相手が消える前は数の差でもって押していたが、消えられてからは押し返されていた。 敵部隊に雪崩れ込まれ、前線は混迷とした荒れ模様となっている。 迂闊に攻撃魔法を使えば同士討ちの危険性が高く、エイミィ陣営は中々手出しができない。 有効な打開策を打ち出せぬまま手をこまねいている内に前線の兵力は序々に削られていっていた。 「前線の被害状況は?」 「は。最前線にいたエルザード隊の残存部隊と混戦中の模様」 「他隊は同士討ちを恐れて躊躇している……というところか」 「はい。如何なされますか?」 もう、すぐ近くから聞こえる剣戟魔光が巻き起こす喧騒。 今はまだそれなりに抑えれられているが、突破されるのも時間の問題だ。 姿を消した兵が大きく迂回して本陣に向けて進んでいる可能性もある。 相手が消える前にほぼ包囲陣を完成していたのでその可能性はほとんど無いとも言えるのだが……。 「指示は変わらず、エルザード隊の支援を。攻撃よりも防御補助や回復を優先しろ」 「は」 指揮官の指示を伝えるべく戦場に向かう伝令の背を見送り、戦況を見やるエンブリオン。その瞳には、姿の見えぬ敵にどうにか抗っている部下達の姿が映っている。 伝令の連絡ではこれからギャレット隊が前線に復帰してくるらしいが……それでも、このままではジリ貧だ。 かと言って、焦っても事態が解決することは無い。 今の自分に必要なのは冷静な分析力と冷静な判断力。この不可解な敵策をどう打ち破ればよいのか、それこそが最も求められているもの。 だがしかし……どうにも、それは思いつかなかった。 「エイミィなら、どうするだろうか?」 自分達の司令官、エイミィ・リミエッタ。 士官学校時代からの付き合いで、腐れ縁も今年で6年目だ。魔力を使えない彼女が何故士官学校に入り管理局員を目指したのかは知らない。 だが、“魔力”という素質が無くとも十二分にやっていけることの証明を体現したのが彼女だ。 事実、情報の処理速度が早く口も良く回る彼女は、オペレーターとして最適の人材だった。それに気も良く回る。強引なようでいて慕われているのにはそれなりに理由があるのだ。 特に、士官学校時代からの付き合いであるクロノ・ハラオウンについては彼女はプロだ。 感情を表現することが苦手な彼の内面をよくよく理解し、フォローする。 実務能力面でも問題無く、むしろ高水準を持っているのだから、彼と彼女は良く合った。 クロノ・ハラオウンの補佐役としてエイミィ・リミエッタほどの逸材はいないだろう。 「彼女なら今ある情報から最適を導きだすことが出来る……だろうな」 そんな彼女はアースラに勤めるようになってからリンディ提督に師事するようになった。提督の下で兵法や心理学や、その他にも詰め込めるだけのものを詰め込んでいるようである。 エイミィは提督を尊敬していたし、プライベートでは仲の良い姉妹のようだ。 近年、リンディ提督から学び取ったものが実ってきたのか彼女はよく目が通るようになった。今回は命のやり取りの無い模擬戦だから彼女の指揮下についたというのが心情的にはあったが、近い将来必ず自分の命を預けても悔いの無い指揮官になってくれるだろう。 「本陣より伝令!」 微かな時間、物思いに耽っていたエンブリオンの耳に野太い声が飛び込んでくる。 本陣からということは、エイミィの指示ということだ。 何か打開策を発見したのだろうかという期待感を胸に伝令兵に言葉を促させるエンブリオン。 僅かな間も置かず、兵は捲くし立てるように口を開いた。 「“全部隊に通達、5分耐えよ! そうしたら反撃だ!”と」 くくっ、と。エンブリオンは低く笑う。光が視えたような気がした。 いや、エイミィには視えている。 勝利への道が―――視えている。 「承知したと伝えてくれ」 「承りました」 すぐさまエイミィの下へと戻ってゆく伝令を見送ることもせず、今度は自分の部隊の伝令を呼び集める。 彼らはすぐに集まった。 主の命令を受けるべく、粛々と頭を垂れている。 彼らに向け、エンブリオンは高らかに宣言する! 「この五分、死力を尽くして守り抜け! 勝利はその先に待っている!!」 それは、前線の兵にも聞こえるように雄々しく。 それは、姿見える敵と戦う兵達を鼓舞するように猛々しく。 それは猛々しく、雄々しく、高らかに、広く、叫ばれた! 『は』 指揮官の言を伝えるべく伝令達は一斉に散ってゆく。 彼らの背を視界の端で視ながら、エンブリオンは中原の先にそびえる巨城を睨んだ。 