気がつけば、そこは見知らぬ街中だった。いや、遺跡と形容する方が正しいかもしれない。雪化粧に覆われた街並みは、滅んだ街特有の寂れを含んでいて、

「誰もいないみたいだね」

 人の気配が、まったく存在していなかった。

「ロストロギアに強制転移させられちゃったのかな……?」

 手の中にあったはずの宝玉はいつの間にか消えていて、相棒の姿さえ見つけられない。バリアジャケットは着ていたけど、このままでは酷く無防備だ。

「どうしよう、かな」

 見知らぬ場所に1人きり。空を見上げれば重く黒い雲が厚く広がっていて、よけいに気分をどんよりとさせる。

「少し歩いてみようかな。何か、見つけられるかもしれないし」

 小気味良い音を立てて雪道を歩く。たった1人分だけの足跡が、誰もいない街中についてゆく。その間も、彼女は聴く者のいない言葉を呟き続けていた。

「ひーざをかかえてー へーやのかたすみー……にゃ、にゃはは。にゃははははは」

 まるで、孤独の寂しさを紛らわすかのように。









 一通り街を巡り歩いてみて、分かったことがいくつかあった。それは、この世界は少なくとも百年以上昔に滅んでしまったこと、魔法を使えない人のための技術が発達していたこと、そして帰る方法が無いということ。

「…………」

 街には魔法を使うために道具は残っていたし、救難信号も出せる。けれど、どうやらこの世界は時空管理局管轄世界から遥か遠くに位置しているらしい。だから、助けは呼べても届いてくれない。

「どう、しよう」

 空を見上げれば、厚い雲と降りゆく雪。街を見渡せば、崩れかかった建物の残骸。足元に視線を落せば、自分1人の足跡だけ。

「どうしよう……」

 身体だけはバリアジャケットに守られて、寒空の下でも暖かいはずなのに。何故か、身体の芯を冷たい感触が襲う。寒さに身を竦めて自分の身体を抱き締めると、余計に寒く感じられた。

