昔、まだ父親が生きていた頃の話だ。
 遊び道具として父に買ってもらった水風船に水を入れていた。
 しかし、水を入れすぎてしまい水風船は弾けて割れてしまった。

「ねぇ、クロノ。2人のアルハザードへ行こう……?」

 ……仮に、だが。
 人間が物事を許容する様を水風船に例えた時。

「ダメや! クロノ君はあたしとゆにばーさるすたじおJに行くんや!」
「大コケしたじゃないあそこ……ッ!」
「大阪の意地を舐めたらあかんでーッ!」

 自分という水風船はそろそろ弾けてしまうのではなかろうか?
 少なくとも水漏れは起こりそうだ。
 なんと言うか、泣きそう。

「ねぇ、どっちなのクロノ!」
「あたしとフェイトちゃん、どっちを選ぶんや! もちろんあたしやろけど!」

 ……誰か、助けてください。

「わたしだよ……ッ!」
「いーや、あたしやっ!」

 睨み合って火花を散らすフェイトとはやて。普段は仲が良いはずなのにふとした瞬間に仲違いしてしまう彼女たちは、クロノの胃痛の種だった。
 両者共にすました顔や笑顔を浮かべていれば相当に魅力的な少女なのに、歯を剥き出しにしていがみ合う姿はなんとも言い難いものがある。
 クロノは、改めて2人を観察してみた。現実逃避だと突っ込んでしまうのは野暮だろう。
 金紗の髪を流したフェイトははっきりした顔立ちをしていて、透き通るように白い肌と合わさりすまし顔をすると精巧な西洋人形のように思える。生まれてからずっと彼女を縛り続けていた悲運がフェイトに儚げな佇まいを与えており、手を触れるのが躊躇われてしまう。
 対すると言うと語弊がありそうだが、とにもかくにもはやての場合。彼女は、日本人だから当たり前ではあるが、日本人的な顔立ちをしている。色素が薄く茶色掛かった髪は派手な印象を受けず、むしろ不思議と淑やかに見えた。最近は小麦がついてきたが元々病弱少女だった彼女の肌もまた白い。はやて自身は精一杯に生の主張をしているのだが、彼女の容姿はいつの間にか消え入ってしまいそうに儚く、それが少しだけ怖かった。
 だんだんぼんやりとし始めた思考の中でクロノは思う。
 もしも願いが叶うなら、彼女たちをどうにか繋ぎ止めておけないか、と。

「―――って、待て」

 クロノは慌てて頭を振った。危うく更なる地雷を踏みそうになっていた。ただでさえ、今の状況は地雷を炸裂させてしまっているというのに。
 おかしい。何かがおかしい。
 まるで、魔法に掛けられたような……?

「何が待てなのクロノ?」
「むしろあたしたちが返答待ちなんやけどー」

 矛先を自分に向けられ、クロノは後退る。その拍子に開けた視界の端で、舌打ちをするシャマルが見えた。
 クロノは、咄嗟にシャマルに念話を投げた。

『君が僕に何かしたのかっ!?』

 彼女ってこんなキャラだったっけか?
 ここ5ヶ月ほどの記憶を掘り起こしながら、クロノは金髪の女性騎士に念話を送る。
 念話を使った理由は、何となく目の前の少女たちに聞かれると余計ややこしいことになるような気がしたからだ。

『ちょっと解決への手助けをしようと思いましてね?』
『嘘だっ』

 場違いな微笑みを浮かべたシャマルの言葉に即座に突っ込みを入れる。彼女こそはヴォルケンリッターのブレーン。癒しと補助、そして策略を司る湖の騎士。
 最近になって他人を弄ぶ楽しみを知ってしまった厄介な相手だ。

『でも。それなら、どうやって収拾をつける気ですかクロノさん?』
『う……それは』

 思いがけないシャマルの言葉に、クロノは完全に詰まってしまった。
 確かに、クロノはフェイトとはやてのことに決着を着ける術を持っていなかった。

『私に良い考えがあるんですよ。どうでしょう?』

 魅力的である。
 打開策を持たないクロノに取って、策士シャマルの提案は非常に魅力的である。
 しかし、策士という人種を信頼してもいいのだろうか。

『ふふふふふふ』

 天使のように邪気の無い笑みを浮かべるシャマル。
 だから、怪しさが全開だった。

『別に却下なされるならそれでもいいんですよ? 私は一向に構いませんから』
『う……』

 急に黙ってしまった自分をじっと覗き込んでくる少女たちをどうにかする術なんて百年掛けても思い浮かびそうになかった。
 結局、クロノはシャマルに膝を屈することになる。

