女性問題というやつは、いつも男の頭を悩ませる。 そもそも、男性よりも女性の方が圧倒的に強い。 世の中の男性はきっと、女性に振り回されるために生まれてきたんだ。 時空管理局の若き提督、クロノ・ハラオウンは常々そう思っている。 っというか、そう思ってでもいないとやってられなかった。 頑張れユーノ、今回だけは君を応援してやる。 情報部の青年総括に全ての事情を聞いて、そうすることにした。 偶然か必然なのか、何も教えずともユーノはなのはの位置を目指しているし。 当たって砕けろ! いや、砕けちゃ駄目なんだが。 ……だんだんと意味不明になりつつある思考を強制シャットダウンして仕事に戻ることにした。 でも、戻れなかった。 彼の背後で睨み合う八神はやてとフェイト・テスタロッサ・ハラオウンが、怖すぎたから。 どうやら、今日の夕食をどちらが作るかで揉めているらしい。 「フェイトちゃんは昨日作ったやないか!」 「はやてだって、今日のお昼に抜け駆けしたじゃない!」 がるるるる、と。火花をバチバチと散らす乙女2人。 ここ最近の日常と化した光景に頭を抱えて、クロノは溜息と共に言葉を吐き出す。 「……女性問題は、辛い」 クロノ・ハラオウン20歳。物腰は落ち着いた今でも、とにかく生き方が不器用だった。 別名、自業自得。 少年、ユーノ・スクライアは少々運を天から見放され気味だ。 いっそのこと“薄幸の金髪美少年”というキャッチフレーズでもつけてみればどうだ、というぐらい。 けれど、それでもめげないのが彼の持ち味である。 今回もめげずに、これでもかと行動してみた。 「なのは!」 「嫌だ出てって何も聞きたくないの……っ!」 重ねて言おう。 少年、ユーノ・スクライアは少々運を天から見放され気味だ。 「で、まぁ。状況はこうなったわけで」 訪問者が入れ代わった情報部執務室。 紆余曲折の末、先ほどまで壁を睨んでいた少女は走り去り、放心状態の少年が残されていた。 「やれやれ。どーしてこう、肩の力を抜いて生きられんかねぇ」 経緯は簡単に説明できる。 ユーノの話を聞くことを拒絶したなのはが、出て行かないユーノを見るや飛び出した。 まぁ、魂が抜けてしまったユーノは出て行かなかったのではなく出て行けなかったのだ、が。 「目を覚ませ、ユーノ」 男には容赦をしない主義なのか、問答無用で回し蹴りを叩き込む情報部総括。 さらに彼は、床を3度バウンドしけたたましい音を立てて壁に激突したユーノに向けて間髪入れずに言葉を発する。 「ほれ、起きたか?」 人間としてあんまりな対応じゃないかと思う。 けれど、蹴られた当人の反応は希薄だった。ただ小さく頷いただけ。 「怒りもしないか。……重症だな、まったく」 執務室の椅子に腰掛けて、ユーノにも座るように促す。 彼は、のろのろとした覇気も生気も無い足取りでゆっくりと椅子に座る。どこから見ても、目が死んでいた。 「…………ったく」 しばらく、沈黙が流れる。 ユーノは、何かを話せる気分じゃなかったから。 青年は、ユーノが落ち着くのを待っていたから。 「……………」 そうして沈黙が数十分続いただろうか。 元々、自分のことよりも他人のことを気にかける少年がユーノだ。 沈黙に耐え切れなくなったとも言うけど、彼の方から口を開いた。 「分からないんだ……」 短い言葉。 けれど、今の心情を最も的確に表している言葉。 「なんで、あそこまで……」 言葉を続けるユーノ。 口に出せば出すほど、本当に。 本当に、分からなかった。 普段は温厚で、人をほんわかさせるのが高町なのはと言う少女である。 それが、あんな風に負の感情をぶつけてくるなんて、どうして。 「なのは……」 もしかして、自分が思い当たった理由以外の何かがあるのだろうか。 それで、徹底的に嫌われてしまったのだろうか。 脳裏に焼きついた、彼女の泣き顔。 もしかしたら自分は、何か大きな、そして重大な間違いを犯してしまっていて。 そのせいで彼女を傷つけて、嫌われてしまって。 もう、友達に戻ることすらできないのかもしれない。 考える度に、思考が暗闇に侵されてゆく。 どうしようも、なかった。 光が、見えなかった。 「な、ユーノ」 言葉を切り、俯いてしまったユーノ。 その姿を見とめて、青年は彼の名を呼んだ。 