「寂しい……よ」

 いつも彼女と共に戦ってくれた相棒も、背中を守ってくれた少年も、肩を並べて空を翔けた少女も、

「帰りたいよ……」

 誰も、いない。

「レイジングハート」

 呼べば必ず答えてくれた彼女は、どこにもいない。

「ユーノ君」

 自分に魔法を教えてくれた優しい少年は、どこにいるのだろうか。

「フェイトちゃん」

 大切な友達は、きっと遠い。

「…………」

 俯くと、雪が溶けた。

「ひっく……」

 瞳から流れ落ちる何かが、雪を溶かしていた。

「帰りたい、よぅ……」

 彼女の言葉は誰にも届くこと無く廃墟に消えてゆく。滅び、誰からも忘れ去られた世界は、彼女にとって広すぎる。

「やだよぅ…………」

 どれくらい泣いていただろう。
 少女の涙は枯れなくて、流され続けている。

「こんばんわ。泣き虫のお嬢ちゃん」

 唐突に響いた誰かの声に振り向いた時も、彼女の涙は流れ続けていた。









 その人は、誰かに似ていた。

「ハンカチ貸してあげる。これで涙を拭くといいよ」

 微笑みを浮かべる女性に手渡された桜色の布で目元と、頬を拭った。随分と長い間泣いていたせいで、顔は酷いことになっていると思う。

「懐かしい世界に来たと思ったら、懐かしい子に出会うなんて思わなかったよ」

 この人は、私を知っているのだろうか?
けれど、それはおかしい。私はこの人を知らないし、

「懐かしい世界……ですか?」

 この世界は百年以上前に滅んだはずなのだから。

「懐かしい子……ですか?」

 なのに、

「うん、そうだよ」

 この人は、そのどちらにも頷いた。

「屋根のある場所に行こう? お腹空いたでしょ? 私、携帯食くらいなら持ってるから」

 彼女が振り向いた拍子に、サイドポニーが宙を舞う。一本一本の毛先まで手入れがいきとどいた髪は自分のものと同じ色をしていて、なんだか少し不思議な気分になってしまう。

 もしも10年経てば、彼女と同じ髪になるような気がして。

 そんな、よく分からない感慨はとりあえず隅に追いやって。
 すらりと背が伸びた大人の女性の後を追って、雪道にもう1人分の足跡をつけた。

 2人分になった足跡が、少し嬉しかった。









 椅子とテーブルが備えられた場所を見つけると、彼女は私を手招きした。多分、本来なら向かいに座った方が良いはずなんだけれど……。

「…………」

 私は、彼女の隣に座ることにした。
 さっきまでずっと寂しかったのが原因だと、思う。

「よ、よろしくおねがいしますっ」

 そんな気持ちは全部見透かされているのかもしれない。彼女からは、そんな雰囲気がする。まるで私のことを全部分かっているような、そんな感じがする。

「くすくすくす。そんなに力まなくてもいいんだよ?」

 彼女の笑顔を前にして、その思いは確信に変わる。
 きっと彼女は、私の全てを知っている。

「それじゃ、ご飯にしようか」

 彼女のポケットの中から小さなケースが出てくる。それに何かの魔法を掛けると、ケースはテーブルいっぱいに広がるくらいの大きさになった。

「デバイスって待機状態にできるでしょ? これはね、その技術の応用なんだ」

 持ち運ぶ時は待機状態にして小さく。そして物を取り出す時は起動状態にして大きく。便利な技術だなぁと、思う。

「何でも好きなものを食べていいよ。最近の携帯食は色々あるんだよ〜」

 けど、それはまだ管理局じゃ実用化されていない技術のはず。
 マリーさん達が必死になって作ろうとしていたけど、まだまだ全然実用段階じゃないと嘆いていたのをよく覚えている。

「うどんにお蕎麦にラーメン! グラタンやオムライスもあるけど、どれが食べたい?」

 トランクの中に詰まった色とりどりの携帯食達。そのバリエーションの多さだって、今の技術じゃ考えられない。

「えっと……」

 けど、

「ヤキソバ、ありますか……?」

 一先ずは、食べようと思う。

「うん。特製ヤキソバがあるよ〜」

 だって、

「あ」

 ……お腹が鳴くくらい、お腹が空いていたから。

「大盛りにしよっか?」

 くすりと笑う彼女の気づかいに顔を紅く染めてしまう。やめてください、恥ずかしいです。

「はい、どうぞ」

 あたふたとしていると、パックに入ったヤキソバが手渡された。まるで作りたてみたいに温かくて、食欲をそそる美味しそうな匂いもする。

「おいしい?」

 一口食べて広がった味には、泣きそうになってしまった。

「おいしい……です……」

 ヤキソバは、一度だけ食べたことのある味をしていた。それは春、桜の木の下で食べた味。お花見をして、みんなで食べたヤキソバの味。

「すごく、おいしいです……」

 クロノ君とエイミィさんがヤキソバを作っていて。フェイトちゃんもすごく楽しそうで。ユーノ君はずっと一緒に居てくれて。レイジングハートだって、もちろんずっと傍にいてくれた。

「すごく……」

 そんな頃の味だったから、また泣いてしまったのは仕方ないと思う。

「そっか」

 傍らで微笑む女性は、私が泣き止むまでずっと……そっとしておいてくれた。









 泣き止んで、ご飯も食べてしまって。何の気無しに外を見れば、吹雪になっていた。バリアジャケットを着ているおかげで寒くはないけど、吹き荒れる豪雪を見ているとなんとなく不安になってしまう。

