無自覚なばかっぷるは公害です。

「あ、ユーノ君。ほっぺにご飯粒ついてるよ?」

 そい言うやいなや、指を伸ばしてユーノの頬についたおべんとを取ると、ぱくりと食べてしまう。
 ユーノは顔から火が噴き出そうな思いをした。

「な、なのはぁっ!?」
「にゃ?」

 フォークに乗せたショートケーキを口に運んでから、不思議そうに首を傾げるなのは。
 世の中には異性に対して無防備な人間がいるが、高町なのはは間違いなくその類の人間だった。
 彼女と昼食を一緒にするなんて久々のことで完全に油断していたが、この、心臓が張り裂けそうになる衝撃を受けるのは食堂に来てから何度目だろうか。

「あ、ソースもついてる。もうちょっと落ち着いて食べないとダメだよ、ユーノ君」

 今度はナプキンを掴んでユーノの口元をごしごしと拭う、なのは。当人は特に天然でやっているのだろうが、やられるユーノには確信犯よりもタチが悪いものと感じていた。
 向けられた柔和な笑みが眩しすぎる。

「うぇあ……あう……あ、ありがとうございます……」
「真っ赤だよ、ユーノ君。風邪?」

 にこにこ笑って無邪気にそう言うなのは。
 言われてみれば身体が熱いような気もするけど―――これは、風邪じゃない。いや、病かと言われたらそうですと答えるのだけれども。
 “ボクは恋の病で君にお熱です”……なんて、言えるわけがない。

「だ、大丈夫だよ! ほ……ほら、元気元気!」

 ぐるぐるぐるぐる、がんっ!
 元気であることを証明しようとして腕をぶんぶん回したら、テーブルに思い切りぶつけた。
 急に襲ってきた痛みに思わず涙目になる。

「ゆ、ユーノ君大丈夫……?」
「へ……いき……」

 ぶつけた拳をさすりつつ痛みに耐えるユーノ。彼女の手前、これ以上情けない姿を見せるわけにはいかない。
 そう思っていると、ふと、彼の手を温かい何かが包んだ。
 驚いて横を見れば、目の前になのはの横顔。

「うん、大丈夫みたいだね」
「……うぇっ!? ちょ、え……なのはっ!?」
「うん?」

 小首を傾げるなのは。
 ほのかに感じる柑橘系の匂い――シャンプーの匂いだろうか?――が鼻孔をくすぐる。
 大写しになった笑顔は、心臓の鼓動をより早めようと悪戯をしてきた。

「ユーノ君。やっぱり、顔赤いよ……?」

 なのはの顔が近づいてくる。甘い吐息が、甘い匂いが、彼のすぐそばからやってくる。
 そのせいで彼女を間近に感じて……熱が一気に温度を上げる。

「ん……。ちょっと、熱いね」

 ひんやりとしたものが額に触れた。
 それが彼女のそれだと気づくのに……たっぷり数秒。
 彼女のおでこが冷たいってことは、自分のおでこの方が温度が高いということで。
 彼女のおでこが冷たいってことは、彼女は至って普段通りで冷静ってわけで……。

「え……え……うぇええええええっ!?」

 思考が段々関係ない方向に行きつつあるのを無理やり引き戻して、現実を直視する。
 なのはの顔が目の前にある。キスができそうなほど間近にある。
 ここは食堂で―――。

「…………うん?」
「どうしたの、ユーノ君?」

 ―――ここは、食堂?

「…………え、えと」
「うんうん」

 なのはの顔から視線を逸らせば、周囲から注がれる好奇の目線がしっかりと映った。

「みんな……見てる……」

 たっぷり数秒、今度はなのはが固まる番だった。

「え……えと……ふわ……ふぇ……し……」

 首をかくかくさせ、顔を真っ赤にするなのは。そして、彼女はがしっ! と力強くユーノを掴む。

「へ? え……ちょ……」
「失礼しました〜〜〜〜っ!? ふにゃぁあああああああっ!?」
「なのは摩擦熱が……あづぅっ!? 痛、机の脚に脛が当たって痛っ!? 今度は角ぉぉぅっ!?」

 けたたましい音を立てながら慌しく去っていく2人を生暖かく見守る局員達。
 とりあえず――――明日の噂話は、彼らのことで持ちきりになるだろう。









 ……自分は一体どうしてしまったのだろう? 最近は彼に会うといつもこんな感じだ。どうにもペースが狂ってしまう。
 本局の廊下を真っ直ぐ疾走しながら、器用にも物思いに耽るなのは。
 よくよく考えてみれば自分は公衆の面前で一体何をしているのだ。
 あれじゃあまるで……万年新婚状態の両親みたいじゃないか。
 そんな、彼と自分がなんて―――嫌じゃない、かも?
 嫌かと問われれば間違いなく即否定。
 普段はちょっと頼りないけれど、戦いになれば彼の魔法に救われたことは一度や二度ではない。今は共に仕事をすることもないけど、魔法に出会ったばかりの頃に彼に助けられたことは今でも鮮明に覚えている。
 いつも自分の背中を守ってくれた彼。
 彼が居たから自分は後を気にせずフェイトに全力で想いをぶつけることができた。
 彼本人は気づいてないかもしれないけれど、彼の何気ない言葉でたくさんたくさん励まされてきた。
 だから、彼のことは嫌いじゃなかった。
 ここ4年で随分と髪が伸びた――彼のことをよく知らない人が見れば少女と見まごうような――少年、ユーノ・スクライアのことは。

