夜天の王に仕える雲の騎士、ヴォルケンリッター。彼女たちはそれぞれが“騎士”と称される優れた魔導師である。 騎士は、彼女たちが使用するベルカ式魔法の特性もあって、近距離から中距離での一騎打ちを得意としている。古来“騎士の間合い”と呼ばれたこの距離で高位の騎士と渡り合えたミッドチルダ式魔導師は、それこそ五指で足りてしまう数しか存在しなかった。 現在で言うミッドチルダ式空戦魔導師Sランク程度の実力は必須だったらしい。 もっとも、現在ではデバイス技術の進化やミッドチルダ式魔法運用理論の最適化が進んでいる。昔よりも恒常した技術によって地力が上がったミッドチルダ式魔導師は、古来よりかは騎士相手に苦戦することはなくなった。 それでも、騎士が強力な魔導師であることに変わりは無い。 事実。闇の書事件の折には、ミッドチルダ式空戦AAAランク相当の砲撃魔導師だった高町なのはや、同ランクを正式に受けていた時空管理局嘱託魔導師フェイト・テスタロッサは、ヴォルケンリッターとの初戦闘で大敗を喫した。最終的に彼女たちはヴォルケンリッターへ雪辱を遂げたが、それは当時安全性の保証がされていなかったカートリッジシステムをデバイスに搭載するという賭けを行い、運良く賭けに勝ったからだ。 何かが少し違えば、高町なのはたちはヴォルケンリッターとの戦闘で自爆していたかもしれない。 閑話休題。 強力無比を誇る戦闘魔導師集団ヴォルケンリッター。3人の騎士と守護獣で構成された彼女たちという集団は、4人で小さな軍隊となっていた。 将として取りまとめを行い、主力として戦う剣の騎士。シグナム。 戦況を分析して策を打ち、主と仲間を守る頭脳。また、衛生兵も担当する湖の騎士。シャマル。 逞しい四肢で戦場を駆け巡り、主と仲間を守る防壁となる盾の守護獣。ザフィーラ。 そして、重装甲と突破力を併せ持ち、常に先鋒となる切り込み隊長。鉄槌の騎士ヴィータ。 幾多の時代に幾度と無く現れ、夜天の書の主の願いを叶えるべく奔走してきたヴォルケンリッター。 ことごとくが成人の姿を持った彼女たちにおいて、鉄槌の騎士ヴィータのみが少女の姿をしていた。その理由は不明である。 しかし、姿が少女だということは、ヴィータを軽んじる理由にはならない。 切り込み役を負うヴィータは、ヴォルケンリッター中で最も直感に秀でていた。過度の集中状態を長時間要求される先鋒でもあるため、継戦能力も高い。 生来の一途さが少々仇になることもあるが、一本気が困難を打破する切っ掛けになることも少なくない。 ヴォルケンリッター鉄槌の騎士ヴィータ。幼い少女の姿をしていようと、彼女も立派な戦闘魔導師なのである。 幼くは、ない。 「うわぁああああんっ! お前なんて嫌いだクロノ―――………ッ!」 嘘でした。おこちゃまでした。 前言は撤回させていただきます。 「ちょっと待てっ!? 一体何なんだこの展開は……ッ!?」 爆炎を吹き上げるハンマーヘッドが生み出す絶大な加速力を行使してクロノに突っ込むヴィータ。 クロノは、急襲してきた鉄槌の奥にかすんで見えた世の中という不条理の塊から逃げ出すように、全力で逃げの姿勢に入った。 「うるせぇえええええええっ! お前が……お前が全部悪いんだぁあああああっ!」 グラーフアイゼンがカートリッジをロードする。真っ白な蒸気と共に空薬莢が吹き飛ばされ、アイゼン後部に取り付けられたノズルから噴き出す炎が勢いを激しくした。 ところで、ヴィータはグラーフアイゼンの推進機構によってクロノへ飛翔突撃を行っていた。 そして、アイゼンはカートリッジを消費してより力強く爆進している。 「だから理由の説明を要求する!」 それにより、つまる所。加速―――ッ! 「問答無用っ! グラーフアイゼンの頑固な汚れになりやがれぇええええええっ!」 必死に逃げる少年と、憤怒の表情で追いかける少女。 ヴィータは、彼女たちの将のお株を奪うかのように、烈火のごとく憤慨していた。 クロノは、恥も外聞も気にせず、涙目になりながら逃走していた。 誰かに説明を要求されてもとても困難な状況だった。理解不能。 「悪いが御免だっ! 