これは、1つの可能性。

 誰かのために泣いてあげられる、どこまでの芯の強い彼女と。
 誰かのために笑ってあげられる、とっても優しい彼の。

 多くの悲しみを乗り越えてきた彼らの。

 数多の悲劇を救ってきた彼女達の。

 無数に枝分かれした未来の中にある1つ。


「色々あったけど……今日は良い日だったね、なのは」
「うん! こんな日がずっと続けばいいのにね〜」


 穏やかな時間と、暖かい風に包まれた日。


「来るさ、きっと。そんな日々が」
「そうかな……?」


 幸せの中で笑った日。


「うん。だって……」




魔法少女リリカルなのは短編〜海鳴町で過ごした休日〜





 その日は、半年振りに訪れたユーノの休日だった。
 とは言え、休みなのはユーノだけで他のメンバーは絶賛仕事中である。
 クロノは士官学校へ特別講師として出向しており、エイミィは執務官補佐としてその付き添い。
 ヴォルケンリッターたちとアルフはレティ提督に頼まれてとある任務についている。
 なのはたちは学校で学年末テストだ。
 一年の締めのテストに気合が入っているのか、アリサたちと勉強会をしているいう話をよく耳にしていた。
 今日はそのテストの最終日だから、きっと放課後は皆で遊びに出かけるのだろう。
 何にせよユーノは暇で、一緒に暇を潰す相手がいなかった。

「どうしようかなぁ……」

 別に、時空管理局の、ユーノが勤める本局に娯楽施設がないわけではない。
 大型量販店があれば、映画館やゲームセンターもある。
 特に今年は話題の映画が多く、映画館は人が連日押し寄せているほどだ。

「だから嫌なんだけどね」

 ただ、少々引っ込み思案というか人に気を使う少年は人込みが苦手だった。
 休み時間などは部屋に篭って本を読んでいることの方が多いタイプの人間である。
 本当は今日の休みもそうしようと思っていたのだが、

「なのはに不健康だって言われたしなぁ……」

 この前、彼女と休日の過ごし方について話した時にそう言われたのである。
 よくよく思い返してみれば仕事に追われてほとんど運動をしていない身。
 それでも太りはしないものの……筋肉が痩せ細っていっている気がしなくもない。

「遺跡の発掘をしてた頃はもうちょっと筋力あったよなぁ……ボク」

 試しに力を入れて拳を握ってみるが、どうにも弱々しい感触しか返ってこない。
 無限書庫の司書として仕事を始めてから三年。
 ユーノ・スクライアは、もやし化が進んでいた。

「……まずい、よなぁ」

 ユーノ・スクライアが想いを寄せる少女、高町なのはは武装局員だ。
 荒事が多い時空管理局の中で荒事専門の部署が武装局であり、その中でのトップエリート戦技教導官を目指しているのが高町なのはという少女だ。
 ここ三年間で魔法の腕前をメキメキと上達させている彼女は体力的にも精神的にも非常にタフになっていた。
 年頃の乙女にこういう言葉を使うのは語弊がある気がしないでもないが……事実、ヴァイタリティ溢れる少女である。
 片やユーノは、検索魔法などの図書処理に必要な魔法は上達したものの、その他はそれほど……。
 特に体力面に関しては昔よりも落ちているかもしれない。
 この状態で彼女と釣りあうかと聞かれれば……。

「NO、だよなぁ」

 自分で言って、そして凹む。
 部屋の中でしばし頭を抱え―――彼は、決意した。

「よし、鍛えよう……ッ!」

 そう言って、取るものも取らずに駆け足でトレーニングルームへと向かう。不運にも彼に引っつかまれなかった携帯電話が、彼が部屋の扉を締めた直後に鳴り出したのは……まぁ、ある意味不可抗力だろう。
 ユーノ・スクライア。彼はどーにも運勢というものが足りない。









 この状況は奇跡足りえるかもしれない。
 アリサとすずかは明日に迫ったヴァイオリン発表会のリハーサルへ。
 フェイトとはやてはテスト終了と同時に物凄い剣幕で走り去ってしまった。
 その他、仲の良い友人達もみんな用事があるようで……。

「はにゃぁ……」

 高町なのはは、1人教室に取り残されていた。
 そう言えば今回のテスト期間中は最終日に遊ぼうという話題が上がらなかったような気がする。
 誰も彼もが最初から予定を入れていたのだろう。
 けれどこの状態はあんまりにあんまりなんじゃない?
 ぽつんと1人残された教室の中、なんとはなしに空を見上げてみた。
 2月始めの空は、雲ひとつない快晴だった。
 気持ち良いくらいの天気なはずなのに、何故だか切なさが増したような気がした。

