ぼろぼろになったエリオが目を覚ますと空には月が浮かんでいた。冷たい風に当たり続け身体がすっかり凍えてしまっていた。抱きすくめるとぶるり、身を震わせた。
 戦闘中は身を焼くほどに燃え滾っていた体内の熱もすっかり抜けてしまっている。全て終わったと思い、気と息を抜いて地べたに寝転がった。
 埃っぽくて寝心地も何もあったもんじゃなかった。
 仕方なしに身体を起こし土埃を払う。キャロやフェイトから受けたダメージが大きく妙に痛んだ。

「あ、起きた?」

 背後から声を掛けられた。びっくりして振り向くと、そこには両手に缶を持ったスバルがいた。彼女はうち一つをエリオに手渡す。彼女の好意に甘えてエリオは缶の中身を飲み干した。温かいお茶が冷えた身体には心地よかった。
 少々熱くはあったが。

「あはは、災難だったねエリオ」

 スバルもエリオの隣に座りこむとお茶を飲み始めた。飲み口から口を離すと湯気が立ち上った。

「ええ。でも、まあ、これくらいで済んだのは僥倖だったなあって思いますよ」
「ってことは、最初からキャロやフェイトさんが怒るって分かってて言ったんだよね?」

 エリオは押し黙る。無邪気――に見える――スバルの双眸が光ったように思えた。
 ここに、ティアナに撫でられると耳と尻尾を出して喜ぶようなばか犬はいない。

「嘘ついたよね? 本当はフェイトさんのこと女の人として好きなんでしょう?」

 厳しい追及だった。小さく唸るエリオ。フェイトやキャロ、それに聴衆も完全にペテンに掛けたつもりだったが、どうやらこの少女には見破られていたようだ。
 言い訳不可能と判断し、エリオは頷いた。

「でも、フェイトさんをお母さんと見ている気持ちは確かにあるんですよ?」
「あっははは。だったらエリオ、本当にマザコンだね」
「ええ、ですね」

 苦笑か失笑か判断つかない笑い声が零れた。

「けれど、本当の気持ちを隠しちゃってよかったの? エリオはキャロが本当の気持ちを押し殺そうとして泣いちゃいそうだったからあんな風に戦ったんだよね?」
「はい」
「今度はエリオが自分の気持ちを隠してるよね? 自己犠牲なら我慢も納得もできる、なんて言うならおねーさんがトドメ刺しちゃうよ?」

 顔こそにこやかだったが声は笑っていない。ずたぼろのエリオにスバルの一撃が加わればすぐさま天国への片道切符を発行されるだろう。
 恐れ慄きながら首を横に振るエリオ。

「思うに、僕らはまだ幼すぎたんじゃないかって」
「どういうこと?」

 説明を求められ逡巡するエリオ。いくつかの言葉が彼の脳裏に踊り、一番簡素な答えを口にした。

「恋はまだ早かった、ってことです」

 手中に視線を落とし、空になった缶を弄びながら続ける。

「僕もキャロも恋心に振り回されてました。しかも、自分だけじゃなく他の人にまでたくさん迷惑を掛けてしまいました。スバルさんにだって……本当にこの節は申し訳ありませんでした」
「あはは、気にしなくていいよー。恋愛ってそういうものだと思うしさ。一人じゃできないことだから自然とそうなっちゃうって」
「うーん、でも」

 缶を置く。夜空の星を見上げた。

「恐かったんですよ。このままじゃ家族がばらばらになりそうで」

 寒空の星は明るく輝いていた。天然のプラネタリウムの下、エリオは内心を吐露する。

「僕もキャロもいっぱいいっぱいになってて、周りが全然見えてなくて。恋心の果てにどんな結末があるかなんてこれっぽっちも予想できていませんでした。もしもあのまま、仮に僕がフェイトさんと結ばれたとしても……その未来では、僕ら三人が揃って笑うことは無いでしょう。しかも、キャロはそれを割り切ってその未来に進もうとしていました」

 静かな夜に響く声。やけに饒舌になっているのは月光に魅入られたからだろうか。
 月の薄明かりを見ながら、喋る口は止まらない。

「僕、フェイトさんのこと好きですけどキャロのことも好きなんですよ。その好きがどんな好きかって聞かれたら少し困っちゃうんですけど、言葉を捻り出せば兄妹のようなと言いますか、空気のようなと行いますか、ええと、そのどうしましょう?」

 語る言葉は唐突に質問となってスバルに降り注いだ。

「え? え、えー? うーん…………。すごく身近にいて、ずっと身近にいて欲しい、みたいな感じ?」
「はい」
「なら、それは愛してるんじゃないかな?」
「あー」

 得心がいったように手鼓を叩くエリオ。

「はい。フェイトさんのこともキャロのことも愛してまして、だから二人にはちゃんと笑って生きて欲しいなって思うんです」

 スバルは口をあんぐりと開け、塞げなかった。
 妙に生き生きしてるエリオがアホの子に見えた。

「あー、エリオ」
「はい?」
「幼いすぎたって嘘じゃない?」
「なんでですか!?」

 溜め息を零すスバル。そろそろ彼女の缶の中身も無くなった。

「まあ、そういうことならいいかな。ちょっと心配になったからきてみたんだけど大丈夫そうだしね」
「ありがとうございます、スバルさん」
「どういたしまして」

 くすりと笑うとスバルは立ち上がる。そのまま立ち去ろうとして、思い出したように振り返った。

「今日のエリオ、カッコよかったよ。明日からもがんばってね!」
「はいっ!」

 今度こそスバルは去ってしまう。その背中を見送って、エリオはまた夜空を見上げた。

「大変なのはこれからなのかもなあ」

 一言呟く。その呟きはすぐに空に溶けて、消えた。
 立ち上がる。軽く身体を解し、土埃を払って伸びをした。

「さてと。まずはストラーダを探さないと」

 ずたぼろのオフロードになった訓練場を見やる。溜め息一つ零さずにエリオは手近な土塊をどかし始めた。










おまけ

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