感覚だけを頼りに不穏な気配に向けてデバイスを叩きつけた。予想は的中、確かな手ごたえと呻き声が響く。 これでまた1人、だがしかし敵はまだ多数。 それでも全体の数で言えばこちらの方が明らかに上だが、如何せん状況が悪かった。 姿の見えぬ敵とはこれほどまでに厄介な相手なのか。肌を刺すような殺気を感じ取って身を捻り、頭上を風が通る音を確認するよりも早く背後に向け一撃。 どさりと、また1人地に地に伏せった。 「残り30秒……か」 呟きと共に一息つきたい所だったが、切迫した現状がそれを許してくれない。 全身を包むように防御魔法を展開し、周囲360度から飛来してきた魔法弾に対処する。数と威力から推測するに、5人の魔導師の一斉攻撃か……? 襲い掛かる重圧と防御の上から魔力を削られる感覚に表情を歪めるギャレット。 どうやら敵は勘と鼻の効く相手を優先して狙うことにしたらしい。 なるほど確かに有効だ。 彼らの姿を察知できる者がいなくなれば彼らは最強なのだから。 「……10秒」 もう少し早くそれに気づいていれば、だが。弾丸を防ぐシールドの中で、ギャレットの薄い唇が1つづつ数を刻んでゆく。 カウントが1つ進む度に彼の身内で煉られる魔力が渦を巻き、5を超えた所で暴れ狂い始める。 それでも防御魔法の維持と共に魔力の制御を行い、時が来るのをただひたすらに待つ。 彼女は5分耐えろと言った。ならば、5分待てば彼らの姿は見えるはずだ。 「残り、3秒」 もちろん、そんな保証なんてどこにもなかった。この世の中に絶対も無ければ100%も確定も無い。 特に戦いの場においてそれは顕著であるし、それは彼自身の骨身にも染みていることだった。 だが、それでも。 「私は、彼女の言葉を信じる」 300秒のスタンドゲーム。 その終焉前の一瞬の中でギャレットは1つの魔法を編み上げる。 彼を包むように紫色の光が現れ、それは半透明な球体となってギャレットを囲む。 「teleportation」 ―――ジャスト300秒。 ギャレットの周囲に展開されていた防御魔法が消滅し、魔力で精製された弾丸が一斉に雪崩れ込む。 あるものは大地を抉り、またあるもの幾回も旋回し彼がいるであろう空間を叩き続けた。 数個の魔力弾が爆裂して粉塵を巻き上げ視界を奪い、それでも魔力弾は休むことなく彼に向けて放たれ続ける。 魔導師たちは勝利を確信した。 これだけの魔力弾だ、例え防御魔法の上からでも魔力を削りきれただろう。 だが、彼らの確信は半瞬で打ち砕かれることとなる。 「―――は? どこを見ている……!」 瞬間、極光 紅と緑と蒼のカーテンから無数の輝きが現れる。それらは寄り集まり5条の束となりて地表へ降り注ぐ。 5、とは、即ち寸前までギャレットに魔法を打ち込んでいた魔導師の数。 まるで吸い込まれるように彼らに向かって突き進む極光からの落下光は、さながら天より下る神罰の雷のようで……避ける術など、存在しない。 元より、避けることなど不可能。 光より速く動ける存在などこの世に存在しないのだから、だ。 「姿さえ見えれば、どうとでもなる」 響いた声は上空から。 極光より降りた洗礼を受け倒れゆく兵士達が最後に見たのは、デバイスを構え新たな魔法を発動しようとしているギャレットの姿だった。 中原の趨勢は決した。 元より、指揮官を失って組織立った行動は出来なくなっていた兵達だ。隠れ蓑が消えてしまえば、後は数の波に押し潰されるのも仕方なかった。 伝令が持ち込んできた被害状況の報告を受け、予定を上回る損害には流石に溜息をつきそうになる。 だがしかし部下の前であるが故、気を引き締め溜息を噛み殺し、次の作戦の指示を与える。 「合図と共に砲撃を。彼の準備も急いで」 将軍配下の兵は2割ほどが城の中に戻ってきている。姿が消えていた内に攻勢に出ていたように見せかけて、実の所は彼らを逃がすために戦っていたのだ。 当初の予定ではあと2割、そして将軍がいたはずなのだが……無い物ねだりはできない。 現在、この城を守る戦力は将軍の残存兵達と本陣防衛部隊の4割。 まぁ、これで必要最低限は確保できている。 あとはどれだけエイミィ軍を城に引き込めるか、だ。 「エイミィ……」 エイミィ陣営は本陣部隊も中原に移り、ギャレット達と合流したようだ。エルザード隊の残存兵や負傷兵のこともあり、城攻めに向けて部隊の再編をしているらしい。 と言っても簡素で簡潔なものだが、しないよりはよっぽどいい。 こちらとしても準備の時間が出来る。 ホログラムの空を見上げれば、燦然と輝いていた太陽が傾き始めていた。