「どうしようか……レイジングハート?」

 ポケットから一個の宝玉を取り出して話しかける。
 紅い色をしたそれは、明滅をしながら彼女の問いに答える。

《確か今日はユーノが休日のはずです。連絡してみては?》

 西日本主要駅を通過する新幹線の英語アナウンスを彷彿とさせる宝石は、流暢な日本語を喋った。もしも何も知らない第三者がいれば高町なのはの腹話術とでも思うかもしれない。しかし現実は無機物であるはずの彼女―――レイジングハート―――が喋っているのである。
 なお、レイジングハートは元々ミッドチルダ言語(英語に似ている)を喋っていたのだが、マスター高町なのはとより深いコミュニケーションを取るために、雑談時のみ設定言語を日本語に変えていた。
 戦闘時は英語だ。その方が何かと都合が言い。
 それはともかく。
 最近、なのはとレイジングハートの仲はぐっと近くなっていた。レイジングハートの恋愛相談をなのはが受けるまでになっている。
 もっとも、どう贔屓目に見ても朴念仁であるなのはにアドヴァイスなどできないのだが。

「あ、そうだっけ? でもユーノ君、また本を読んでいるんじゃないかなぁ……?」

 ふと、なのはの脳裏に半年前の光景が浮かび上がる。ドア越しのノックに反応はなく、突入するとユーノは一心不乱に本を読んでいた。
 声を掛けるまで自分の訪問に気づいてもくれなかった。
 全然まったく、粉微塵も気づいてはくれなかった。

 気 づ い て く れ な か っ た !

 当時は、“ユーノ君って本当に本が好きなんだなぁ”と自身を納得させつつ、なんとなくムッとしたことを覚えている。

《それは無いでしょう》
「へ……?」

 思考中を突かれ、間の抜けた声を出すなのは。
 三年以上を供にしたこの相棒はどうして断定できるのかと首を傾げてしまう。

「なんで?」

 呆れた声で断言した相棒のセリフが気になって仕方がなかった。
 そういえば、彼の行動をレイジングハートは度々言い当てている気がする。
 首を捻って理由を考えるなのはに、レイジングハートはただ短くこう告げた。

《同類だから、です》

 心なしか疲れたような声、で。
 ますます首を傾げるなのはだけれども、レイジングハートは口を噤んでしまった。
 仕方ない。

「むぅ……。いいもん。それなら、ユーノ君に電話してみるもん」

 ポケットから携帯電話を取り出して、開く。
 いざ電話を掛けると思うと―――ちょっと、うきうきし始めた。

「えーっと、ユーノ君の番号は……っと」

 もうそらで覚えてしまった番号を入力し、コールボタンを押す。
 なのはが携帯に耳をつけると独特の呼び出し音が聞こえた。

「あれ……出ないよ?」

 普段なら1秒となのはを待たせないユーノなのだが、今日に限っては10コールを過ぎても電話に出る気配がない。
 改めて掛けなおすが、やはり出ない。

「コール音はしてるから……携帯、忘れていっちゃったのかな?」

 なのはやユーノの携帯電話は管理局の手が加えられた特別性で、電波ではなく魔力素を利用して通話を行う。この技術により、さほど遠くない次元なら別世界でも電話が通じるのだ。
 夜中にこっそりと、布団を被って隠れながら電話で話すこともたまにある。
 っと、そんな地球の科学者が見れば涎をたらすような技術で作られた電話でも、相手が出なければただのジャンク。結局、3度掛けなおしても電話が繋がることはなかった。

「はぁ……どうしようかなぁ」

 時は2月7日の午前11時半過ぎ。
 そろそろお腹が鳴りそうだった。

「とりあえず、ご飯食べに行こうかな」
《そうしましょう》

 ユーノのことでどっと疲れたのもあるし、テストのこともある。
 頭も身体も栄養を欲していた。

「どこで食べようか?」
《……管理局の食堂はどうでしょう? 無料の食券が余っていたはずです》

 武装隊内で行われた大会の商品だった。

「そうだね、そうしようか」

 確か、残り2回分残っていたはず。券はサイフの中に入れているし、制服は管理局のロッカーの中だ。このまま本局に行ってもいいだろう。

《……確かバルディッシュは整備で本局にいるはずですしね》
「何か言った、レイジングハート?」
《な……何も言ってませんっ! マスターの空耳です……ッ!》

 急に慌てふためくレイジングハート。彼女の様子は少し気になったけれども、最近レイジングハートはこういうことが多いので、特に気にしないことにした。

「うん……? そっか。よ〜し、食堂へゴーッ!」

 何より、そろそろ空腹と1人教室に残る切なさに耐え切れなくなっていた。
 周りに誰もいないことを確認してから、なのはは転移魔法を発動させた。










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