「あ……」

 私のそんな心も見透かす彼女は、私をそっと抱き締めてくれた。

「ありがとう、ございます……」

 どうして彼女は、こんなにも温かいのだろう。

「どういたしまして」

 落ち着きのある優しい声が響いて、抱き締められる力が少しだけ強くなった。それが気恥ずかしいけど、けれどおかげで寂しくない。

「1つ、聞いてもいいかな?」

 誰なのかも分からない彼女の問いに素直に頷いたのは、だからだと思う。

「貴女は、どうして戦技教導官を目指しているの?」

 けれど、投げかけられた言葉の種類が唐突すぎてどう答えればいいかしばらく考え込んでしまう。

「答えに焦らなくていいよ。今の気持ちを聞かせて欲しいな」

 彼女がそう言ってくれたから、じっくり考えることにする。私が、事件が終わっても魔法の力を手放さないでいる理由。今は私の夢になった、戦技教導官になるということ。

「えっと……」

 上手くまとめられなくてたどたどしくなってしまうけど、私は彼女に今の想いをぽつぽつと語り始める。

「私の魔法は、最初はお手伝いのためのもので……」

 ユーノ君や困っている人のために使っていたのが最初の気持ち。

「でも、そうじゃなくなって」

 お手伝いじゃ、なくて。

「私の意志で、助けるってために使い始めて」

 自分で決めた、自分の道のために。

「それで」

 そのために魔法を使ってきたと思う。

「伝えたいことがあるんです」

 大きな事件に関わって、深く深く分かってしまったことがある。魔法を使って戦ってきて、おぼろげながらに分かってきたことがある。

「魔法を使うってことの意味を伝えたいんです……」

 魔法は力だ、と。

「強い魔法を使えれば、間違った意思も通せます」

 そして力は、力でしかない、と。

「強い魔法が使えるなら、何だってできちゃうんです」

 だから、

「私は、魔法を正しく使うための心を教えたいんです」

 だから、

「魔法を、誰かを助けるために使って欲しいから。それができる戦技教導官に、なりたいんです」

 語り終わるまで、彼女は静かに聴いていてくれた。

「そっか」

 私を抱き締めている彼女の表情は分からない。ただ、抱き締める力を少しだけ強くしてくれた。

「もう1つ聞いていいかな?」

 私は、頷く。

「戦技教導官になるためには訓練がいっぱい必要で。強くなることが必要で……」

 彼女の、想いを振り絞るように吐き出される言葉。

「たくさん、がんばらなきゃいけない」

 心に圧し掛かる、ずしっとした言葉。
それは実際に自分が感じ続けていることで、だから自主練習は毎日欠かさないし、いつだって出せる全力をぶつけている。

「無理をいっぱいしちゃう」

 ……頷いた。

「挫けちゃうかもしれないし、折れちゃうかもしれない」

 ……頷い、た。

「それでも貴女は、戦技教導官になるためにがんばる?」

 …………。

「無理でも貴女は、やり遂げる意思がある……?」

 その言葉にも、私は頷いた。

「…………」

 彼女ならきっと、私がどんな想いを抱いて頷いたか分かっているはずだから。だから、すぐに返事が返ってこないで黙り込まれてしまったのが分からない。

「…………」

 抱き締めてくれていた腕で、今度は私の身体を突き放したのが分からない。

「ダメだよ、それは」

 底冷えのするような声で告げられた言葉の意味が、分からない。

「ダメ、でも、やるんです」

 けど、ただ、これだけは譲りたくなかったから。
だから、そう答えて。

「そう…………」

 彼女は私に背を向けて、歩き始めた。
 置き去りにして欲しくなくて、慌てて彼女を呼び止めようと思って、思い出した。

 彼女の名前が、分からない。

 それでも、1人にして欲しくなくて。なんとか立ち上がって彼女を追いかけようとする。その最初の1歩を踏み出した時、彼女は私に振り向いて、

「おいで」

 吹雪いた外を指差して、

「間違った貴女の心、私が壊してあげる」

 そして再び、背を向けた。









 吹雪いていたのは好都合だったかもしれない。おかげで、私の表情が彼女に見えることは無いだろうから。

「魔法は非殺傷設定。対物設定をどうするかは自由にしていいよ」

 彼女はきっと戸惑っている。優しくしてくれた人に突然こんなことをされれば、混乱してしまうのは当然だと思う。

「来ないなら、私から行くよ?」

 でも、彼女が間違っていたから。

「アクセル―――………」

 子供の頃そのままの私だったから。

「………―――シュートッ!」

 飛来する3つの光球を前にして、雪の上を転がるようにして避ける彼女。どうして戦わなければいけないかは分かっていなくても、戦いが始まればそのために反応してしまう。

 始まりは無理矢理な戦いが、何度もあったからかな。

 遠い昔を思い返して、苦笑いを漏らした。あの頃の私は酷く真っ直ぐで、前だけを見て進んでいく意思を持っていた。だから乗り越えられたこともたくさんあったし、だから引き寄せられた結末もあったと思う。