『た……頼む』

 それは屈辱に塗れた懇願だった。

『はい♪』

 ―――後に、クロノは思う。
 溺れたクロノは決して掴んではいけない藁を掴んでしまったのだと。
 何故なら。
 クロノが懇願した時にシャマルが浮かべた笑みは、見惚れてしまうほどに清々しいものだったのだから。
 俗に悪魔の笑みと呼ばれるものである。





 さて。
 ヴォルケンリッター湖の騎士シャマルは、魔法資質として治療と補助を得意としていた。策略は魔法資質ではないので割愛する。
 シャマルは、魔法資質の特性上、攻撃手段をほとんど持っていない。
 彼女のデバイスクラールヴィントを見ても攻撃能力を有していないことは分かるだろう。

「行きますよ」

 だが、しかし。
 シャマルは、たった1つだけ強力な攻撃手段を持っていた。
 断っておくと、リンカーコアブレイクではない。

「手伝って、クラールヴィント」

 シャマルの細くしなやかな指に嵌められたリングから魔力糸で繋がれたクリスタルが伸びた。
 指輪と赤や緑に輝くクリスタルがシャマルのデバイスクラールヴィントである。
 デバイスの力を借りて、シャマルは空中に正三角形の魔法陣を展開した。ミッドチルダ式の円形とは異なる魔法陣はベルカ式独特のものだ。
 様々な魔法を安定させるために用いられる魔法陣だったが、今回に限って言えば魔法陣は門だった。

「とうとうこれを試す日が来たんですね」

 シャマル自身は攻撃能力を持たない。彼女本人を強化しても手持ちの技が少ないシャマルではさほど戦力にはならない。
 もちろん、大威力の放出魔法も持っていない。ベルカ式は魔力付与が優秀な代わりに魔力放出は逃げてなのだ。
 されば、シャマルが持つ強力な攻撃手段とは何なのだろうか?

「使うのはこれが初めてなんですけどね」

 以前。
 なんとなくやってみたテレビゲームにインスパイアされ、理論だけ作って放置していた魔法である。ふと思い出したので使ってみることにした。
 このいい加減な魔法のカテゴリーは、召喚魔法。

「コール!」

 ―――異界の生物を呼び出す、非常に危険な魔法である。

「王鬼シュテンドウジー!」

 なお。

「クロノ君。ええかげんあたしたちのどっちを選ぶか決めてくれへん?」
「そうだよ。ねえ、クロノはどっちを選ぶの?」
「ぼ、僕は……」

 シャマルは、召喚魔法は使えても召喚した生物を制御する術や送還する術は全く知らなかった。シャマルは、鬼を召喚してからそのことに気がついた。

「クーローノーくー……え?」
「クロ……へ?」
「ええと……え?」

 ガラスが割れるような音が訓練室に響いた。クロノたちの視線が一斉に音源へ集まる。
 彼らの視線の先には空中に浮かんだ三角形の魔法陣があった。
 魔法陣の中心からは赤黒く大樹の幹のように太い腕が覗いていた。

「…………」
「…………」
「…………」

 八神はやてが生まれた世界には『鬼』と呼ばれる生物の伝承が存在している。
 元々『鬼』は形のない恐ろしいものを指して使う言葉だったが、いつしかその姿が絵に描かれるようになっている。古くから伝わる記録によれば、『鬼』は筋骨隆々の肉体に赤黒い皮膚を貼り付けており、棍棒を振り回していたという。頭には物々しい角を2本携えており、凶悪に捻れた2角は鬼の証なのだとか。
 『鬼』は凶暴であり、手に持った棍棒であらゆるものを凪ぎ潰し、剥き出しになった太く鋭い犬歯で人々を噛み切ったという。
 『鬼』は最古の擬人化である。
 『鬼』とは天災そのものだった。

