――――暗い森の中にあって、そこは陽光を受ける不思議な場所だった。

「ここが私の秘密の場所だよ、ユーノ君」

 まだ気候的には冬であるにも関わらず地面には青々と若草が茂り、鮮やかな色の花々が咲き乱れ、真ん中に立つ大木は強い生命力を誇るかのように力強い。
 伸びた枝の先には見事な葉をついていた。

「ここ……は……?」

 決して広くはないその場所を前にして感嘆半分、驚愕半分のユーノ。
 何故ならその光景はありえなく、そしてだからこそ美しかった。なのはに促されて一歩を踏み込んでみると、爽やかで気持ちのいい風が頬を撫でる。
 振り返れば闇を覗かせる森の姿が嘘に思えるほど中は暖かく、首に巻いていたマフラーを外して片手に持った。

「ロストロギアじゃない……よね……」

 ユーノの言葉になのはが頷く。けれど、ならどうしてこんな光景が存在できるのだろうか。
 疑問の答えを探っていると、なのはが中心に聳え立つ大樹の幹に歩み寄って行った。

「誰かがね、魔法を使ったみたいなの」

 なのはが、掌で幹を撫でる。
 ごつごつとした感触には樹が過ごした長きに渡る年月を実感させられる。

「魔法……?」

 一体何の魔法だろうか? それに、もしそうならなのはの世界にも魔法使いがいることになる。
 知り合い連中でこんな魔法を行使できる魔導師はいないので、まったく顔も知らない魔導師がいるということになるのだが、時空管理局の管理外世界でぽんぽんと魔導師が生まれているという想像は外れて欲しかった。

「うん。ほら、あれ」

 なのはが高くを指差した。
 ユーノは促されるままに視線を巡らすと、言葉を失った。

「……人工の、太陽?」

 そう、それは確かに太陽だった。もっとも、直視しても目が潰れるわけではないし有害な赤外線や紫外線もおそらくは出ていない。
 ただただ生物に暖かく照らし安らぎを与えるための太陽がそこにはあった。

「誰が作ったかは分からないんだけどね。ここが私の秘密の場所、だよ」

 両手を広げてぐるりと回る。なのはの動きにサイドポニーが揺れる。
 ちらりと見えた彼女のほっそりとしたうなじに、どきりとする。

「管理局に報告はしなくていいの……?」

 まだ魔法が認知されていない世界で見つかった魔法。本来ならば何かあった時のためにも管理局に報告するのが賢い対応だと思われるわけだが。
 ユーノの質問に、困った時とも苦笑いとも違うにゃははで笑って答えるなのは。

「この場所があるってことだけはね、ユーノ君以外にも教えた人がいるんだ」
「え?」

 なのはは言葉を続ける。

「リンディさんに相談したの。そしたら……ほうっておいても大丈夫でしょう、って」

 現在は艦船アースラを降りて本局勤務となっているリンディ提督。彼女はほぼ現役を退いてはいるが局内での発言力はまだまだ健在だし、見識も豊かで間違った判断を下すこともない。
 現在の情報隊は彼女との結びつきが強く、判断に必要な情報のほとんどが手中にあると言っても過言ではない。その彼女がそう言うなら大丈夫なのだろうけど……どうも腑に落ちない。

「あれね、だんだん小さくなっていってるの。リンディさんが言うにはもうあと一週間くらいで消えちゃうんだって」
「へ?」

 ふと嫌な想像をしてしまうユーノ。小さくなってる? 太陽? 消える? それって……爆発とかブラックホール化とかしないか……? 思わず表情が歪む。
 そんな彼の顔から考えていることを読み取ったように、なのは言う。

「大丈夫だよ。ただ単に構成魔力が無くなっていってるだけみたいだから。本当に、消えちゃうだけ」

 あぁ、なら大丈夫かなぁ。っと、ようやく納得したユーノに話題を変えるよう、なのはが言葉を投げかける。

「だからね。ここが秘密の場所でいられるのもあと一週間くらいなんだ」

 そう言うと大樹を見上げる。元々は光がさほど差し込まない森だ。あの太陽が消えてしまえばこの樹や草、花達は弱ってしまう。
 ここは暗闇に閉ざされて、周囲に溶け込んでしまうだろう。見つけるのすら困難になるかもしれない。
 そんな、ひと時だけの秘密のスポット。

「ここがここじゃなくなっちゃう前に誰かに見てもらいたかったんだ」

 大きな樹に身体を預けて太陽を見上げるなのは。生命の力強さを感じさせる木の葉たちも残り七日と少しの命なのか。
 ユーノはそんなことを思い……ふと、別の考えに頭を悩ませた。

 誰かってことは……誰でもよかったのかな?

