時空管理局の保有戦力は、大きく2つに分けることができる。 1つは、司法隊。 彼らは執務官とその候補生で構成されており、司法権を持ち有事の際には武装局大隊長クラスの権力を行使可能である。。 ただし、執務官試験の超難易度数が影響して少数しかいないのが司法隊でもある。 その分有能選手揃いではあるのだが、常に人手不足に悩まされている。 対するもう片方の戦力は、武装隊。 こちらは、入隊に条件こそ存在するが執務官試験ほどの難易度ではない。 よって、人員総数としては執務官よりも遥かに上である。 しかし、才能はどうしても一部の人間に偏るのか。 司法隊に比べて人材が豊富かと問われれば、首を傾げてしまう。 だがしかし、武装隊は才能の無さを弱さの理由にする組織ではない。 武装隊には、隊員を鍛えるための超高ランク魔導師が存在する。 彼らは『時空管理局武装隊戦技教導官』と呼ばれる管理局のトップエースであり、次元世界の平和の柱石。 武装隊員には敬意の眼差しで、犯罪者には畏怖の視線で見られる彼ら。 その中にあって、一際異彩を放つ少女がいた。 彼女の名は『高町なのは』 魔法を知ってからたった6年で教導官に上り詰めたSランク魔導師である。 「…………」 まこと密やかに管理局の白い悪魔と呼ばれている彼女は、食堂のテーブルに広げた弁当箱の中身をまるで親の仇を見るような目で睨んでいた。 別に、ダイエット中というわけではない。 嫌いな食べ物が入っているというわけでもない。 むしろ、デザートとして入れたショートケーキは大好物だ。 朝、早起きして久々に作ったお弁当だった。 力作だった。 それが、2人分あった。 「…………」 彼女の表情は緩むことなく、それどころか険しさを増してゆく。 混雑した食堂の中で、不幸にも相席することになってしまった局員は凍りついている。 訓練室クラッシャーの通り名も保持する彼女は、ぶっちゃけ怖いのだ。 いやマジで。冗談抜きで。勘弁してください。 「…………」 視線でモノを殺せるなら、彼女の目の前の料理はもう何度死んでいるのだろうか。 凍りついた局員の恐怖が伝染したのか、食堂内はいつの間にか水を打ったような静けさに包まれている。 「…………」 6年前のツーテールとは違い、サイドポニーになった髪型は緑色のリボンで留められている。 そのリボンは、彼にプレゼントした物と同じ物。 いわゆるお揃いというやつである。 プレゼントを渡した時から彼が髪を伸ばし始めたことも知っている。 そういう、彼の気遣いが――― 高町なのはは、相当に無茶をする人間である。 特に新作魔法はその真骨頂で、管理局の訓練室を大破させたことは一度や二度ではない。 そんな彼女の新作披露に毎回付き合うのは、ユーノの役割だった。 彼女の魔法を抑えきれる結界を張れるのが彼くらいしかいなかったから。けれどその事実は、彼が彼女に付き合う決定打ではない。 人が好いのだ、彼は。言い換えればお人好しなのだ。 何度魔法で吹き飛ばされても、彼は彼女のために結界を張り続けてくれた。 失敗して落ち込んだ時は、ずっと傍らにいて励ましてくれた。 そういう、彼の優しさが――― 「ユーノ君……」 彼のそういう所が、自分は――― 「ううん、何でもない。何でもないよ、うん」 無理矢理そう結論付けて、ショートケーキを口に放り込む。 いつもならほどよい甘みが気持ちを幸せいっぱいにしてくれるケーキを、放り込む。 けれど、それはただの甘いだけのパンで。 心に圧し掛かる重たい何かを吹き飛ばすには全然足りなくて、ただ不愉快な甘みだけが口の中に広がる。 正直、不機嫌だった気持ちが更に悪くなってしまった。 もしもここが地球なら、夕陽に照らされた道は紅色に染まっていたかもしれない。 本局の中を1人で歩き回るユーノ。 彼には探し人がいて、その名は高町なのは。