「GYRRRRRRRRRRRRRR!」

 天災は、魔法陣の中から飛び出してきた。

「どういうことなんだシャマル!」

 クロノは、恐らく鬼を呼び出した張本人であるシャマルを睨みつけた。どうにかして欲しいとは言ったが、どうにかする前にミンチにされてしまう。
 批難の視線を感じたシャマルはぺろっと舌を出して、言った。

「やっちゃったぜ☆」
「シャマルゥゥ―――ッ!」

 なお、シャマルは営利団体ではないのでクーリングオフは受け付けておりません。

「まさかこんなに強そうなモンスターが出てくるとは思わなかったんですよ!」
「しまってくれ! 今、すぐに!」
「送還術は持ってないんですよ!」
「なんとかしてくれぇっ! 人の心があるのならっ」
「私、プログラムですから」

 悲しみを孕んだ声色で呟くシャマル。それっきり顔を伏せてしまう。
 クロノは失言に後悔し、どうにか彼女を励まそうと頬に手を伸ばして―――。

「―――って、こういうことをやっている場合じゃないんだ!」
「ちぇー」

 クロノがシャマルと漫才を繰り広げているが、別に時間が止まっているわけではない。つまり、彼らが会話する裏で鬼は行動をしているわけで。
 鬼が、巨大な鋼鉄の塊―――金棒―――を振り上げていた。
 鬼は、自身に最も近いシャマルを狙っていた。

「あ」

 ―――それは、ギャグとシリアスの境界線。
 どれだけ砕けた会話をしていても、生物が耐え切れない衝撃を受ければ当然のことながら死んでしまう。
 世の中にギャグ補正なんて言葉は存在しない。
 金棒が振り下ろされる。呆気に取られていたシャマルは身動きが取れなかった。空をぶち割って迫る金棒を間抜けに見つめている。
 凶器はシャマルを圧殺し周囲を惨劇の色に染めるだろう。それが現実シリアスの合図。

「させ……っるかぁああああああっ!」

 金棒が振り下ろされる直前、横合いから真紅の少女が飛び出してきた。
 金属がぶつかり合うけたたましい音が響く。鬼の金棒はシャマルから逸れ訓練室の床を叩き割った。
 鬼とシャマルの間には、振るった鉄槌を赤い天災に突きつけた紅の鉄騎が立っていた。

「テメェ、あたしの仲間に何しやがる……ッ!」

 鬼がヴィータを睨むが、彼女は鬼以上の鬼気を発して鬼を睨み返した。クロノに向けていた以上の怒気を燃やし、鬼へ殴り掛かる。
 狙いは頭部。全生物に共通する急所。
 もちろん、ただやられるのを待つ鬼ではない。金棒を持っていない左の拳を振り上げ、迫るヴィータを迎撃するべく振り下ろしてくる。
 巨体に見合った筋力から打ち出される拳は、当たれば岩石も砕く一撃だ。

「そんな大雑把な攻撃は騎士にゃ通用しねぇんだよ」

 当たれば、の話だが。

「GRYYYYYYYYYY!」

 ヴィータは軽いステップで鬼の拳を躱す。騎士服がドレスのように優雅に舞った。もしもこの場がダンスパーティーなら彼女は周囲に感嘆の溜め息を漏らさせていただろう。
 紅の舞い手はステップの勢いを利用して鉄槌を振るい、空振って地面に沈んでいた鬼の左腕をしたたかに打ちつけた。この世のものと思えぬ悲鳴が上がる。
 耳障りな絶叫が響く中、鉄槌の騎士が飛び上がった。

「潰れろ!」

 ヴィータの鉄槌が狙う先は鬼の頭部。頭部――正確には、頭蓋に守られた脳――は、生物共通の急所である。身体の制御を司る脳を破壊されれば、生物は活動を停止してしまう。
 いかに鬼が強大な生物であろうと、脳を破壊されれば再起不能になるはずである。
 もっとも、いや、だからこそ。脳は硬い頭蓋骨に覆われて守られている。鬼ともなれば頭蓋の強度も並大抵のものではないだろう。
 しかし、ヴィータは鉄槌の騎士である。
 その本領は、破壊。
 紅の鉄騎が迷い無く振るった鉄槌に砕けぬものは存在しない。

