突撃に躊躇は不要だ。覚悟を決めた場所に忘れてくればいい。
 剣を抜き放ち、自ら先陣を切って風を切るエンブリオンはそれをよく知っていた。
 この突貫は無謀なのかもしれない。
 相手は城を構え、準備は万端に渡って万全。元より、城攻めには三倍の兵力が必要だというのは通例だ。
 また、城攻めは下策であり心を攻めるのが上策であるというのは兵法家では常識。
 兵法の片端をかじったことのある彼もまたそれは知りえている。
 ならば何故、失策とも取れる突撃を行うのか?
 決まっている。

「我らが女神の信に応えるため、存分にその腕を振るえ―――………ッ!」

 己達の総大将、エイミィ・リミエッタが命じたから。
 自分達の隊なら小細工を噛み潰す突破力を持っている。
 自分達は突破口を開く先鋒なのだ。
 それでよかった。
 まだ後方にはギャレットが控えている。

「第一班突撃に続いて第二班、第三班突入せよ!」

 切り立った高い崖に挟まれた細道を全力で飛翔するエンブリオン。目指すべき城門は両の瞳にしっかりと映し出されている。
 恐らく、この道を抜けた所に何かがあるだろう。
 それでも怯むわけにはいかない!
 自分達は先鋒を任されたのだから……!

「各自、全身を防御魔法で包み込め! どんな障害があろうと貫くぞ!!」

 指示を出す傍らで自らも白銀の薄い膜を周囲に出現させる。
 露出した肌に当たっていた風の感触が完全に消滅した。
 それと共に飛行魔法の速度を上昇させ、よりいっそうの加速でもって道を突っ切る。
 人工太陽の日差しが崖に阻まれ暗い細道の中、光当たる城門前までの数瞬を無心に翔けた!

『掛かれ―――………ッ!』

 奇しくもエンブリオンの号令とリンディの合図の声が重なったのは、決して偶然ではなかった。横殴りの衝撃がエンブリオンと彼の部下に襲い掛かる。
 急速に魔力が失われ、手足の感覚が消滅してゆく感触。強力な魔法によるダメージを受けた時の症状だ。
 非殺傷設定の魔法は純粋な魔力ダメージ。魔力ダメージとは精神力を削ることであり、神経への攻撃でもある。
 一時的な神経機能のマヒ、魔力ダメージで行動不能になるのは神経が機能しなくなるからだ。

「誰か1人が城門に辿り着けばいい! 第一班、全速力で突っ走れ!!」

 リンディ陣営が設置していたのは、細道の出口を狙い打つように構えられた巨大な火砲。大口径の砲口から吐き出される絶大な魔力は小型艦船の主砲クラスの威力を持つ。
 本来は砲弾の関係で持ち運びできぬものだが……恐らく、ベルカ・カートリッジシステムを応用した新型だろう。標準、発射、弾込めを一台につき数人がそれぞれ分担しているようだ。
 砲台の数は左右にずらりと八台づつの計十六台。
 それが絶え間なく火砲を叩き込んでくるのだからたまったものではない。
 だがそれでも上空に逃げたい衝動を堪えて一心に城門を目指す。
 忘れるな、自分達は全ての流れを作る先鋒なのだ……!
 散り様が派手であればあるほど、俺達は役目を果たしている……!

「第三班、第二班の盾になるよう展開しろ! 後のことは心配するな……ここで散れ!」

 飛来してきた魔力の塊を更に低空へと飛行することにより回避すると同時に両班へ念話を送る。指揮官からの無茶な要求に返って来たのは不平でも不満でも反抗でもなく、完璧な陣形。
 まさしく第二班の盾になるべく位置取りをした第三班が見事な防波堤となり身体で砲撃を防ぐ。
 それでも3発も喰らえば1人落ち、また3発打ち込まれ1人落ち……脱落してゆく。
 だが、城門まで700mの位置まで来て第二班は損害ゼロ。
 第三班が命を懸けて打ち出した結果だ。
 微妙な方向転換で砲撃を回避し続けている自分とていつ被弾し撃墜されるか分からない。第一班は既に8割が大地に墜落しており、自分以外にはもう五指で数えられるほどしか残っていない。
 頼みの綱は第二班か……?

