エリオとフェイトの模擬戦決行が決まった当日。エリオは、食堂に集まったスバル達フォワード陣の前で勢い良く頭を下げていた。
 説明も無しにそんなことをされたものだから困惑顔をしたティアナ達に、やや物事の順序を間違えつつエリオは説明をしていった。
 曰く、『フェイトさんと二週間後に模擬戦をすることになりました』である。

「また唐突な無茶振りねっ!?」

 真っ先に素っ頓狂な声を上げたのはティアナだ。以前、なのは教官に無謀な挑戦を試みた彼女だからこそ少年の発言の無茶っぷりがよく分かったのだろう。
 驚いたティアナは、その顔面いっぱいに『無理。それ、無理だから』と書かれていた。

「へー。エリオ、がんばってー!」

 ティアナと対照的にスバルは能天気だった。たぶん、一昨日、アイスの食べすぎをティアナに怒られた時に頭を殴られたからだろう。
 こちらはひらひらと手を振って気楽な応援ムードだった。

「えーっと……その。みなさんに手伝って欲しいことがあるんです」

 何かを考え込み口を噤んでいるキャロ、そしてティアナとスバルの顔を見渡しながらエリオはそう言った。
 何を頼まれるか見当がついたティアナが小言を差し込―――もうとした瞬間、既にスバルが口を開いていた。

「新必殺技の開発だね、エリオ! 岩を転がせばいいのかな? 逆さに吊るせばいいのかな? それとも―――むぐぅっ!?」

 ティアナさんとしてはスバルさんにちょっと黙っていただきたかったので口に棒アイスを捻じ込んだ。
 突如として口腔の奥深くまで侵入したアイスに呼吸を阻害されふごふご言っているスバルに苦笑いを浮かべながら、エリオが律儀に答える。

「あ、あはは。二週間で付けた焼き刃には頼れませんよ」
「ま、あのフェイトさん相手じゃあ二週間で用意したものなんて不確定要素にもなってくれないでしょうからね。それで、エリオは私達に何を頼みたいのよ?」

 改めて話の方向を建設的なものに誘導するティアナ。彼女は言いながら『修行に付き合って欲しい』と言われるんだろうと予想していた。
 むしろこの状況でそれ以外を想起しろと言う方が難しいが―――たかだが二週間訓練しただけでエース級魔導師と対等に渡り合えるようになるはずがないとは、ティアナ・ランスター自身が身を持って体験している。

「はい。まず、この二週間を闇雲な修行に費やしてもフェイトさんに勝つなんて不可能だと思うんです」

 流石にそれは考えていたかと、ティアナは内心で感心した。が、それを理解しているのならそもそもこの勝負は無謀なのではなかろうか?
 土台、魔導師になって数年の少年が十年間第一線で活躍してきた魔導師に勝利するなどは不可能な話である。

「そんなことないよ! 気合とか根性とか………あと、気合とかあればなんとかな―――わきゅ!?」

 ティアナさんスバルさんにはホント黙ってて欲しかったので熱々のフランクフルトを口腔に捻じ込んでおいた。
 子犬っぽい悲鳴が聞こえるが―――無視。

「正直、無理な話よね。エリオとフェイトさんじゃ基礎から経験まで差がありすぎるわよ。しかも、一対一なんでしょう? 私達4人がかりで何とか相手できるかもしれない人と1人で戦ってもどうしようもないでしょう?」

 実際、フォワード陣全員がフェイトの強さを身体に刻まれていた。何度か訓練で戦ったが、4人がかりでも辛勝を拾うのがやっとだった。
 それをエリオ単独でどうにかできるなんて思えない。

「ええ。でも僕だって騎士の端くれです。―――戦うなら、勝ちます」

 全く折れる様子の無いエリオの返答に、ティアナは心中で深い深い溜め息を零した。
 エリオは何があろうと戦う気でいる。誰が何と言おうと、もうテコでも動かないだろう。
 困ったティアナが二の句を告げないでいるとこの場で初めてキャロが口を開いた。

「私達が二週間手伝えばエリオ君はフェイトさんに勝てるようになるの?」

 キャロの言葉にはどこか険が含まれていた。誰がそう思わなくても、ティアナはそう思った。
 もっとも、エリオはそう感じなかったのだろう。特に気にした様子も無く、ただ真剣な表情ではっきりと頷いた。

「そっか。だったら私は手伝うよ」

 キャロが折れた。心なしかエリオの表情が綻ぶ。

「ありがとうキャロ。それで、えっと、その」

 エリオの視線がティアナ――と、フランクフルトと格闘し終えた――スバルに向いた。彼の視線に気づいたスバルはこれまた能天気にも片手を上げて了承の合図を送っている。
 あとであの青頭を張り倒そうと心に決めつつ、ティアナはまたまた心中で溜め息を零した。
 ティアナの脳裏には二週間の訓練を行なう場合のシュミレーションが展開されていた。
 当然、その訓練は自主練習の範疇に入る。通常訓練のメニューが減るわけではないので日々の訓練で疲労困ぱいになっている自分達に更なる自主練メニューの追加は可能か? ―――答えは否である。自らが無理な自主練メニューを行なって痛い目を見た分、よく分かる。
 故に、ティアナとしては訓練そのものを反対したかったのだが。

「お願いします、ティアナさん。二週間だけ付き合ってください……!」

 エリオばかりかキャロにまで頼まれると弱ってしまう。エリオを説き伏せるのですら困難を極めそうなのに説得する相手が二人になってしまった。
 キャロもエリオも素直であるが、一度こうと決めてしまうと頑固になると知っている。彼女達とは死線を潜り抜けた仲間であるから、そんなこと分かりすぎるくらい分かっていた。

「そうだよー。一緒にがんばろうよ、ティアー!」

 スバルのことはどうでもいいが。
 さておき、後々見そうな痛い目を覚悟してでも了承せねばならない状況に陥ったなぁと思い、ティアナはこの日1番深い溜め息を零した。
 それは、彼女が折れた合図でもあった。

「……私達は何を手伝えばいいわけ?」

 軽い頭痛に襲われたこめかみを押さえつつそう言ったティアナにエリオはいよいよ破顔すると――すぐに表情を引き締め――言った。

「手伝っていただきたいのは作戦の構築とシュミレーションなんです」
「作戦、って言うと?」

 ―――不意に。何故か、何故か嫌な予感に襲われつつ。そう訊ねなければならなかったのでティアナは訊ねた。
 痛い。頭痛が強くなっている。

「はい。フェイトさんの本気―――ソニックフォームを引き出すための作戦です」

 聞かなきゃよかった、と。ティアナは深い後悔に苛んだ。





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