「GUAAAAAAAAAA!」

 もっとも、当たらなければ意味は無いわけだが。

「なぁ……っ!?」

 突如として、暴虐的な衝撃がヴィータを襲った。鬼の咆哮が何か見えない力を引き出し、小柄な体躯をやすやすと吹き飛ばしたのだ。
 驚きに見開かれたヴィータの視界いっぱいに鬼の金棒が映る。
 完全な不意打ちだった。

「クロノさん!」
「分かっている!」

 シャマルの声を受け、クロノが弾けるように駆け出した。ヴィータが飛ばされた方向に彼が1番近かったのだ。
 クロノは発動速度と初速に優れた直射魔法を鬼の目を狙って放ち、その傍らでヴィータの後方に滑り込む。自分をクッションにして彼女を守ろうというのだ。
 試みは成功した。クロノの急襲に片目を潰された鬼は金棒の制御を失って見当違いの場所を叩き、クロノはヴィータを抱きとめて彼女を守る。
 床と激突しクロノの背筋に鈍い痛みが走った。

「つつつ……大丈夫かヴィータ……?」

 衝撃で意識を持っていかれそうになったが意地で引き戻す。すぐさま腕の中の少女に視線を落すと、見た目は無事だった。
 予想されていた衝撃を感じなかったことに驚き、続いて視界に広がるクロノの顔に目をぱちくりさせるヴィータ。
 状況の把握に半瞬を要した後、彼女は顔を赤くしながらお礼の言葉をクロノに告げ、

「どこ触ってんだテメェッ!」

 なかった。クロノの顎を思いっきり殴り上げた。
 再び意識を持っていかれそうになったクロノだが、今度は根性で引き戻してくる。
 どこを触っているかと見てみた。薄い胸と細い腰だった。彼女を守るために必死だったせいで、とてもとてもしっかりと抱きしめていた。
 ヴィータは柔らかかった。

「へー……クロノ君ってロリコンやったんか」
「だからリインフォースちゃんのデザインも少女型を強く推して……」

 湖の騎士とその主の視線が刃物のように突き刺さる。
 背中が訴える痛みよりも視線で抉られた傷の方が痛かった。

「そんな……クロノがそうだったなんて……。クロノが性犯罪者になる前にクロノを殺して、わたしも死にます……ッ!」

 半泣きになりつつ真っ赤になってわけの分かりたくないことを叫ぶ妹の言葉には泣きたくなった。

『バルディッシュ、主の暴走を止めなくていいのか……ッ!』

 一縷の望みを掛けて、義妹の相棒へ念話を送ってみる。

《私は私で手一杯なんだよ執務官ゥウッ!?》
『どういうことだっ!?」
《……こんにちわ、執務官》
『レイジングハートッ!?』
《ええ、私です。執務官が御用があるそうなので私はこれで》
《待ってくれレイジングハート! だから私は別に……ッ!》
《話すことはもうありません。さよなら、バルディッシュ》
《レ、レイジングハートーォオオオオオッ!?》
『…………』
《…………》
『その……なんだ。釈明に行く時は僕も付き合おう』
《助かります執務官……》

 どいつもこいつも男はみんなだめだった。
 打ちひしがれるバルディッシュはそっとしておくことにして、改めて鬼を見据えるクロノ。
 シリアスにならないとあれをどうにかすることはできない。

「さて、どうしたものか」

 体長は目測で自分の3倍ほど。赤黒い肌に覆われた筋肉ははちきれんばかりに盛り上がっており、鋼という形容詞がぴたりと似合った。恐らく、筋肉が鎧になって物理攻撃によるダメージをかなり軽減するだろう。ヴィータによる物理攻撃以外はほとんどダメージを与えられないと考えていい。
 保有魔力量は不明だが、魔法耐性はさほど高くないと信じたい。物理攻撃に期待できない以上、魔力ダメージで精神力をエンプティさせるしかない。これで魔法耐性が高ければ打てる手は随分と少なくなってしまう。
 警戒すべきは怪力と不可視の力。金棒や拳は訓練室の床をやすやすと砕いてみせたし、ヴィータを吹き飛ばした不可視の力も厄介だ。最悪、不可視の力で遠距離から押し切られるか、接近戦で挽き肉にされる可能性がある。
 僅かな時間で得た情報を元にクロノは分析を行った。
 結果は芳しくなかった。

