その日の夕飯時は模擬戦の話題で持ちきりだった。広い食堂のそこかしこから模擬戦の話題が聞こえた。同じ卓を囲んだキャロ達も当然のように模擬戦の話題に花を咲かせていた。
 話の中心にいるのはキャロとフェイトだ。自棄喰いのように料理をかっ込んで行く彼女達はご立腹だった。
 それはもうティアナが冷や汗を流すほど恐ろしげなオーラが出ていた。

「なんだか悩んだり泣いたりして損した気分です。はあ、まったく、はあ……」
「私も、結局何のためにエリオと戦ったんだろうね? 最初から言ってくれればよかったのに。はあ……」

 溜め息を零しながらも食べるペースは落ちない、というのはもはや神技かもしれない。体重のことをまったく気にした様子の無い二人のハイペースにはなっから追従を諦めたティアナが自分の分を食べ終えると口を開いた。

「でも、訓練場に捨てたままでよかったんですか……?」

 ご立腹の二人によって気絶したエリオの介抱は禁じられた。彼女達が直接口で指示したわけではなかったが、野獣のような目がそう物語っていた。
 今頃は飼い犬、、、に突かれているだろう。

「いいんですよ。エリオ君にはちょっと頭冷やしてもらわないと!」
「うん。まあ、風邪引いてもシャマルがなんとかしてくれるだろうしね」

 エリオの家族は容赦が無かった。

「あ、あはは……」

 苦笑を漏らすティアナ。大皿にあった料理はどんどん無くなっていく。
 もしかしたら自分も自棄喰いしたらこれくらい食べるのか、なんてどうでもいい考えが浮かびながら次の言葉を捜した。

「え、えー…………っと。結局、エリオの言ってた『一緒に幸せになろう』って何だったんでしょうね」

 それは模擬戦中、エリオの演説の中に出てきた一節だ。彼の言葉を信じるなら彼はそのために戦ったと考えられる。だが模擬戦後の告白騒ぎのおかげでそれらは今一流されていた。
 キャロとフェイトは顔を見合わせる。そして小首を傾げた。分からなかったのだろう。
 やや考えてティアナは言う。

「キャロ、ここ最近はずっと浮かない顔してたけど今の気分はどう?」

 キャロは、言葉を失った。この三週間、ずっと胸中を支配していた重苦しいものが抜け落ちていた。エリオへの苛立ちはあったが、それは冗談のような可愛いものだ。
 キャロはフェイトに向き直る。ここ三週間――まともに顔を見られなかった――フェイトを見ても心苦しくもならなければ胸が痛くもならなかった。

「……ずいぶん楽に、なりました」
「きっとエリオはそのために戦ってたんじゃない?」

 キャロは答えられない。数多の策を弄した彼女だったが、結局は策に乗せられて心を救われた。敵わないなぁ、という思いが胸中に訪れた。
 だが、エリオは策士というわけではない。おそらくは天然でやってのけたのだろう。
 即ち―――エリオがマザコンだったからキャロは救われた。

「食べます! 私、食べます! あーっ、もう。料理の追加、じゃんじゃん持ってきてくださいーっ!」
「あれ、なんでそうなるのキャロ!?」
「食べないとやってられませんよ! うわーん!?」

 予想と違う結末に、うっかり変なスイッチを押したなぁと溜め息を零すティアナ。彼女は今度はフェイトに向き直ると―――彼女の沈んだ表情に面倒事の気配を感じた。

「私、ほんとだめだなぁ……。二人のこと全然分かってなくて……」

 見るとその手はなみなみとお酒が注がれたコップがあった。

「呑んでる!?」

 フェイトさんはそっこー酔っ払っているようだった。

「ほ、ほら! で、でも、二人ともフェイトさん大好きですから! むしろ大好きだからこそ話が拗れたとも言いますけど…………あ」

 ティアナさん失言しちゃったのでフェイトさん凹んだ。

「わたしなんかがおかーさんになんてなれなかったんだよー! うわーん!?」
「ああもう、めんどくさい!?」
「エリオのばかー! いくじなしー!!」
「深読みするとえらい大変になりそうなんですけど、その発言!?」

 ティアナさんは恐る恐るキャロさんを見た。

「次、ケーキ下さいケーキ! 全種類三つずつ! 今夜は食堂が締まるまで食べ続けますからねっ!」

 食欲魔人がそこにいた。

「…………はあ」

 どーしてこう、自分は面倒なものにばっかり足を突っ込むのかなーなんて、自分の性格と運の無さに絶望しつつ、肩を落とすティアナ。
 この場にいないスバルを恨めしく思いつつフォローの言葉に頭を悩ませるのだった。

「何が一番悲しいって、ばかでもマザコンでもまだ私はエリオ君のことが―――! ああもう食べます、ほんと食べます、ジャンボチャーハン持ってきてください!」
「じゅっさいもはなれてたらおかーさんだよねうわーん!? わたしだってまだじゅうだいなのにー! はだだってぴちぴちなんだよー!」

 ……でも、しょーじきとっとと部屋に帰って眠りたいティアナだった。





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