「な……なのは……スト……ストップゥッ!?」

 彼の声が背後から聞こえる。そういえばあまりの恥ずかしさに食堂から逃げ出して……逃げ出して……。
 全力全開で逃げ出した。

「…………」

 振り返れば、ぼろきれのようになった彼の姿があった。
 あんまり直視したくない感じにぼろぼろになっている。

「ご、ごめんユーノ君……っ!?」

 慌てて急停止した。食堂はずっと向こうに遠ざかっており、もう50mも歩けばトランスポーターだ。

「いちち……なのはって結構力持ちなんだね」

 所々をさすりながらユーノが立ち上がる。
 一方なのはは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

「はうぅ……」

 でも、女の子に向かって力持ちは無いんじゃないかな? 力持ちは。
 確かに、男の子であるユーノをここまで引きずってきた力は特筆に値するかもしれない。いいや、値する。反語。
 しかして、でりかしーとかいう話を考えると、女の子に向かって力持ちは無いんじゃないかな?

「それで、なのは。腕は大丈夫?」
「え?」

 ひょい、と投げられた言葉。
 慌ててチェックすると、腕は少し気だるい感じがした。

「ずっとボクを引きずってきたんだしさ。相当負担が掛かってると思うんだけど……どう? 痛かったりしない?」

 何というか……そう言う自分の方がボロボロなのに。
 ユーノはこういう少年である。だからこそなのはは彼のことが、

「ちょっと疲れちゃった感じがするけど、大丈夫だよ。それよりユーノ君の方こそ大丈夫なの?」

 頭の片隅に過ぎったことを振り払い、彼の全身を眺めるなのは。
 そうすれば所々に硬い物にぶつかったような跡がある。

「わ……ご、ごめんねユーノ君……」

 篭り仕事で肌の白い彼の身体は痣がくっきりと出過ぎる。
 見ているだけでも痛々しい。

「うん? この程度なら平気だよ。ボクだって男の子だしね」

 にへら、っと笑うユーノ。
 その表情があんまりにも力が抜けているので……なのはは脱力した。

「だったら……いいんだけど」
「いいのいいの。それよりさ、なのは」

 不意に彼が真剣な声を出して見上げてきた。
 芯のしっかりと通った彼の瞳を見つめ、心臓が跳ねる。

「(び……びっくりした……のかな……?)」

 唐突な衝動にそう理由をつけ、なのはは一度深呼吸をする。
 今のユーノはなのはよりも小さい。中学に進学する少し前からなのはの背が急激に伸びたのだ。なのはは、顔つきから少しずつあどけなさが抜けていっている……らしい。
 対する彼、ユーノは……なのはには敵わないが、背が伸びた。無限書庫司書という多忙と共に責任感のある役職に就いたせいか、昔よりも少しだけ平時も頼り甲斐が出た……気がする。
 少女のようだった顔つきもだんだんと少年と呼べるほどにはなっていた。
 って、何を考えているんだろうか自分の思考は。
 そこで“彼のこと”と思ってしまい、一気に表情が朱に染まりそうになる。が、武装隊地獄の教習で培った精神力で持って必死に押さえ込み平静を装う。
 彼の前でこれ以上醜態を晒したくなかった。

「な、な、な、な……何かなユーノ君……!」

 ……声は、思い切り上ずったが。
 しかし目の前の彼は特に気にした様子もなく言葉を続ける。

「うん。もし暇なら、一緒に海鳴町まで行かない?」

 暇……? イエスかノーかで聞かれたら間違いなくイエスだ。
 事実、これからの時間をどう過ごそうか考えていたことだし彼の提案は渡りに船。
 そういえば、この前見つけた秘密の場所もある。
 まだ誰にも教えていないけど……彼になら教えてもいいような気がする。
 そうだ、それに新しく開店した凄く美味しいお団子屋さんもあったっけ。
 それから、それから……。

「……忙しい、かな?」

 沈黙を否定と受け取ったのか、しょんぼりとしたトーンの声が聞こえる。なのははすぐさま首を横に振った。

「そんなことないよ! ……い、一緒に行こうか、ユーノ君」

 その言葉で、ユーノの表情が笑顔に変わる。
 その瞬間、再び心臓が跳ねた。

「え……えっと……じゃあ、行こうか」
「そうだね」

 今日はよくよく驚く日だなぁ。
 そんなことを思いながら、ユーノと並んで50mの道のりを歩くなのはだった。










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