 “秘密の場所”を教えてもらって嬉しい反面、そんな想像をしてしまって少し凹む。
 まぁ、そもそも恋人でもなければ旦那でもなく、彼女の想い人でもない自分。
 その他の誰かと画一なのはしょうがない、か。

「その誰かがユーノ君で嬉しいよ、私」

 はにかむように頬を染めて微笑む彼女の言葉で、考えていたことは全て吹き飛んだ。
 心臓がすごい勢いで血液を送り出して、腕は意味なくばたばたして、口は金魚みたいにパクパクして―――顔が、すごく熱い。

「な、なのは! えっと……ぼ、ボクも嬉しいよ!」

 慌てふためきながら言った言葉に、なのはは微笑みを返す。
 そんな彼女に向けて一歩近づこうとして、

「……へ?」

 膝が、崩れ落ちた。ぐらりと世界が傾いで地面が急に近づいてきて……ユーノの意識はそこで途切れた。









 夢を見た。
 それは、もしもという可能性の中に生きる夢。

 もしも“高町なのはに出会えなかったら?”

 きっとジュエルシードは集められず、プレシア・テスタロッサが大規模な時空震を引き起こし、世界は大変なことになっていただろう。
 災害と混乱の中で、もしもの中で出会うことの無かった少女も命を落としてしまうかもしれない。
 可能性の中ではフェイトが救われることも無、闇の書事件が今のような解決の形を迎えることもなかっただろう。
 多くの悲劇と数多の悲しみを生み出し、また主を処理して先延ばしだけが行われることになっていただろう。
 けれど現実はそうならなかった。

 高町なのはだ。

 高町なのはという1人の少女が、暗い未来を明るい今に変えてしまった。
 彼女のお陰でフェイト・ハラオウンは笑っていられる。彼女たちががんばったから、闇の書事件は終焉を迎えた。
 彼女に救われた多くの人々がいる。
 もちろんそれは自分、ユーノ・スクライアだってそうだ。

 だから彼女は恩人で。
 
 いくら感謝をしてもし足りない人で。
 そして……それ以上に“好き”という気持ちが溢れる想い人だった。


 夢を見た。
 今よりも成長した彼女が人々を救う夢。
 どんな暗闇の中でだって、希望を忘れない彼女。
 どんな深い闇だって、想いを貫き消し散らす彼女。
 辛い事件があった。
 悲しい出来事があった。
 けれど彼女は折れず。
 だから彼女は砕けず。
 ゆえに彼女は己の信念の元、戦い続ける。
 誰に強制されたわけじゃない。
 誰に頼まれたわけでもない。
 ただ彼女がそういう生き方を選んだから。
 夢の中の彼女は、苦しいことをたくさん背負ってきていたけれど。
 けれども、その表情は活き活きとしていた。
 夢の中で願った。
 どうか、いつまでもその背を傍らで支えていられますように、と。









 目が覚めて最初に見た物は、陽光を受けて青々と生命の息吹を輝かせている木の葉だった。
 目が覚めて最初に見た者は、心配顔の高町なのはだった。

「……えーっと」

 ぼんやりとしている頭を動かして状況把握に努める。
 なのはに歩み寄ろうとして……そうだ、膝から崩れたんだ。
 参った。
 運動不足なのに急に走ったせいだろうか?
 地面に頭を打ち付けた硬い感触がまだ残っている。今自分の後頭部に感じる柔らかさとは比べ物にならないほど硬かった。
 土の地面ってもう少し柔らかかった気がするのだが……これはしょうがないのだろうか?

「大丈夫、ユーノ君?」

 とりあえず、彼女を安心させるために笑いかけた。実際、痛い所はもうほとんど無い。もしかしたら治癒魔法でもかけてもらったのかもしれない。
 枕から伝わる暖かくも柔らかい感触に再び眠りに落ちてしまいそうなくらいである。

「もう少し……寝てていいかな……?」

 そういえば、休みの前日までほとんど睡眠時間を取れなかった。
 身体も動かして、ここいらがそろそろ活動限界だろう。

「いいよ。おやすみ、ユーノ君」

 彼女の微笑みと声に安心して気が抜けたのか、眠気は思っていた以上に早くユーノの意識を穏やかな眠りの世界に案内した。









 自分の膝を枕にして眠ってしまった彼の頭を優しく撫でるなのは。
 彼は、無限書庫司書のハードワークで疲れという病に侵され疲労が蓄積していたのだろう。それなのに自分に付き合ってくれるなんて……やっぱり彼はお人好しだ。
 そんな思いを抱きながら、空いている手で彼の髪の毛先をくるくると弄び始める。

「今日は付き合ってくれてありがとう、ユーノ君」

 夢の世界の旅行者に聞こえるわけはなく、言った当人もそれは承知済み。それでも、穏やかで安らかな彼の寝顔を見ているとそんな言葉を掛けずにはいられなかった。

「ユーノ君はどんな夢を見ているのかな?」

 彼の夢の中に自分が出てきたら嬉しいな。そんな言葉が頭を過ぎる。
 ただそれも一瞬だけで、次の瞬間には別の言葉が浮かんでくる。今度の休日はどうしよう、だとか。やっぱり体力が不足がちになっているユーノのために簡単なトレーニングメニューでも組んでみようか、だとか。

