次元世界の秩序と平和の維持を司る巨大組織時空管理局は、4つの支局とそれらを統括する本局とが大まかな拠点である。中でも、中核として最も設備が充実している本局には巨大なデーターベースが存在していた。 その名を、無限書庫。 古今東西という言葉を使ってもまだ足りないほどに大量の資料を集めたそこは。 しかし、高度な科学力を多数保持する管理局内において唯一のアナログデーターベースでもあった。 即ち、紙に書かれた『本』という情報媒体がデーターベースを構成しているのである。 しかもその量は、古今東西という言葉を使ってもまだ足りないほど。 故に、故にである。 6年近く前から無限書庫内の資料検索や整理に追われ続けている司書が人を雇うのも無理はないだろう。何せ休暇もまともに取れないような人手不足なのだから。 ―――ただ、司書の少年は少々運が足りなかった。 彼の名は、ユーノ・スクライア。 遺跡発掘を生業とするスクライア一族出身の、ちょっと流されやすい少年である。 「はい、もしもし? え、クロノ? 何の用っ!? もしかしてまた仕事が増えるのっ!? 止めてよこっちは超過労働があぁあああ本が雪崩れたっ!?」 電話をしながら悲鳴を上げる少年。彼こそが、無限書庫司書ユーノ・スクライアである。 この6年で腰まで伸ばした髪は、想いを寄せる少女に貰ったリボンを使うためだったりする。 そう、彼には好きな子がいるのだ。 「気をつけて司書ちょ……司書長ぉおおおおおおぅっ!?」 ……紙束の海に飲み込まれた敬愛する上司に悲痛な叫び声を上げる様は、とても彼女に見せられたモノでは無かったが。 それもどれもこれもあれもなにも全て、忙しいのが悪いのである。 慢性的な人手不足。処理速度を超えて追加される仕事依頼。 各部署では『無限書庫送りにしてやる!』は恐怖の代名詞として認識されているほどだとか。 『落ち着け、今回は仕事の依頼じゃない。前々から君が申請していたものが通ったんだ』 軽く絶叫入った精神状態のユーノの相手はいつものことなのか、慣れた口調で用件を告げる電話相手、クロノ提督。 最も、最もユーノを絶叫させるのはクロノだったりするのだが。 彼の言葉を聴いて、書物の遺跡に埋もれた司書長を発掘していたユーノの手がぴくりと止まる。 以前から申請していたモノ? それはつまりアレか。 この状況を打開するためのエースカード。 一発大逆転革命必殺下克上! それ即ち――――。 「スクライア一族が正式に君の仕事に協力してくれることになった」 そうだそれだそれだそれだそれだそれだ……ッ! 4年ほど前に、スクライア一族の族長に無限書庫での仕事を手伝って欲しいと頼みに行ったことがあった。 しかし、その時は丁度大規模で歴史的な遺跡を発見したばかりで人手を裂くことができないと断られてしまったのだった。 優れた探索魔法を所持するスクライア一族。だが、悲しいことに少数部族であった。 しかし、ユーノは諦めなかった。それほどまでに無限書庫の人材事情が切迫していたから。それに、想いを寄せる少女に会う時間を少しでも多く得たかったという心情もある。 さて、具体的に彼は何をしたのか? スクライア一族が発見した遺跡の重要性を、無限書庫司書の立場を使って熱心に上層部へと説き、管理局側からもスクライア一族への協力ということで調査団を派遣させた。 実際、調査を進めるにつれてロストロギアやロストテクノロジーが多数発見されており、管理局派遣の調査団が大量増員されたほどだ。 それにより、遺跡発掘速度が大幅上昇したのは言うまでもない。 その上で、二年前に再びユーノは族長に訪問した。 『余裕ができたら、管理局の仕事にスクライア一族を貸してください』という旨を告げに。 実の孫のようにユーノを可愛がっていた族長は、前回彼を追い返すことになったのは本意ではなかったのだろう。 この時のユーノの頼みには、その時の状況と多量のジジバカでもって2つ返事で了承したのであった。 『良かったな、ユーノ。これで大分楽ができるだろう?』 「うん……。もう、こんな犠牲を出さなくても済むようになるよ」 今までの忙殺され続けた日々を思って遠い目をしながら、文字の沼に沈んだ司書長を引っ張り上げるユーノ。 視界に入った司書長の目は死んだ魚より死んでいたが、記憶より高速削除。クロノと、スクライア一族受け入れの話へと入ってゆく。 「それで、いつ頃みんなが来るのかな? その日は迎えに行かなくちゃ」 時空管理局本局は広い。無限書庫にたどり着く前に迷うのは想像に難くなかったし、他にも案内すべき所はある。 寮や食堂に生活用品売り場など、本局勤めに必須となる場所は多いのだ。 久々に一族の者達に会える喜びと、書庫の仕事が減ることによる喜びで少々浮かれた声となるユーノ。 だが、それとは対照的に、少々頭を抱えた声となるクロノ。 『……あ〜。それなんだが』 「うん? どうしたの、クロノ?」 6年前ならいざ知らず、ここ6年で随分と余裕が生まれ大人になった彼がこういう声を出すのは珍しかった。 ちなみに、珍しいだけで無いわけでは無い。 特に彼の最愛の妹の話とか。 特に彼不認知の相方の話とか。 特に(以下省略) 実はさほど珍しいことでもないのかもしれない。 『実はな……その。もう、来てるんだ』 「へ……?」 聞いてない。当たり前だ、今聞いたんだから。いや、そーゆーことじゃなくて。 