僕にはまだやらなければならないことがたくさんあるんだ……!」 ヴィータに背を向けて走っていたクロノが、意を決して反転する。獰猛な獣の瞳をぎらつかせたヴィータに向けてS2Uを構え、迎撃態勢を取った。 クロノの言葉と行動は、ヴィータの火に油を注いだ。 「煩せぇっ! それも今日で終わりだぁ―――………ッ!」 耳障りな金属音をがなり立てた 直撃すれば鋼鉄を粉々に砕いてしまう強力な一撃だ。 「だから御免だと―――言っているだろう?」 グラーフアイゼンのヘッドがクロノに迫る中、彼は円盤状の魔力盾を傾けて展開する。 硬く平たいこの盾でヴィータが放った一撃の力点をずらし、いなすことを目論んだのだが……。 少々取り乱しているとはいえ、相手は近接戦闘で無双を誇る騎士だった。 「お前が―――」 ハンマーヘッドを傾いた盾に対して絶妙の角度で調整し、アイゼンを垂直にシールドへ叩き込んできた。 眩しい火花が飛び散る。 「―――いるから!」 ……ミシリ。 グラーフアイゼンの破滅的な突進力に、クロノの魔力盾は呆気なく悲鳴を上げた。魔力盾は5秒もすれば粉々に砕け散ってしまうだろう。 魔力盾が消えれば―――多少の威力減退があるとはいえ―――クロノはグラーフアイゼンの破壊力を受けることになる。 しかし、怒りに我を忘れたヴィータにとって5秒足らずの時間ですらもどかしかった。 「グラーフアイゼン!」 《ja》 カートリッジに内臓された魔力が弾け、グレーフアイゼンに更なる強化が訪れる。既に激しく吹き上がっていた炎が勢いを増し、色を紅蓮から蒼に変えた。 上昇した突破力に圧され、クロノの魔力盾が絶叫を上げる。盾を支える腕には鋭い痛みが走り、吹き飛ばされないように踏ん張る足は無理な酷使に鈍い痛みを訴えていた。 これは、拙い。 「―――おっしゃ、突破ぁっ!」 結局、3秒も経たずにクロノの魔力盾は崩壊した。クロノは、勢いのままに振るわれたグラーフアイゼンに―――咄嗟にS2Uを盾にはしたが―――思いっきり殴り飛ばされてしまう。 肉には痛みが走り、骨は衝撃に軋みを上げた。 「まだだ……こんなもんじゃねぇ……ッ!」 殴り飛ばされた勢いで地面と平行に滑空するクロノを更に追い詰めるため、ヴィータは空を翔け出した。 「……一途さはアレの長所だとは思っていたが、まさかここまでとはな」 すっかり蚊帳の外に追いやられてしまった元当事者、シグナム。縛られたままの彼女は思ったことをぼそりと口に出していた。 クロノが雰囲気に呑まれてしまったせいか、ヴィータが一方的に攻め続けている。 訓練室の隅で正座をしているシャマルが、ヴィータにクロノが殴り飛ばされる度に歓声を上げていた。 「ところで誰か、この拘束を解いてはくれないか……」 色々な所に鎖が食い込んで痛かった。 流石に跡がつくことは無いと思うが、鎖で縛られた場所は所々があまり口に出したくない感じに歪んでいる。 そういう趣味が無い分、余計に困惑させられた。 「羞恥の感情を知る日が来るなんて思わなかった……」 八神はやてを主と仰いでから、ヴォルケンリッターたちには人間らしい感情がいくつも芽生えるようになった。 八神シグナム19歳(設定年齢) 今日は縛りプレイの羞恥心を覚えた。 顔はいつまでも真っ赤だったらしい。 助けろよ、シャマル。 羞恥心に目覚めた烈火の将は放置として。 激情に身を任せる暴走特急少女と理不尽に流される笹船少年の対決は、相変わらず一方的だった。 っと言うよりも、勝負にすらなっていなかった。 「理由を説明してくれ! こちらの非は改善する……ッ!」 鉄槌に思いっきり殴られた腹部を抑えて逃げ回るクロノ。 心なしか丸まった背には、不条理に祟られた者たち特有の哀愁が漂っていた。 「お前が死ななきゃ治らねぇんだよぉっ!」 完全に修羅と成り果てた形相を浮かべてクロノを追い叩くヴィータ。 少年は、頭を粉砕せんばかりに凪がれた殺人ハンマーを転がるように屈んで避ける。 少女は、空振った勢いをその場で一回転することにより加速用のエネルギーに変換。 