エリオが修練に明け暮れている頃、フェイトはエイミィを訪ねてミッドチルダのハラオウン邸に足を運んでいた。
 久々の訪問だった。家にはエイミィしかおらず、にこやかな彼女に案内されて馴染みの無いソファーに腰掛けた。
 なんとなく落ち着かない。そわそわと室内の調度品を眺めているとティーカップを手にしたエイミィがやってきた。

「はい、紅茶だよー。エイミィさん特製ブレンドだから味はー」
「ありがとう。―――んんっ!?」
「あー、ごめん。今回は残念な感じだったみたい」

 ぺろっと舌を出して謝るエイミィ。彼女のいつまでも変わらぬ明るさにフェイトは苦笑いを零した。
 中身をずいぶんと残したティーカップを置く。

「エイミィの紅茶、いつもこうなの?」
「そんなことないよ。うちの子達やお義母さんにはちゃんとしたのを出すもん」
「え、なら自分で飲むのかな……?」
「そんなことするわけないよー。普段はクロノ君にしか飲ませないね」

 フェイトの表情がクロノへの同情でいっぱいになった。

「あはははは。だって、クロノ君ったら長期航行から帰ってきてこの紅茶を出しても『ありがとう、美味しかったよ』って言うんだよ? 艦載食ばっかり食べてるせいで味覚がおかしくなってるんだろうね、あれは。だったら妻として夫の味覚がどんなもんか調べないと、って思わない?」

 ずずいっとエイミィに迫られたじろぐフェイト。艦船を降りてずいぶんと経つがエイミィのバイタリティは健在のようだった。
 フェイトは、きっとこれが『母は強し』というやつなのだろうと勝手に納得しておいた。

「あの、さ」
「うん?」

 切り出し方は不自然になってしまったが―――フェイトは、本題を切り出すことにした。
 このままではいつまで経ってもエイミィに圧倒されて今日が終わりそうだったからだ。知る中で最も身近かつ既婚者であるエイミィの下を訪れた理由は世間話をするためではない。
 相談をするためなのだ。

「エリオのことで相談があるんだけど、いいかな?」
「うん、いいよ? けど、深刻そうな顔をしてるってことは重い話になるのかな。だったらちゃんとした紅茶を淹れなおしてくるよ?」
「あ、いいよ。そんなに長く掛からないと思うから」

 腰を浮かせてティーカップを手繰り寄せようとしたエイミィを制止する。彼女は素直に席に腰を下ろした。
 そして、フェイトが口を開くのを待つようにじっと彼女の瞳を見つめてきた。
 フェイトは、ややたどたどしさがありながらも一週間ほど前の出来事を語っていった。

 ―――つまるところ、『男の子ではなく「男」とはどういうことだろう?』である。

 事の経緯をフェイトが語り終えるまでじっと清聴していたエイミィ。彼女は話しの終わりを感じ取ると感慨深げに頷いた。
 ふと口を開くと感心したような声が漏れた。

「エリオも、もうそんなことを言う年になったんだねー」

 そう言うエイミィの目はずいぶんと微笑ましいものを見るものだった。
 困ってしまうのはフェイトだ。彼女には分からなくともエイミィには――おそらく、エリオの内心全て――が透けて見えているようだ。
 自分がずっと見てきたエリオの理解で負けたとあれば――ちょっと、悔しい。
 エイミィは、まるでフェイトのそんな内心までも見透かしたように言う。

「クロノ君にも似たようなことがあったんだ。私が分かったのはだから、だよ?」

 あんまりにも自分の中身が筒抜けであるように思えてフェイトは頬を赤く染めた。
 エイミィはくすりと笑って続ける。

「年下の男の子って『この子はいつまで経っても子供のままなんじゃないかな』って思えちゃうんだよ? でもね、男の子はいつの間にか大人になってるの」

 それはエイミィ自身が懐かしんでいるような言葉だった。
 愛しげに指輪を撫でる姿はフェイトにまで懐旧の気持ちを抱かせる。

「男の子の成長はあっと言う間なんだ。―――ねえ、エリオはまだ『男の子』なのかな?」

 唐突に。語りに聞き入っていたからこそフェイトにとっては唐突に質問が投げかけられた。
 エリオが男の子か、どうか。
 答えは決まっている。エリオは『男の子』だ。―――でも、本当に?

「およ? 分からないって顔してるよ、フェイトちゃん」

 図星を突かれた。エイミィのこういう観察眼の鋭さは現役時代からまったく変わらない。
 言葉が喉から先へ出てきてくれず困っているとエイミィの方が口を開いた。

「私、思うんだけどさ。答えはとりあえず保留でいいんじゃない?」

 少し、考えた。考えた末にフェイトは言った。

「……それでいいのかな?」

 肯定も否定もできなかった。フェイトの気持ちは『決めて』しまえるほど固まっていない。

「うん、いいと思うよ。まあ、模擬戦の結果次第だね」
「私が勝ったら『男の子』、エリオが勝ったら『男』かな?」
「それは違うなー」

 にわかに悪戯な笑みを浮かべるエイミィ。

「模擬戦が終わった時に、フェイトちゃんから見たエリオがどう映ってるか。判断基準はそれだよ」

 くしししし、とまるで漫画のような笑い声を立てると冷めたティーカップの中身を口にして―――残念な味に顔をしかめた。
 カップを置き、改めてエイミィは言う。

「それにね。模擬戦が終わった時にフェイトちゃんはもっとずっと難しい判断を迫られると思うよ。もしかしたら一生を左右しちゃうかもしれない、ね」

 口調は軽く、口振りは意味深で。顔には笑みを浮かべながら。
 エイミィは可愛い妹分にアドバイスをしていった。

「フェイトちゃんにとってのエリオって、何なのか。それをよく考えておくといいよ」

 言い切ると再び紅茶にトライするエイミィ。渋面を作りながらもなんとか中身を飲み干した。
 続けてフェイトのティーカップに目を配る。その目が「片付けようか?」と言っていた。

「……うん、ありがとうエイミィ。それと、ちゃんと飲むから大丈夫だよ?」
「あー、そっか。がんばってね」

 すっかり冷たくなった紅茶を眺めながら。
 フェイトは少しずつ考え始めるのだった。



 ―――フェイト・テスタロッサ・ハラオウンにとってエリオ・モンディアルどんな存在なのだろうか?






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