もう数刻もしない内に夕方が、そして夜がやってくるだろう。 そういえば昼食を取っていなかった。 朝用意しておいたサンドイッチのバスケットを開き、はむりとかぶりつく。 口の中いっぱいにレーズンの甘酸っぱさが広がった。 もう一度、はむり。 再び口の中に広がるレーズンの味。 更にもう一度サンドイッチを食べようとして、ふと手が止まる。 何かを探すように手を揺れ動かすが目的のモノは見つからない。 「お茶、忘れちゃった? エイミ…………」 彼女の名を呼ぼうとして、身体が硬直する。 何を言おうとしているんだ、自分。 今、彼女とは戦闘の真っ最中じゃないか。 「あの子がいること、自然になっちゃってたのね」 思い起こすのは息子の士官学校時代。息子の里帰りに彼女が着いてきたのが最初の出会いだった。 当時から優秀な指揮官と言われていた自分の名は彼女にも届いていたのか、慌てた様子でお辞儀されたことをよく覚えている。 「クロノに彼女が出来たと思ってお赤飯炊いたっけ、私」 あの日は彼女は泊まりで、晩御飯は自分が作った。無愛想で人に懐かず、誰にも自分から本心を見せようとしなかったクロノ。 そんな彼が笑った顔を見たのは、夫が死んでからは……あの子の前が初めてだった。 そりゃ、息子を想う親なら誰だって勘違いもするだろう。 あの夜の夕飯は、久々に楽しい食事の時間だった。 「……っと、いけないいけない。そろそろよね」 エイミィ軍に動きがあった。軍勢の再編成を終えたのだろう。 突破力のあるエンブリオン隊を前に出しての矢じり型陣形。 勢いに任せて城門まで突き破るつもりなのだろう。 だがそれは、下策だ。 「とりあえず……やることはやっちゃいますか」 サンドイッチのバスケットを部屋の隅に置く。続いて、服装をチェックして乱れを正す。 準備はOK。リンディは厳粛な面持ちで天守閣の一番前へと立つ。 そこから戦場は一望でき、エイミィが本陣を置いていた小高い丘や河もはっきりと見える。 そして、この距離からならエイミィからでも自分がはっきりと見えるはずだ。 リンディは拡声魔法を唱える。 環状の魔方陣が彼女を取り囲み、一瞬だけ強く光る。発動が成功した合図だ。 それを確認したリンディは、息を大きく吸い込み、そして口を開く。 『ここまでやるとは思ってなかったわよ、エイミィ』 『ここまでやるとは思ってなかったわよ、エイミィ』 これから進軍しようという時に、リンディの声が戦場中に響き渡った。 一体何をしようと言うのか……? 彼女の意図を読めず、小首を傾げるエイミィ。 エイミィの傍らには無愛想の上に不機嫌を乗せた少年が立っている。 もちろん、先ほど盾にされた恨みは忘れていない。時折ふらつく足元に深刻な魔力ダメージを感じられたがそれでも仕事はこなしてるので根性はあるのだろう。 そんなまったく関係無いことを思いつつ、エイミィの耳はリンディの言葉に傾けられる。 『ここまでいらっしゃい、エイミィ。決着をつけましょう』 どうやら、決戦前の宣戦布告のようだ。 いいだろう、乗ってやろうじゃないか……! 「私の声に拡声魔法を掛けて」 傍らの少年に頼む。彼はぶつくさ言いながらも即座に魔法を起動、そして展開してくれた。 魔法を使えない自分、こういう時は誰かを頼るしかない。 例外的に使える魔法もあるが、手間と暇とリーゼ達の協力がいるのでほぼ使えない。 何はともあれ返答の準備は完成し、エイミィの周囲に環状魔方陣が浮かぶ。 『リンディ提督!』 今度は、エイミィの声が戦場に響く番。 静まり返った草原の中で彼女は高らかに言葉を紡いでゆく。 『私の能力は艦長には敵いません』 それは、開戦の時に部下達に言った言葉。 『けれど、艦長に有能な部下達がいるように、私にも優秀な仲間達がいます』 負ける確立は100じゃない。だから、勝てる確立は0じゃない。 『彼らのお陰でここまで来ました。すぐに……』 天を突くように右手を振り上げる。その右手の指先は小さく弧を描くように旋回し、そして天守閣に立つリンディへと向けられる。 まるで射抜くように、まるで貫くように。 『……そこに、辿り着いてみせます!』 一拍、そして一呼吸 『先鋒、進めー…………ッ!』 そして号令。 エイミィの言葉に、出陣の時はまだ来ぬかと燻っていたエンブリオン隊がリンディの待つ巨城へ向けて突撃を開始する。 目指すは天守閣、そしてその中にいるリンディ提督。 先鋒部隊は鬨の声を上げ突き進み、切り立った崖に挟まれた細い道へと侵入してゆく。 最終決戦の第一幕、城攻めが始まった。 そしてオマケ8を設置 |