更に数度回転して、起き上がって逃走を開始しようとしていたクロノへ向けて、ハンマーを振り下ろした。 クロノは、大気をぶち破る音を聞いたような気がしなくもなかった。 「それは不条理だ! 理不尽だ! ええいっ、僕は裁判を受ける権利を要求するっ!」 切羽詰っている癖にどこか余裕あり気なセリフを吐きながら、クロノの思考は冷静に状況判断を行っていた。 これから放たれるヴィータの一撃。勢いを考えれば、魔力盾での防御は不可能だろう。 かと言って、回避は賢い手段と言えない。第一、何度か殴られた痛みに身体が軋んでいて、そろそろ激しいアクションを行えなくなってきている。 逡巡は半瞬以下で終わらせた。 クロノが、グラーフアイゼンの軌道上に右手をかざした。 「トチ狂ったのか? その細っちぃ腕、へし折ってやるっ!」 ヴィータは、クロノがどんな防御魔法を使おうとも彼女と彼女の相棒の力で打ち砕く自身があった。突破こそが鉄槌の騎士の本領だからだ。 故にして。鉄槌は、紅の鉄騎の渾身の力を込めて振るわれた。 冗談みたいな推進力がヴィータに手を貸し、視認できないほどの速度でグラーフアイゼンのヘッドがクロノを狙った。 だが、しかし。 激情に瞳が濁ったヴィータは、彼が微かに何かを唇で紡いでいたことには気づけなかった。 《Burst》 ヴィータの一撃が振り下ろされるよりも一瞬速く、クロノの左手に握られていたS2Uが魔法を発動させた。眩い光に刹那だけヴィータの目がちらつく。 そして、両者の間で大爆発が起こった。 爆発の衝撃でヴィータの態勢が崩れ、グラーフアイゼンの狙いと打ち込みがぶれてしまう。この絶好の機会をクロノが逃すはずもなく、爆風の威力を利用して後方へ弾けるように飛び退っていた。 「自爆魔法かよ……。なんで、お前って奴はよぉ……っ!」 クロノが、間合いを開くために発動した爆発魔法。ヴィータが態勢を崩してしまうほどに強烈な爆発に、もちろんクロノが無傷であるわけはなかった。 バリアジャケットは所々が裂けるか焦げるかしている。 衝撃も相当なものだったのだろう。クロノは、表情に浮かぶ疲労と苦痛を隠せていなかった。 切羽詰っていたとは言え、身を犠牲にする戦法だった。 「お前がそんなんだから」 ―――ヴォリケンリッターたちは全員がクロノに恩を感じている。 しかし、彼が主を任せるに足る逸材かどうかを考えた時に、課題点が2つ上がる。 「お前が、お前をあんまり大事にしねぇから」 クロノ・ハラオウンには “世界は、こんなはずじゃなかったことばっかりだよ”というセリフは、ある日突然家族を失った―――もっとも、八神はやてと騎士たちはこの件を知らないが―――幼少時の体験がもたらしたものだろう。 彼は“今を戦って未来を変えます”という、過去を振り切ったセリフを言いはするが、それは過去の呪縛から完全に逃れたから生まれたセリフではない。 「な、何を言っているんだ……?」 ―――クロノ・ハラオウンは、他者を救うためなら躊躇せずに自己を犠牲にする。 「いつか、はやてをまた独りぼっちにするような奴に。未来にはやてを泣かす奴に。はやては―――あたしたちの大好きなはやては、絶対に渡せねぇぇえええええっ!」 咆哮は合図だった。 ヴィータが床を踏み砕かんばかりの勢いで一歩を踏み出し、しっかりと地面を噛む。続いて、噴煙を上げて暴れるグラーフアイゼンを片手で押さえ込み、肩の高さで水平に構えた。 クロノは固唾を飲み込んだ。 鉄槌の騎士はあまりにも無防備だった。大きすぎる隙が、これから彼女が放とうとしている技の威力を伝えていた。 今の内にありったけの射撃魔法で倒してしまうか、拘束魔法で捕まえてしまうのが賢い方法だろう。 しかし、技を出す前に彼女の勢いを止めてしまうと、一生涯怨まれそうな気がする。 元々がクロノにとっては私怨の無い戦いだ。 だが、ヴィータたちにとっては譲れないものを賭けた戦いだ。 ―――逃げるわけにはいかない。 ここでヴィータの技を発動前に潰してしまえば、この場を納めることはできる。単純な勝負として見ればクロノの勝ちである。 けれど、そうしてしまうと、勝敗よりも大事な何かが……永久に手に入らなくなってしまう気がした。 