 でも、これからの私はそれじゃダメなんだ。

 操るスフィアは3つ。この程度の数ならレイジングハートの力を借りなくても自由自在に動かせる。それぞれが引く桜色の尾は、直線と曲線を組み合わせた複雑な軌跡を描いて彼女を追い詰める。

「逃げてるだけじゃ何もできないよ」

 吹雪の中、ただただ逃げ回る彼女。幸い、被弾は1度もしていない。けれど身体能力には恵まれていない彼女のことだから、このまま魔法に捕まるのも時間の問題。

「なん、だけど」

 私は知っている。どうしようもない状況を吹き飛ばしてみせてきたのが、高町なのはだと。

「シュ―――………トッ!」

 突如飛来した光球を片手で弾く。ただ、そのために一瞬だけ彼女への注意が逸れてしまった。

「見失っちゃった、か」

 視線を離したほんの一瞬で、彼女は吹雪の奥に消えてしまったらしい。足跡も、短い時間で雪に隠されてしまう。

「10年前の自分に負けるのは、流石に嫌なんだけどなぁ……」

 追い詰められれば追い詰められるほど、高町なのはという人間はその本領を発揮する。それが一番よく分かっている自分だから、次に何を仕掛けられるか警戒せざるをえない。

「がんばらないと、ね」

 自分を勇気付けるために、小さなガッツポーズを作った。

「あの子には、大事なことを教えてあげなきゃ」

 そう言って、吹雪の中に入り込んでゆく。
 ほどなくして、彼女の姿は完全に見えなくなった。









 雪の中を必死に駆け回る。立ち止まってしまえば見つかって、今度こそ倒されてしまうから。そんな、予感じみた確信を胸に足を動かす。

 彼女は、強い。

 きっと自分よりもずっと強くて、戦い慣れている。こっちの動きが全部分かっているかのように先回りして追いかけてくる誘導弾と、あえてこちらを追い詰めるように操作された誘導弾。また、予想外の動きをしようとしても最後の1つがそれを阻んでくる。逃げ出せたのは、本当に幸運だった。