「隊長! ……―――御免!」

 部下が横合いに飛び込んでくる。
 それとほぼ同時にして弾ける閃光。
 吹き上がる大量の魔力残滓と撃着時の轟音。

「進んでください、隊長! やはり隊長が前に行かねば後が続きません……!」

 自分を庇ったことで魔力ダメージが超過し、地面に落下してゆく部下がそう言った。士官学校時代の後輩で、ついこの前廊下であった時に照れながら彼女が出来たと報告してきた奴だ……!

「……済まん」

 第三班もどんどんと撃墜されてゆく。
 故郷の両親への仕送りを欠かさぬ男、若くしてできた妻と子を大切に想う男、単車を愛する男、今日で管理局を退職しパン屋を開くと言っていた男。
 皆、皆、友人だった。気の良い男達だった。

「……済まん!」

 脳神経を電撃が走り急速に加熱されていくような感覚。さらに電撃は全身を駆け巡り、身体中の血を沸騰させるように燃え上がる。
 限界以上に飛行魔法を掛ける時に訪れる症状だ。
 魔力を制御する頭に、城門を見据える瞳に、剣を持つ腕に、そして死兵策を出した心に、耐え難い激痛のシグナルが送り込まれる。
 だが黙殺。
 自分の盾になった仲間のためにも。
 散って行った友のためにも。
 自分は、全ての痛みを超えて進まなければならない!
 痛みを訴える脳を精神力で無理矢理捻じ伏せ、ただひたすらに前進を続ける。
 城門まで、もう少しで手が届く……。

“The universe“天地…………

 右手に握る剣。
 親友、エルザードと共に教えを受けた師より賜ったこの剣。
 魔力と気力を練り込み魔法を発動させるこの流派。
 そして、己が最も得意とするこの技……!

“Roaring”……咆哮!

 刀身全てを覆い尽くしてもまだ足りぬほどの炎が吹き上がる。
 火の粉は赤色の尾を引き空を舞う。
 城門はもう目前。
 飛行軌道に捻りを加え、紅の帯を纏い跳ね上がる!
 剣に巻きつく炎は解放される時を今か今かと待ち、その時へと奮え盛えている。
 この一振りで―――叩き壊す!

“Chinese phoenix slice”鳳凰斬―――……ッ!

 果たして城門は……強烈な剣の衝撃とそれに続く爆圧的な火炎の蹂躙を受けても細かなヒビを身に刻んだのみで砕けはしない!
 その有様にエンブリオンは口角を釣り上げ、叩き下ろした剣の先端を渾身の力で持って城門に突き入れる。

“Break Burst”羽ばたけ不死鳥!

 彼が持つ剣を中心に、世界は紅の爆炎に包まれた。









 城門突破! その朗報は瞬時にエイミィへと届けられた。
 彼女が本陣を移した中原奥の崖前からでも吹き上がった爆光は観測出来た。
 だがしかし、朗報はただ朗報というだけではない。
 先鋒のエンブリオン隊は半数以上が撃破され、城内に突入したメンバーだけでは城を攻めきることは難しい。
 更に、エンブリオン隊の隊長は城門を抉じ開ける時の自爆に近い魔法の威力で自らも負傷。
 もう、戦線に復帰は不可能だろう。
 また、エイミィ軍を戦慄させた事態が1つある。
 城門の奥にもう一枚、魔力で作られた隔壁があるらしい……。
 どうやらそこが本丸への入り口のようで、城壁に取り付けられた二門の火砲の砲撃に手出しが出来ないのが現状。エンブリオンが破壊した城門前にあった砲台は彼の魔法により全て吹き飛んだ。しかし、その奥の隔壁を守るために備えられた火砲は破壊された砲台1つの3倍もの口径を持っている。
 強力無比の火砲……これを打ち崩すには……。

「フェイトちゃんは帰ってこないし……ええい、しょうがない!」

 一瞬の出し惜しみが100を超える損害を生み出す。だからエイミィの決断は早かった。
 フェイトには中央管制センターを制圧する前にとある人物への交渉にも行ってもらっていた。
 ちょうど時間の空いていたその子は、今、自分の傍らに控えている。
 学生服のような白いバリアジャケットに、これまた白い色のリボンで纏められたツーテール。
 既に起動状態となっているデバイスは桃色を基調としたもので、先端には三日月状の金色のパーツが乗っている。
 三日月の中心に据え付けられた紅色の宝玉が光の反射を受けて煌く。