「み、みんな来てるの……?」 『いや。何でも、協力が決まった瞬間に君の下に向かった子が1人いるらしくてね』 「…………」 『現地に送った局員の話では“ユー君に会えるの? やったぁっ! 待っててねユー君今行くよ!”っとか言ってたそうだ。見かけによらずやるな、ユーノ』 「待って!? それ、どういう意味っ!?」 『族長は“ユーノにならあの娘のことを任せられる”と言っていたそうだぞ?』 「だーかーらー! どういう話ぃいいいいっ!?」 『そんなわけで伝えたからな。じゃ』 プツン。無情にも回線は切断された。呆気なく。 クロノの言っていた件の少女には心当たりがある。 多分、妹のように可愛がっていた少女。 6年前、ジュエルシードの捜索に向かう時には、最後まで“自分もついて行く!”とだだをこねていた少女。 4年前には、族長の目を盗んで今度こそ自分についてこようとした少女。 2年前には、とうとう拗ねてしまったのか姿を見ることが無かった少女。 6年前も4年前も、最後は泣き顔になった彼女と別れることになってしまった。 2年前なんて、顔も見ていない。 嫌われたのかな? と思ったこともあった。 けれど、一度だけ手紙が来た。 確か、その内容は――― 「ユーノ司書、お客様が見えていますよ?」 記憶の海にダイブしかけた意識を、無限書庫受付の女性の声が引き戻す。 考え事をしている時に名前を呼ばれて慌てたのか、積み直していた本が雪崩れた。 司書長が、再び遭難した。 しかし、そろそろ死出の旅路に向かいそうな彼を発掘しようとするよりも早く、ユーノの胸に一つの影が飛び込んでくる。 反射的に抱きしめたそれは、とても柔らかくて。 とても、いい匂いがした。 腕の中にいる少女は、世間的には幼なじみと呼ぶべき関係だろうか。 4年振りに会っても誰だか分からないということはない。 けれども……見違えた、とはっきり言える。 4年という歳月はこうも少女を成長させるものなのだろうか。 見慣れていたはずの少女は、 見慣れぬ美少女へと変貌を遂げていた。 「久しぶりのユー君だ……」 見上げてくる瞳は潤んでいて。 数秒もしない内にポロポロと溢れ出してくる。 困った。昔から自分はこの涙に弱いのだ。 「…………」 迷った末。指先で彼女の涙をそっと拭って、微笑みかける。 すると、彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまう。 「……ユー君の、バカ」 涙声の呟きが聞こえた。 どんな言葉で謝ろう? 選択肢が頭の中をぐるぐると駆け回るが、決まらない。 あはは、と苦笑いすることしかできなかった。 だから。 「ごめんね」 4年前と同じことをした。 6年前と同じことをした。 彼女が泣いてる時にいつもしてあげていたことをした。 ぎゅっ、っと。抱きしめるだけ。 ずっと、抱きしめるだけ。 泣き止むまでずっとずっと。 「ダメ……許さない……」 けれど、今回の彼女は手強かった。 どうやら、これでは許してくれないらしい。 どうすれば許してくれるのだろう? 「どうすれば許してくれるのかな?」 思ったことが口に出ていた。 しまった。と思いながらも、こうなっては彼女の返答を待つしかない。 何を、言われるのだろうか? 怒声が飛ぶか、罵声が飛ぶか。 それとも、無理難題を吹っかけられるのか。 けれど、返って来た答えはそのどれでもなかった。 「ぎゅっ、ってして。……もっと、強く」 ただそれだけ。 掠れるくらい小さな声で、ただそれだけ呟く彼女。 「うん、分かった。それで許してくれるなら……」 抱きしめる力を強くする。 けれども、華奢な彼女が折れてしまわないように細心の注意を払って。 ……これは多分、久々に接することのできた自分に甘えているのだろう。 ふと、そう思って。 そう思うと、腕の中の少女がとても可愛く思えて。 知らず知らずの内に表情が穏やかなものへと変わってゆく。 そこで思い至った。 まだ、再会の言葉を交わしていないのではないか。 「久しぶり。これからは、よろしくね」 口をついたのは、こんな事務的な挨拶。 しょうがないじゃないか、照れくさかったんだから。 でも……この子は、返事をしてくれるかな? そう思ったのは、すぐに杞憂に終わる。 「…………うん」 返答は短かったけど、確かに分かったことが1つある。 彼女は自分のことを許してくれたようだ。 そう思うとまた、表情が緩む。 いつも彼女に向けていた穏やかな笑みが戻ってくる。 その笑みのまま、彼女を抱きしめ続けた。 彼女が泣き止むまで。 少なくとも、この場にいたもう1人の訪問者にとっては。 そう、抱き合う少年と少女を見る彼女。 高町なのはの視点では。 あとがき ユーノが“司書”なのは仕様です(挨拶)。 A'sから6年後の話なので、本当はユーノは司書長。 けれど彼が司書になっているのは、きっと壮大な物語の伏線なんだよ! そしてまたまた。 この話は魔法少女リリカルなのはStrikerS発表前に書かれた話です。 StrikerSの設定とは大きく異なる部分があることをご了承ください。 ちなみに、司書長やユーノの幼なじみなどには名前がありませんが、これは仕様です。お気になさらないでくれると嬉しいんじゃないかなっ。 それでは。ユーノとなのはの恋愛話、始まります。 小説トップへ 次へ |