「まずはどこかに隠れて、それで、」

 レイジングハートが手元にない今、魔力の無駄な消費はできない。どこか見つからない場所まで逃げて、

「…………」

 逃げて、どうするのだろうか。

「あの人は、私の心を壊すって言ってた」

 最初に聞いた時は優しかったあの人に裏切られたような気がして、ショックだけしか感じなくて。

「なんのために……?」

 でも、もしも。
 あの言葉の裏に、何か隠された理由があったとしたら。

「どうして、私の夢を否定したのかな」

 もしもその理由が、私のためを想ってのことだとしたら。

「私は、何を信じればいいのかな……?」

 いつも共にいてくれた相棒はいない。魔法の力をくれた少年はいない。親友も、家族も、誰もここにはいない。

「私は……」

 ここにいるのは、“高町なのは”だけなのだから。

「うん」

 逃げてきた道に振り向く。

「信じればいいんだ」

 荒れる雪のカーテンの向こうに、揺れるサイドポニーが見えた気がした。

「私は、私を信じればいいんだ」

 あの人は、優しい人だ。
 私は、そう信じる。

「だから、私は、」

 あの人の優しさから生まれた厳しさが何を意味しているのかを、私はまだ分からない。分からないから、信じてみようと思う。

「戦う」

 あの人は、私に“戦う”という選択を迫った。だったら、その奥に何が待つかは分からないけど戦ってみようと思う。

「全力、」

 あの人のことを、信じてみようと思う。

「全開で!」

 3つのスフィアが、私に向かって真っ直ぐ突き進んでくる。さっきは逃げることしかできなかったこの魔法。

「もう逃げたくないから」

 避けても避けてもおいかけられるなら、逃げても逃げても追い詰められるなら。

「フラッシュ―――…………」

 ひたすら、前に進めばいい。

「………―――ムーブッ!」

 足には小さな翼が生まれて、身体はふわりと浮き上がる。レイジングハートがいないから、細かい制御はできないと思う。だから、制御はしないことにした。

「行けぇええええええええっ!」

 空気の層をぶち破り、3つのスフィアを後ろに流して突撃する。酷い風圧に負けないように、目だけはしっかりと見開いて、

 彼女を、見据える。

 驚きに唖然とした彼女だったけど、すぐに気を取り直して防御魔法の準備に入った。このまま真っ直ぐ防御魔法にぶつかれば危ないのはこっち。それは、自分でも分かってる。

 だから、

 心の中で、描く。レイジングハートが作ってくれた、想いを貫くための魔法の式を。どんな暗闇だって吹き飛ばしてきた、自分の心を叶える魔法を。

「ディバイン!」

 円環がぐるりと右腕を取り囲み、桜色に輝いた。レイジングハートがいないから制御は難しいけど、必死に魔力を押さえ込む。リンカーコアが震えて、弾け飛びそうになるけど、がんばる。

「プロテクション!」

 彼女の防御魔法にぶつかる直前、左手で自分も防御魔法を発動する。突進の勢いを利用して叩きつけた左腕の威力は、僅かだったけど彼女をたじろがせた。

 その小さな隙に、私は全てを賭ける!

 もう、右腕の魔力は臨界目前だった。暴走する魔法が、右腕どころか身体中の神経全てを焼き尽くそうとしている。その痛みに堪えて、最後の力を振り絞って掌をバリアに叩きつけ、爆裂寸前まで膨れ上がった魔力を一気に解放する。