「遺跡の発掘するなら、やっぱり体力は必要だよね」

 遺跡関係の本にはついつい没頭してしまうユーノは、なのはが話しかけても反応をしないことが多々あった。その度に不機嫌になるなのはなのだが、遺跡のことが好きな彼は、なのはも好きだった。遺跡の話をする時の彼は何だかキラキラとしていて、楽しそうで、いつのまにかこちらも楽しくなってしまう。
 彼の口から語られる遺跡の話には広大な浪漫が広がっていた。言葉に、瞳に、熱があるのだ。夢があるのだ。

「お仕事は忙しいけど……夢を忘れないでね、ユーノ君」

 夢を見れる彼が、夢を見ている時の彼のことが、なのはは一番好きだった。

「がんばって、ユーノ君」

 彼女が送る彼へのメッセージは、彼が起きるまでずっと続いた。









 目が覚めると、茜色の光が僅かに周りの木々に差し込んでいて、今が夕方だということを教えてくれた。

「んあれ……?」

 上手く回らない頭で状況を探る。目線の先には、何かをもごもご言いながら恥ずかしそうに顔を逸らしているなのはの顔がある。
 何故だろう? ボクの身体は横になっているのに。そういえば頭は柔らかい枕の上に乗っているし……。

「……柔らかい、枕?」

 この状況と単語から1つの状況が推測される。いやでも、そんなまさか。

「私の膝、どうだった……?」

 頬を真っ赤に染めて紡がれた言葉が推測を確信に変える決定打となった。

「うぇっ!? え……へっ!? え……」

 また暴れそうになるが、ここは彼女の膝の上。暴れてしまえば彼女に負担をかけてしまう。そう思ってどうにか自制をして……彼女の問いに答える。
 どうだったなんて言われればそりゃ、

「さ……最高です」

 なのはの顔が赤さを増した。この態勢でそれはマズイですなのはさん。ボク、理性をキープできる自信がないです。

「えっと……お、起きるね」
「う、うん」

 お互いぎこちなく笑いあい、ユーノは身体を起こしなのはは足を伸ばす。

「はぅう」
「な、なのは大丈夫?」

 なんとも言えない表情をしてなのはは答える。

「足……痺れちゃった」

 好奇心にかられてなのはの足を突っついた。

「にゃぅうううっ!? ひ、ひどいよユーノ君〜……」

 なみだ目になって抗議するなのは。ユーノは苦笑いをしながらごめんと謝る。それでもなのはは許してくれず、彼女の足の痺れが取れるまで、ユーノの平謝りは続いた。









 夕焼けから夜闇に変わる少し前の時刻。なのはとユーノは秘密の場所に別れを告げ、森の中を歩いていた。

「今日はありがとね、なのは。いい息抜きになったよ」

 そんな彼の言葉に、きょとんとした表情になるなのは。

「やっぱり書庫の中に引きこもってばっかりじゃダメだね。外に出てみないとなぁ」

 ぐっ、と伸びをするユーノ。やはり、一度倒れたのは精神的ダメージだったらしい。そんな彼になのはは言葉を告げる。

「そだね、たまには動こうね。でもさ、お礼を言いたいのは私の方だよ」

 歩みを止めて、なのはは言葉を続ける。

「ユーノ君がいなかったら、一人寂しく過ごすことになってたから。ユーノ君、ありがとう」

 心からの笑顔をユーノへと向けるなのは。そんな彼女にユーノも笑顔を向ける。

「あはは、どういたしまして」

 そして2人で笑い出してしまう。なのははクスクスと、ユーノは身を折って。しばらくの間笑いあった後に、ユーノが口を開く。

「色々あったけど……今日は良い日だったね、なのは」

 彼のその言葉に、微笑みを浮かべて答えるなのは

「うん! こんな日がずっと続けばいいのにね〜」

 サイドポニーが風に揺れる。

「来るさ、きっと。……そんな日々がさ」

 ユーノが思い出すのは夢の中で見た未来の彼女。なのはは頑張っていた、ずっとずっと頑張っていた。そんな日々が来るように頑張っていた。だからきっと

「そうかな……?」

 彼女の問いに、今日一番の笑顔を見せて答えるユーノ。

「うん。だって……」

 夢で見た絶望の未来はやってこない。高町なのはがいるから。彼女はきっと、未来を明るい希望で照らしてくれる。

「それがなのはの持ってる魔法の力だから」

 ただ1つ。
 願わくば、彼女を支える力になりたい。
 そう思うユーノに、

「そっか……。うん、そうだ、そうだよね!」

 元気いっぱいの笑顔を見せたなのはは、

「よーし! 明日もお仕事、頑張るよー!」

 今日一番の笑顔を咲かせた。









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