「暴風」 グラーフアイゼンから噴き出る炎が円弧を描く。ヴィータがその場で回転していた。 ヴィータの回転は一度で終わらない。足元を摩擦熱で赤色に変化させてしまうほどの高速で幾つとも分からぬ回転をしている。 ハンマーヘッドは一周する度に勢いと速度を増し、やがて大気を打ち抜く轟音を撒き散らすようになった。 「撃砕」 クロノは思った。相手は、炎を纏った旋風だと。 「はは。勘弁してくれ……」 右手を掲げた間抜けな姿勢のクロノが、乾いた笑い声を上げた。 予想されるヴィータの技の威力は、クロノのどんな手持ち魔法をも凌駕している。真正面から受け止めることは不可能だ。 とりあえず、ヴィータが技を発動する前に叫んでいたことは保留にしておくとして。 対策を講じるため、ヴィータの技が発動するまでの僅かな時間でめいっぱい思考する。 「行くぞ、アイゼン!」 《EisernerOrkan》 触れれば切り裂かれそうなほど疾く回転するヴィータが、僅かばかり身を折った。その僅かは、凄まじい変化を生み出した。 回転軸が曲がることで回転が描く軌跡が変化する。 中ほどから斜めになった回転は軸がぶれた勢いで前方に突進していく。 回転によって起こった暴風が床を打ち、燃えるアイゼンの炎が床を溶かした。 熱風がクロノに襲い掛かる。 「まったく……」 炎を噴き上げる嵐に対峙したクロノは、取り乱すことなく冷静だった。 燃える竜巻となったヴィータを見据え、タイミングを計る。 彼女がある所まで達した時、火蓋を切るように右手を振り下ろした。 「今日は厄日なのかもしれないな」 ―――アクショントリガー。 それは、 ベルカの騎士が好んで使う魔法の発動方法で、登録した動作を行うことで魔法を行使する技術だった。ベルカの騎士はアクショントリガーを技と呼ぶ。 クロノは、はやてにミッドチルダ式の魔法を教える傍らで彼女にアクショントリガーを学んでいた。 彼の指先が黒のズボンに触れると、漆黒の杖に設えられた蒼い宝石が光輝く。 《Stinger Ray》 熱気に揺らめく訓練室に、場違いなほどに涼やかな声が響いた。 見る者に清涼感を与える一筋の蒼い光が閃いた。 「あ―――………ッ!?」 クロノがアクショントリガーに登録していた魔法は、スティンガーレイ。 初速と速度、バリア貫通性能に優れた貫通弾である。 狙い寸分違わず放たれた魔弾は、正確にヴィータの足を打ち抜いた。彼女の身体がぐらりと傾き、しかし暴れ狂うエネルギーは行き場を求めて吹き荒れ続ける。 「う……うぁあああああああっ!?」 悲しいことに、ヴィータの足は暴走したエネルギーを支えるに足る態勢を保てなかった。 結果、クロノを10度砕いても余りあるエネルギーが赤い服の少女をしっちゃかめっちゃかに振り回す。 訓練室にけたたましい音が幾度と無く響き渡り、あまりの煩さにクロノは耳を塞いだ。 「……もしも次があるのなら、空中で出せば弱点が無くなると思うぞ」 クロノのそんな呟きが聞こえたかどうかは分からない。何故なら、彼が言葉を発するのと同時に訓練室の壁に激突した彼女は、悲鳴を上げて眼を回していたのだから。 気絶したヴィータが訓練室の床に倒れると、防音造りになっているこの部屋は途端に静かになってしまった。 「やれやれ。これで、終わりだな」 彼女たちはどうしてこんなことをしたのだろうか。事情を聞いたら急いで昼食を摂って、すぐに仕事に戻ろう。 幸いにして急ぎの書類は少ないが、溜め込んでおけるほどの余裕は無い。 事後のことに思いが行くと、そこでようやく一息をつけた。 肩の力が抜けて、ぼんやりと思う。 散々な休み時間だった……っと。 「…………」 クロノは、訓練室の中を見渡した。 頭上に浮かんだ多数の星を回しながら気絶しているヴィータ。 あっちゃー、と言いながら目を覆うシャマル。 目線を向けるとぷいっと顔を反らすシグナム。 殴られ叩かれずきずきと痛む全身。 そして、所々が削れ、砕け、溶けた訓練室。 「……惨状な休み時間だった」 わざわざ口で言って、訂正した。 戻る 小説トップへ 次へ |