「バスターァアアアアアアアアアアッ!」

 魔法の光は輝いて、真っ白だった世界が桜の吹雪に包まれた。









 放たれた魔法の威力に耐え切れなかった防御魔法は弾け飛び、私の身体はボールみたいに宙を舞った。

「きゃっ!?」

 受身も取れなかったから、落ちたのが柔らかい雪の上だったのは幸運だったと思う。

「…………」

 ただ、身体から気力と体力がごっそりと削り取られていた。頭はくらくらして、目には桜色の光がちらちらとしている。

「負けちゃった、なぁ」

 見れば、全力を使い果たした彼女は雪の上に倒れていた。億劫な身体を引きずっていけば、満足そうな寝顔を浮かべた彼女の姿がよく見える。

「本当は、こういうことをしないってことを教えたかったんだけどね」

 雪の上から彼女の身体を起こして、頭を膝の上に乗せた。

「まぁ、私だからそう簡単にはいかないだろうなぁ」

 これまでの10年を振り返ると、どうしても苦笑いをしてしまう。無理をして、無茶をして、倒れてしまったことが何度もあったから。

「でもね」

 頬を突くとぷにぷにとした感触が返ってくる。それが、膝の上で眠る彼女の若さを教えているような気がした。

「忘れちゃいけないこと、あるんだよ?」

 彼女はまだ幼い。きっとまだ9歳くらいで、夢に向かってがむしゃらに、真っ直ぐに進んでいた頃だと思う。前だけを見て、目標に向けて走り抜けていっていた頃だと思う。

「前しか見てないと、分からなくなっちゃうことがあるんだよ?」

 前、だけを見ていた頃だと思う。

「貴女がいっぱいがんばって、貴女がいっぱい立ち向かって」

 それは、自分に言い聞かせる言葉。

「貴女がどれだけ傷ついて、貴女がどれだけ悲しんで」

 自分はそれに気づけなかったから。
 だから、彼女には気づいて欲しかった。

「それが、貴女を愛する人をどれだけ心配させるのか」

 自分の無理が原因で、自分の無茶が原因で。
 私は、私を大切に想ってくれる人達を悲しませてしまったから。

「貴女の周りにはね? 貴女を愛してくれている人達がいっぱいいるんだよ……?」

 貴女には、私と同じ貴女になって欲しくないから。

「だから、ね」

 そっと頭を撫でると、彼女は幸せそうな鳴き声を上げた。

「…………」

 大変なことはたくさんあるけど。けど、全力でぶつかっていって。やりたいことに向けて、真っ直ぐ走っていけていて。満たされた日々を送っていた頃の、なのは。

「ま、いっか」

 そんな頃の自分を見ていると、なんだかこれ以上の言葉は野暮ったく感じられてしまって。

「がんばってね、私」

 応援だけ、してあげることにした。









 気がつくと、見知らぬ部屋にいた。
 ノリウムの床に、真っ白い壁に、真っ白い天井。
 ここがどこだかは知らないけど、ここが何なのかはなんとなく分かる場所。

「びょう……いん……?」

 身体を起こそうとすると、誰かの手がそれを押し留めた。

「ダメだよなのは。まだ、本調子じゃないんだから」

 その人の言葉は強い口調だったけど、その人の声は優しかったので素直に従っておくことにする。

「遺跡で倒れてた所を発見されたんだけど…………」

 あぁ、そうか。
 そういえば、自分は遺跡にロストロギアを回収に向かったんだっけ。

「激しい魔法戦を繰り広げた後みたいに消耗してたから病院に担ぎ込まれたんだ」

 紡がれる言葉の意味を考える。
 でも、まだ身体は疲れているのか。
 だんだんと眠気が襲ってきて、何も考えられなくなってしまう。

「疲れてるなら、眠った方がいいよ?」

 その言葉に、甘えることにした。

「うんー……おやすみー…………」

 夢と現実の狭間で、あの人の言葉が蘇ってくる。
 結局、あの人が伝えたかった言葉の意味は分からなかったけど……。

「わたしねー……がんばるよー…………」

 最後には“がんばれ”って言ってくれたような気がするから。
 あの言葉の意味が分かる日まで、がんばってみようと思った。









 それからいくらか時間が経って、高町なのはに1つの事件が襲い掛かる。
彼女も、彼女の大切な人達も傷ついた事件。

 もう、二度と空を飛べないかもしれないと言われた事件。

 入院し、療養の最中。
彼女は、雪の中で出会った女性のことを思い出した。
雪の中で出会った女性が、伝えようとした言葉を想った。

 その時、少し分かった気がした。

 自分が何を間違えていて、彼女がどうしたかったのか。
遅まきながらにそれが分かって、彼女は少しだけ後悔した。
真っ直ぐに言葉の意味を聞けなかったことを後悔した。

 それと、もう1つ。

 自分みたいな後悔をする人を無くしたいと、思った。
そのための教導が、自分が進むべき道だとも思った。

 だから、

 がんばろうと、思った。
まずは、もう一度空を飛ぶ。
そうして見せて、悲しませてしまった人達に自分は大丈夫だということを伝えたい。

 そして。

 伝えていこうと思った。
魔法を使うために必要な、大切な心を。
きっとそれが自分の使命だって、信じることにした。

 それから数ヵ月後。

 高町なのはは、再び空高く舞い上がった。
今度はもう、間違えないために。
そしてもう、誰も間違わせないために。











あとがき

 …………も、模擬戦?
 いや、いやさ、ちゃ、ちゃんと模擬戦だよね! ちゃんと模擬戦だよね!

 ごめん、吊ってくる

 えーっと。今更ながらになのはを途中まで見たので、そんな感じで書いてみる。あと、9×19シリーズがステキすぎたからこのシチュに(ry

 うん、そんなわけで!
 このお話は、なのは(9歳)VSなのは(19歳)なんだー!(ry

 うん。いい加減ユノなの書けって声が聞こえてくるよぅ(がたがたぶるぶる)
 けど、そこで空気を読まずにまだオマケが続くんだぜ!(滅)


オマケへ。





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