「なに……?」 生気の無い顔を見上げるユーノ。 死人のような酷い表情。 けれど、彼の瞳の一点に映った捨てられた子犬のように助けを希求する色を青年は見逃さなかった。 「お前も高町も、もう15だ。いつまでも子供のままじゃいられないし、いない」 けど青年は、それを分かっていてもただユーノを助けてやる気はなかった。 彼が紡ぐこの言葉は、彼がユーノとなのはにずっと伝えようと思っていて、でも封印していた言葉。 「情緒も形成されるし、今まで気づかなかったことに気づくようにもなる」 だって、この言葉は……。 「今までは無かったモノが生まれるんだ」 非常に……。 「恋心、とかな」 恥ずかしかった。 「……恋、心」 やっぱスルーされなかった。内心、半ばヤケクソになりながら青年は言葉を続ける。 「もちろん……今までだってそれが無かったわけじゃねぇ。正確にはそれを自覚するって話だ」 けど、神妙な面持ちで話を聞くユーノ見て青年も冷静さを取り戻した。 元より、言葉は口に出してしまった。ならば、後は全てを語るのみ。 「ユーノの場合はそれが早かった。そして、今回の場合は高町が問題なわけだ」 けれどふと、何かに気づいたかのように困惑顔になるユーノ。 一番ありえない確率を引き当ててしまったような、そんな表情を浮かべている。 「無いよ。それは……無い」 ユーノは、思い至った結論をありえないと否定する。 頭を振って、思考から消してしまおうと躍起になる。 「無いわけが無い」 けれど、青年は否定を否定する。 「でも……ありえないよ」 俯いて呟くユーノ。 そう。だって、それは。それは、ありえないはず。 「そうでもないだろ? じゃないと、説明がつかない」 ってゆーか、気づけよそれくらい。 そう放ってしまいたい衝動を青年は必死で堪える。 ユーノが答えを認めるのに、その言葉は不必要だと思ったから。 「で、でも……!」 渋る、ユーノ。 「うっさい」 彼は、放物線を描いて天井の高い部屋の空を舞った。青年に、蹴り飛ばされたから。 「認めろ。自惚れたっていい。高町なのははお前が好きで」 数十分前のようにけたたましい音を立てて壁にぶつかるユーノ。 「お前と、お前のお客のお嬢ちゃんとの仲を誤解して嫉妬してるのさ」 何故だか、蹴られた背中よりも、無事なはずの胸がズキズキと痛みを訴えていた。 少女は、ずっと少年を待っていた。 6年前から。 4年目から。 毎日、毎日。ずっと、ずっと。 だから今、無限書庫内の彼の部屋で少年を待つのも、今更苦では無いはずだった。 はずだったのに。 涙がポロポロと溢れてしまう。だって絶対……。 「……失恋、してるもん」 今日の彼の表情を見て確信した。 あの、困惑したような、けどどこか嬉しそうな顔を見て。 「ユー君……」 一度だけ、彼に送った手紙があった。 何度も何度も送ろうとして、でも送れなくて。 やっとの想いで勇気を振り絞って出した一通だった。 文面は短く『久しぶり、ユー君。会えなくて寂しいよ〜。だから、会えない代わりにお返事ください!』っと。 「すぐにお返事届いた時は嬉しかったっけなぁ……」 返ってきた手紙に書かれていたのは、ここ数年の近況報告。 無限書庫の圧倒的仕事量の話だとか、それを更に増やす友人の話だとか。 他には、日常に起こった小さな事件や、無限書庫で見つけた面白い本の話など。 「色々なことが、すごく楽しそうに書かれてたっけ」 慌てふためく彼や笑顔の彼を想像して、ついつい笑みを零してしまったものだ。 「でも……気づいちゃったんだよね」 文面によく出る、ある少女に。 「高町なのはさん……っか」 その子は、ジュエルシード事件での協力者。 闇の書事件の功労者で、管理局のエース。 芯が真っ直ぐで、朗らかな子。誰かの悲しみを分かってあげられる、優しい子。 そして……どんな闇の中でも希望を見失わない、強い子。 「……敵わないよね」 その子が、ユー君を救ってくれたらしい。 その子が、ユー君を励ましてくれたらしい。 その子が、その子が、その子が、その子が、その子が、その子が、その子が、 「ユー君の、好きな人」 気づいた時は泣きそうになった。だから、泣いた。 そして、今も泣いている。 だって、私の想いは届かないから。 