鳩尾が鈍い痛みに泣いていた。それがフェイトの気付け薬になった。
 割れるような歓声が耳朶を打つ。エリオと対峙していたはずの自分は、いつの間にか訓練場の端まで吹き飛ばされていた。殴られた拍子に気絶したのだろう、現実感が少し欠けていた。
 ゆっくりと身を起こすと少年の勝利を称える観衆の姿が映った。
 そこでようやく――動いていなかった頭が回りだし――現実を取り戻していった。
 頭がはっきりとして改めて敗北を自覚したフェイトに、まだ小さな手が差し伸べられた。

「お疲れ様でした、フェイトさん」
「……あ、うん。エリオこそお疲れ様」

 その手に手を重ねると意外な力強さに軽々と引っ張り上げられた。もう本当に彼は子供じゃなくなったなぁと思い、知らず頬が緩んだ。
 姿こそぼろぼろになっているエリオだが幼さ抜けつつある、精悍になりつつある顔つきはただただ頼もしい。
 エリオが笑った。それは目も眩むような晴れやかな笑みだった。

「でも、まだ終わりじゃありません。幕引きフィナーレはこれからです」

 その台詞に言葉を挟む前に、彼はフェイトを背に観衆に向き直った。小さな騎士が両手を掲げると歓声は最高潮に達し、しかし少年が手振りをしたことでやや静かになった。
 エリオは手招きをした。観衆の中から一人の少女が出てくる。キャロだ。
 泣き腫らした彼女はティアナに背を押され見送られるとエリオとフェイトの近くまで歩み寄った。
 エリオの手がキャロの頭に乗せられる。それはまるで妹をあやす兄のようだった。

「ねえ、キャロ。たぶん僕達はさ、勘違いしてたんだと思うんだ」

 泣きじゃくるキャロを優しく撫でるエリオ。彼の言葉に彼女は不思議そうに首を傾げた。
 優しく、ことさら優しく、エリオは告げる。

「僕、これからフェイトさんに告白するから。勘違いの正体はきっとそれで分かるから。だから、最後まで聞いてくれないかな?」

 キャロの表情が強張った。怯えた目をして首を横に振ろうとする。だが、約束通りエリオがフェイトに勝ってみせたから、彼女は躊躇いながらも首肯した。
 ありがとう、と言われ困惑するキャロ。
 そして、彼が向き直った瞬間にフェイトもまた反応に窮した。

 ―――告白ってなにかなっ!?

 エリオの台詞はばっちりフェイトの耳に届いていた。ついでに観衆にも届いていたことからまた歓声が上がった。
 彼はこの大人数の前で告白する、と言う。
 顔から火が出るほど恥ずかしいイベントのはずなのにエリオに動じた様子は無い。それところから微笑みすら浮かべてリラックスしていた。
 フェイトにしたらそれどころじゃあない。布地面積の少ないソニックフォームを纏っているにも関わらず身体が、頬が妙に熱い。何かを言おうとするのだがそれは言葉にならず口を開閉させるに留まる。
 エリオが一歩、フェイトに近づいた。

「フェイトさん」
「は、はひぃっ!?」

 フェイトさんはもうダメだった。元々恋愛に不慣れであったし、十近い年齢差を差っ引いても今日のエリオは格好良かった。
 緊張が彼女の胸を高鳴らせていた。

「二週間前、貴女に男として見られていないと知って僕はすごく悔しく思いました」
「そ、その節は本当に申し訳ありませんでしたと言うか、言うか、え、エリオぉ、ごめんね……!?」

 フェイトさんは本当にもうダメだ。

「どうして悔しく思ったのかは自分でもちょっと不思議で、その理由を考えたんです。二週間悩んで、いちおう、その答えは見つけました」

 いよいよ訪れる愛の告白に気配。観衆はなりゆきを固唾を飲んで見守っていた。全ての注視がエリオとフェイトに集められ、中心にいる二人は―――微笑ましかった。
 エリオが、少し、大きく息を吸った。緊張感が高まる。フェイトの顔はリンゴのように真っ赤になっていた。

「好きです。好きです、フェイトさん」

 誰もがなりゆきを見守ったからこそ訪れた静寂に告白だけが響き渡った。
 高鳴り続け張り裂けそうな胸に押されフェイトは返事を―――、

「いいや!」

 ―――返事は、できなかった。

「大好きです、お母さん、、、、―――!」

 一陣の冷たい風が吹き込んだ。
 緊張感を失った沈黙が場を支配した。

「僕はただお母さんに認めて欲しかったんです! エリオ・モンディアルという僕を大好きなお母さんに、しっかりと、認めて欲しかったんです! ―――そう、つまりこれは遅れてやってきた反抗期と言えなくもなくつまるところ僕はフェイトさん大好きというわけでしてこれからもよろしくお願いしますお母さ―――、」

 エリオのあまり聞きたくないタイプの熱弁は突如打ち切られた。キャロさんがぶん殴ったから。なのはさん仕込みの鍛えられた拳を全力で打ち込まれたから。
 ぶっ飛ばされごろごろ地面を転がり、のた打ち回るエリオ。だが彼は立ち上がるとすぐさま熱弁を再開、

「うわぁぁああああんっ! エリオ君のばかぁっ! ばかぁっ! なんで私……ばかばかばかばかばかばかばかばかばかっこのマザコン……ッ!」

 できなかった。フルボッコにされた。お怒りになった一部の観衆に空き缶やらペットボトルやらも投げつけられた。
 超痛かった。

「み、みんなやめてよ……!? キャロもほら、エリオの首の角度が大変なことになってるからやめてあげ――ああ、今グキッって鳴ったよね!? グキッって鳴ったよね!? み、みんな、やめてあげようよう……!」

 フェイトの制止を受けぴたりと止まるキャロ。観衆の投げ込み行為も一時止まる。
 ほっと胸を撫で下ろすフェイトだが、彼女に向き直ったキャロが言う。

「でも、フェイトさん。―――殴りたいと思いませんか?」

 そんなこと無いと言おうとして、躊躇った。今日の凛々しかったエリオ、格好良かったエリオ、優しかったエリオ、頼もしかったエリオ。色々なエリオが脳裏を過ぎり、最後は告白しようとしたエリオが頭に浮かんだ。
 胸の高鳴りが蘇ってくるが―――、
 現実のぼこぼこになったエリオを見た。
 悲しい気持ちでいっぱいになった。

「えっと……じゃあ、一発だけ……」

 そう言って控えめに、ただしバルディッシュ片手に、、、、、、、、、、言うフェイト。
 なんとかザンバー、とかいうやたら気合の入った掛け声が訓練場に木霊して―――なんか、やたらでっかい爆発音が機動六課を震わせた。





 ―――夜中、自力で覚醒するまで彼は訓練場に放置されたらしい。





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