開戦前は遠い遠いと思っていたあの城も、もうしばらくしたら手が届く。 まったく、エイミィの手腕が良いのか運が良いのか。 何にせよ。 「俺達は勝つ。……そうだろう、エルザード?」 仲間に後を任せて散った友の信に答えるためにも。 勝利と言う名の花を添えるべく、エンブリオンは一層奮起した。 思ったよりも手早く済ませることが出来た。 人通りの無い管理局の廊下を全速力で翔けながら、フェイトはそう思った。確かに、この一手の投入は容易に戦局を覆すことすら出来るだろう。 たった一つを投げ込むだけでも容赦無く全てを吹き飛ばす、それくらい起こりうる。 何にせよ、これで向こうについては安心出来る。 これで思うまま自分の与えられた任務に集中出来る、そう思い速度を上げる。 「次の廊下を右だよね、アルフ?」 「ああ。その次は左、そんで真っ直ぐ行った突き当りだ」 移動速度の関係で子犬フォームのまま自分の胸に抱えられているアルフ。 彼女がいればどんな相手が来ても負ける気なんてしなかった。 彼女は、自分の技術面の至らぬ所だけでなく、精神面のサポートもしてくれる。 彼女からはいつも、今、胸から伝わる暖かさ以上の温かみを貰っていた。 だから、大丈夫、やれる。 「飛ばすよ?」 「望む所さ! 行け、フェイト!」 急速で流れていた景色が高速で流れてゆくようになる。 バリアジャケットや緩衝魔法で完全に殺し切っているはずの風を頬に感じたような気がした。 『中央管制センターの道までは誰もいないよね?』 『ああ。ずっと反応無し。誰かにぶつかる心配は無いよ』 『そっか。なら、もう少し速度を上げるね』 アルフには周囲に人がいないかを探索してもらっている。 高速機動中に衝突なんてしたら骨折では済まないからだ、お互い。 それに……他人を傷つけるのには強い抵抗を感じてしまう。 痛みを、知っているから。 『しかし念話ってのは便利だねぇ。お陰でこういう時に舌を噛まなくて済むよ』 『そうだね。けど、傍受されやすいから気をつけてよ?』 『分かってるって』 目的地まで残り200mも無い。アルフを抱えていない右手に持つデバイス、バルディッシュ・アサルトを握る手に自然と力が篭る。 任務は制圧、自分の持ち味を生かして高速奇襲を仕掛けるつもりだ。 疾風迅雷。それが自分、フェイト・T・ハラオウンの戦い方なのだから。 『行くよ、バルディッシュ』 《yes,sir》 無機質な音声で律儀に答えてくれた相棒。 彼の確かな重みを腕に感じながら、フェイトは残りの距離を翔け抜けた。 エイミィの通達より3分。戦場の混迷は本日最大の荒れ模様を見せていた。 エイミィ陣営の最前線が崩れ、両軍入り乱れての混戦。 こうなれば姿の見えないリンディ陣営の部隊が強い。 ある者は不意打ちに、またある者は嵌められ同士討ちにて、次々と大地に伏していっていた。 残り2分、それは前線で戦う兵達にとって永遠に近い120秒になっていた。 「ここまで敵が押し寄せてきているとは……2分、耐え切れるか?」 魔法を使う時には僅かながら周囲の空間に歪みが生じる。それは大気中に存在する魔力素が魔法発動時に何らかの科学反応によって起こす現象らしい。 詳しいことは分かっていないが、とりあえずそういうことがある、ということだ。 そしてまた、熟練の魔導師や鼻が効く魔導師などはその僅かな歪みを感じ取ることが出来る。 前線で指揮を取るギャレットやエンブリオンは、そういう魔導師だった。 「耐えるしかあるまい。道は、それしか無いのだからな」 とは言え、この状況で指揮を取るのは無理だ。既に前線部隊の中核まで敵が入り込んできており、ギャレットとエンブリオンは背中合わせになって敵と対峙している所だ。 伝令兵を呼んでも敵の不意打ちを受け沈むのがオチだろう。 「まさかたった3分でここまで情勢が変化するとは……な!」 歪みに向けて超高速直射魔法を放つギャレット。 彼が持つ杖の先端から放たれた魔力光は紫色の尾を引いて何かに激突し、爆ぜる。 高速直射魔法よりも早く発動し速く目的に到達するその魔法はギャレットの主力だった。 「お前の隊の参入に敵の雪崩れ込み、確かに3分にしては密度が濃いな」 一方エンブリオンは、下段に構えた剣を急速で振り上げる。刃の軌跡には複数の光球が観測される。 魔力を通して強化した武器が魔法を切った時特有の現象だ。 掌を通して伝わってきた感触に確かな手ごたえを感じつつ、一層周囲への警戒を強める。 恐らく、既に囲まれているのではないだろうか。 