どれだけ好きでも、どれだけ想っても、届かないから。それが、分かってしまっているから。 「ユー君の……バカ」 呟いた、その時。 部屋の扉が開いて、少年が帰ってきた。彼は、酷く困惑した表情を浮かべていて。 それは、私が泣いてるからかな? 一瞬だけそう思って、すぐに打ち消した。 ううん。多分、高町なのはさんに会えなかったんだ。 「お帰り、ユー君」 涙は隠さなかった。 だって、これくらいの我侭は許して欲しい。 ずっと欲しかったモノが、もう他人の手の中にあると宣言されてしまったのだから。 「あ……う、うん。ただいま」 どれだけ困っても、挨拶は律儀に返してくれる。 彼のこういう所も、好きだった。でも、彼は今、ここにいてはいけない。 「行かなくていいの?」 涙声なのは、勘弁して欲しい。 だって、今、辛いから。 「…………」 彼は何も答えない。 答えてよ。今の私じゃ、ちょっとのことでも期待しちゃうんだから。 私を選んで欲しいから。 けどそれは……違うから。 「好きなんでしょ? 高町なのはさんのことが」 だから……自分から決定打を放つことにした。 「……うん」 意外と、答えはあっさり返ってきた。 ユー君の性格なら、数秒は間を空けるかな、とも思ったんだけど。 そう思って、それほどまでに彼女が好きかと気づいてまた凹む。 「なら行ってきて。逃がしちゃダメだよ?」 自分は逃がしてしまったから。 彼にはそうして欲しくなかった。 「でも……」 彼は、渋る。 「行って……っ! 私のことはいいからっ! ほっといてよ……」 早く行って欲しい。じゃないと、言いたくないことまで言ってしまう。 「で、でも……っ!」 渋る。 「いいの……いいから……っ!」 お願いだから、ここから立ち去って。 もう、限界だから。 「泣いてる君をおいていけるわけが……!」 あぁ……言われてしまった。 だったら、こう答えてしまうしかないじゃないか。 「失恋したんだから泣かせてよ……ユー君のバカ……っ!」 彼の優しさは、今は刃にしかならない。 「私はユー君が好き! でも、ユー君は高町なのはさんが好き……! もう行ってよ……顔も見たくないよ……ユー君のバカ……っ!」 そう言って、彼を追い出した。 本当にバカだと思う。 ……誰が、とは言わないけど。 あとがき キーキャラクターにすべき人を間違えたと思う!(挨拶) 話をすっきりとまとめるなら、ユーノの幼なじみの立ち位置にはフェイト、情報部総括の青年の立ち位置にはクロノを置くべきだったんですよね。 なのにそれをしないのは、今そうしてしまうと後々非常に困ることになるからという取らぬ狸の皮算用的な長編思考のせいで(死) あいたたた。 そんなわけで、このお話ではキーキャラクターが2人います。 メインキャラクターはもちろん『高町なのは』と『ユーノ・スクライア』なわけですが。 ユーノの背中を押すキャラクターが2人出てきます。 片や、彼となのはの今までを知るおにーさん。 片や、彼を想い続けてきた幼なじみ。 彼らに背中を押され、あるいは蹴られ。 ユーノはようやく前と現実に向き合ってくれます。 お話的にはラストのトリガーを残して消化したので、次はトリガーからクライマックスへ。 ユーノとなのはのお話、そろそろ完結です。 ところで。 この『模擬戦をしよう!』はシリーズものなのです。 第一カードはユーノとなのはの恋愛話がメインなわけですが、ここで第二カードの宣伝いきますよっ。 八神はやてはクロノ・ハラオウンに想いを寄せていた。 きっかけはとても些細なことだった。 それについては恥ずかしいので省略する。 何にせよ、八神はやては恋する乙女だった。 そして、八神はやての守護騎士達は。 娘につく悪い虫を排除しようとするバカ親父状態になっていた。 次々とクロノに襲い掛かるヴォルケンリッター達。 果たして、クロノは理不尽な試練を乗り越えることができるのかっ! はやての想いは! 恋の行方は! 最終兵器:金髪義妹が投入される時……。 訓練室は、時の海へと散ってゆく……。 『模擬戦をしよう! 〜第二カード〜クロノ・ハラオウン地獄のロード編』 あ、うん。何も言わないでっ!? 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