードだ。 今、ここで彼女を投入するわけにはいかないだろう。

「そして、」

 ギャレットは部隊員に一斉に念話を飛ばし、防御魔法の展開を指示する。盗聴の心配なんてしていられない。
 捜査班隊はエイミィ陣営では最も練度の高い部隊だ、即座に指揮官の命令を実行する。

「中原に撒かれていた、伏兵部隊……ッ!」

 眩い光の華が咲き、展開した防御魔法に重い衝撃が伝わる。
 これは、1人の魔導師が放つ魔法の威力ではない。

「どうやら、いきなり正念場のようですよ。執務官補佐」

 捜査班隊を倍する人数の敵影が中原にひしめく様を見やり、切り抜ける術を探すべくギャレットは思考を開始した。









 本隊は潰れ、頼みの捜査班隊も伏兵に囲まれて壊滅の危機に瀕している。
 どうしようもない、負けるしかないだろう?

「アルファからチャーリーは本隊の行方を追え! デルタからフラッグはアレックス隊の穴を埋めろ。その他の班は先ほどと変わらず。ほら、走れ!」

 なのにどうして、自分は必死になって戦いを続けるのか。別にリミエッタ執務官補佐に惚れてるとか、そういう理由はまったく存在していない。
 っていうか、あの人に惚れるくらいなら、ハラオウン提督に惚れる確立の方が断然高い。
 閑話休題。
 それでもなお、あの人のために戦っているのは……後が怖いからか。
 それとも、

「まぁ、関わったら最後までやり抜くべきだよな」

 自分は以外とお人好しなのかもしれない。
 前回の時は両足の骨折というかなり痛い目を見たはずなのに、またこんなことをしている。
 状況が切羽詰まっていなければ苦笑いの一つでも零しただろう。

「報告です! エルザード隊が10分、エンブリオン隊が15分でギャレット隊と合流する模様」
「ギャレットにも伝えてやれ。とりあえず10分は持ちこたえろ、ってな」
「はっ」

 予備隊の戦力だけでは提督が構えた城は落とし切れない。ギャレット隊を守り切れるかで、今後の命運が決まる。
 手に汗握る、とはこういう状況を言うのか。
 開戦して早々こうなるとは思わなかったが、今はまさしく正念場だった。









 ―――遊ばれている。
 敵部隊を相手取りながら、ギャレットはそう漏らした。
 敵部隊を指揮するのは、“将軍”と呼ばれるリンディ提督の元部下。彼や、彼の他にも提督に仕えた魔導師達のことは噂で耳にしていた。
 曰く“女神を飛び立たせる六翼である”と。
 様々な卓越した技能を持つと言われる彼ら。将軍は部隊の指揮官だ。記憶では艦隊戦の経験もあると聞く。それこそ、ギャレットとは実戦回数も年季も何もかもが段違いだ。
 その彼が、自分達の部隊よりも練度が高く、そして数を倍する部隊を操って自分と互角に戦っている。
 戦い続けている。
 自らに自惚れていなければ結論は明らかだ。

「彼がその気になれば、私たちなど一捻りで潰せるはずだ」

 なのに、それをしない。
 ギャレットにはそれが不可解で仕方なかった。

「何故だ」

 当初は勢いに乗った敵兵は雪崩れ込み、こちらを一気に蹴散らすつもりだと思っていた。敵の一斉砲撃を防御魔法で耐え、視界が戻るまでそれは疑われることすら無かった。
 しかし、実際はそのまま自分たちの部隊が攻め込むようにして交戦が始まった。。
 将軍率いる部隊はこちらの勢いに圧されたのか少しづつ下がっていき、両隊は中原の中腹より奥で戦っている。
 五分どころか圧しているのだ。

「伝令より通達! 残り10分でエルザード隊が、残り15分でエンブリオン隊が我らが隊の救援に到着するとのことです!」

 ギャレットの思考に電撃が走る。伝令の言葉は不安を増長させた。
 いくら将軍でも、予備隊が合流し数が増えたこちらを相手取って戦うことはできないだろう。
 すみやかに捜査班隊を撃破し、続いて予備隊を叩くのが最も堅実であり、確実であり、それ以外は取りようがないはずだ。
 なのに、それをしない。

「まさか」

 ギャレットの疑問が1つの答えに辿り着いた時、前線から悲鳴が上がった。
 僅かに遅れて伝令が飛び込んでくる。
 全速力で知らせに走ってきた伝令は肺が張り裂ける思いをしながら、無理矢理に言葉を吐き出した。

「敵部隊の指揮官と思われる魔導師が前線で暴れまわっております。どうやらAAAランク以上の使い手らしく、このままでは悪戯に兵力が磨耗していきます」

 この戦場、この状況で前線に出てくる魔導師。それは、将軍に他ならない。
 そう判断したギャレットはまた、彼を止めなければこちらの部隊が崩されることも悟った。
 部隊を用いての潰しあいではなく、将軍による攻勢。通例、個人が多数を圧倒するのは不可能だが、高位の魔導師はしばしばそれをやってのける。
 だが、時間は掛かる。

「……時間稼ぎだろうな」

 自らの呟きにギャレットは疑問から生まれた不安を確信に変え、彼の身体に鞭を打つと分かっていながら伝令に指示を下した。

「エンブリオン隊に、戻れと伝えろ。今、本陣は丸裸だ。提督ならば必ず奇襲を仕掛けてくる」
「そんな馬鹿な……」
「人の常識から外れた場所にいるのが女神だ。彼女なら、この手を必ず使う」

 そう言い、伝令を走らせ―――1枚のカードを取り出した。
 待機状態にしていたデバイスだ。
 ギャレットは戦場を睨むと、カードを起動状態――杖――に変えた。

「そして、本陣を守りきったとしても我が隊が潰されれば提督の勝利は確実……っか」

 ギャレットが使うデバイスはストレージデバイス。管理局製の量産品だ。
 それでも自身の手によるマイナーチェンジ調整は行っている。
 いたる場所に傷が走った、長年の相棒だ。

「賭けになるが……急ぎ将軍を倒し、本陣の救援に向かう。それしか無い」

 すっかり手に馴染んだ感触に確かな安心を抱き、ギャレットは前線を支えるべく飛び出した!
 直後、爆音が炸裂する。

「なぁ……っ!?」

 それは本陣から響いた爆音だった。
 ギャレットが放った伝令は―――無駄に終わった。










ちょこっとオマケ

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