「……なのはちゃん!」

 その人物……少女、高町なのはの細い両肩に手を置くエイミィ。
 リンディ提督が自分の集めた人員のリストを入手することは予想出来ていた。
 だからこそ、彼女は途中で引き込むことにした。
 正しくこの地上において最も強力無比の火力を持つと思われるこの少女への対策を立てられぬように。

「は、はい……!」

 エイミィの勢いに圧倒され手を置かれた肩と共に全身をビクリと振るわせるなのは。
 エイミィの瞳は真剣そのもの。
 実はよく分からないままここに来たなのはだったけれども、エイミィが全力を賭けてこの戦いに臨んでいるということだけは直感的に理解した。

「お願いがあるんだ……聞いてもらえるかな?」

 ……だから。

「はい!」

 彼女の問いに、迷わず応えた。本気で頑張っている人の言葉を叩き落すことなんて、高町なのはには出来ないのだから。
 なのはの元気の良い返事にエイミィは柔らかな笑みを零す。
 そして、告げる。

「全部、ふっ飛ばしちゃって! なのはちゃんお得意の全力全壊でね!!」

 悪戯心も邪気も感じられない、とても澄んだ笑顔だった。
 とりあえず、精神疾患の一種を疑っておいた。









 そして結局隔壁の前へとやってきた高町なのは。
 一度引き受けてしまったからにはやるしかない。
 覚悟を決めて、相棒……レイジングハートの柄をぎゅっと握る。

「行くよ、レイジングハート」
《yes,my master》

 城からの砲撃は管理局の人の強壮防御魔法が防いでくれる。だからなのはは砲撃に全ての神経を集中することが出来た。
 とは言え、絶え間なく叩き込まれる巨大な魔力の塊が防御魔法と激突する音は響き続けているのだが。
 そういうものがあろうと集中できるのは高町なのは特技だった。

「レイジングハート、砲撃形体!」

 電子音の返答と共にカートリッジを一発排薬。デバイスの柄が伸び、金色のパーツが形を変化させる。
 三日月の先端が鋭利に伸び、砲身をになった。
 高町なのはの得意とする砲撃魔法はこの形体から射出される。
 レイジングハート・エクセリオン バスターモードだ。

「カートリッジロード! よーく狙って……」

 更に一発の排薬と、先端に収束してゆく桜色の魔力光。
 ディバインバスター。
 高町なのはの得意とする砲撃魔法である。

「ディバイーン―――………ッ!」
《Buster―――………ッ!》

 彼女と、彼女の掛け声と共に放出された極太の桃色の帯は、まっすぐに隔壁に突き刺さる!
 轟音を響かせ、周囲に魔力の残滓を蹴散らした。

「よし、これで……」

 役目は果たしたと、そう思った。
 しかし、結果は無残。
 隔壁には傷1つ付いていなかった。

「……そんな」

 手を抜いたつもりはない。自分も、レイジングハートも。
 それでも破壊できなかったということは、隔壁が相当の強度を持つということだ。
 それに、隔壁を守る防御系結界魔法の発動も確認した。

「どうやら、本当に全力全開じゃないといけないみたいだね」

 ディバインバスターで無傷なら、結界破壊効果も持ったスターライトブレイカー+だ。
 そう判断したなのはは、レイジングハートに1つのお願いをする。

「私と一緒に頑張ってくれる、レイジングハート?」
《of course》
「……ありがとう!」

 一発、カートリッジをロード。

「レイジングハート、エクセリオンモード……ドライブ!」
《Ignition》

 非対象だったレイジングハートの金色の先端が伸び、そして対象な形となって合わさる。

「バレル展開!」

 長い柄が更に長くなり、杖というよりはさながら長槍となるレイジングハート。

「行くよ、レイジングハート……!」
《Starlight Breaker Plus》

 レイジングハートの先端に、先ほどとは比べ物にならないほどの魔力が集まってゆく。その光景に畏怖を覚えたのか、なのはに向けて撃たれる砲撃が激しさを増すがそれらは管理局員の努力で持って悉く防がれる。
 彼女を妨げるものはいない、そのはずだった。
 カウントスタートと共に色の薄まった隔壁が、その奥にいる彼の姿を彼女に見せるまで、は。