彼は、自らが想いを寄せる少女を探していた。 「どこにいるのかな、なのは」 彼が幼なじみと涙の再会を済ませた後、彼は受付嬢にもう1人訪問者がいたことを告げられた。 それが件の少女、高町なのはで。 武装隊員の指導教官である高町なのは、多忙の身。 特に、昼食という時間が大幅に他人とずれる生活を送っている。 管理局の未来を背負う若者への講義は、どうしても長引いてしまうのだ。 それだけ彼らとなのはが訓練に熱心であるということなので、喜ばしいことではあるのだが……。 何にせよ、高町なのはは本局にいる間は昼食を取る時間が非常に遅いのである。 しかし、極稀に手早く講義が終わることも稀にある。 そういう時は、なのはがユーノを誘って2人で昼食を食べるのがここ3年ほどの習慣になっていた。 今日もきっとそうだったのだろう。だが、彼女はユーノを誘わずに去ってしまった。 「何かあったのかな……」 そう口に出して、頭を振った。 何か原因があるとすれば、彼に心当たりは1つしかない。 幼なじみの少女と抱きあってました。 もっと言えば、いちゃいちゃしてました。 司書長曰く、ラブラブだった。とのことらしい。 言われた時は、思わず研究中の攻性バインド魔法で司書長を捻ってしまった。 恥ずかしかったのと、妙な後ろめたさに後押しされて。 「別になのはがボクの恋人ってわけじゃないけど……でも、なぁ」 想い人を裏切ってしまった、と思ってしまうような。 本当は裏切られた他人なんていないはずなのに生まれてしまう罪悪感。 けど……もしも、誰かが裏切り者だとすれば。 それは、想い人への想いを裏切った自分だ。 「なんて……考えすぎ、かな」 友人に『お前は思い詰めすぎるんだよ』っとよく言われることを思い出して、苦笑する。 その友人曰く、 肩の力抜いて冷静に考えてみれば。 あるいは、何でも行動してみれば。 世の中、割とどうにかなるらしい。 いいかげんだった。 けど、そういう考え方も嫌いじゃなかった。 「……なのはに、謝らなくちゃ。せっかくお昼誘いに来てくれたのにごめんね、って」 なんとなく、そうした方が良いように思えた。 そう思い始めると、そうしないと気が済まなくなった。 「けれどなのは、どこにいるんだろう……?」 この時間帯、彼女は比較的自由時間であることが多い。 もちろん、途中覗いた訓練室に彼女の姿は無かった。 念話も、どういうわけか繋がってくれない。 「ほんと、どこにいるんだろう? なのは」 足が床を打つペースが早くなる。 心の中で一瞬だけ、無限書庫に置いてきた幼なじみの少女の顔が浮かんだ。 探しに行かなきゃならない子がいると告げた時の彼女は。 今まで見た中で、一番泣きそうで。 それでいて、無理して笑顔を作ってる。 そんな顔だった。 さて、時空管理局には情報部という部門が存在する。 彼らは次元世界中の情報を集め、分析し、管理局の方針を決定する材料を生み出す。 また、犯罪者のプロフィールから新種魔法のプログラム、前線を退いた今も局員の中で人気の高いリンディ・ハラオウン提督の寝顔写真までありとあらゆる“情報”というを保持しているのが情報部という存在である。 仕事柄年中情報が飛び交うこの部署を纏めるのは、若干20歳の青年。 彼は非常に人当たりの良い人物で、諸事情によりアースラチームと呼ばれる魔導師達とも親交が深い。年上、年下からも慕われる優しいお兄さんである。 「情報確保に失敗して逃げ帰る? 巫山戯んな、死んでこい。お前の命よりも情報の方が重い。何一つ手に入れられないようじゃ、管理局にお前の椅子は存在しねぇ。むしろ俺が壊す」 些細な悩み事にも親身になって考えてくれる人の好い青年……。 「いいか? 今のお前は地べたを這いずり回る蛆虫以下だ。世界にあるだけで害にしかならない。せめて虫扱いをされたきゃ任務を果たせ。