「ダメや……フェイトちゃんにクロノ君の命は渡せへん!」
「はやては黙っててぇ……ッ!」
「いいからあたしを放せよクロノ!」

 クロノ独りの力で擬人化された天災は倒せない。
 はやて、フェイト、ヴィータ。3人の協力がどうしても必要だった。
 ヴィータを解放し、クロノは彼女たちに頭を下げる。

「頼む。力を貸してくれ」

 はやてたちの言い争いがぴたりと止まった。少女たちの視線がクロノに注がれる。
 3人は目線を見合わせた。表情には困惑が浮かんでいる。
 最初に口を開いたのは……ヴィータだった。

「野郎はシャマルを潰そうとしたからな」

 ぷいとクロノから顔を背けたのは照れ隠しかもしれない。
 ヴィータに続いてはやてとフェイトも肯定の意思を見せる。
 彼女たちの意思を受けてクロノは面を上げた。

「ありがとう」

 クロノは、頼もしい3人の仲間を見渡した。
 突破力と破壊力に優れた鉄槌の騎士、ヴィータ。
 高い機動力と魔力変換資質電気を持つ魔導師、フェイト。
 魔力量に恵まれたミッド式とベルカ式のハイブリット魔導師、はやて。
 彼女たちに自分を加えた4人。
 鬼ごときに負ける気はしない。

「シャマル。そこで気絶しているシグナムを連れて下がってくれないか?」
「はい、任せてください。怪我をしたらすぐに治してあげますよ」

 フェイトに受けたダメージが抜け切らないシグナムをシャマルが回収し、訓練室の隅に連れていく。
 その間に鬼が襲い掛かってこないように牽制していたが、鬼は動く気配を見せなかった。
 待っている……のだろうか?
 シャマルが退避したのを確認したクロノは手振りで散開を指示した。

『奴の一撃は重い。一発も当たらないように注意しよう。不可視の力によるカウンターにも注意してくれ』

 散開して鬼に包囲網を作る傍らで、念話を使って注意を促す。
 フェイトは控えめに、はやては大きく、ヴィータは力強く頷いた。
 それらを目で追いながら、クロノはそれぞれに簡単な方針を告げていった。

『バリア出力の高いはやては、いざという時にみんなのカバーに入ってくれ』
『了解や』

 事実、はやてのバリアはなのはの砲撃ですら耐えられる。強烈な鬼の一撃も耐えられる可能性があった。恐らくは耐えるだろう。
 元気良く手を上げて応答するはやてに、クロノはくすりと笑みを零した。

『足の速いフェイトは常に牽制を行って休ませないようにしてくれ。ただ、君の装甲は薄いから被弾には特に気をつけてくれよ』
『大丈夫だよ、クロノ。心配してくれてありがとう』

 フェイトの機動力を捌ききれるのなんてシグナムぐらいだ。フェイト側がミスに注意を払っていれば危険なことは起こらないだろう。牽制だけならカウンターを貰う心配もほとんどない。
 頬を染めて返答をくれたフェイトの顔を見るのが照れくさくて、クロノはそっぽを向いた。

『へー……やっぱりシスコンなんやねクロノ君』

 氷のようなはやての言葉が突き刺さるが、今回は保留にしておく。

『ヴィータは鬼と打ち合ってくれ。いけるか?』
『へん。あたしを誰だと思ってるんだ? 力勝負なら負けねーよ!』

 確かに、この前腕相撲をしたらザフィーラですらヴィータには勝てなかった。あの細腕のどこにそこまでの力があるのだろうか? まったくもって謎だ。

『ねぇはやて。ヴィータを見るクロノの目が怪しいよ……』
『むー。やっぱり、クロノ君が性犯罪に走る前にあたしたちが夜道に背後からグサァッと』

 ……これから先やっていけるのか、不安になった。

『ぼ……僕はヴィータの援護をしながら指示を出す。みんな、よろしく頼むぞ』

 情けない思考に囚われて絡まる前にみんなに念を押した。
 すると、一斉に彼女達の力強い返事がやってくる。
 大丈夫だ、やれる。
 自分たちは一流の魔導師だ。
 相手がどれだけ巨大な力を持っていたとしても―――打ち砕ける。

「行くぞ、S2U」

 赤鬼に向けて放った直射魔法が開戦の合図になった。





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