「そんな……ユーノ君……?」

 そう、それは紛れも無くユーノ・スクライアの姿だった。
 両手両足を縛られ、巨大な十字架のようなものに磔のような格好にさせられている。
 彼はぐったりとしていた様子だが、なのはの声に気づき視線を彼女へと向ける。

「なのは……?」

 そして自らの置かれた状況を把握するように首を回して辺りを巡り……彼は、瞬時に理解したようだ。元々頭の回転が遅いほうではない、そうでなければ常に危険が伴う遺跡発掘などということは不可能だから。
 その幼くも優秀な頭脳を持った彼は、恐らくこの状況に最も適していると判断した言葉を彼に紡がせる。

「撃って、なのは!」

 彼としては当然の言葉だった。
 自分は高町なのはを手助けするために命を掛ける覚悟がある。
 それと同時に、彼女の道を阻んでしまうなら自らが消え去ることも。
 故の当然、だからこその自然。
 しかしその言葉を受け入れない者がいた。
 他でもない、高町なのはだ。

「嫌だよ……そんなことできないよ、ユーノ君……」

 隔壁へ砲身を向けているレイジングハート、その先端が下がってゆく。
 なのはの表情からは、意思が消えかけていた。
 そこには、管理局の白い悪魔などと揶揄される高ランク魔導師の顔なんてどこにもいない。年頃の9歳の少女そのものだ。

「撃って」
「嫌ぁ……!」
「撃つんだ!!」
「やだ、嫌だよ……!!」

 砲身は完全に地に下ろされてしまった。
 なのははもう、砲撃を行えない。
 エイミィがなのはを引き込むと見てユーノを連れてこさせていたリンディの作戦勝ちだった。
 この時、中原のエイミィは歯噛みしリンディは勝利を確信した。
 事実、これで隔壁を突破する術を失ったエイミィ陣営にはどうしようも無かった。
 この状況を覆すことは出来ない。

「……聞いて、なのは」

 たった一人を、除いては。

「ユーノ君……?」

 ユーノの落ち着いた、けれどもよく通る声がなのはに届く。

「僕はね、ジュエルシード事件の時に君に助けてもらって本当に感謝してるんだ」

 口語るは、思い出話。

「君がいなければ僕はジュエルシードの暴走体に殺されていただろうし、プレシアの暴走も止められなかった」

 少年の心にずっと残り続けてきた思いと、今まで話せなかった言葉。

「なのはは、たくさんの人を救ってくれた」
「私は……そんなんじゃ」
「好き勝手にやってた?」

 ……ユーノの言葉になのはは頷き、そのまま俯く。
 けど、そんな彼女にユーノが掛けたのは優しい笑顔と、1つの言葉。

「それでも僕は、君に救われた」

 それは嘘偽り無い想い。

「僕はね、なのは? 君の信じた道を進んでいって欲しいんだ」
「…………」
「真っ直ぐね」

 俯いていたなのはの顔が、少しづつ上がってゆく。

「君の道を助けるためなら、僕は僕の全てを投げ打つよ?」

 なのはが見たのは、ユーノの笑顔。

「そして……君の道を阻んでしまうなら、僕は消えるよ」

 そして、悲しみを顕わにした顔。

「今、僕は君の障害になってしまっている」

 正しくなのはを阻んでいるのはユーノの存在だ。

「けど、それは嫌なんだ。これは僕のエゴだ。エゴだけど……」

 笑顔でも泣き顔でもなく、ただただ澄んだ表情でなのはを見つめるユーノ。
 そんな彼を見つめ返すなのは。
 周りの音も何も聞こえない、他の何も全てが目に入らない。
 2人だけの空間の中で、

「お願い、なのは。これ以上僕に君の邪魔をさせないで……」

 だから、

「撃って、なのは」

 高町なのははレイジングハートを構えて―――

「……ユーノ君の、バカ」

 ―――解き放たれた桜色の光は―――

「……知ってる」

 ―――全てを―――

「……バカ」

 ―――消し飛ばした。





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