それ以上は望んでやらん。だから、その程度はやってみせろよクソ野郎」 老若男女を安心させる柔らかな笑みの持ち主の……。 「は? スパイ活動がバレた? よし分かった、手に入れた情報を抱えて速やかに帰還しろ。え、何? ノルマの3割も情報を手に入れられなかった? 分かった、指詰めるぐらいは覚悟しとけよテメェ」 …………。 「んなことされたらこれから先の任務に支障が出るから止めてくれって? 安心しとけ、今の技術なら詰めた指ぐらいすぐに治る。問題なんざ微塵も存在しねぇよ。ただ、痛みと共に理解しろ。お前が残り7割の情報を手に入れていたら治らないような傷を負う人間は減っていたってことをな。分かったらとっとと帰ってこいよ、仕事が詰まってんだからな」 わ、悪い人物ではないのだが……。 「は? 食堂で失神者が続出した? みんな何かがトラウマになってるっぽいからカウンセリングして欲しい? んな弱ぇやつらは潰して明日の飯にしてしまえ」 前言全撤回。 偉くなった軍人寄りの不良にーちゃんであった。 「ったく……ここは苦情処理場じゃねーっての」 全ての回線を閉じ、残りは部下に任せる。 何だかんだで多忙を極める彼の元には、1人の訪問者がいた。 「で? お前はどーゆークチなんだ、高町」 部屋の隅で膝を抱えて、不機嫌な顔で壁を睨み続ける少女がそこにはいた。 「…………」 少女は何も答えない。 「だんまりか。……ったく」 電話口に向かって罵声を浴びせていた表情とは異なり、面倒そうな顔をしてコンソールを操作していく青年。 彼が呼び出す情報は『ユーノ・スクライア』に関連する項目。 この魔砲少女がこんな状態になるならば、十中八九彼が関わっているだろうと睨んでのことだった。 「新魔法について……論文……昨日の夕飯……」 次々と彼の情報が画面上を流れてゆく。 どうやって調べたかは割と謎だが言及不能で、スクロールを続けられていた情報群は急に停止する。 「スクライア一族からユーノへの訪問者襲来。……これか」 声に出して読み上げた瞬間、高町なのはがピクリと反応したことを青年は見逃さなかった。 そして、思った。 やっぱ痴話喧嘩か。 「帰れ、お前」 「やだ」 電光一閃! 高速戦に定評のあるフェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官もびっくりの速度で拒否の言葉が出た。 「俺はこーゆーことは得意じゃねーの。リミエッタやハラオウン家、八神家頼れよ。そうじゃなきゃ、アリサやすずか」 「やだ」 「何でだよ?」 再び少女は沈黙してしまう。 「……ま、15のガキらしくて悪かねぇと思うがな」 とりあえず、そう結論付けておいた。 ちなみに、推測になるが。 なのはが先に上げられた人々を頼らなかったのは、無意識ながらに今の彼女の表情を彼らが見ればユーノがシメられると分かっているからだろう。 だって、みんなユノなの恋愛応援団だから。なのは寄りの。 過去にも何度かユーノがシメられたことがあった。 何だかんだで、ユーノが傷つくことは避けてしまうのが、彼女だ。 ただ、無意識にだが。 あぁ…………。 なんて見てて苛立たしい、両想い。 「……ま、それが青春ってやつか」 1人ゴチて、作業に戻った。 あとがき 模擬戦の“も”の字も出てこねぇよっ(挨拶) あ、でもオリキャラが出てきました。これで3人目。 そして、オリキャラ登場はここで打ち止めです。ご安心下さい(何を) 情報部の彼の立ち位置はアリサやクロノでもよかったのですが。 色々事情があってオリジナルキャラクターが出てくることに。 でも、ある意味で原作キャラクターだったりするのできっと大丈夫です。 そんなこんなを話つつ、そろそろ次のお話に向けて進むと噂です。 ではでは、お次もお楽しみくだされば幸いですっ。 戻る 小説トップへ 次へ |