「ここを切り抜けても、しばらくは城攻めはお預けになりそうだな」 「ああ……部隊を再編成しなければなるまい」 自分達がこの時間を耐え抜けたら、の話だったが。 いや、切り抜けて見せる。 女神から賜った必勝の計略を果たすために、自分達は戦う。 彼女を信じると、決めたから。 「……戦いが終わったら、飲みにでも行くか?」 「それも良いかもな」 「お前は……紅茶か?」 「麦酒もいける、それなりにな」 「そうか」 杖を、剣を、握る手が汗ばんでいる。 だが逆に感覚は鋭敏化した集中力によって時間を追うごとにクリアになっていっていた。 流れる風が、揺れる魔力素が、周囲を取り囲む熱い呼気が、それら全てを感じたような気がした。 「……叩くぞ、エンブリオン」 「ああ」 背中合わせに立っていた2人は跳ねるように別れ、見えぬ包囲網を突破すべく切り込んで行った。 中央管制センターの分厚い扉は、アルフの放った拳の威力に耐え切れず轟音と共に砕け散った。 開けた扉の奥に見えたのは、一面に広がる監視カメラの映像の数々。そして、それらを操る機械と、その機械の前に立ち一心不乱に操作を続けている男性。 よれよれの白衣と禿げ上がった頭、そして顎にたくわえられた白い髭。 フェイトが部屋への突入時に立てたけたたましい音にようやく気がついたのか、今更になってこちらを振り向く。 照明の光が眼鏡のレンズに反射し、キラリと光った。 彼こそは“博士”リンディ配下中で科学部門を得意とする学者である。 「女神の娘……だったね。用件の検討はついておるよ。これだおごぉおおおおおおっ!?」 管制センターの機材に繋がれた機械を指差そうとしていた博士が、無数の雷光に打ち抜かれる。続けざま、瞬時に間合いを詰めたフェイトはバルディッシュの柄を振り上げ彼の顎を強烈に殴りつけた。 威力に耐え切れず上方へ吹き飛んだ彼は、予め追撃するために飛び上がっていたアルフの手により今度は下方へダイビング。 それでもなんとか受身を取り、転がるようにして起き上がろうとした所で重力法則により落下してきたアルフに踏み潰された。 「素直に機械の制御方法を教えてもらえれば、これ以上の危害は加えません」 戦斧の先端を博士の鼻先に突きつけ、抑揚の無い声で言い放つフェイト。 どこまでも底冷えする瞳に、博士は彼女から激怒した時のリンディ提督を感じた。 血の繋がりは無いと聞いていたが……そっくりじゃないか。 「……いや、あの機械を壊せばいいんですね」 言うが早いか横凪ぎにデバイスを振るい機械を殴り飛ばすフェイト。 機械に取り付けられていたランプが緑から赤に色を変え、そして異音を立て始める。 「そそそその通りだが何故そんな短絡的な真似を……ッ!?」 灰色の煙を吹き上がらせる機械、明らかに壊れた。 それと同時に演習場を映し出していたモニターに大量の人間が出現する。 ホログラム迷彩が解除されたのだ。 「私、行かなくちゃならない所があるんです」 彼女が視線を向けるのはディスプレイのある一点。それは、演習場ではなく、別の箇所を映し出したモニター。 そこには、黒髪の少年と銀髪の男性、茶髪の女性と金髪の女性と桃色の髪の女性と赤髪の少女がいる。 確か、夜天の魔導書の主とその守護騎士、そしてリンディ提督の息子のはずだ。 「行かなくちゃ、ならないんです」 響いた声に、心臓を鷲づかみされたような感覚を与えられる。抑揚の無い冷たい声を紡いだ口は両端が釣りあがり、表情は不気味な笑みを浮かべていた。 瞳は映像を見ているようで見ていなく、焦点が定まっていないのだろうかどこか遠くを見ているようにも思えた。 「ねぇ、アルフ。ザフィーラもあそこにいるよ……?」 鬼気が、増した。 博士を押さえつけている茜色の髪の女性、即ちアルフから発せられたものだった。 彼女も口角を釣り上げ……これ以上は形容したくない。 「くすくす。行こうか、アルフ」 「そうだね、フェイト」 彼女達の身体が中空に浮く。 足元に羽のような魔力の塊を展開させる。飛翔魔法発動時に見られる特徴だ。 2人とも博士に背中を見せ、目もくれない。 今ならこの2人を倒せるのではないだろうか? そう思い、しかしその案は即座に棄却された。 「さようなら」 去り際に向けられた視線には、どう足掻いても反抗できない殺気が込められていたから。 “邪魔したら殺す”と目で言われたようだった。 リンディ提督、貴女の娘は将来大物になるでしょう……。 誰もいなくなった中央管制センターで、博士はそんな呟きを漏らした。 じゃじゃんとオマケ7 |